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最終決戦と、戦後処理

 廃デパートの屋上を抜けると、俺は、館の応接間にいつの間にか立っていた。ただ、周囲はしんとしている。誰の気配もない。中條さんと友希さんも、続いて現れた。……よし。


 そして、あと1人、力を借りないといけない人がいる。





 お姉さんは、相変わらず館の書斎にいて、頬杖をつき、のんびりと本のページをめくっていた。聞きたいことはいろいろある。でも、今は。


「健斗君はどこですか?」


「王都のギルドで、王宮に攻め込む準備をしているよ」


「私に協力してください。知っている人みんなを、助けたいんです」


「それはどうして? 君がお世話してる時だけ価値を感じられるから?」


 やはり見透かされていた。でも、今は違う。


「違います。私はまだ館のバイトを辞めてませんから。お客様が困ってたら助けるのが仕事だって、お姉さんは言ってました」


「別に、そういう意味で言ったんじゃない」


「でも、言ってました。言ってましたよね?」


 途端に、めんどくさい、という顔になるお姉さん。俺は、お姉さんが正面から理詰めで言われるのがちょっぴり苦手なのを知っていた。やがて、彼女は机に向かい、あーあーうるさい、と両手で耳をふさぎ出した。


「わかったわかった。そっちは、リリーとフィールを連れていくといい」


「お姉さんは?」


「そうだなぁ……私はハモさんと一緒に軍の方を止めてから行くよ」


「2人で大丈夫ですか?」


「私1人でも問題ないくらいだが、念のためね。まあ、この世界の住人も、邪神に支配されるよりはマシだろう」


「1人でも問題ありませんか」


「夢の世界は、私にとって狩場に過ぎない。なんていったって、この世界には陰陽師や符術師がいないからねえ」


「どんだけその人ら嫌いなんですか」






 王都のギルド。俺が扉を開くと、中では戦士たちの声が飛び交い、重い空気が部屋を満たしていた。地図の上に並ぶ駒、剣の手入れをする音、誰もが緊張感を漂わせている。


 その中で、1人。健斗くんは、じっと座っていた。そばで三吉君がくーん、と鼻を鳴らしている。


 机の上に置かれた剣を、握りしめるでもなく、ただそこにあることを確認するように。目を閉じているのに、眠っているわけではない。


 まるで、自分自身に言い聞かせるように。


『サヤちゃん?』


 かぶっていたカボチャをかぽっと外した俺を見て、受付嬢が驚いたように声を上げる。


 ざわめくギルドの戦士たち。驚いた顔が一斉にこちらを向く。


 そして、健斗君が目を開けて、こちらを振り向く。


「……サヤ?」


 健斗くんの喉が震えるのが、俺にも聞こえた。


 俺はゆっくりと歩みを進める。その両隣には、中條さんと友希さん。後ろには、リリーさん。そして俺の肩の上にはフィール先輩がふよふよと浮いている。


 視線が合う。


 健斗くんの目が大きく揺らぐ。まるで、信じられないものを見たかのように。


 その瞬間──張り詰めていた何かが、一気に崩れた。


「……っ!」


 息を呑む音がする。


「……お前ら……!」


 健斗くんが、勢いよく立ち上がった。泣きそうな顔をして、力強く踏み出す。俺たちの姿を確かめるように、まっすぐこちらへ向かってくる。


「おせーんだよ、バカ!!」


 その声が震えていたのは、きっと、俺の聞き間違いじゃなかった。





* * * * * * * * * * * *





 王宮の玉座の間。


 荘厳な柱がそびえ立ち、光を反射する大理石の床が、まるで世界の頂点に立つ者の足元を飾るかのように輝いている。


 その中央、玉座に深く腰掛ける教皇は、上機嫌だった。


『ふふ……ふははは……』


 喉の奥で転がるような笑いが漏れる。ルンルン、とでも形容できるほど、彼の気分は良かった。


 あの憎たらしい館の主も、霧の中に消えたと報告を受けている。おそらく面倒になり、どこかに引きこもったのだろう。


 これで、もはや敵と呼べるのは、王都のギルドに集まった戦士たちと、残った勇者ただ一人。


 ──たったそれだけ。


 もはや勝利は目前だった。



 だが、一つだけ気がかりなことがあった。──現実世界に侵攻した者からの連絡が、途絶えている。


 しかし、ほんの些細なことだ。



 ゆったりと、指輪をはめた手を掲げる。その先にあるのは、王宮の大扉。


『これで、この世界は、私のものだ』


 玉座の間に、静かに響く教皇の声。その響きは、まるで新たな時代の到来を告げる鐘の音のようだった。その様子を、王宮の兵士たちは壁に隠れてじっと窺い、互いに顔を見合わせた。





* * * * * * * * * * * *





『えー。突入メンバーは、健斗君、中條さん、友希さん、フィール先輩、リリーさん、王都のギルドのみんなと私。あと、途中からお姉さんとハモさんが合流予定です』


『サヤちゃん、風の神殿からの援軍がいつでも空から降って来れるらしいけど、どうする?』


 受付嬢の言葉に、俺は窓から上を見上げた。すると、大きな雲がゆっくりとこちらに動いてくるところだった。……うーん、あんまり人数がいるとお姉さんの影響とやらが怖いな。最初は待機していてもらうか。


 その時、俺の目に、雲から何か黒い粒みたいなものが落ちてくるのが目に入った。……何かが聞こえる気がする。なんだろう。俺は耳を澄ませてみた。


『……さ……』


 風が運ぶ、小さな声。


『……さや……!』


『……?』


『サヤさあああああああん!』




 王都全体に響き渡ろうかという、大きな叫び声。あの特徴的な叫び声は……! 俺が目を凝らすと、着地した1つの影は、すごいスピードでこちらへ向かってきていた。


 いや、影というか。ルミエリアさんだった。


 俺は改めて室内を振り返る。


『えー、じゃあ、勇者3人、境界の館のスタッフ全員、王都のギルド、風の巫女、私、が突入メンバーということで』








 そして、王宮への突入はあっさりとうまくいき、突入メンバーは、謁見の間で、教皇と睨み合った。教皇は何やら不思議そうな顔で、目の前の人数を1、2、3……と何度も数えなおしている。「……あれ?」と首を何度も捻っている。その捻る回数は、お姉さんとハモさんが合流した後、さらに増した。


 やがて、何度数え直しても結果が変わらなかったのか、不思議そうに口を開く。


「……あの、そちら、多くないですか?」


『ねえサヤ、教皇はなんて言ってるの?』


 俺の後ろから、フィール先輩が尋ねてくる。そうだよな、日本語だったもんな。たぶん勇者がいるから癖みたいに日本語の方で喋ったんだと思うけど……。


 俺は、突入メンバーを振り返り、力強く言った。


『我こそが邪神である。何人いようと同じだ。捻り潰してやるからとっととかかってこい――と言っています!』


『えっちょっ』


『いい度胸ね! じゃあ、総員、突撃開始ぃ!』


 そして、フィール先輩の放った路線バスくらいの大きさの光が教皇とついでに謁見の間を半分くらい吹き飛ばし、それが開戦の合図となった。








 せめて見届けねば、と最初は俺も突入メンバーの後ろの方にいたのだが、健斗君から鬼のような形相で怒鳴られた。


「あぶねーぞ! おめーは下がってろ!」


「ふぁい」






 よって、柱に隠れて応援する俺。何やら背後で気配がしたので振り返ると、王宮を守る兵士と思われるみなさんも、同じように隠れて様子を窺っている。




 そして、吹っ切れたらしい教皇が、重々しく口を開いた。この世界の言葉とも違う、どこか古くてねじれた響きの言語だった。



【皆殺しだ】


「たぶん全員殺してやるみたいなこと言ってます」


「いや、違うな。サヤちゃんを真っ先に殺すと言ってる。バラバラにした後に骨も残さず焼き尽くしてやるそうだ。そうさせないために、頑張らないとね」


「あの一言で⁉ 私何したの⁉ そ、そんなこと言ってます?」


 そして、即座に戦いが再開された。学校の校舎くらいのとんでもない大きさの火球が飛んでいくのが見え、俺は頭をひっこめた。すると、ガッ! ガッ! という、激しい勢いで何かを執拗に殴るような音が響いてくる。……なんだあれ。さっきまでと殺意が違いすぎるだろ。











 その後、戦いは、実に2時間ほど続いた。そして、どっすんばっきんとさっきまで盛大に響いていた戦闘音が止んだので、俺は柱の陰から再びひょっこりと顔を出した。後ろから、兵士の人達もそろそろと顔を出す。……うん、終わったみたいだ。




『あ、あんたは戦わないのか?』


『私、非戦闘員なので。私達って、勇者・勇者・勇者・通訳の4人組なんです』


『……バランス悪くない?』


『そうなんですけれど……私、そもそも館のお世話係だったというか。旅には無理やり連れてこられてる感じなんですよね。……いやまあ、最初はともかく、今はそうでもないかな……』


 すると、兵士の人は、そこでまた歯切れが悪くなった。何かまだ言いたいことがありそうな顔である。そして何やら迷った後で、俺の顔のあたりを指さした。そのあたりには、被っているカボチャしかないはずなのだが……。


『通訳ってのは分かったけど。その……君の頭、さ』


『私の頭が、どうかしましたか?』


『……君、なんでカボチャなんて被ってるの?』







 俺が兵士の人と話していると、教皇から何か透明のものがにゅっと現れ、どこかに逃げて行こうとした。それを、お姉さんが捕捉する。同時に、どろりとお姉さんの形が崩れ、何かの獣みたいな姿に変化した。そして、ぱっくりと大きく口を開ける。


【さて、ようやく私の土俵だね。しかし、神を食べるのは初めてだな】


【貴様、館に居るのではなかったのか……!】


【出る理由がなかったからね。それに……私がいれば、そこが館だよ】




 飲み込むのは、一瞬だった。ずっしりと重い空気がその場に満ち 【おおぉぉぉ……】という、無念そうな声、恨めしい声、何かを呪うような声が、半壊した謁見の間に何百も響き渡る。しかし、すぐに空気は風で吹き払われ、普段通りの気配を取り戻した。


 驚くくらいに、あっさりと。それが、この世界を脅かしていた邪神の最後だった。














 全てが終わった後、俺は、お姉さんに気になっていたことを尋ねてみた。


「そういえば、私の能力がお姉さんと似てるのって、なんでなんですか?」


「昔、君と最初に現実で会った時にね、美味しくて吸い過ぎてしまったから。すぐに夢を吹き込んだら生き返ったけど、あれは完全に私の落ち度だ。いやぁ、ごめんごめん」


「…………どういう、意味……えっ? 生き返った?」


「で、私の霧隠れの特性が移っちゃったんだね。きっと。だって、出会った頃の君は、そこまで影が薄くはなかったから」


「これガチでいろいろ責任あるやつだ‼」


「変な部分が発現するなあと感心していたんだ」


「こらぁ! 面白がるな!」










 吸いすぎてしまったから、とお姉さんは言う。それは間違いないだろう。穴だらけの記憶だけど、確かに残っている。俺たちが会った日、お姉さんは弱っていた。


「ごはん食べてないの? 何か持ってこようか?」


「いや、君の命を吸わせてほしい」


「いのち?」


「君が走って逃げたら、私はもう追えないだろうな」


「別にいいよ。でも代わりに、俺とお話して」


 きっとあの時、幼い俺は嬉しかったのだ。誰かに頼られるのが。











「お姉さんが私を気にかけてくれてたのって、なんでですか。これまでもたくさん……殺して、きたんでしょうに」


「……なんだろうね。たぶん、それまで食べる対象だった相手が、小さいなりにいろいろ考えてるんだなぁと知ったからかな。興味深かったんだ。それでつい」


「えっそれで? その理由で、死ぬまで吸ったんですか?」


「何かわかるかと思って。つい」


「つい、じゃない‼」









 そして、王様が姿を現して、勇者たちにお礼を重々しく言った。なんでも、教皇が怪しいと思い、奥に姿を隠していたんだって。普段は謁見の間の近くの部屋にいることが多いのだが……と言い、王様は完全に吹っ飛んだ周囲を見回し、何か言いたそうな顔をした。いや、まあ、うん。奥にいてくれてよかったよ。




 そうして、邪神を討伐した褒美に何が欲しいか、と王様が聞いてきた。この世界に関することなら、だいたい何でもできるんだって。


「褒美かー、サヤは何にする?」


「いや、通訳は関係ないよ? 優勝チームの輪の中に通訳の人って確かにいるときあるけど、別にあの人が優勝したってわけじゃないからね」


「そうだけど、関係なくはないだろ……。立派な協力者だろうが」


 あんまり食い下がられるので、試しに、お礼を授与される自分を想像してみた。俺の脳内にこの国の表彰式がなかったので、卒業式をモデルに。協力者部門、俺。はい! そして、俺が壇上で、偉い人からお褒めの言葉をもらう……? うっ……吐きそう……。


「そんなに嫌か⁉」


「人ってね、ふさわしい場所があると思う。カボチャのくせにって言われちゃうよ。カボチャがいるのは食料庫でしょ。舞台の上に置いてあったら何あれってなっちゃうじゃない」


「無理矢理引きずって行ってやる……!」


「宣言しとくけど、私、無理って思ったら、どこであろうと吐くから。舞台の上でも。せいぜい雑巾の用意をしておくことね」


「サヤちゃん、そんな堂々と……」

「そんな癖あったらこれからも困るだろ……」


 すると、友希さんが、おそるおそるといった感じで、ちらりとこちらに視線をやり、『人を生き返らせる、とかは?』と王様に聞いていた。『誰か生き返らせたい人がいるのか?』と聞き返され、目を泳がせて『あー、まあ……』と返事している。


 俺の両親はどうなんだろう、とお姉さんに目で尋ねると、首を振られた。


「魂が残ってないと駄目だ。もう生まれ変わった後なら、できないよ」


 第3希望まで望みは書けるらしく、今日は勇者3人は王宮で泊まって考える、ということになったらしい。






 一方、俺はお姉さんから、「箱の力がなくなったから、君はもうこの世界にはいられない」「ただし、館の中なら大丈夫である」と伝えられた。選択肢は2つ。館の中で過ごすか、帰るか。ここにいて、館でフィール先輩やリリーさん、ハモさんと過ごす、それも魅力的な提案ではあった。けど……。


 俺は、しっかりとお姉さんの目を見た。


「まず、自分の世界をちゃんと見て、自分の人生を生きたいから。だから、帰ります」


 お姉さんは、そうか、と頷いた。そして、俺にしか聞こえないくらいの声で囁く。


「君はもう、勇者の彼らと会わない方が良い。夢だろうが、複数の世界を認識すると、自我が揺らぐんだ。寂しいだろうけどね」


「いいんです。もう、たくさんもらいましたから」


 すると、お姉さんは目をしぱしぱと瞬かせた。俺が即答したのが意外だったらしい。


「夢だから、彼らもたぶん、そのうち全て忘れるだろうが……」


「構いません」


 なら、代わりに俺が覚えておけばいい。


 そのとき、がしっと頭を掴まれ、俺はずるずると後ろに引きずられた。振り向いてみると、健斗君が何やら怒った顔で、あごを前にしゃくる。どうやら、邪神を倒したお祝いが始まるみたいだった。俺も同席しろということか。まあ、それくらいなら……。





 お姉さんに視線を戻すと、お姉さんは珍しく、大声でこちらに向かって叫んでいた。なんだろう? 俺は思わず耳を澄ませる。


「おそらく、明日の儀式が終わると同時に、正式な穴以外は閉じられてしまうはずだ! だから、サヤちゃん、例の件、希望するなら早めに戻ってきてね‼」





 なんと。その後、半ば俺を抱きかかえている健斗君と友希さん、そばで見張るみたいに腕組みして立っている中條さんに、「館に帰りたい。ちょっと忘れ物をした」と俺は何度か切り出した。しかし、儀式から逃げると思われているらしく、3人はかたくなに首を縦に振ってはくれなかった。ある意味合ってる。しかもあろうことか、館のみんなは先に帰されてしまった。






 ……あと、俺には話しておかないといけない相手がいた。ルミエリアさんである。風の民の隊長みたいな人から延々と怒られていた彼女(1人で先走ったことが問題だったらしい)を、頼み込んで借りてきた。


 彼女は、頬を染め、もじもじとしながら俺を見つめる。そして、優しく微笑みながら、そっと俺にメロンパンを差し出してきた。


『サヤさん、どうされたのですか? ほら、こちらでも召し上がって……』


『ルミエリアさん、私、実はもうこの世界からいなくなるんです。もともと、私はあっちの世界の人間で、こちらにいられるのには時間制限があって』


 ぽとり、とパンがルミエリアさんの手から力なく落ちた。そして、俺の方を呆然と見つめる。俺の背後でバタバタと何かが騒ぐような声が聞こえ、俺は現実逃避気味に耳を澄ませた。「なっ……むぐっ」「黙っていろ」「盗み聞きなんてよくないんじゃ……」「では去ればよい。止めんぞ」と何かこそこそと聞こえる気が……っと。


 ルミエリアさんは、俺の予想に反し、泣かなかった。代わりに、きゅっと唇を引き結び、無理に微笑んだような笑顔で、こちらを見つめる。


『知って、いました』


『え?』


『サヤさんが、戻る場所があるのだろうということを。その上で、結婚を申し込んだのです。だから、戻るということは止めません。でも、婚約もやめません。きっと、その件で話そうとしてくれたのですよね?』


『で、でも、私、現実……あっちの世界に戻っちゃうんですよ。たぶん、2度とこちらに来られないかもしれません』


 俺がわたわたと手を振り回しながら説得しようとすると、ルミエリアさんは不思議そうな顔をした。なんだ、いったいなにが理解できないんだ。


『来られないなら、わたしが行けばいいじゃないですか。聞いていますよ? 邪神が、そちらの世界に行くための方法を研究していたのだと。わたし、めいいっぱい我儘を言うつもりです。もし行けるようになれば、わたしが真っ先に行くんだって、やだやだって地面を転がりながら言います』


『風の神殿のみんなが見たら泣きますよ……』


 やばい。俺みたいなことをルミエリアさんが言うようになってしまっている。普段やらないだけに、ルミエリアさんがそんなことをしたら効果はすごそうだが……。





 そして最後に、ルミエリアさんは、はっきりと、笑った。そして綺麗に一礼する。


『先に行ってください。わたしも、すぐに追いかけますので』










「ヘイヘイ、そこの少女。ちょっとお話しない?」


 俺がルミエリアさんと離れてふらふらと歩いていると、そんな声がしたので振り向いた。すると、足元に三吉君が、しっぽを振りながらこちらを見上げている。館に現れた女優のお客さんの時の声だった。……というか……。


「柴犬Verでも日本語喋れるんですね」


「まーね。いちいち言わなかったけどさ」




 すると、俺の背後で、ガタガタッ! と大きく何かが崩れるような音がしたので、俺は耳を澄ませる。「友希さん! どうしたんだいきなり……!」「さ、三吉君って日本語喋れるの……? じゃあ、あれもそれも、全部……う゛あ゛あ゛あ゛あ゛むぐっ!」「ナイスだ中條さん!」


「ほれほれ、若人よ。ちょっと背後が騒がしいが、無視してちょっとダベろうぜ」


「は、はあ……」





 俺と三吉君は、宴会から少し抜け、人通りのない方までやってきた。そして、俺は、三吉君の隣に腰をぽすんと下ろす。


「なんですか? 話って」


「いや、あたしもさ、飼い主の友希ちゃんがあれこれ悩んでるのを聞いちゃうとさ、どうしても気になっちゃって。……キミ、あっちの世界に戻るって?」


「そうですね。こっちにいるのは、館のバイトをする間、ということだったので」


「ってことは、体があるの? ちょっと意味がわかんないけど……。それで、これが本題。向こうで友希ちゃんとかと、会うつもりは?」


「ないですね」


 ガッシャン!、と何かが倒れるような音がして、俺はさすがに振り返った。すると、誰かが屋台に突っ込んだらしく、倒れた足が見えてたり、慌てた店の人が誰かを抱き起そうとしてたり、なんかしっちゃかめっちゃかになっていた。あれが酔っ払いというやつか……おそろしい……。


「それは、なんで?」


「まず、現実だと、私って姿が違いますし!」


 もう絶対何としても戻してもらうつもりの俺は、強く言い切った。そうすると、現実では雅也君として生きていくので、勇者の3人に見つけられるわけがないのである。……ルミエリアさんは、なんか、できそう。ある日いきなり玄関先にニコニコしながら立ってそう。それはともかく。


「それに現実に帰ったら、私のことも含め……この世界での出来事は、忘れちゃうそうなんです。夢、みたいに。もともと影薄いですしね」


「それって、さみしくない?」


「いえ、別に……私は忘れないらしいので、問題ないです」


 ふむん、という感じで、三吉君は黙り込んだ。耳としっぽがぺたんと伏せられている。


「それってさ、時間が来たら自動で現実に戻される感じ?」


「いえ。境界の館に戻って、お姉さんに戻してもらったら、そうなるんですって。つまり、私は先に現実に戻る、みんなは私のことを忘れる、みたいな」


「じゃあ、こっちで王様に頼んで、キミのことを忘れないようにしてもらって、勇者と一緒に現実に戻る、っていうのはどう? これなら覚えてられるんじゃない?」


 三吉君の提案に、俺は少し考えこんだ。確かに、勇者は現実に戻されるときにどうせ境界の館を通るわけだから、俺もそのとき一緒に返してもらって……その前に、王様に頼んで、俺のことを忘れないようにしてもらう……? でもそれって、願いを無駄に消費することになっちゃわない……? ほら、願いって、無限に叶えてもらえる感じじゃなかったじゃん。


「方法としてはアリかもしれませんが、気が引けるのでなしです」


「じゃあ絶対このまま帰しちゃダメじゃん! ……あとは任せた! 捕まえよう!」


「えっ……? 何がですか? もう私、館に向けて出発しようと思ってるんですが」











 三吉君がどこかに行ってしまったので、俺は勇者の3人にお別れをするべく、姿を探した。……あ、いたいた。3人まとめて何か話し合ってる。あれが第○○回サヤちゃん会議じゃありませんように……!


 俺が声をかけると、3人はぐるんと首を回し、同時に俺を見つめた。……こわっ。何あれ。ホラーじゃん。


「あの、無事に世界を救ってくれて、ありがとうございました。これで、世には平和が戻ることでしょう」


 なんかRPGの街の人その1みたいな台詞になってしまったが、俺なんぞ、それでもおこがましいくらいである。


「なあ、サヤってこの3人の中だと、誰と現実世界に行きたい?」


「いや、誰とも行かないですけど……」


 俺が天涯孤独かつ家がない、とかだったらその提案もわかるんだが、俺って一応家あるし……。しかし、3人は即答した俺を無表情で見つめたかと思うと、何かごそごそと話し出した。


「そ、その、健斗君でも中條さんでも友希さんでもいいんですが、館に送ってほしいなーって。いっぱい忘れ物しちゃったので」


「駄目だ」


「忘れ物くらい取りに行ってもいいじゃん!」


「絶対許さねぇ」


 いや、すまん、何十キロもあるから、送ってもらわないといけない俺が悪いのはそうなんだが、そんな拒否らなくても……。ほら、俺が頼み事するなんてそんななくない? レアだよ?


「なんでそんな拒否するの……」


「いや、やっぱさ。俺らって、サヤがいないと、話にならないんだわ。……だから頼む。一緒に来てくれ」


「……うーん」


 いやまあ、誘ってもらえるなら嬉しいけど。現実世界って、俺の能力ってそんな役に立たないじゃん? いっつも外国に行くわけでもあるまいし。それに、現実に戻されるときに、能力返す可能性もあるしな。そうすると、ただ足を引っ張るだけの存在になってしまう。せめてこちらの姿みたいに可愛ければいいが、それもないわけだし。結論、却下。


「考えとくね。行けたら行く」


「じゃー俺も絶対送って行ってやらね」


「いいよ、中條さんか友希さんに送って行ってもらうもん」


「吾輩は断固拒否する。まあ、手段はないにしてもだ」

「わたしも今の見てて、絶対帰さないって決めたから」


「そ、そんな……」








 それから、カルガモの子供のように、ずっと俺の後ろをついてくる勇者3人。いや君ら主賓でしょ? こんなうろうろしてていいの?


 こんなに一緒にいるとかえって気を遣ってしまう、と何度も主張すると、渋々ながら3人は解放してくれた。時間は、まだ夕方から夜に変わり始めた辺りだ。よし。






 俺は、王都を駆け回った。しかし、邪神が倒されたことを祝って、馬車の運航は一時停止してしまっているらしい。そして、王都の巨大な門は、完全に閉じられてしまっていた。こ、これか……中條さんが言ってた「手段がない」みたいな意味は……!





 そして、王都のギルドにも泣きついてみた。しかし、受付嬢は、困ったような顔で首を振る。


『さっきね、健斗君が来て。絶対に王都からサヤちゃんを出すなって。事情は話せないけど協力してくれって頭下げていったよ。……なに? 痴話げんか?』


『あの野郎……っ!』








 俺は、途方に暮れて、宴が行われている王宮へすごすごと戻った。魔法か何かで俺を館に送ることはできそう。でも、何と説明する? 忘れ物したから送ってください? うーーん……。


 そして、魔法使いらしき人を何人か見つけて頼み込んでみたが、行き先が境界の館だと聞いて首を振る者が半分、もう半分は、謎の3人組にそれだけはするなと脅迫されているのでできないと白状した。3人組は光る剣を構えたり、強大な魔力を持っていたりと恐ろしい力を感じさせたそうだ。いったいどこの誰なのか。







 そして、いい案を思いつかないまま、宴は終わり、俺を含めた4人は、王宮に泊ることになった。それぞれが部屋をあてがわれ、俺たちは、別れる。俺も泊まる必要はないのではないかと何度も訴えたが、誰にも聞いてもらえなかった。


「サヤ。逃げても追いかけるからな。ま、この状態なら逃げられねーだろうけど」

「どこに行こうが、魔力の揺らぎがお前を追跡する。諦めるのだな」

「サヤちゃん、明日、一緒に出てね。わたし、1人だと緊張で死んじゃうかも」


 ちくちくと俺にくぎを刺してくる3人。中條さんの発言がちょっと怖いのと、友希さんの中で健斗君と中條さんがカウントされていないのが気になったけれど、2人は気にしてなさそうなので、いいのだろうか。










 俺は、部屋に入り、ぽすん、と大きなベッドに倒れ込んだ。……どうやって、帰ろう。それとも、流されるまま明日の儀式に出てしまうしかないのだろうか。すやぁ、とだんだん意識が沈んでいくのを感じ、俺は首を振った。……寝てる場合か!



 かと言って、何もできるわけではないので、ふらふらと部屋の中をさ迷い、その広さにドン引きした後、なんとなく、テラスに出た。そして、そっと、空を見上げる。空には、地球で見るよりも遥かに大きな満月がぽっかりと浮かんでいた。知っていたけど、俺1人では、何もできない。こうなったら、リリーさんを何とか召喚してみるか?




 しかし、リリーさんを召喚しようとしたが、どうもうまくいかなかった。王宮だから何かの結界が作用しているのか、忙しいのかはわからない。まあ、ここのところ、リリーさんに頼りすぎだった気はするし……。







 俺は、改めて、月を見上げ、ほう、と息をついた。しかし、そうするともう、この世界で俺が頼れる存在なんて、いない。








 その時だった。不意に、月に何か大きな影がかかり、月が一瞬、消えた。


 見間違いかと思った俺が前に出ると、上空から、ばさばさ、と大きな羽音がした。……なんだろう。俺は、不思議に思い、さらに前に出る。


 すると、そこには、あり得ないほどの巨大な鳥が、テラスの真上に羽ばたいていた。羽ばたくたび、俺の寝巻がぶわりと浮き上がる。俺を横に10人並べたくらいの大きさか、それ以上か。しかし、恐怖は沸いてこなかった。……なぜなら。




 ……知っている、相手だったからだ。名はわからないが。











「ご無沙汰しています。私の初めての、お客様。どうか私を、境界の館まで連れて行ってもらえませんか?」






 ……あ、ちなみに中村は初めての客じゃない。あいつはただの遭難者。いいね?

この話、1万2千字もあるの……?

あと、最終話と、エピローグの計2話で終わります。

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― 新着の感想 ―
お姉さんの正体……饕餮?とかその辺? あの時の!
ロマンチックな登場だな
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