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ダンジョン配信で指示厨してたら師匠になってた。  作者: 指示厨


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17/22

罠と攻防

 白の世界が崩れ落ち、再び第三層特有の暗闇と歪んだ視界が戻ってきた。

 だが、世界は“戻った”はずなのに——何かが違う。

(……空気が……重い?)

 さっきまでの蜘蛛のような敵とは違う。

 もっと深い、湿った重圧。

 胸の内部を指でつままれているような息苦しさ。

 ツインダガーを握り直し、

 アキトは慎重に暗い通路を進んだ。





 数歩、歩いたところで——

 視界がふっと明るくなった。

「……え?」

 第三層の暗闇ではない。

 どこか懐かしい光。

 明るい蛍光灯。

 きれいに並んだ棚。

 白い床。

(……これ、俺の……)

 ——自室だった。

 布団の位置、机の配置、

 FPS用のモニター、

 散らかったお菓子の袋。

 “昔のまま”の部屋。

(なんで……?

 なんで第三層で……俺の部屋が出てくる……?)

 コメント欄も混乱している。

《え?普通の部屋だけど?》

《これ本当に三層?》

《なんかホラー入ってね?》

《本人の部屋じゃないの?》

 そして HUD に一行。

《幻視ではない。

 “記憶”だ》

(記憶……?)

 アキトは息を呑んだ。




 ベッドの上に、生前のままの自分がいた。

 痩せて、

 目にクマを作って、

ゲームだけして、

 何も変えられなかった頃の自分。

 その“幻”がゆっくりと顔を上げる。

「……お前、無理だよ」

 声は弱く、湿っていて、

 過去の自分を完璧になぞっていた。

「戦いなんか……向いてないよ。

 どうせ第三層なんて、すぐ死ぬだけだ」

 胸の奥が冷たくなる。

(……これ……俺の声……?

 いや……昔の俺の……)

 過去の自分は続ける。

「逃げてきたじゃん。

 全部中途半端だったじゃん。

 ゲームも、仕事も……人生も」

 アキトの手が震え始めた。

 視界では“ただの映像”でも、

 言っている内容は記憶そのもの。

 逃げてきた日々。

 変われなかった自分。

 部屋にこもっていた時間。

(やめろ……)

 心が言う。

 だが声は出ない。





 HUD に短文。

《動くな。

 剣も振るな》

(……え?)

 いつもなら

 “避けろ”

 “震えを読め”

 そんな戦術的な言葉が来るはずなのに。

 今回は違った。

《戦う相手を間違えるな》

 胸がざわつく。

(戦う相手……?

 こいつ、敵じゃないのか……?)

 過去の自分は笑っている。

「お前、向いてないよ。

 強くなれるわけない。

 ここまで来たのも……ただの運じゃん」

(……違う)

「番人に勝てた?

 あれだってギリギリだった。

 次は……死ぬだけ」

(違うって……!)

 視界の端で師匠の文字が変わる。

《言い返せ》

(……!?)

《“逃げなかった理由”を言え》

 アキトは息をのむ。

(俺が……俺自身に……?)





 過去の自分の声が重なってくる。

「怖いんだろ?

 第三層に来た瞬間から震えてただろ?

 俺には分かるよ。

 だって俺だし」

(……そうだよ。

 怖いよ……)

 手が汗で湿る。

 刃が滑りそうになる。

 でも。

(でも俺は……)

 声を絞り出す。

「俺は逃げたくないんだよ」

 過去の自分が言葉を止めた。

「逃げたくない……?」

「そうだよ……

 逃げたくない。

 逃げて何も変わらなかったのが、

 あまりにも……悔しかったんだよ」

 胸の奥に溜まり続けた言葉が、

 ゆっくりと溢れ始める。

「怖いけど……

 だからこそ、もう逃げたくない。

 そう思ったんだ」

 視界の端で師匠から新しい文字。

《それでいい》

 それだけだった。





 過去の自分は、目を伏せた。

 そして——

 その姿は、光の粒になって崩れ落ちた。

 静かに、

 何かが終わるように。

 アキトはしばらく立ち尽くした。

 胸が熱く、呼吸がうまくできない。

(……これが……第三層の罠……?

 “記憶”を使った……攻撃……?)

 コメント欄は騒然としている。

《ガチで泣いたんだが》

《三層なんでこんな攻撃してくるんだよ》

《本人の黒歴史ぶん投げるのやめろw》

《師匠の指示シンプルすぎ》

《でも核心しか言ってねぇ……》

《これ精神攻撃じゃん》

 アキトはゆっくりと息を整えた。

(……俺は……俺を越えた……

 進める……)

 そのときだった。

 通路の奥——

 暗闇の向こうから、“異質な気配”がじわりと広がってきた。

(……なに……これ……)

 膝が自然と震える。

 空気が濃く、重く、

 音のない“圧”が近づいてくる。

 HUD に短文。

《構えるな。

 “敵”がやっと出てきた》

 アキトは息を呑んだ。

(これが……中ボス……?)

 第三層が本性を見せ始める。





 それは “静寂” から現れた。

 足音がない。

 気配にも輪郭がない。

 だが、そこに“巨大な何か”がいることだけは分かる。

 通路の奥の闇が、音もなく揺れた。

(……なんだ……これ……

 さっきの敵の比じゃない……)

 ただ近づいてくるだけで、

 肺の奥がきゅっと掴まれるような圧迫感。

 HUD に師匠の短文が落ちた。

《恐れるな。

 “恐怖で狂う”のがこの層の敵だ》

(恐怖で……狂う?)

 暗闇を凝視した瞬間——

 視界にノイズが走った。





 ズル……ズ、ズズッ……

 空間の色がひしゃげたように歪み、

 闇の奥で“人影”が立っていた。

 人のようで、人ではない。

 輪郭が常にブレ、形が確定しない。

 そして、声が響いた。

「……タス……ケ……て……」

(……人……? いや……違う!!)

 重低音が混ざった、機械のような、

 人間の声を模した“だけ”の何か。

 コメント欄が一気に荒れる。

《やめろやめろやめろ!!》

《見ちゃダメなやつだって!》

《これ敵なの!?》

《心揺さぶり系かよ……無理……》

 視界の人影がゆっくりと手を伸ばす。

 アキトの脳内に警告が走った。

 ——絶対に触れてはいけない。




 揺れる人影の奥、

 アキトの足裏には別の震えが走っていた。

(……二つ……!?

 幻視と……“実体攻撃”が同時に!?)

 逃げ場がない。

 視界は幻。

 音は嘘。

 震えは二方向。

 匂いはゼロ。

 普通なら、ここで詰む。

 HUD に、師匠の指示が一行。

《“視界の中心”を捨てろ》

(視界の……中心……?)

《周縁だけを使え。

 揺らぎを読む》

(……周囲の揺らぎ……)

 アキトは視線を “敵そのもの” ではなく、

 視界の端へ移した。

 視界の端——そこに、ほんの微かな光の揺れ。

 “歪んでいる方向”が一つだけ違う。

(……これだ!!)

 アキトは真正面の幻を無視し、

 右後方へ滑り込むように跳ぶ。

 直後、視界の“人影”がこちらに飛び込んでくる映像が現れた。

 しかしそれは映像だけ。

 実体は——

(右後ろ下!!)

 アキトは右後方の低い位置に向かって、

 逆手持ちのダガーを叩きつける。

——ガギィンッ!!

 硬い殻のような、金属のようなものを斬った手応え。

「っ……!」

 衝撃が腕に走る。

 コメント欄が震える。

《当てた!?》

《なんでそこ狙えたんだよww》

《視界完全無視で草》

《師匠怖すぎる》

《でも核心なんだよな……》




 次の瞬間、

 視界の上から“落ちてくる”巨大な影。

 だが、その影に影はない。

(これは……嘘!!)

 震えが……前。

 空気の圧力が……上ではなく、手前!!

 敵が“距離を詰めながら姿を偽る”行動を取っている。

 アキトは呼吸を止めて地を蹴り、

 前へ滑るように飛び出す。

 背後で、空気が圧縮されるような衝撃音。

ドンッ!!

「っ……逃げてなきゃ……潰されてた……!」

 HUD に短文。

《よく生きた》

 その一言で心臓の震えがすっと消える。





 だが敵は終わらない。

 視界には三つの影。

 空気には一つの震え。

 音には二つの方向。

(全部バラバラ……

 “この層そのものが戦ってる”みたいだ……!)

 第三層の中ボス。

 形がわからない。

 動きがつかめない。

 常に形状が変わる“概念体”。

(でも……震えは嘘をつけない……!!)

 アキトは刃を下段に構え、

 足裏の震えを全身で感じ取るように集中した。

 そして、全ての情報を一つに統合した瞬間——。

(……ここ!!)

 アキトは地面を蹴り、

 低い姿勢のままダガーを突き込んだ。

——ズブッッッ!!

 柔らかい肉のような、

 しかしどこか砂の塊を突き崩すような感触。

 敵が、確かにそこにいた。

ギャアアアアアアア!!!!!!

 爆発的な悲鳴。

 通路全体が揺れる。

(効いてる……!

 でもまだ、終わってない……!)

 敵の気配が左右に分裂したように揺れる。

(分裂……!?

 いや、逃げた……?)




 HUD に文字。

《追うな》

(……え?)

《“追わせる罠”だ》

 アキトは足を止める。

 次の瞬間、さっきまで敵の気配があった方向が

 ズル、と空間ごと潰れた。

(あそこ……追ってたら……死んでた……?)

 師匠の次の指示は短かった。

《終了だ》

(終わ……り……?)

 空気の圧力が音もなく消えた。

 第三層の幾何学的な歪みが少しだけ薄れる。

 敵が消えた。

 中ボスを撃破した。

 

 コメント欄が爆発する。

《勝ったああああ!!》

《中ボスじゃん!?》

《三層突破確定!?》

《アキトの感覚狂ってるレベルで強くね?》

《師匠の指示が短文なのに全部核心》

 アキトは膝に手をつき、

 荒い呼吸をなんとか整えた。

(……終わった……倒した……!

 俺……倒したんだ……)




 そのとき。

 第三層の奥、暗闇がゆっくりと“割れた”。

 まるで黒い幕が左右に開くように。

 奥から、異様に冷たい風が吹く。

(……第四層……?)

 空間が深く、深く沈んでいる。

 第三層の歪みとは違う。

 何か“根源的な恐怖”のようなものが漂っていた。

 HUD に、師匠の最後の短文。

《よく来た。

 次は……もっと“嘘”が多い》

(……もっと、嘘……?)

 アキトは息をのみながら、

 第四層の黒い門を見つめた。

 第三層は終わった。

 だが“本当のダンジョン”は、ここから始まる。

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