ep.3 像兵の侵攻
「平和だねぇ」
「いいことです」
珍しく何もなかった。
ダンジョン生成には魔素が必要であり、いまだ溜まっていないからだ。
どこぞの不埒な球体を半壊させ、その回復に魔素の大半を使ってしまったという事情もある。
村に違和感なく溶け込むため作成した薬局を珍しく開けているが、常連客を除けばろくに人は来ない。
「……それ、待って?」
「もう五回目ですよ」
だからこうして店先にテーブルと椅子を出し、ゲームをしていた。
主種棋と呼ばれるものだ。
数々の種族を模したコマを操る主となり、敵の主を打ち倒すものだ。
「こんなに強くなったのに……」
「単騎では大軍に勝てません」
この主種棋は、コマ同士を融合させて強力なコマにできる。
当然、融合するほどコマ自体の数は減る。
「そんな古臭いスタイルで」
「古くても新しくても、強いものは強いんですよ」
私はコマの融合を最低限に抑え、盤面全体のバランスを重視するクラシックスタイルだ。
一方の勇者はコマの融合を繰り返し、単騎の攻撃力を重視する英雄スタイルだった。
「そもそも勇者のそれ、攻撃特化すぎて無茶なんですよ」
「勝ちたいし」
「シンプルな攻め筋はこちらからも把握しやすいものです、そちらが融合を繰り返す間、こちらは対処を行えるだけの時間を得ます」
「うー」
強さとしては圧倒的に勇者の方が上だが、頭脳戦ではこちらに軍配が上がる。
こうしたゲームではたいてい私が勝った。
「詰みとまではいいませんが、現状そちらに有効な攻め手はありませんよ」
「まだまだー」
勇者は盤面を覗き込むようにしている。
日傘はテーブルに立てかけてあった。
コマは特定の動きのパターンを繰り返し、時に「融合していい?」とでも言うように隣同士で手を繋いでいる。
それぞれのコマには好感度が設定されており、油断すると勝手にくっつく。
「勝って、ジュースおごってもらうんだ……」
「その程度の賭けなのに、どうしてそこまで本気なのですか?」
町は変わらず田舎であり牧歌的だ。
人の数は少なく、草木が自然と繁茂している。
子供がトテトテと駆けて来た。
「買ってって?」
開いた手のひらの上には、きれいな小石が一個あった。
鼻水がたれていた。
「いくらですか?」
「500コインっす」
「ぶっ飛ばしますよ」
ジュースが3本は買える。
「けちっち」
「不当な価格調整には断固として反対します」
「勇者、買ってって?」
「んー……」
「無駄ですよ、思考が熱暴走中です」
「英雄を後ろに下がらせて、飛竜を前に出そ、それでいけっけ?」
思わず盤面を見た。
勇者は子供を見た。
よくよく見れば、面倒な融合条件が達成されていた。
幾多の死線をくぐり抜け、英雄と飛竜との間に種族を越えた友愛が育まれた。
鼻水をたらした子供に、勇者は真面目に問いかける。
「……それから?」
「買ってって?」
「おい待てやめろ」
勇者は500コインを渡した。
「英雄を後ろに下がらせたら向こうの攻撃は空振り、その時間を使って飛竜と融合して飛竜騎士に、これで敵コマ無視して自由に動けるかも? 右から攻め入ったら結構いい雰囲気。あっちは結界系か遠距離攻撃系の融合体を作らなきゃいけないっし」
「ふんふん」
「まだ有利じゃないけど、とりあえっず」
「あんがと」
子供はトテトテと離れて行く。
やばい、盤面をひっくり返された。
英雄が飛竜に乗り込み、剣を高々と掲げる。
コマ数個とはいえ、飛び越える攻めを可能にした。
こちらが丹念に構築した防御陣が、無意味となった。
「んふふー」
「もう勝ったつもりにならないでください。というかアドバイスに頼らず実力で勝ってください」
まだだ。
圧倒的有利を互角にされただけに過ぎない。
クラシックスタイルの利点は、敵単騎攻撃への対処のしやすさだ。
「ほら、味方を引き入れる能力も実力の内だし?」
「人望ではなく金の力であることを自覚しましょう」
相手が勇者だから、まだなんとかなっている。
攻め手が遅い。陣地再構築が間に合いそうだ。
「固いなー」
「知恵の力はすべてを上回ります」
「勇者としては、知恵あるものの力を借りたいかな」
「さすがにアドバイスはしませんよ」
「そっちじゃなくてね?」
勇者が示した先を見た。
大量のきれいな小石を両手いっぱいに持った子供が、満面の笑顔でトテトテと走って来た。
勇者は頷き、財布を取り出した。
敗北した。
+ + +
「くそう……」
「ふふん、勝利の味だー」
「いえいえい」
鼻水を垂らした子供と勇者が並んでジュースを飲んでいた。
「私の、完璧な布陣が……」
「もろいっす」
子供がジュースを啜りながら言った。
「そんなわけないでしょうが!?」
「第二戦力を無視したのがだめだめ?」
「飛竜騎士をやっと倒したと思ったら像兵が誕生するとか想定できるはずがないでしょう……!」
最弱のコマが敗残兵を融合させゴーレムを造り出した。
「よくわかんないけど、あたしは勝ったから満足ー」
「それで勇者はいいんですか」
「勝ちは勝ち? 神様はそれを否定しない」
「そうだった、この勇者、勝ち方に美学とかないタイプの人でした……」
「うまうま」
幾種類かの果実を完全凍結させたものを砕き、混ぜ合わせたジュースだった。
この店で作成しているものだ。
私が渋い顔で作り出したものを、二人はあっという間に飲み干した。
「おかわり、いい?」
「さすがに二杯目は金を支払ってください」
「けちだー」
勇者は唇を尖らせた。
隣の子供が首をかしげた。
「おごろっか?」
「え、いいの?」
「子供にたかるのは止めてください、その勇気を持つものを勇者と呼びたくはありません。もう、いいですよ、もう……」
ため息をついてコップを運ぶ私に、勇者と子供は拍手をした。
ここで「ふとっぱらー」と言われても嬉しくはない。
ため息をついて扉を開けるタイミングで、店内から執事が現れた。
「お」
初見の勇者は驚いたが、私は黙ってコップの乗ったお盆を渡した。
その執事は、元・球体だ。
修復中のため、執事人形へとコア部分を入れた。
「誰?」
「ここ最近作成した助手です」
「あたしに黙って作った?」
「この場合、勇者の許可って必要ですか?」
勇者はときどき横暴になる。
「あたしのお付きでしょ?」
「人事権まで受け渡した憶えはありません」
「むぅ」
元球体の執事は、私達のやり取りなど見なかったかのように恭しく一礼した。
「よろしくお願いします」
従者として完璧な所作だ。
だが、立ち尽くして店内に戻らないのは不審だ。
「どうした?」
「はい、緊急事態です」
「鍋でも焦がしたか?」
「敵の隠匿により発見が遅れました。申し訳ありません。直接見た方が早いようです」
執事が指さした先は、村から見れば三時方向。目抜き通り向こうの東だった。
人がいた。
「……なんだ、旅行者……?」
「おお?」
「……?」
誰もが疑問符を飛ばした。
山の合間から、人が来る。
おそらくは和装の女性だ。
陽光を反射し白とも黒ともつかない着物を着ている。
おかっぱ頭のシンプルな顔。
驚くことすらできなかったのは、それがあまりに「普通」に見えたからだ。
遠方から着飾った人が来ている、それだけの風景だ。
一瞬の後、異常に気づいた。
「山よりも、高い……?」
遠近感を確かめれば、隣の山脈よりも巨大だった。
地響きも足音もなく、するりするりと近づいて来るからこそ、即座には気づかなかった。
「あれは、なんだ」
「これです」
元球体の執事は、主種棋のコマを指さした。
像兵だ。
「規格外に巨大なゴーレムが、この村に来ようとしています」
私以外の魔王からの、村への攻撃だった。




