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ep.2 婀娜罠の迷宮


荒い呼吸が続く。

毒によるものだ。

どうしようもない苦しみが内側を灼き、苛む。


「もうすぐ」


珍しく勇者にも焦りが見えた。

顔が赤く、眉根を寄せ、どこか困惑した風情だった。


「教会であれば、回復できるはず。がんばって」

「すみません。これに効く薬を、持って来なかった私のせいです……」

「謝らくていいから」


一歩を進めることすら苦痛となる。


だが、勇者に体を預けるわけにはいかない。

ノロノロとした歩みは本意ではないが、他に手段もない。


勇者が私へとかざす日傘がありがたくも情けない。上から垂れる毒水を防ぐ。


「――」


殺意を込めて周囲のダンジョンを睨みつけた。

ロギウム村から見て北東方向に突如として出現したものだった。


家屋型のそれは無限とも言える数の部屋がある。

馬鹿な金持ちの一軒家とも、悪夢の中の住居とも思える広大さだ。

機能的な設備の数々はやけに近代的で制作者の趣味を伺わせる。


問題は、設備だ。


「どこの、馬鹿が、考えたんですか、こんな……」

「しゃべらないで」


勇者にすら余裕がない。

絶え間なく襲ってくるモンスターを片っ端から叩き潰している。

ほとんどは切り裂いたが、いくつかはこちらまで来ていた。


いつものようにアイテムと魔術を使った対処をするが、私自身の手がおぼつかない。

飴玉大のスライムにより、苦しみは更に増大した。


「油断した、すり抜けゴメン……」

「気にしないでください」


あまりに数が多すぎた。

横殴りに降る雨をすべて斬るようなものだった。


「くそ……」


私は半端に溶けてしまった装備をかき寄せるようにしながら、歯を食いしばり歩き続ける。


「本当に、誰ですか、エロトラップダンジョンなんて造り出したのは……っ!」


各々の部屋には「無理せずここで休んでいけよ」とばかりにベッドが置かれた。

入れば勇者と閉じ込められるという確信があった。


このダンジョンの作成者には、死ぬほど心当たりがある。




  +  +  +




「なあ、おい」


ボロボロになっていろんなものが見えそうだった装備をダンジョン外で着直し、教会にて媚薬効果を打ち消した後、ほとんど直行で魔王城こと自宅地下に降り立ち、元凶である球体をつかんだ。


「魔王様おかえりなさいませ」

「他に言うことはないのか? なあ?」


つかまれている球体は、ぐるん、と動いた。


「効果抜群だったでしょう?」

「そうだな、抜群だったな、私に対してだけ。勇者にはまるで効かなかった、こっちはあやうく色々漏れそうだった。勇者ではなく私が私史上最大の危機だった。本当にオマエ、どういうつもりだ」

「言う必要ありますか?」

「当たり前だろうが、ちゃんと説明出来なければどうなるか、わかっているな」

「ははは、魔王様? そのような非力で握られたところで一向にダメージにはなりませんよ?」

「安心しろ、これはオマエが逃げ出すより先に私の片手を犠牲にしてでも爆貫魔術をぶちこんでやるという決意の現れだ。オマエの返答によっては即座に撃つ」


すでに魔力充填は完了し、魔陣構築も終了している。

あとはトリガーとなる詠唱で発動する。


「効果はありました、そこは認めましょう」

「あ?」

「こちらの映像をごらんください」


白い壁面に映像が映し出された。

つい先ほどまで私がいた場所だった。


「……撮っていたのか? 私のあの姿を、映像として残していたのか?」

「魔王様が媚薬効果にて苦しげに喘いでいる間、あきらかに勇者の動きは鈍化しました」

「おい、消せ、この不愉快な映像をいますぐ消せ」

「参考資料として重要です」

「テメエ」

「こちらのグラフを御覧ください」


示されたそれは、勇者の判断、移動、攻撃すべてが速度低下していることを表していた。


「……あの強力な媚薬の影響だろう」


室内だというのに定期的に降り注いだ。

傘である程度は防げたが、その成分は空気中にも飛散し、回避できなかった。


「いいえ、違います。ちょうどこれがわかりやすいですね」

「おいふざけんな」


巨大スライムに服だけ溶かされようとしていた。

私だけが。


勇者であれば絵になるのかもしれないが、こんなものはただ私への辱めだ。


「通常であれば勇者は一撃にて倒せます。しかし、このように勇者は魔王様の姿をガン見し、初動が遅れました」

「あいつもあいつで何やってんだ……!」

「その後、いろいろと危険なチラ見せ姿となった魔王様のことを、傘の裏から超高速で覗き見る勇者の様子もありました」

「私の裸なんか見て何が楽しい」

「勇者にとっては気になるもののようです」


下半身を抑えながら涙目になる私の姿は、我ながら非常に情けない。


「媚薬をどれほど浴びたところで勇者にはまったく効果がなかった、これは確認されています」

「だろうな」

「ですが媚薬を飲んだ魔王様の姿は、勇者に対して同等の効果を与えました」

「なあ、私は魔王だ、分かってるか? 勇者を倒すために魔王に毒を盛ったと、今オマエは言ったんだぞ?」

「各部屋には様々なアイテムを容易した上で開放していましたが、どうやら勇者は縄に興味があるようです」

「それ、縛られるの私だよな? その縄の行く先、魔王だよな?」


どうして魔王が逃げられない側になっているんだ。


「物理的な攻撃力を持つモンスターはすべて叩き落としていましたが、媚薬効果のみのモンスターを選択的にすり抜けさせてもいました。この辺りの判断力はさすがですが、勇者の顔には「いま後ろでどうなっているか見たい」と書いてあります」

「あれわざとかよ!」

「非常に巧みなモンスター数コントロールでした、魔王様がすぐには処理できない絶妙な数に調整されています」


そうしてさらに服が溶かされ、媚薬を浴びた。


「ひょっとしてあれか、メイン罠・私だったのか、このダンジョン」

「いまさら気づきましたか」

「撃つぞ」

「魔王様の艶姿こそ勇者特攻です」

「そんなわけがないだろうが」

「勇者には魔王様を苦しみから救うためという大義名分を与え、設備や道具も用意しました。あと一歩、あともう少しというところでした。惜しい」

「オマエ、私のことなんだと思ってる? 何やってもいい被害者枠にしてないか?」

「みんなと一緒に行けー、押し倒せー、と勇者を応援していたのですが……」

「他の連中も見てたのかよ!?!?」


知らぬ内にライブ中継までされていた。


「ですが、この路線が高い効果を持つことはわかりました。もっとも勇者にダメージを与えています。是非、次も――」

「却下だ!!!」


半壊程度に球体を破損させた。

思考が正常に戻ることを切実に期待する。



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