第9話:頑固鉄床亭と砕かれた星鋼石
冒険者ギルドを後にした俺は、職人たちが集まる地区へと足を運んでいた。
目的はただ一つ、今の俺にふさわしい武器を手に入れること。
石を握れば砂に、木に触れれば木屑に変えてしまうこの力だ。そこらの店で売っているなまくらでは、一振りしただけで壊れてしまうだろう。
やがて、目的の店が見えてきた。
煤けた木の看板に、力強い文字で『頑固鉄床亭』と彫られている。店の奥からは、カン、カン、とリズミカルで心地よい金属音が響いてきていた。
噂に聞く、気難しい職人の店だ。
俺が店の扉を開けると、むわりとした熱気と共に、鉄の焼ける匂いが鼻をついた。
店内は薄暗く、壁には無骨ながらも明らかに一級品とわかる剣や斧が並べられている。
その中央で、巨大な金床に向かっていた一人の男が、ゆっくりとこちらを振り返った。
銀色の髪、鋭く光る金色の瞳、そして屈強な肉体。狼の獣人だった。
彼は、俺の姿を一瞥すると、まるで邪魔者を見るかのような目で、低く唸るように言った。
「ひよっこに売るもんはねぇ。見学なら他所でやんな。帰りな」
取り付く島もない、とはこのことか。
だが、俺は引き下がらなかった。壁にかけられていた一振りのロングソードに近づき、そっと手に取る。
ずしりと重いが、完璧な重心バランス。刀身には、まるで水面のような美しい紋様が浮かんでいる。
俺はスキル【鑑定(真)】を発動させた。
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
【鋼流の剣】
等級: 逸品
製作者: バルガス
詳細: 玉鋼を幾重にも折り重ねて鍛えられた名剣。製作者の魂が込められており、使い手の技量に応じて切れ味が増す。 ‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
「……素晴らしい剣だ」
俺の口から、自然と感嘆の声が漏れた。
「ただ硬いだけじゃない。柳のようにしなやかで、それでいて岩をも断つ強靭さを秘めている。何より、使い手と共に成長しようという、あんたの魂が込められているのがわかる」
その言葉に、金槌を振るう獣人の手がピタリと止まった。
彼は、初めて俺を値踏みするように、その金色の瞳で見据えてきた。
「……口だけは達者なようだな。その剣を振るう資格が、お前にあるとでも言うのか?」
「資格があるかは、あんたが決めることだ。俺は、最高の武器が欲しい。それだけだ」
獣人――バルガスは、ふんと鼻を鳴らすと、金槌を置いた。
「ついてきな」
俺は、彼に導かれるまま、店の奥にある工房へと足を踏み入れた。
そこは、さらに熱気がこもり、様々な鉱石や道具が雑然と置かれている。バルガスは、その中央に鎮座する、鈍色に輝く巨大な鉱石を顎でしゃくった。
「こいつは『星鋼石』。空から降ってきた、どんな魔法でも、どんな槌でも砕けなかった代物だ。もしこいつを砕くことができたら、そいつで、お前のための武器を打ってやる。まあ、人間のお前には、天地がひっくり返っても無理だろうがな」
それは、あからさまな挑発であり、無理難題だった。
俺は、黙って星鋼石の前に立つ。ひんやりとした、だが、凄まじい密度を感じる。
バルガスが、腕を組んで面白くなさそうに見守る中、俺は人差し指を一本、すっと立てた。
そして、あの測定水晶を突いた時よりも、さらに細心の注意を払って、ごくわずかな力だけを指先に込める。
「キンッ!」
澄んだ、甲高い音が工房に響き渡った。
俺の指先が、星鋼石の表面に触れた、ただそれだけ。
次の瞬間。
バルガスの金色の瞳が、信じられないものを見るように、限界まで見開かれた。
ピシ、ピシピシピシッ……!
ドワーフが作ったという伝説の大槌でも傷一つつけられなかったはずの星鋼石の表面に、蜘蛛の巣のような無数の亀裂が走り――次の瞬間、音もなく粉々に砕け散った。
「…………は?」
バルガスは、その場にへなへなと腰を抜かし、砕けた星鋼石の欠片と俺の顔を、何度も交互に見比べた。
「おま……お前、本当に人間か…? い、一体、何をした…?」
「言ったはずだ。最高の武器が欲しい、と。この石なら、最高の武器になるだろ?」
俺がそう言って微笑むと、バルガスはしばらく呆然としていたが、やがて、乾いた笑いを漏らし始めた。
「……は、はは。そうか。そうだな。ああ、そうだとも」
彼は、ゆっくりと立ち上がると、その顔から先ほどの無愛想な表情は消えていた。そこにあったのは、最高の素材を前にした、一流の職人の歓喜の表情だった。
「わかった! お前みたいな無茶苦茶な奴は初めてだ! 受けてやる、その依頼! 俺の生涯最高の逸品を、お前のために打ってやる!」
こうして、俺は最高の鍛冶師に、最高の武器の製作を依頼することができた。
「ただし、完成には5日はかかる。それまで、どこかで時間を潰してな」
バルガスにそう言われ、俺は彼の店を後にした。
さて、5日間か。ちょうどいい。
「少し、体を動かしておくか。ついでに、小遣い稼ぎもしておきたいしな」
俺は、再び冒険者ギルドへと足を向けた。
依頼ボードの前には、いくつかの依頼書が貼られている。その中の一枚、「迷いの森での薬草採取」という簡単な依頼書の前で、一人の少女が困ったように立ち尽くしているのが、目に入った。
長く尖った耳、翡翠のような緑の髪。エルフの少女だった。
それが、俺の二人目の仲間となる少女との、最初の出会いだった。