第二十一話
放課後、可憐は中庭にいた。
「あぁ、もふっもふぅ〜」
手のひらに乗っている栗鼠を撫でくりまわし、緩んだ顔をする。
その栗鼠は、もちろん、九条晃のものである。
栗鼠を見た可憐が、どうしても、と頼み込み、月一回こうして中庭で会うことになったのだ。
「まさか、西園寺様がこんな方だったとは...」
予想を裏切る展開に、晃は苦笑する。
学園で恐れられている西園寺のご令嬢が、こんなにも親しみやすいとは誰が想像できるだろうか?
晃もついこの間までは、傲慢なお嬢様だと恐れ、慄いていた。
しかし、先日の中庭での一件で思わぬ一面を知り、今までの考えを改めさせられることになった。
「やっぱり驚きますわよね〜」
(これでもまだ、だいぶ猫被ってるんだけどなぁ)
でも、この様子を見たらそうなるわな、と可憐は頷く。
「驚いたというよりは、安心したと言うか...」
「安心?」
「西園寺様も、普通の人だったんだなぁと思って」
「そ、そうですのね...」
(一応、自分の評価を知ってたけど、ここまでとは...)
遠巻きに見られていることである程度は予測していたが、可憐が思っていたよりもはるかに悪印象であったことにショックを受ける。
「え?いや、そういう意味じゃ...」
「いえ、分かっているので...」
落ち込みながらも、可憐は栗鼠を撫でる手を止めない。
そして徐々に、楽しい気分になってきた。
「こ、これが...アニマルセラピー...?」
「え?」
「いえ、何でもありませんわ」
訝しげな顔をする晃に、慌てて取り繕う。
(危ない危ない。ボロが出るところだった)
可憐が小学生だった頃など、とうの昔である。
何がそれらしいかなど、忘れてしまったのだ。
(もう少し、観察しないと)
可憐は、桜子や菖蒲の様子を見て、年相応の言動を心がけようと決心した。
桜子や菖蒲も、普通の小学生からかけ離れていることを、可憐は全く考慮していなかった。
「ねえ、何してるの?」
可憐と晃が栗鼠を愛でながら談笑していると、背後から声が聞こえてきた。
聞き覚えのある声に、可憐は苦虫を噛み潰しような顔をする。
「...あら、有栖川様。ごきげんよう。こんな所でどうなさったの?」
ゆっくりと背後を振り返ると、ニヤニヤとした笑みを浮かべた悠貴が立っていた。
「ごきげんよう、西園寺さん。いや、君達がいるのが見えたから来てみたんだ。...で、何してるの?」
(チッ、やっぱり誤魔化されてくれないか)
話を逸らそうとしたものの、巧みに戻されてしまう。
「アニマルセラピーですわ」
「は?」
堂々と宣言する可憐に、悠貴は素っ頓狂な声を上げる。
「日々、誰かさんのせいでストレスが溜まってしょうがないので、癒されようかと」
誰かさんのせいでという部分を強調して言う。
「西園寺さん図太い神経してそうなのに、ストレスとかあるんだ?」
「実はかなり繊細なんですのよ。今の有栖川様の一言で私のガラスのハートは粉々ですわ」
「そうやって言い返してくるあたり、図太いよね」
(有栖川様だけには言われたくないんだけど)
またいつものごとく言い争いが始まる。
「え?西園寺様?有栖川様?」
ここにいるのが、真也や桜子、菖蒲なら、いつものことか、と受け流せるものだが、生憎ここにいるのは九条晃である。
良くも悪くも人の良い彼は、火花の飛び散る2人の間であたふたしていた。
「2人とも落ち着いて下さい!」
「私は冷静ですわよ?」
「僕は冷静だけど?」
(そっくりなのになんで言い争いになるんだろう?)
揃って同じことを言う2人に、晃の中で疑問が芽生える。
これが俗に言う、同族嫌悪であるという事を、彼が知っているはずもなく、彼の疑問は深まっていくばかりであった。
「今日のところはこれで勘弁してあげるよ」
どこぞの悪役かのような捨て台詞を吐き、悠貴は帰って行った。
(一体なんだったのよ...)
嵐のように去った悠貴の姿を見ながら、可憐はため息を吐いた。
「西園寺様と有栖川様って、いつもあんな感じなのですか?」
止めようにも止めることができない口論を見た晃は、呆然としながら問いかける。
「...まあ、そうですわね」
「仲良しなのですね」
なんでそういう解釈になった、と思いながらも、そのまま言うわけにもいかず、オブラートに包んで口にする。
「それはないと思いますが?」
「喧嘩するほど仲がいいって言いませんか?」
(それはそうなんだけど...)
言い訳しても無駄。
そう悟った可憐は、潔く諦めることにした。
「おはよう、真也」
翌朝、学校に着いた悠貴は親友である真也を見つけ、声をかけた。
「おはよう。どうしたんだ、ニヤニヤして?」
いつもに増して笑みの深い悠貴の姿に、不審そうに尋ねる。
「いやー、面白いモノ見ちゃってさぁ」
「一体何なんだ?」
早く聞きたい、と言わんばかりの真也を見て、悠貴は満足そうに頷く。
「西園寺さん、動物が好きみたいだよ」
「動物?」
思いもせぬ一言に、真也はきょとんとする。
「そうそう、もふもふしてる小動物とか」
「そうなのか!」
これはいい事を聞いたとばかりに、真也は目を輝かせる。
(何か、嫌な予感)
何となく良くないことが起こりそうな気がして、悠貴は頬をかいた。
数日後、可憐の所に真也からの手紙が届いた。
「最近着てなかったのに...」
昔は毎日のように届いていた手紙が、ここ数ヶ月着ていないことに喜びを覚えていた矢先のことだった。
(私の喜びを返せ!)
心の中で悪態を吐き、手紙を開く。
『一緒に動物園に行かないか?』
ただそれだけが書かれた便箋と、チケットが入っていた。
「は?」
可憐は目をパチクリする。
そして、もう一度手紙を見る。
「...何で、何で私が動物好きなの知ってんのよ!」
可憐は思わず大声を上げる。
「どうかなさいましたか?」
可憐の声に気付いた使用人達が、慌てて可憐の部屋にやって来た。
「...何でもありませんわ」
可憐がそう言うと、「そうでございますか」と言って退室した。
(何なの!?やっぱりストーカーなの!?)
今までの事を振り返り、可憐は一つの結論に達した。
「有栖川様か...」
(全く、余計な事を)
パーティーでお金目当ての女の子達に囲まれて、身動きを取れなくなればいい、と呪詛を吐く。
呪詛を吐けど、時を戻すことなど、できるはずもない。
(一体、この誘いをどうしたものか)
そう考え、可憐は頭を抱えた。




