第二十話
いつも、『前世に好きだった小説の世界の悪役として転生しましたが、バッドエンドを回避するために頑張ろうと思います』をご覧いただきまことにありがとうございます。
活動報告にも書きましたが、加筆修正いたしました。
主な変更点としては、一人称から三人称に変化する点。主人公"可憐"の口調が若干フランクになる点。加筆する点。
以上の3点です。
話の内容的にはあまり変わっていません。
皆様にはご迷惑をおかけしますが、何卒よろしくお願い致します。
精神的に大変だった週末が終わり、今日からまた新しい週が始まった。
お見舞いでの一件が清太郎に知られずに済み、可憐は若干の安堵を覚えていた。
(そういえば、あの少年は誰だったのだろう?)
制服からして桜ノ園の初等部に在学しているであろう、と可憐は推測していた。
「ごきげんよう、可憐様」
「ごきげんよう」
可憐が教室に入ると、桜子と菖蒲がやってくる。
「ごきげんよう、桜子様、菖蒲様」
可憐が微笑みかけると、2人とも更に笑みを深くした。
(やっぱり、笑顔でも怖くないよね?)
病院で少年が可憐の笑顔で半泣きになっていたのを思い出す。
可憐はよかったと、ほっと胸を撫で下ろした。
「どうしたのですか、可憐様?」
菖蒲が心配そうに可憐の顔を覗き込む。
「いえ、たいしたことではないのですが...」
そう言うと二人はさらに心配そうな顔をする。
本当にたいしたことではないのですがと、週末に母のお見舞いに行った事、少年にぶつかった事、怯えさせてしまった事などを手短に伝える。
「可憐様にぶつかったのですか?」
「可憐様に怯えたのですか?」
2人が交互に問いかける。
肯定すると、桜子が「それは一体、どこの誰ですの?」と笑みを浮かべながら聞く。
当然のことながら、目は笑っていない。
(桜子様?怖いですわよ?)
「名乗っていただいていませんので、わかりませんわ」
そう言うと2人の顔がさらに強張る。
「可憐様に対して無礼な!」
「可憐様がお優しいから許されたようなものを」
「「全く許せませんわっ!」」
面倒なことになったな、と可憐は肩を落とした。
授業が終わり、可憐が帰ろうとした時であった。
急に強い風が吹き、帽子が飛ばされてしまったのだ。
帽子は風に乗り、木の上に着地した。
それも、可憐の身長より随分上の方である。
(最悪だわ...)
可憐は頭を抱える。
しかも、周りに人がいない。
取ってくれ、と頼むのもいい迷惑である。
全く、どうしたものか。
(そうだ)
彼女は思いついた。
木に登ればいいじゃないか、と。
周囲に人がいないならなおのことである。
そうと決まれば話は早い。
前世《昔》は柴崎晴翔に連れられ、虫取りやら何やらさせられた。
もちろん、木登りも例外では無い。
(今世ではやったこと無いけど...まあ、いけるでしょ)
伊達に人生二度目ではないのだ、と言い聞かせて、可憐は木の枝に足をかけた。
(取ったはいいんだけど...)
可憐は見事木登りに成功し、帽子を取ることができたが、しかし別の問題が彼女を待ち構えていた。
(降りれないし)
登ったものの、降りれないという問題である。
見られたらまずいとは思いながらも、足は無様に震えているという、実にどうしようもない状態だ。
見られたらまずいということは、誰にも助けを求めることができないのだ。
(さすがに、ここで夜を明かすのは嫌なんだけど...)
そう思い、ふと辺りに目を向けると、可憐のいる方に歩いてくる影が見てた。
(まずいまずいまずいまずい...)
可憐の顔を冷や汗が伝う。
(とりあえず隠れよう)
そう思い、木の枝に身を隠す。
「アリスー!アリスー!どこにいるの?」
可憐の方に走ってきたのは、1人の少年であった。
彼は何かを探すように、草陰をゴソゴソしている。
(え、アリスって人じゃないんだ...)
アリスと呼んでいたことから、可憐は勝手に人間だと思い込んでいた。
(人じゃないなら一体...?)
どことなく嫌な予感がした。
不吉な予測ほど現実になるものである。
言わずもがな、可憐の予感は当たってしまう。
(今、何かが私の背中に...)
僅かな重量が可憐の背にかかる。
そして妙に生暖かい。
(え、何!?怖いんだけど!)
可憐が恐る恐る振り返ると、それは彼女の顔に飛びついた。
「えっ、ちょっ...」
予想外の展開に可憐は、バランスを崩し、木の上から落下した。
「あいたたた...」
可憐は打ち付けた腰を摩り、未だに張り付いたままの何かを、顔から引き剥がした。
「栗鼠?」
もふもふとした茶色の毛並みにまん丸の目、巻いた尻尾。
図鑑などで何度も見た、栗鼠の姿がそこにあった。
(何でこんなところに栗鼠が?)
可憐は栗鼠をまじまじと見つめる。
「アリス!まさか木の上にいたなんて」
地面に腰を下ろしたままの可憐の方に、少年が走ってきた。
(やばっ!見られてた!)
顔が色を失っていく。
そんな可憐に気がついていないのか、少年は可憐の膝の上の栗鼠を抱き上げる。
「全く...」
栗鼠に文句の一言をかけようと少年が視線を移す。
「え」
「あ」
2人の視線が交差し、気まずい空気が流れる。
そんな様子をいざ知らず、栗鼠だけが楽しそうに跳ねていた。
「本当に申し訳ありませんでしたっ!」
先に沈黙を破ったのは少年の方だった。
「いえ、別に何もありませんでしたし...」
またこの展開か、と内心うんざりしながら言う。
可憐がそう言うにもかかわらず、少年は頭を下げたままである。
「頭を上げて下さらない?」
「二回も迷惑をおかけしましたし...会わせる顔がありません」
彼の顔を覗き込むと、見覚えがあった。
「この間病院で...」
可憐が思い出したかのような顔をすると、少年は更に申し訳なさそうな顔をする。
「あの時ぶつけた腰は大丈夫でしたか?」
(結構派手にぶつけてたよねー)
あの時のことを思い出し、可憐は問いかけた。
「え?」
可憐の一言に、驚いた顔をした。
彼は予想外のことに驚いていた。
父から西園寺可憐は、わがままで人を見下している人だと聞いていたのだ。
だから彼は、絶対に小言を言われるだろうと思っていた。
しかし、彼女が言ったのは、少年が覚悟していたようなことではなく、彼を心配する言葉であった。
そんな彼女には、話に聞いていたような傲慢さの欠片すら垣間見ることはできなかった。
(実は、みんなが言うような悪い人じゃなくて、良い人なんだ)
少年は、今まで感じていた違和感の原因を突き止めることができた。
「大丈夫でした。そう言う西園寺様は先ほどぶつけたところは大丈夫ですか?」
少年がそう言うと、可憐は慌てる。
(忘れてると思ったのに!)
誤魔化しきれていなかったことを理解し、可憐は顔を青くする。
「...大丈夫ですわ」
「なら良かったです」
にっこりと微笑む少年の顔を見て、未だに名前を聞いていないことを思い出す。
「今更ですけど、お名前は?」
「九条晃です」
「九条様、このことは内密に」
可憐は、他人に言われては困るでしょう、という気持ちを込めて言う。
少年ーー晃は可憐の言いたいことを悟ったのか、「はい」とだけ答えた。
もし、この場面を悠貴や瑠璃が目撃していたなら、こう言っただろう。
脅すな、と。




