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第九話

春の日々は慌ただしく過ぎ去り、梅雨の季節になった。

「こうも毎日雨ですと、気が滅入りますわね」

はぁ、とため息を吐く。

「えぇ、本当に困りましたわね。もうすぐ遠足ですのに」

可憐の横に桜子が来て言う。

(ん?遠足?)

可憐の頭の中を遠足という言葉がぐるぐると回る。

(遠足って、あの遠足か?)

一体他にどの遠足があると言うんだ。

可憐のきょとんとした顔を見て察した桜子は、ことの内容を伝える。

「うちの学園が所有している山に行くんですよ」

(学園が山持ってるって...)

レベルがあまりにも違いすぎて、苦笑いする事しかできない。

「遠足では班行動が基本だそうですので、そろそろ班決めをするのではないでしょうか」

同じ班になれるといいですわね、と桜子は言った。


桜子の言った通り、班決めが行われた。

5人1組らしい。

幸運なことに可憐は桜子と同じ班になれた。

そして、可憐と桜子を除いた他のメンバーを紹介するとしよう。

1人目は、白鳥菖蒲しらとりあやめ

世界中にホテルを展開してる、ホテル王ーー白鳥(つかさ)の次女。

肩くらいのストレートヘアに切れ長の目が印象的だ。

彼女は小学生にもかかわらず、可愛いというより美しいという言葉の方が合う。

2人目は、城ヶ崎伊吹(じょうがさきいぶき)

少しクセのある髪の毛に大きめの瞳の中性的な見た目の少年だ。

そんな彼は、日本有数の不動産会社の跡取り息子である。

最後に、北大路瑠衣きたおおじるい

ファッション関係の会社の社長の父と元フランス人パリコレモデルの母を持つハーフの少年。

(何なの顔と家柄で選んでんの!?)

可憐がそう言うのも無理はない。

班員みんなが美形だったからだ。

しかも、お金持ち。

勝ち組である。

もちろん、可憐もその仲間であるのだが...。

(こんなのチートだ!)

当の本人は全く気づいていない様である。


「思ってたよりも広いね」

「...そうですわね」

伊吹のいう言葉に、可憐は苦笑いしながら返す。

なぜならば、可憐には理解できなかったからである。

このあまりにも広大すぎる土地に対して、"思ったより広い"と言う人間の気持ちが。

さすがは、不動産会社の子息と言うべきか、周りが唖然と立ち尽くしているのに、物怖じせず、「ここは良い値段がつくな...」と言っている次第である。

もはや一種の職業病ではなかろうか。

まあ、そんなことはさて置きだ。

ここは、広いなどという言葉で表せないほど広い。

目の前に広がる緑、青い空、白い雲。

小鳥のさえずりと風の音。

ただそれだけである。

子供の足で歩ける距離なのに、大都会の喧騒など全く聞こえない。

(学園恐るべし...)

肩書きは伊達ではないということか、と可憐は納得した。

「ここからは自由に自然を体験してください」

先生がそう言って、自由行動となった。


「可憐様、あちらに綺麗なお花が咲いていますわ。一緒に見ませんか?」

「可憐様、小鳥はお好きですか?向こうに可愛らしい鳥がいますわ」

桜子と菖蒲が、可憐に口々と話しかける。

(私、意外と人気者?)

それはないか、と内心ツッコミをいれながら2人の所に向かった。

班員に振り回され、可憐は様々な物を見た。

平々凡々な家庭に生まれ、平々凡々に育った可憐としては別段珍しい物を見たわけではないが、お金持ちの家庭に生まれ育った少年少女達には珍しい物ばかりだったのであろう。

「私、蝶を見たの初めてですわ」という言葉、そしてそれに続き「僕も」と口々に班員が言うのに可憐は驚きを禁じえなかった。

(今までどんな生活おくってきたのよ...)

これがジェネレーションギャップか、と見当違いに納得をした。


お昼過ぎ、少し雲行きが怪しくなり、雨が降ってきた。

「どうしましょう。私、傘を持ってませんわ」

オロオロしながら菖蒲が言う。

「私のをお使いになって」

可憐はすかさずヘルプを入れる。

「でも、可憐様のが...」

「大丈夫ですわ。私、予備を持ってきておりますので」

可憐がもう一つ傘を取り出すと、菖蒲は納得した様に頷き、「ありがとうございます、可憐様!」と言う。

「いえ、お気になさらないで下さい」

「このご恩はいつかお返しします」

(そんなに気にしなくてもいいのに...)

御礼は常識の範疇なら受け取ろう、と可憐は心に決めた。


山の散策を再開し、しばらくすると、目の前の樹の下で雨宿りをしている私服の少女がいた。

おそらく年齢は可憐と同じくらいであろうと思われた。

少女は何があったのか、ボロボロであった。

高い位置で二つに結ばれた髪の毛はびしょ濡れで、転けたのか白いワンピースに泥のシミができており、膝は擦りむいていた。

丸い大きな双眼は沢山の涙が溜まっており、氾濫しかけのダムのようである。

「あの子誰なんだろうね?」

「さあ?」

伊吹と瑠衣が疑問を口にする。

彼女に関して確実に分かることは、桜ノ園の生徒ではないという事だけである。

「こんな所でどうなさったの?」

他の四人はどうも話しかける勇気がないらしく、可憐が話しかけた。

「お友達とかくれんぼしてたら...迷子になっちゃって、気づいたらここにいたの。...お家に帰りたい...」

少女はそこまで言うと、泣きじゃくりだした。

(普通、ここには入り込めないと思うんだけど...)

桜ノ園は名門私立校だ。

よって、名家の子女が集う。

そんな学校の警備がヤワだとは、可憐には思えなかった。

(悩んでいてもどうしようもないな)

教師や警備員に見つかると厄介だ。

だから早急に帰ってもらうのが良いと可憐は判断した。

(とりあえず、何処から来たか聞くか)

「貴女、どちらからいらしたの?」

「...小梅町」

小梅町といえば、この山の西側に位置しているはずである。

「そこでしたら、向こうの池の所から出ればすぐですわ。雨が降ってますので、私の傘を使って下さいな」

そう言って傘を差し出すと、感謝の言葉を言い、少女はバイバイと手を振りながら去っていった。

「さあ、私達もそろそろ先生の所に戻りましょうか」

「でも、可憐様の傘が...」

可憐が濡れているのを見て、菖蒲は傘を返そうとする。

そんな菖蒲を制し、可憐は笑って言った。

「私は大丈夫ですわ。菖蒲様がお使いになって下さい」

(か弱い幼女を濡らすわけにはいかないもんね)


「可憐どうしたんだい?そんなに濡れて...」

家に帰ると、清太郎が目を見開く。

「お友達に傘をお貸ししたら私の分が無くなっただけですわ。...くしゅんっ!」

少し寒気がし、くしゃみが出る。

「理由は後で聞くから、早くお風呂に入りなさい!」

清太郎がそう言うと、可憐は使用人達に風呂場に連行されていった。

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