第七話
パーティー当日。
可憐はぐったりしていた。
言わずもがな、真也のせいである。
可憐がなすことに口を出し、行くところ全てについて来る。
さすがにお手洗いにまでついて来ようとしていたのはとめたが。
(伊集院真也ってこんなストーカー気質な奴だったっけ?)
思わず自らの記憶を疑った。
(確か小説では...イケメンで、頭が良くて...)
蓮見雪乃がよく行くカフェで待ち伏せ。
毎朝蓮見雪乃の家の前を通り、学校へ行く。
学校が終わったら、蓮見雪乃の教室の前で待つ。
小説の事を思い出せば思い出すほど真也のアブノーマルさが明らかになっていく。
(ああ、そんな奴だったわ)
これは仕方がないな、と可憐は納得した。
パーティーが始まってしばらくした後、桜子が壁の花となっているのを見つけ、そこへ向かった。
「ごきげんよう、桜子様」
「ごきげんよう、可憐様。素敵なドレスですわね」
「ありがとうございます。従兄弟が選んでくれましたの」
「仲がよろしいんですね」
「そう、ですわね。桜子様のドレスも素敵ですわね。よく似合っておいでですわ」
「本当ですか?実はこれ、祖父が選んでくださいましたの」
乙女につきものな洋服の話をしていると、真也の声が聞こえてきた。
「おい、可憐。こっちに来い」
(気のせいだ。私には何も聞こえない)
真也が呼んでいるのを無視する。
「可憐様、伊集院様が呼んでいらっしゃいますわ」
桜子が真也の方を見ながら言う。
「気のせいですわ、桜子様。私には何も聞こえませんできたもの」
「あくまで、とぼけますのね...」
桜子は無念の死を遂げた者を見るような目をして、「お気の毒様です、伊集院様...」とボソッと呟いた。
「おい!可憐!」
(随分と騒がしい奴もいるもんだ)
誰だよ、と可憐は知らんぷりを続ける。
その時、桜子がふと思い出したかのように、「そうでしたわ。私、パートナーを待たせてますの。ここで失礼いたしますわ」と言ってはどこかへ行ってしまった。
(え、マジか)
桜子に放置された可憐は呆然と立ち尽くす。
「おい、可憐。行くぞ」
どこに、と問いかける間も無く可憐は引きずられていった。
(何故私がこんな目に...)
可憐は今にも白目をむきそうである。
なんせ引きずられていった先は会場のど真ん中で、しかもその後数曲踊らされたからである。
いくら若いといえども、体力の限界というものはある。
可憐の疲れはピークに達していた。
(私はクタクタなのに、なんでこの人元気なのよ...。人でなし!)
横に立っている真也を見て、心の中で悪態を吐く。
「真也様、他の人の所に行かなくてもいいのですか?」
早くどこかへ行け、という視線を向ける。
「パートナーが一緒にいるのは当然だろう?」
(決して望んだ訳ではないんだけど)
可憐は不服そうに真也を見る。
「一緒にいなければならないという義務はありませんが」
「俺が一緒にいたいんだ」
そう言われるとどうにも返せず、可憐は黙った。
「今夜はダンスパーティーなのだから、踊るぞ」
(え、まだ踊るの!?)
嫌だと顔に書いてある可憐を再びホールの中央へ連れて行き、踊りだす。
(...やっぱり顔が近い!)
ダンスだから仕方ないといえども、気になるものは気になる。
それに加え、無駄に真也の顔が良いため緊張してしまう。
(こいつ、性格以外は完璧だな)
これは西園寺可憐が恋に落ちるのも無理ないな、と納得した。
でも、可憐はシナリオ通りになってやる気は毛頭ない。
(絶対、こいつに恋なんかするものか!)
そう心の中で叫んだ。
「つ、疲れたー」
ようやく真也から解放され、可憐は1人バルコニー出てきた。
春先の冷たい風が、火照った身体を冷やす。
「痛った!」
気が抜けた瞬間、かかとに鈍い痛みを感じた。
見てみると靴擦れを起こしていた。
「うわー、やっちゃったな」
可憐は周囲を見渡し、人がいないことを確認する。
(誰も見てないし、いいか)
可憐はそう思い、靴を脱ぐ。
「やっぱり慣れないヒールなんて履くものじゃないよね」
「いや、本当にね」
背後から声が聞こえた。
可憐が驚いて後ろを振り返ると、思惑の読めない顔をした悠貴が立っていた。
(まずいっ!)
人が来るなどと全く予想もしていなかった可憐は、どうやって誤魔化そうかと必死に考えを巡らす。
「まさか、真也のパートナーの西園寺さんがこんな所にいるなんてね?」
「少し、人に酔ってしまいまして」
微笑を浮かべながら言うと、悠貴は「へぇ、そうなんだ?」と笑いながら言った。
「いや、西園寺さんがこんなに砕けた感じだとは知らなかったなぁ」
(絶対私の独り言聞いてたな)
「盗み聞きなんて随分といい趣味していらっしゃるのね?」
可憐は挑戦的な視線を向けた。
「別に盗み聞きしたつもりはないけどね」
悠貴も負けじと言い返す。
2人の間に火花が飛び散った。
少しの沈黙が流れ、悠貴が口を開く。
「てっきり、君にも前世の記憶があるのかと思ったんだけどなぁ」
「それってどういう」
意味と言おうとしたところで、悠貴が言葉を被せた。
「じゃあ、また今度。早めに戻らないと真也が心配するよ。...それと戻る時には靴は忘れないでね」
シンデレラじゃないんだからさ、と不敵な笑みを浮かべて去っていった。
(やっぱり気づかれてたか)
可憐は苦虫を噛み潰した様な顔をする。
(にしても、さっきの発言はどういう事?)
君にもと言っていたことを思い出す。
(だってこの言い方じゃあまるで...)
貴方にも前世の記憶があるって言ってるみたいじゃない。
「まさか、有栖川悠貴も...転生者?」