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ダンジョン配信で指示厨してたら師匠になってた。  作者: 指示厨


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19/22

更なる決意

 配信が終了した後、アキトはしばらく椅子に深く座り込んでいた。

 放心というより、第三層で張り詰めていたものがようやくほどけて、

 身体がじんわりと“普通の重さ”を取り戻していくようだった。

(……これで、やっと……終わったんだ)

 だが同時に、

 自分の生活が確実に変わり始めている感覚もあった。

 

 翌朝、目覚ましの音と同時にスマホが鳴る。

 協会の公式アプリからの通知だった。


【新人探索者・佐藤アキト氏、第三層突破】

【協会評価ランク:D → C へ昇格】

【特記事項:生存能力・空間適応性を高く評価】


(……評価ランク、上がったのか)

 探索者のランクは「協会の信用度」を表す。

 DからCになるだけで、訓練施設の利用枠が優遇され、

 市区町村の探索者優遇措置まで変わってくる。

 身分証の青色のバーが、少し濃くなる。

 それだけで、胸の奥がそっと熱くなった。

 

 SNSを開くと、そこにも知らせが流れていた。

 《新人探索者、第三層を突破 快挙》

 《今年度最速突破》

 《専門家「三層は精神攻撃が多く、新人には危険」》

 《協会は訓練プログラム見直しを検討》

(……俺の名前は出てないけど……

 これ、たぶん俺のことだよな)

 自分の戦いが“ニュース”の材料になる。

 それが今もどこか信じられなかった。

 

 午後、訓練施設に向かう準備をしながら、

 アキトは冷蔵庫から簡単な飲み物を取り出した。

 そこでふと気づく。

(……なんか、生活ってこんな風に回っていくんだな)

 昨日までは、

 ただの“引きこもり探索者予備軍”みたいな生活だった。

 だが今は違う。

 概念結晶の換金

 公式評価の上昇

 訓練施設の優先枠

 視聴者の応援

 社会ニュースでの扱い

 次の階層へ行く準備

 一晩で世界の輪郭が変わった。

(俺……本当に変わるんだな……)

 

 外に出ると、風が冷たくて澄んでいた。

 アキトはフードを被りながら、訓練施設へ向かう道を歩く。

 すると途中、二人の探索者が会話している声が耳に入った。

「昨日さ、新人が三層突破したって話、聞いた?」

「聞いた聞いた。協会が軽く騒いでたよ。なんか異常に早いらしい」

「三層の幻視を越える新人って……最近は珍しいよな」

「珍しいどころじゃねえよ。普通一年じゃ無理」

 アキトは思わず足を止めかけた。

(……俺のことか?)

 だが会話は続いた。

「でもまあ、こういう“突然強い奴”がたまに出てくるんだよ」

「上層に行く素材ってそういう奴らなのかもな」

「協会も期待してるみたいだぜ。

 ああいう奴が五層とか行くんだろうなって」

(……期待、されてるのか……)

 知らない場所で、知らない誰かが

 自分に期待している。

 それは恐ろしくもあり、

 胸が熱くなるような誇らしさもあった。

 



 訓練施設に近づくにつれて、

 探索者の姿が増えていく。

 しかし、その中でひときわ目を引く人物がいた。

 黒いジャケットに、背中には細身の剣。

 足首まである戦闘ブーツ。

 そして漂う空気が……強者のそれだった。

 彼女は施設の入り口付近で誰かと話していた。

「今日、三層突破した新人が来るらしいわよ」

「珍しいな。どんな奴なんだ?」

「詳しくは知らないけど……センスはあるらしい。

 訓練コースの組み替えが入ったって言ってたわ」

 女性は、五層突破者の“レイラ”だった。

(……五層のレイラ……!)

 名前は知っている。

 配信の切り抜きを何度も見た。

 自分とはまるで違う、

 別次元の探索者。

(……俺なんかが……

 同じ施設に来ていいんだろうか)

 胸が強く鼓動を打つ。

 だが、それは恐れではなかった。

 純粋な“憧れ”に近い震えだった。

(いつか……追いつきたい)

 


 施設の入口に足を踏み入れようとしたとき、

 ポケットのスマホが振動した。

 書かれていたのは、

 ただ一行の言葉。

 《訓練で学ぶのは技術ではない。

 “自分の感覚を信じる力”だ》

(……師匠……)

 第三層で救われた数々の短文と同じ、

 核心だけの言葉。

 アキトは深く息を吸って、

 訓練施設の扉に手を置いた。

(……行こう。

 ここからが、本当のスタートだ)

 扉が、静かに開いた。




 訓練施設の扉をくぐった瞬間、

 アキトの身体は自然と背筋が伸びた。

 ここは「中級層突破者」が実戦を前提に鍛えられる場所。

 空気に漂う匂いからして違う。

 汗、金属、研磨剤、そして少し焦げたような匂い——

 “命を懸けた経験の集積”が感じられた。

 

「君が……三層突破の新人か?」

 声が降ってきた。

 見ると、短髪でがっしりした体格の男性が歩み寄ってくる。

 胸元のワッペンには《中級教官:クレハ》と書かれていた。

「あ、はい。佐藤アキトです」

「ふむ……思ったより普通だな」

(普通って……まあ、そうだよな)

 だが次の言葉は意外だった。

「——だが、“普通の新人”が第三層で生き残るはずがない」

 クレハ教官は腕を組み、アキトの全身を一瞬で見抜くように観察した。

「歩き方、視線、肩の位置。

 第三層の“空間圧”に触れてきた身体の癖だ。

 間違いなく突破者のそれだよ」

(体で……バレるんだ……)

 第三層で揺らぎに合わせて動いていたあの瞬間が蘇る。

「聞けば、視界に頼らず感覚だけで戦ったらしいな?」

「えっ……なんで……」

「協会は突破者の動きを分析してる。

 新人でそれをやるやつは……十年に一人だ」

(そんなに……?)

 自分が“特別”だと言われることに、

 アキトはまだ慣れていない。

 だが、クレハ教官は熱のある声で続ける。

「訓練すれば伸びるぞ。間違いなく、君は伸びるタイプだ」

 その言葉は、第三層の闘いを思い返す胸の奥に静かに沁みた。

 

「よし、まずは基礎の見直しだ。

 第三層を越えたからこそ、基礎が必要になる」

 アキトは頷き、道具庫へ案内された。

 棚には数十種類のダガーが並んでいた。

 重量、刃の厚み、重心位置、素材。

 どれも微妙に違う。

「好きなのを選べ。……いや、違うな」

 クレハ教官はアキトの背中に手を添えるように言った。

「武器は“選ぶ”ものじゃない。

 “触れた瞬間に自分が動けるもの”を掴め」

 言葉が妙に核心を突いていた。

 アキトはゆっくり一本一本を手に取ってみる。

 軽すぎる。

 重すぎる。

 しっくりこない。

 だが、七本目を握った瞬間——

 掌から手首、肘、肩にかけて、妙に自然な通り道が生まれた。

(……これだ)

「……決まったみたいだな」

 

 基礎訓練は厳しかった。

 いや、“厳しい”というより“濃い”。

 ステップ、距離調整、呼吸とタイミング——

 一つ一つが自分の中でゆっくり形を成していく。

 第三層の戦いで得た“極限の感覚”が、

 今度は言語化され、訓練として整理されていく。

「そうだ、その踏み込みは悪くない。

 空間の揺れをどう感じた?」

「……右だけ少し……風が薄い感覚がありました」

「正解だ。それが“死角の手前”の気配だ」

(……繋がっていく……)

 第三層で感じたものが、

 訓練によって“理解できる形”になる。

 不思議な感覚だった。

 

 しばらく訓練を続けた後、クレハ教官が言う。

「休憩にしよう。……そうだ、概念結晶は持ってるんだろう?」

「ここにあります」

 アキトはポーチから、第三層で拾った

 《概念結晶》の透明ケースを取り出す。

 クレハ教官は光を見つめながら、静かに頷いた。

「……いい結晶だ。

 空間系の特性が強い。高値で売れるだろう」

「換金は……明日にでも、と思っていて」

「ああ、それがいい。

 そして……金の使い道を間違えるな」

(使い道……?)

 クレハ教官は真っ直ぐな目で言った。

「探索者は、金を“生きるため”に使う。

 それ以外の使い方ではすぐ死ぬ」

 その言葉は重く、深かった。

 アキトは思わず概念結晶の光を見返す。

(……命の対価……)

 

 休憩室に戻ると、他の探索者たちの声が聞こえてきた。

「三層突破した新人、今日来てるらしいぞ」

「協会の評価もめっちゃ上がったって」

「若いのにすげーよな……」

 誰もアキトが本人だとは気づいていない。

 だが、その声は確かに耳へ届いてくる。

(……こんなふうに噂される存在に……

 俺はなりつつあるんだな)

 胸の奥で静かに灯るものがあった。

 

 夕方になり、訓練がひと段落した。

 帰り道、アキトはスマホを取り出して今日の記録を開く。

【協会評価:Cランク】

【訓練適性:高】

【空間感受性:特筆】

【精神耐性:平均以上】

 そして最後の欄に、こうあった。

【推奨:第四層の準備を開始してください】

「……第四層……」

 つい昨日まで“夢のような階層”だった。

 だが今は——

 現実として自分の目の前にいる。

(俺……行くんだ、第四層に)

 そのとき、

 ポケットのスマホが一度だけ震えた。

 画面には、短い文字。

 《第四層は“揺らぎの本流”だ。

 恐れるな。感じろ》

(……師匠……)

 アキトは深く呼吸し、夜空を見上げた。

 第三層の終わりは、新しい階段の始まり。

(俺は……進んでいく)

 静かに、しかし確かな決意が胸に宿った。

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