第11話:気絶した森の主と、呪いを解くための希望
「アルトさん、本当に、本当にありがとうございます…!」
ギルドの依頼を終えた帰り道、エリアは何度もそう言って俺に頭を下げた。彼女が手に入れた「月光草」は、故郷の村にいる母親の病気の進行を和らげる、唯一の薬なのだという。
俺たちは、報酬の銀貨でささやかな食事をするために、街の小さなカフェに入った。
そこで、彼女はぽつりぽつりと自分の身の上を話し始めた。
「母は…もう何年も、原因不明の病で床に伏せっているんです。私は治癒師なのに…自分の母親一人、救うことができない…。私がもっと優秀だったら、もっと力があれば…」
俯き、か細い声で自分を責めるエリア。その姿は、無力感に苛まれていたかつての自分と、どうしても重なって見えた。治癒師としての高い才能を持ちながら、その気弱さゆえに力を発揮できずにいるのだろう。
「諦めるな。あんたは無力じゃない」
俺は、静かに言った。
「やれることがあるだけ、マシだ。何もできないより、ずっといい」
俺の言葉に、エリアは翡翠色の瞳を潤ませながら、こくりと頷いた。
武器が完成するまでの数日間、俺たちは一緒にギルドの依頼をこなした。
ゴブリン討伐、薬草採取。どんな依頼も、俺の手にかかれば一瞬で終わった。エリアは最初こそ俺の戦いぶりに驚愕していたが、次第にそれが当たり前の光景となり、俺の隣にいることが一番安全だと、心からの信頼を寄せてくれるようになった。
三日目、俺たちは少し骨のある依頼を受けることにした。
【Bランク依頼:狂暴化した森の主、グリズリーベアの討伐】
「グ、グリズリーベア…!? Bランクのパーティーでも全滅することがあるという、あの…!」
「大丈夫だって。ちょっとここで待ってな」
森の奥へと向かう道中、巨大な爪痕が残るエリアで、俺はエリアを待たせた。
彼女の心配そうな視線を背に、俺は一人で森のさらに奥深くへと足を踏み入れる。
数分後。
「おーい、エリアー! こいつで合ってるかー?」
俺は、ひょいと小脇に何かを抱えて、彼女の元へ戻ってきた。
「え……?」
エリアは、俺が抱えているものを見て、目を疑った。
それは、家ほどもある巨大なグリズリーベア。森の主と呼ばれるにふさわしい、圧倒的な威容を誇る魔物。
だが、その熊は、巨大な猫のように大人しく俺の脇に抱えられ、完全に戦意を喪失し、ぷるぷると子犬のように震えていた。
「殺しちゃうと後処理が面倒だからな。ちょっと説教したら、大人しくなった」
「せっ…きょう……?」
エリアは、もはや驚きを通り越して、目の前の現実を理解することを放棄したようだった。
彼女の中で、俺という存在は、「強い」とか「すごい」とか、そういう次元を遥かに超越した、神話か何かに出てくる登場人物のようなものに変わりつつあった。
その帰り道だった。
エリアが、母親の病状について、より詳しく話してくれた。
「時々、身体に黒い痣のようなものが浮かび上がっては、消えるんです。まるで、何かに生命力を吸われているみたいに…」
その言葉に、俺はふと足を止めた。
「エリア、その症状、詳しく教えてくれるか」
俺は、スキル【鑑定(真)】を起動し、彼女の話から病気の正体を探る。集約された情報が、脳内にクリアな知識となって流れ込んできた。
そして、俺は確信する。
「エリア、それはただの病気じゃない。おそらく、『魔素汚染による呪い』の一種だ」
「の、呪い…!?」
「ああ。月光草で進行を和らげることはできるが、根本的な治療にはならない。その呪いを解くには、全く別の素材が必要だ」
絶望しかけていたエリアの瞳に、わずかな光が宿る。
「そ、その素材とは…何なのですか!?」
「『聖樹の雫』。清浄な魔力を持つ聖なる樹から、百年に一度しか滴らないと言われる奇跡の雫だ」
俺の言葉に、エリアは希望に輝いた表情を浮かべたが、それも一瞬。すぐに、その顔は再び絶望の影に覆われた。
「聖樹の雫……そんなものが手に入るのは、エルフの聖域である『アルベンの森』の奥深く……私たちの故郷、エルフの里の近くです…」
彼女の声が、震える。
「でも、私の家は…遠い昔に、里を追放された身なんです。禁を破った者として…。今更、戻ることなんて…できません…」
また、追放か。
どうやら、その言葉には縁があるらしい。
だが、今の俺にとって、そんなものは障害にすらならない。
俺は、俯く彼女の頭に、ぽんと軽く手を置いた。
「なら、俺が一緒に行ってやる」
「え…?」
「あんたの故郷だろ? 追放されたとか関係ない。堂々と里帰りさせてやるさ」
俺がそう言ってニッと笑うと、エリアの大きな瞳から、ぽろぽろと大粒の涙が溢れ出した。
それは、絶望の涙ではなかった。
「……はいっ!」
彼女は、涙で濡れた顔で、これまでで一番力強い笑顔を見せた。
こうして、俺たちの次の目的地が決まった。
それは、俺の新しい仲間を、過去の呪縛から解き放つための旅の始まりでもあった。




