第一話
あくまでもこの作品はフィクションですが、自分の今までの経験に基づいたフィクションです。作品内のアイドルは実在しませんが、自分が実際に好きな実在のアイドルをモデルとしてイメージはしています。リスペクトを込めて。
最後まで読んでいただければ幸いです。
私、夢小説の世界に転生しちゃったかな。そんなことを思ったけど、それは紛れもない現実だった。
夢小説じゃなくて、本当に自分と同じ時空に、現在、目の前に推しが実在している。それは私にとって、とんでもなくありえない奇跡とでも言うような出来事だった。
お前は一体なにを言っているのかと思われるかもしれない。それは、端的に言うと特撮ヒーローとアニメとマンガが好きだった私が、二次元ではなく現実のアイドルにハマったという話。
特撮ヒーローは二次元ではなく現実に存在していると言う人もいるだろうということは理解している。あくまで私の中での認識。
特撮ヒーローは現実に存在しているとは思っていない。二次元ではないが、二次元に近い存在だと認識している。テレビの中のフィクションの存在だから。
夢小説という単語がわからない人に向けて説明をしておく。わかる人はこの段落を読み飛ばして構わない。夢小説というのは、要約するとフィクションの作品のキャラクターと自分が恋愛関係になる二次創作小説のこと。恋愛関係ではない場合もある。主人公が「自分」ではなく「オリジナルキャラクター」の場合もあるが、私は夢小説は「自分とフィクションのキャラクターの恋愛小説」と捉えている。それは違うと言う人もいるだろうが私の認識でざっくり説明するとそういう感じという話。これくらいの説明で足りているかわからないけど、説明はこれで終了。
その出会いの始まりは、私がヒーローショーを見に行くためにある遊園地に行った時。私はヒーローショーを見に行くためだけに一人で遊園地に行く成人女性だった。
成人女性が一人でヒーローショーを見るためだけに遊園地に行くのは、世間的に見れば少し異常かもしれないことは理解している。でも、世間的に少し異常だと思われようと、好きなものは好きだから、仕方がない。
私は自分が好きなものに対して正直に生きていきたい。そう思っている。
ヒーローものの特撮ドラマは小さい頃からずっと大好きだった。周りの友達がそういうものを見なくなって、親からもいつまでそんなものを見ているんだと言われようとも、私はずっと大好きでテレビから離れられない。
特撮ヒーローは、ずっと私の憧れ。とは言いつつ、アニメやマンガなどもかなり好きで、色々と見ているので、特撮ヒーロー一筋ではない。アニメやマンガなどのキャラに恋をして、キャラに対して「俺の嫁」だのと言っていた時期もある。
いわゆる夢小説というものにも一時期とんでもなくハマっていた。アニメやマンガなどのイベントにも足を運ぶこともある。声優さんにハマっていた時期もあるので、そういう意味では現実の人間にまったく興味がなかったわけではない。
でも、声優さんは自分とは違う世界の人間だと認識して、現実の人間だと思っていなかった。舞台挨拶やイベントなどで姿を見ることはあっても、客と演者のあいだには線引きがある。
話を進めよう。遊園地のヒーローショーに行くのは、初めてではなかった。そこの遊園地ではけっこう頻繁にヒーローショーが開催されていて、二カ月に一回くらいの頻度で私は通っている。
でも、親と一緒に住んでいた時は、ヒーローショーを見に行きたいなんて言えなかった。私の親は、女の子がそういうものを好きなことに対して否定的だったから。
親元を離れて一人暮らしを始めてから何か月か経った頃に、初めて一人で遊園地にヒーローショーを見に行くことができた。最初は一人で遊園地に行くことに少しの抵抗感のようなものはあったものの、大好きなヒーローを間近で見られて、最高に楽しくて夢中になる。
子供たちがヒーローに「がんばれー!」と声を上げるのを間近で見られるのもなんだかとても良い光景だと思った。私自身は、成人女性が子供たちに混ざって大声を出すのはどうなんだろうとためらってしまって、声は出さずに拍手をしながらいつも見ている。
ショーの後には撮影会もあった。ヒーローと一緒に写真が撮れる。それは子供の参加者が多く、大人が一人で参加するのは気が引けた。けど、私と同じように一人で来ている大人のお客さんもいるようだったので、少しためらいつつ私も参加するようになった。
でも、少し暗い気持ちにもなることがある。自分の容姿に自信がない私は、自分の写った写真が残ることが嫌だ。それでも大好きなヒーローの写真は残しておきたくて、自分が写るのは嫌だけど、それも将来的には記念になるか、と考えた。
その日、私はいつも通りヒーローショーを見て、軽く食事でもしようかどうしようかと考えながら、ふらふらと園内を歩いていた。そこの遊園地には、ヒーローショーをやっているメインのステージとは別に、もう一か所、イベントをやれるステージがある。大した目的もなくふらふらと歩いていた私は、そちらのもう一か所のステージの近くまで来ていた。
その時、私の耳に歌声が響く。歌声が聞こえた方向へ振り向くと、アイドルか何かのステージのようだった。
「公開リハーサルありがとうございました! この後すぐ、本番のライブがあります! ぜひ見ていってください!」
そう聞こえて、ステージに立っていた三人が去っていった。
近くにあったポスターを見ると、TearStarと書かれている。男性の三人組アイドルらしい。白峰ミユキ、横谷サトリ、新村キョウカという名前が載っていた。
「新規チェキ無料」という文字も記載されているが、その意味がパッとわからなくて頭の中から流した。
なんだか興味を引かれたから、とりあえず時間はあるから少し見てみるだけ見ていこう。そう判断する。
アイドルのことはよくわからないが、先ほど聞こえた歌声がとても魅力的だった。いくら言葉を並べても歌声の魅力は伝わらないだろうが、なんだかとっても歌声が耳に残っている。
アニメやマンガでアイドルものは見たことがあるけど、ハマったことはなかった。というより、視界に入ったことはあってもしっかり向き合って見たことはなかったというのが正しいか。
私が好きな作品はバトルものやスポーツものなどどちらかと言えば男性向け、少年向けが多い。女性向けのアイドルものは自分の好みではないと最初から決めつけて、真面目に見ていなかった。テレビでアイドルを見かけることがあっても、そこまで興味を唆られることはない。
どうしてその時はこんなに興味を持ったのか、自分でもよくわからなかった。偶然が重なったとしか言えない。
私が見ていたヒーローショーに比べると、客席の様子が明らかに違うなと思いながら、私は遠慮がちに後ろの端の方に座った。客席にいるのは若い女性ばかりに見えたが、男性もちらほらいる。でも、ヒーローショーとは違って子供のお客さんがいなくて、異次元に迷い込んだかと思ってしまう。
ヒーローショーばかり見ていた私は、遊園地のお客さんは子供がメインで、家族で来るのが一般的だと認識していた。なんだか私はとても場違いな気がしてしまったが、私だって若い女性なので、アイドルのステージを見るのは不思議ではないことかもしれない。
そうこうしているあいだに、ステージが始まった。ステージの上で歌って踊る三人の姿が、とても輝いて見える。私にとってそれは人生で初めての経験で、ものすごい衝撃だった。
いくら文字を並べても伝わらないだろう。テレビで見るのとは違う、目の前で感じるアイドルのステージは、凄まじい輝きを持っていた。
すごい、なんて言葉じゃ足りないくらい、すごい。私が特に惹かれたのが、キョウカさんの歌声だった。一人ずつ歌う部分もあり、その時、特にキョウカさんの歌声が好きだと感じる。
一人で歌う部分のことをソロパートと言うのだったか、と私のなけなしの音楽の知識から引っ張り出す。私は音楽にはそこまで詳しくない。一般的な知識はまああるとは思う。
恐らく曲の最後に来るサビが、落ちサビと言われることはかろうじて知っている。二曲目の落ちサビが、キョウカさんのソロパートだった。
その瞬間、私の心はキョウカさんに撃ち抜かれた。そこまでのあいだも、好きだな、とは思っていたけど、ハッキリ撃ち抜かれたのはこの時だった。
キョウカさんの歌声が、私の心を掴んで離さない。私はもう、キョウカさんの虜になっていた。どんな言葉を並べたら伝わるんだろう。とにかく聞き惚れるしかなかった。
曲が終わると、三人が姿勢を正して並ぶ。
「僕たち、煌めく星々の雫、ティアスタです!」
三人がキレイな声でそう名乗った。
「それではここで自己紹介をさせてください!」
キョウカさんがそう言って、ミユキさんを指さす。
「想いを届ける流れ星! 白峰ミユキです! メンバーカラーはホワイト、ミユキって呼んでください!」
客席から「ミユキー!」と叫ぶ声が上がっていた。そうか、アイドルってコールレスポンスというものがある。なんとなく見たアニメでうっすらと知っている。
ヒーローショーでもいつも声を出して応援してこういうことに慣れておけばよかったと思った。声を出すことに慣れていないので、拍手しかできない。
心の中で、ミユキくん、と呼んでおく。メンバーカラー、という単語がパッとわからなかったが、そういえば客席でライトを掲げているのが見える。
白い光が、ゆらゆらと揺れていた。アニメのイベントでも、ペンライトと呼ばれるものを見たことはあるな、と思い出す。私はそういう文化には疎かった。
「煌めく笑顔の元気印! 横谷サトリ、メンバーカラーはヴァイオレットです。サトきゅんって呼んでねー!」
すかさず客席からは「サトきゅーん!」と叫ぶ声がする。紫色の光が揺れているのを見ながら、私は拍手を送っていた。
サトきゅんと呼ぶのは少し恥ずかしいような気がしたが、心の中でサトきゅんと呟いた。
「始まりを告げる一番星! 新村キョウカ、メンバーカラーはイエローです。キョウカ様って呼んでほしいな」
客席から「キョウカ様ー!」と声が上がる。私も勇気を出して、控えめの声で「キョウカ様」と呼んでみた。「キョウカ様」という呼び名が、なんだかとても素敵に感じた。
すごくしっくり来るというか、ストンと腑に落ちるというか。高貴な雰囲気があるわけではない。他の二人に比べると身長が低めなので、愛くるしい少年のようにも見える。
でも歌っていた時には大人の色気を感じる瞬間もあった。笑顔で客席に手を振る姿が、なんだかとても眩しい。
私がキョウカ様を呼ぶ声は、ステージに届かない控えめの声だったはずだけど、キョウカ様が私を見て微笑んだ気がする。
「自己紹介が終わったところですが、次で最後の一曲になります」
ミユキくんが言うと、客席から「ええ~!!」と残念そうな声が上がる。
「ありがとー、では最後の一曲、聞いてください」
サトきゅんがそう言って、曲が始まった。ステージが終わりに近づいているのが、なんだか寂しい。そんなことを思うあいだに、曲が終わる。
「ここで告知をさせてください。僕たち、来月の下旬に一周年ライブがあります! チケット発売中なので、よろしくお願いします!」
ミユキくんが言って、三人が頭を下げた。一周年ライブ、なんだか重大そうな響きだ。
「この後は特典会があります! 僕たちのライブを初めて見たっていう人は、チェキが一枚、無料で撮れます! ぜひ来てください!」
キョウカ様がそんなことを言って、三人がステージを去っていった。特典会という単語は初めて聞いたが、チェキというのは聞いたことがある。撮ったその場で写真が印刷されるものだったはず。
つまり、特典会というのは撮影会か。ヒーローショーでも撮影会はあるから、似たようなものだろうと思った。
初めて見た人は無料、ここで私はポスターに書かれていた「新規チェキ無料」を理解する。新規というのは初めて見る人ということだったのか。
「特典会こちらでーす!」
スタッフさんらしき人が案内をする声が聞こえた。客席にいた人々が移動して列を形成されている。とりあえず並べばいいのか、新規チェキは別の列なのか、よくわからない。
案内をしているスタッフさんに聞いてみようか。付近をウロウロしている私は周りから不審に見える気がした。やはり私の存在は場違いだったんじゃないかと不安になる。
「あのー……もしかして、初めてですか?」
「えっ、あっ、はっ……はい……」
我ながらとても情けない声が出てしまった。振り向くと、穏やかな雰囲気の女性が立っている。
「急にすみません、もしかして初めてでわからないのかなって思って……あの、初めての人はあそこの新規チェキ無料ってポスターのとこのスタッフさんに言えば大丈夫ですよ」
「あっ、ありがとうございます……!!」
私はなんとかお礼の言葉を絞り出した。こんなことは初めてなのでよくわからず、それだけで精一杯だった。
「いえいえ、じゃあ私は並ぶので、失礼しますね」
「えあっ、はい……ありがとうございました……!」
にこやかに手を振ってくれる女性に何度も頭を下げながら、私は新規チェキ無料に向かった。
「あのっ、えっと、初めてなんですけど……」
「新規さんですね、ありがとうございます! 誰とチェキ撮りますか?」
「えっ、あっ、選ぶ感じですか?!」
私は初めてのことに大いに戸惑っていた。
「そうですね、お好きなメンバー一人を選んでもらって、一人とチェキを撮れます。新規さんなのでサインも無料で付きますよ」
「へぁっ? ……じゃあ、キョウカ様でお願いできますか?」
色々とわかっていないままだったが、私はためらいなくキョウカ様を選んだ。キョウカ様を選ぶしかないと思った。ステージを見て、キョウカ様に心を掴まれていたから。
「キョウカですね。じゃあこちらをお持ちください」
新規特典券、と印刷された券を渡された。スタッフさんの手書きで「キョウカ」と書かれている。
「新規さん並びまーす」
スタッフさんが、並んでいた人たちの先頭に向けてそう言った。どうやら「新規」は列の先頭に並べるというシステムらしい。私は初めてのことに戸惑いながら、先頭に並んだ。
少し待つと、三人の姿が見える。三人が目の前に立たれて、それだけで私は心臓が爆発しそうなくらい緊張していた。特典券を握る手が震えている。
でも、ヒーローショーの撮影会には参加したことがあるから、それと大差ないのではないかとも思っていた。いや、そう思って冷静になろうとしている。冷静になれない自分がいた。
「特典会、始めます。よろしくお願いします!」
三人が挨拶すると、並んでいるお客さんたちが拍手をした。私も慌てて拍手を送る。すぐにスタッフさんが私の前に来て、声をかけられた。
「新規さんで、キョウカですね。こちらへどうぞ。あ、お手荷物はそこの机の上に置いてください」
「あっ、はい……!」
長机が置かれているのは見えていたが、荷物置き場だったのか。私はカバンを置いて、キョウカ様の隣に移動する。
「初めまして〜、来てくれてありがとう!」
「あっ、えっ、あっ?! は、初めまして……?!」
まさかキョウカ様に話しかけられるなんて思っていなくて、かなり動揺した。ヒーローショーの撮影会ではそんな会話なんてない。ヒーローショーのキャラクターに一方的にこちらから話しかけて、リアクションをされることはある。
でも、ヒーローショーのキャラクターが、相手から話しかけてくることなんて……まったくないわけではないが、そんなことは滅多にない。基本的にヒーローショーのキャラクターは喋らないものだ。アイドルの撮影会は会話ができるのか。
私は軽くパニックのようになり、どうすればいいのかわからなかった。
「緊張してる? 初めてだもんね。ポーズどうするかは決めてる?」
「えあっ、やっ、……な、なにも……」
ポーズをどうするかなんてまるでなにも考えていなかった。そういえばヒーローショーの撮影会でも、様々なポーズで写真を撮っている人を見かける。
私はだいたいいつもヒーローの決めポーズで写真を撮っているから、そこまで考えたことがなかった。キョウカ様に決めポーズなんてあるんだろうか。
「じゃあ、二人で大きなハート作ろう!」
そう言ってキョウカ様がポーズを作り始める。私はキョウカ様に合わせてぎこちなくポーズを取った。スタッフさんが撮影して、出てきたチェキをスタッフさんがキョウカ様に手渡す。
「サイン書くけど、宛名どうする?」
「えっ?! えっと、……じゃあ、『リオン』でお願いします」
「リオンちゃん?」
「は、はいっ」
宛名なんて書いてもらえるのか、とびっくりした。本名はよくないよなと、とっさに思って、私の口から出たのは、インターネットで昔から使っているハンドルネームだった。藍音リオン、という、小学生の頃に考えてからずっと使っているハンドルネーム。
「リオンちゃん、あの辺で見てくれてたよね!」
キョウカ様が、私がさっきまで座っていた辺りを指さす。
「えっ、見えてたんですか?!」
「見えてるよ〜」
驚く私に、キョウカ様はサインを書きながら答える。
「リオンちゃんは、今日は一人で来たの? 友達に誘われたとか?」
「えっ、……一人で……その、えっと、今日はヒーローショーを見に来て、終わった後にふらふらしてたら、歌声が聞こえてきて、それで……」
「偶然ライブを見てくれたの?! ありがと~!! 嬉しい!!」
私の言葉を、キョウカ様はうんうんと頷きながら聞いてくれた。本当に嬉しそうに顔を輝かせていて、その笑顔に心を掴まれる。
「そろそろお時間でーす」
スタッフさんに声をかけられて、キョウカ様がサインを書き終えたチェキをこちらに差し出した。
「けっこう都内でライブしてるから、また気軽に来てみてね、リオンちゃん!」
「あっ、……ありがとうございました……!」
私がチェキを受け取ると、キョウカ様が片手を掲げた。
「ハイタッチしよ!」
キョウカ様に言われて、ヒーローショーの撮影会でも去り際にやるやつだ、と思った。
「またね〜!」
「ま、また……」
私はぎこちなく挨拶しながら、キョウカ様から離れた。ハイタッチの余韻が残る手で、荷物置き場からカバンを取る。
チェキを落とさないようにと気を付けながら、ひとまず近くのベンチに座った。チェキをカバンにしまおうとして、びっくりした。
『出会ってくれてありがとう!』
サインに、そうメッセージが添えられていた。短いメッセージだけど、なんだかとても嬉しくて、胸が張り裂けそうになる。
リオンちゃんへ、と書かれた宛名も、日付も、チェキに書かれているすべての文字が、キョウカ様が書いてくれたんだと思うと、愛おしく感じた。私だけのために書かれた、キョウカ様の文字。これは私だけの世界に一枚の宝物なんだと思った。
私はチェキを大事にカバンにしまって、立ち上がった。遊園地の出口に向かいながら、何度も何度もカバンの中のチェキを確認してしまう。なんだかとても夢のような心地だった。
そういえば、食事をするのを忘れていた。少し空腹感はあるけど、時間を考えると帰りたい。食事をして落ち着きたいような気もするが、今の落ち着かない心の状態のまま帰宅したい気もする。軽く迷ったが、そのまま帰ることにした。
帰りの電車の中で、私は「ティアスタ」について検索する。公式サイトと、SNSの公式グループアカウント、個人のアカウントがあった。
「TearStar」という名前は、「涙」を意味する「Tear」と「Star(星)」を合わせた言葉で、「星の雫」という意味が込められているらしい。そういえば「星々の雫」という名乗りがあったなと思い出す。
夜空に煌めく星々のような輝きをあなたに届けます、と、公式サイトに書かれていた。ライブ観覧の際の注意事項や、ファンレターの郵送宛先なども公式サイトに載っている。
ライブのスケジュールも公式サイトにまとめられていた。ライブのスケジュールを見ると、確かにけっこうライブがあるようだった。毎週一回以上はライブの予定が記載されている。一周年ライブがとても気になるから、チケット販売サイトを見ると、知らないサイトだった。
会員登録をしなくちゃいけない。会員登録をするというのが、私はかなり億劫だった。
一旦は公式サイトを閉じて、SNSの公式グループアカウントも見てみる。ライブの宣伝をメインに投稿されているようだった。
キョウカ様のSNSアカウントを見てみると、最新の投稿が今日のライブの前にされていた。「今日は遊園地でライブ! 楽しみ! フリーライブだから、みんな気軽に見てね〜」という文章に、キョウカ様の写真が添えられている。私はその投稿に「いいね」を押そうとしたが、少しためらった。
私が子供の頃は、いわゆる「オタク」と呼ばれる趣味は隠れるべき、みたいな風潮があった。今は時代が進んで、オープンにオタク趣味を語る人が増えている。それでも私の中には、オタク隠れるべし、というような刷り込みが根付いていた。
SNSを始めた頃、特撮ヒーローの公式アカウントに対しても、アニメやマンガなどの公式アカウントも、漫画家さんやアニメ関係者、声優さん、様々な、いわゆる「公式」と呼ばれる側のアカウントに反応を送るのを、私はためらっていた。
フォローやいいねなどの反応の数が「公式」にとって一つの指標になる、という言説を見てからは、ためらいつつもフォローをし、反応を送るようにはしている。それでも、今でも反応を送るのをためらってしまう気持ちがあった。
ためらう気持ちはありつつ、私はキョウカ様の投稿にいいねを押した。フォローをするのも気が引けるが、こういうのは一人でも数が多い方がいい、らしい。
フォローやいいねが多い方がいいらしいということは知っていても、オタク隠れるべしという刷り込みが強く、ためらう気持ちがある。そんなことを悩んでいたら、いつの間にか自宅の最寄り駅に着いていた。悩んでいても仕方がない、と、勢いでキョウカ様のアカウントをフォローする。
帰宅して、カバンの中からチェキを取り出した。そういえば、チェキってどうやって保管すればいいんだろうか。今になって思い至る。チェキを撮るというのが生まれて初めてだったので、なにもわからなかった。
「チェキ 保管」で検索してみる。どうやらチェキ専用のアルバムなるものがあるらしい。百均でも買えるようだ。今日はもう遅いので、明日にでも探してみようか。
今日はなんだか、とても疲れたけれど、心地よい疲労感だった。なんだか現実じゃないみたいで、夢のような……。今までアニメやマンガや、テレビの中などで、アイドルを見たことはある。でも、アイドルのライブを生で見るのは初めてで、特典会なんて本当に現実だったのか、信じられない。
アニメやマンガの中の大好きなキャラクターは、実際に会って話すことなんて夢のまた夢だ。ありえない。それこそ、夢小説の中の世界。特撮ヒーローは、ヒーローショーで実際に会うことはできる。でも、会うことはできても、ヒーローショーのキャラクターは会話はできない。
ショーでセリフを発することはあっても、それはキャラクターが喋っているわけではない。そんなことを言うと、夢がないと言われるかもしれないが、キャラクターには「中の人」がいて、実在ではない。
いや、世の中は広いから、本当に実在というコンセプトでやられているローカルヒーローもいる。実際に会って会話ができる、そういうローカルヒーローがいる。
会話ができる特撮ヒーローは、存在する。地方のローカルヒーローだけど、私がいつも行っている遊園地のステージでショーをしていたことがあった。見に行ったら、撮影会もあって、撮影会で会話ができて、ものすごくびっくりした思い出がある。本当に本人が喋って会話をされていた。そういうローカルヒーローもいるのは知っている。
でも、それは、喋っている人は実在しているが、キャラクターの着ぐるみを着ている存在。キャラクターが実在しているとは言えないんじゃなかろうか。「着ぐるみ」ではなく「ヒーロースーツ」だという指摘があるかもしれないが、わかりやすい表現として着ぐるみと表現した。
ともかく、私の推しは、実在しない、生きてる世界が違う存在だった。私はそう認識している。
でも、キョウカ様は、実在していた。確かに目の前に存在していた。会話をした。推しが、現実に存在していて、推しと会話ができるなんて、それこそありえない。
とんでもない奇跡……夢小説みたいな……。自分と推しが同じ世界にいるなんて、夢小説ではないか。私、夢小説の世界に転生しちゃった? いや、転生なんてしてなくて、夢のようだけど紛れもない現実で、でも理解が追いつかない。
でも、少し会話ができただけで、「同じ世界に生きてる」とは言えない気もした。声優さんだって、特撮ヒーローの俳優さんだって、この世界に生きてはいるのに、私はそれらを「違う世界の住人」だと認識している。
実際に会って会話をすることができた特撮ヒーローに関しても、ちょっと会話ができただけで、生きてる世界は違うと思った。アイドルだって、少し会話ができたところで、生きてる世界が違うことには変わりないんじゃないだろうか。でも、確かに現実に存在していると感じた。
夢小説には、自分が転生するんじゃなく、キャラクターが現実に転生してくるパターンもある。キョウカ様はそれなのかもしれない。星の国からこの世界に転生してきた王子様? いやいや、それは、どうだろう。
というか、夢小説に例えるのは正しいのかわからない。だってキョウカ様に対しての私の感情は、恋ではない。いや、恋なのか?
激しく胸が高鳴っているのは確かで、恋愛感情に近いのかもしれないけど、アイドルに対して恋をするなんて、あっていいことなのか。恋をしたって、付き合えるわけでもないのに。でも、恋かもしれないなんて思っている時点で、恋に落ちているのかもしれない。
そもそも、一度ライブを見ただけで「推し」と言っていいんだろうか。まだ一度ライブを見ただけで、そんな、厚かましいんじゃないだろうか。
なんだか頭がパンクしそうで、落ち着きたくてSNSをチェックした。落ち着きたい時にはSNSをチェックするのが習慣になっている。
キョウカ様の投稿が目に入った。「ライブ楽しかった! 初めての会場で、初めましての人も見てくれて嬉しい! いつも見てくれてるみんなも本当にありがと〜! またね!」という文章と、キョウカ様の写真。それがなんだかとっても愛おしく感じて、胸がギュッとなった。
私はキョウカ様の投稿にいいねを押す。キョウカ様の投稿に返信が付いているのが目に入った。ライブ見ましたやライブお疲れ様などの言葉が送られている。
フォローやいいねだけでなく、返信もする方がいいんだろうか。恐らく、ないよりはある方がいいんだろう。
でも、どういう言葉を送ればいいんだろうか。私は今までの人生経験から、声優さんや漫画家さんなどへ言葉を送った時のことを思い出した。アイドルのことはまだよくわからないけれど、多分そういう感じだろう。
少し悩みながら、どうにか返信の文章をしたためた。「初めまして! 今日、遊園地で、初めてティアスタのライブを見ました。すごくかっこよくてステキでした!」と。「好きです」とか「またライブ行きたいです」とか書くかどうか迷ってやめた。
自分の気持ちがまだそこまで固まっていないような気がして、ためらう。恋なのかなんなのかわからないけど、キョウカ様のことが好き。でも、それを言葉にするのは、少し勇気がいるような気がした。
キョウカ様のことを思って、胸のトキメキが止まない。この感情が恋なのかどうかは一旦、置いておきたい。それを考え出すと頭がおかしくなりそうだ。この胸の高鳴りを、どうすればいいんだろうか。
そんな私の目にとまったものがある。それは、部屋の片隅に置かれたスケッチブック。私は、時々アニメやマンガのファンアートを描くことがある。
一時期は漫画家になりたいと少しだけ夢見ていたこともあるが、自分には画力がなかった。でも、オリジナルではなくファンアートだけど、たまに趣味でイラストを描くことは続けている。
キョウカ様のファンアートを描こう、と思った。キョウカ様に出会った今日のこの胸のトキメキを、イラストで残しておきたい。
とは言え、私は現実の人間のファンアートを描くのは初めてだった。見ることはある。特撮ヒーローだって、俳優さんは現実に存在していると言えばそうだ。
特撮ヒーローのファンアートを描いた人が、俳優さんのアカウントから反応を貰っているのを見たことがある。「オタク隠れるべし」という刷り込みがある私は、それがとてつもなく恐ろしいことに感じた。私はもしかして凄まじく恐ろしいことをしようとしているのではないか。
でも、私は一度やろうと思ったことを、やらずにはいられない性分だから、もうやるしかなかった。
私は、手元のチェキやキョウカ様のSNSの写真などを見ながら、キョウカ様のファンアートを描こうとした。その時、SNSの通知が来ていることに気付いた。キョウカ様が、私のキョウカ様への返信にいいねをされたという通知。
いいねをされた。いや、まあ、返信にいいねをするなんて、コミュニケーションとしてはよくあることだ。でも、いわゆる「公式アカウント」はそういう反応はされないものだと認識していた。いいねをされることがあるのか。見られているのか。
見られることがあるんだ、と思うと、ファンアートを描くのも少し気が引ける。もし、描いたイラストを本人に見られるなんて、そんなこと、ありえない、あっていいはずがない。
そう思ったけど、やらずにはいられない性分に火が付いているので、もうとりあえず描くしかない。描いた後に考えよう。
目の形、口の大きさ、鼻筋、髪型、髪色……現実の人間をイラストにするには、どこまでリアルに描くのがちょうどいいんだろうか。少し悩みながら、夢中になって描いていたら、けっこうな時間が過ぎていた。
慌てて寝る準備を整えてから、SNSでキョウカ様のファンアートを投稿するか考える。投稿しないのが一番いいかもしれない。でも、イラストを描いたからには、SNSに投稿したくてたまらない。
ハッシュタグやメンションを付けなければ、キョウカ様に見られるなんてことはないかもしれない。迷いに迷った。
結局「今日、遊園地で見たティアスタっていうアイドルがめちゃくちゃステキだったので、ティアスタのキョウカ様のファンアートを描きました!」と文章を添えてイラストを投稿した。エゴサされて見つかりそうな名前は文章に入れない方がいいかとも思ったが、急にアイドルのファンアートなんて何も言わずに投稿したらフォロワーにびっくりされるかもしれない。
乗っ取られたと思われる心配もある。私が普段イラストを描いてるジャンルからはかけ離れすぎているから、驚く人も中にはいるだろう。まあ、他人との交流が苦手だから、SNSで仲の良い人はそんなにいないけれど……。
そこそこの数のフォロワーはいるものの、交流はあまり深くはしていない。フォロワーに驚かれるより、キョウカ様に見られるかどうかが懸念点だ。
イラストを自分で見ると、うまくは描けてはいないと思いながら、自分でそこそこ満足する出来にはなっている。イラストを描くのは趣味で細々とやっていることだから、画力がないのはもう諦めていた。
でも、キョウカ様のかっこよさはこんなものじゃないとも思ってしまう。キョウカ様の魅力を描ききれてないと感じた。でも、自己満足の拙いイラストだけど、今の私の精一杯を込めたイラスト。
やっぱり、現実のアイドルのファンアートを描くのって、大丈夫なんだろうかと心配になった。恐ろしいことをしてしまった、という気持ちになる。
「オタク隠れるべし」の意識が頭の中で暴れていた。でも、ハッシュタグやメンションを付けることはしなかったから、本人に見られることはないかもしれない。いや、もしかしたらエゴサされて見つかることはあるだろう。
私の拙いイラストを見られたら、どう思われるか。なんだか不安でたまらなくなった。
不安だから、別のことで気を紛らわせようとして、今日のヒーローショーの写真を確認していなかったな、と気付いた。
今日は撮影会はなかったけど、ヒーローショーはショー中の撮影が自由なので、ショー中の写真を何枚か撮っている。SNSにアップするのは禁止なので、自分で眺めるだけ。写真を眺めていると、やっぱり特撮ヒーローっていいな、と思う。
でも、特撮ヒーローって、私の中で少し特殊な立ち位置だなと感じた。アニメやマンガなども大好きだけど、特撮ヒーローに対しての「大好き」は、それらとは別の感情な気がする。
言葉にすると同じ「大好き」ではあるけど、好きの矢印の形が違う。小さい頃、まだ「恋」とか「萌え」とかを認識するよりもずっと前の子供の頃から、大好きだから、そういうのから少し離れた、特別というか特殊というか。
ぐるぐると考えを巡らせていると、テーブルの上に置いていたキョウカ様のチェキが視界に入る。夢のような、現実味のない、初めての衝撃だった。でも、チェキを見ていると、やっぱり現実なんだ。
しかし、自分の容姿が嫌いだなという暗い感情になってくる。自分って、なんだかとっても芋臭いなと感じた。メイクはしていなくていつもすっぴんで、髪の毛も伸ばしっぱなしで、服装だけは気を付けているつもりだけど、自信はない。
昔、メイクやオシャレに興味を持った頃、親から否定されたことがある。なんて言われたか正確に覚えてはいないけど、親から否定されたということが、心の奥に刺さって抜けない。だから、自分がメイクやオシャレをすることがなんだか気持ち悪く感じてしまう。
でも、自分の容姿が嫌だなと感じるなら、変える努力をするべきなのかもしれない。それをとても面倒くさいと思ってしまうから、いつまでも変えることができていない。
色々と考えて、なんだかすごく疲れてしまった。かなり遅い時間になってしまっている。明日は月曜日で働く日だから、寝不足では困る。私は発達障害で人生の様々なことが困難だった。診断はASDとうつ病が付いている。
一般企業に就職ができず、今はA型事業所に通所することで生活している。A型事業所というのは、説明が必要かもしれないが、うまく説明ができない。ざっくり言うと一般企業で働けない障害者が働くための施設だ。最低賃金ほどの給料で、余裕があるとも言えないが、オタク趣味を楽しむことはできる程度の生活。
いつまでもこのままでは不安になりそうではあるが、今はこの生活を維持していくしかない。
ぐるぐると不安に囚われそうになるが、今日はもう寝てしまおう。
〈二話へ続く〉




