第十九話
「お母様、お加減はいかがですか?」
可憐と清太郎は2人で詩織の見舞いにやって来た。
「可憐ちゃん、来てくれたのね!嬉しいわ!あら、見ない間に随分大きくなったわねぇ」
そう言って強く可憐をを抱きしめた。
(むっ、胸が...。息が出来ない...)
可憐の身長的にどうしても胸の位置頭がにきてしまい、息が詰まる。
「お母様、苦しいです」
命の危機を感じ、必死で押し返すと、何とか離してもらえた。
(そんなに名残惜しそうな顔をされても...。お母様の気持ちよりも私の命の方が大切なので)
胸による圧死とはシャレにならない。
「詩織ちゃん、お花を持って来たよ」
清太郎はそう言って、先ほど花屋で買った薔薇の花束を差し出した。
「まあ、ありがとう。とっても嬉しいわ」
詩織は花を見て、心の底から嬉しそうな顔をする。
(...お母様の笑みで花束が霞んだ。美女って凄い)
そして2人は見つめ合ったまま微動だにしない。
可憐の目にはハートが飛び交っている様に見えた。
(って、完全に2人の世界に入っちゃってるよね!?)
試しに手を振ってみるが、全く可憐の方を見ない。
(ラブラブなのは勝手だけど、存在ぐらいは覚えておいて欲しい...)
人の恋路を邪魔する奴は、馬に蹴られて死んじまえ。
空気ぐらい読みますよ、と可憐はどこか違う場所へ行くことにした。
(ロビーまで出て来たのはいいものの...特にするないな)
どうしようかなどと考えながら廊下を歩いていると、可憐は誰かに衝突した。
その勢いで可憐は後ろに倒れる。
「いたたっ」
(...我ながら無様極まりないな)
悠貴に見られでもしたら、1ヶ月ぐらいからかわれそうだな、と嫌な事を考えてしまう。
「ごめんなさいっ!」
声のした方向を見ると、桜ノ園の制服を着た少年がいた。
彼は真っ青な顔で、唇をわななかせている。
(一体、私の学校でのイメージって...)
そう考えて、悲しくなる。
可憐はとりあえず立ち上がり、にこやかな笑顔を少年に向け、「こちらこそごめんなさいね」と謝罪した。
しかし、彼は目に涙を浮かべ、ますます顔を青ざめさせていく。
(えー...むしろ泣きたいのは私なんだけど)
死んだ目で少年を見つめる。
「本当にごめんなさいっ!」
そんな可憐に、土下座しそうな勢いで頭を下げる。
(完全に悪役ポジションじゃん!ほら、周りの視線がぁ...)
可憐の周りを、看護師や患者から構成された野次馬が囲っていた。
「あれって...」
「西園寺様のところの...」
コソコソと可憐の噂をしていた。
完全に見世物状態である。
(あぁ、終わった...)
絶望的な光景に、可憐は真っ青である。
見世物じゃないわよっ!などとは、可憐に言えるわけもなく、ただ呆然と立ち尽くす。
こうしているうちにも次々と観客は増え続けていた。
(困ったなぁ)
しばらく可憐達がそうしていると、背後から声が聞こえてくる。
「晃!こんな所に居たのか!帰るぞ!」
スーツを着て、髪の毛をオールバックにした30代ぐらいの男性がずかずかと歩いてきた。
(怖っ!)
誰か、と可憐が考えていると、少年は声を発する。
「おとう、さま」
(マジか)
あまりにも似ていないので驚いた。
「お前は今まで一体何をしていたんだ!」
そう言って少年を叱る。
(あのー、私の事忘れてませんか?むしろ忘れているなら今の内に帰っていいですか?)
そそくさと逃げようとしていると、少年は事情を説明しだす。
「...実は西園寺様にぶつかって」
西園寺という名前を聞いて、男性は表情を凍らせた。
(今、西園寺って言っちゃダメでしょ!)
可憐は目を見開く。
「お前は何という事を...」
「本当にごめんなさい!」
本人抜きでどんどん話が面倒臭い方向に進んでいく。
(嫌な予感がするんだけど...)
そう思って周りを見るが、四方八方を囲まれた状態だった。
逃げたところで身元がばれてるから意味がないのだが、可憐にはそんな事は関係なかった。
「申し訳ございません、西園寺様。うちの愚息が飛んだご迷惑をおかけしました」
可憐の方を見て、頭を下げた。
(わぁ、見事な45度......じゃなくて!)
「いえ、私の不注意ですので」
可憐は精一杯の笑顔で言った。
切実な願いを込めて。
(お願いします、後生ですからやめて下さい)
笑顔の奥に、切実さが滲み出ている。
しかし、そんなことに気がつくはずもなく、男性は謝り続ける。
「いえいえ、息子が...」
「いえいえ、私が...」
(終わりが訪れない気さえするんだけど...)
謝罪を聞きながら、ふと思った。
「可憐、どこにいるんだい?帰るよ?」
先の事を考えぐったりしていると、清太郎の呼ぶ声がした。
(おお!神よ!)
普段神など信じてもいないのに、都合よく願い、感謝する。
(ラッキーだわ)
困った時の神頼みが、通用したのだ。
可憐は、喜びのあまりスキップしそうな気持ちを我慢しながら、「お父様が呼んでいらっしゃいますので」とだけ言ってそそくさとその場を去った。
「一体どこで何をしていたんだい?」
清太郎が心配そうに問う。
「いいえ、何も。ただ単に、お母様が入院していらっしゃる病院が気になったので、探検していただけですわ」
本当の事を言うと、より一層面倒になる事が分かりきっていたため、何もなかったかのごとく振る舞った。




