激突、現実世界(上)
人の死が見えるというとんでもないカミングアウトをしたゆかちゃんは、その後も話を続けた。いわく、どうして俺をいつも見つけることができたのか。
「それがね、私の目から見ると、雅也くんって滅茶苦茶目立ってたの。何か、顔の代わりに白い霧が渦巻いてるというか……」
「それってつまり、俺の顔に死が見えてたってこと?」
「ううん、違うよ」
なんでも、聞いてみると、ゆかちゃんは死にそうな相手を見ると、黒いもやもやが見えるらしい。ところが、同じクラスになった俺を見て、幼いゆかちゃんはぶったまげたという。黒いもやもやではないが、白い霧が顔を覆っているとんでもない奴が、「あ、おはよう」みたいな感じでフランクに話しかけてくるではないか。ちなみに当時、俺とゆかちゃんの席は隣だった。申し訳ない。
「だから、雅也くんのことはよく覚えてる」
だが、これでゆかちゃんが俺をいつも見失わなかった理由は分かった。つまり、カボチャを被ってないバージョンの俺が見えてたってことだろ? 見る人が見れば幼少期からそんなのだったのかというのはともかく……。
俺は、礼を言って電話を切った。今のゆかちゃんの話を聞いて、浮かんだ作戦はある。ある、が……。どうする? あの人に協力を頼むとしても、俺が中心となって動く必要が、ある。それに、危険も。だって、箱を配っていたということは、おそらく翔子さんは教皇側だ。その近くで目立つことをすれば、必ず排除に動いてくるだろう。
つまり、対抗手段を持っておく必要がある。俺は、ずっと前にお姉さんが言っていた台詞を思い出した。「現実世界で夢の力を使うと危ないね」「現実を塗り潰すほどの大きな力を使うと……」と言っていたはずだ。ということは俺は、夢の世界の力を、こちらでも使えるということになる。使いすぎると、サヤちゃんの姿になったまま戻れなくなるというとんでもない副作用があったはずなので、慎重にいかないといけないだろうが……。
俺は、部屋にある姿見に全身を映しながら、強く念じた。すると、俺の顔の周りに、白い霧がゆっくりと回り出し、やがて、俺の顔は完全に見えなくなった。……よし。次だ。
……俺は、机の上に転がっている消しゴムに触れ、こちらも強く念じる。館でやっていたように。浮かび上がれ、と。ほら。
すると、音を立てて、かすかに動く気配があった。そして、少しずつ、消しゴムが宙に浮かび上がっていく。
一瞬、驚きで心臓が跳ねた。けれど、すぐにそれを胸の内で噛みしめる。「ははっ」という声が、思わず漏れた。……よし、これなら……。
この街で一番大きな駅は、乗り換えのターミナルになっていることもあり、そこそこ利用者が多い。俺は、こちらを見ながら、ひそひそと何か囁き合い、通り過ぎる女子高生達を横目で見送った。パシャパシャと写真が撮られた音もした気がする。……吐きそう。
俺は、自分の服装を見下ろした。いつ雨が降ってもいいようにレインコートを羽織り、首から上は、白い霧がぐるぐると渦を巻いている。今日も俺の能力は絶好調であった。輪郭は曖昧で、鼻も口も、ましてや目も見えない。
けれど、その奥に、確かに「誰か」がいる。それが伝わるからこそ、異様なのだろう。
一言で表すと不審者だし、二言で表すとヤバい不審者だった。
俺は今、駅のロータリーの、バス乗り場から少し引いた場所に立っている。いっそバス乗り場の真ん中に立とうかと思ったりもしたのだが、邪魔になるしな。初日、人ごみのほうに歩いて行ったら、ざあっと群衆が2つに分かれたことは記憶に新しい。モーゼにでもなった気分だった。
さて、俺はもう、かれこれ1週間はこうしている。名付けて、「こんな奴は俺くらいしかいないから、勇者2人もサヤちゃんと関係あると思って来てくれる作戦」である。ただ、このあたりで一番人通りが多い駅とはいえ、所詮は地方都市である。こんなことくらいでは、勇者2人の目に届くにはリアルに10年くらい掛かってしまうだろう。それでは遅いのだ。そこで、作戦その2。
俺は、駅の出口から、こちらを伺いつつ階段を下りてくる女性の方にちらりと目を向けた。霧で覆われているので、視線がバレないのが数少ないメリットだった。
女性は、自身のスマホに向けて、何やら喋っている。
「えー、今日はですね。あの人がお気に入りだった場所に、幽霊みたいな人が立っていると聞いて、調査に来ました。……が、どう見ても男性ですね……。残念です……もう、面と向かって言ってやりたいことがそれはもう、たくさんあったんですが」
女性は俺の知り合いだった。かつて、元女優のお客さん(現三吉君)の手紙を届けに行った、マネージャーさんである。もちろん彼女がここに来たのは偶然ではない。仕込みである。女優のお客さんは、この駅に来たことすらないはずだから。
マネージャーさんは、俺の前までやってきて、恐る恐る話しかけてきた。女優のマネージャーともなれば、演技も得意なのか。目線も口調も、自然な仕草だった。
「あのー。大丈夫ですか? 顔、かすんでますよ?」
こちらにスマホを向けるマネージャーさん。あのスマホでは、今現在も生放送が行われているはずである。だって単なる動画だといくらでも加工できちゃうし。
俺は、小さく息を吸い込んだ。
「人を待っています」
「うわ喋った。……人? 誰ですか?」
「12月1日の夕方。この街で私が一番好きな場所で、待ってます」
「……はい。会話はできないみたいですね。なんか独り言を言ってます。……にしても、どうなってるんでしょうかこれ……」
マネージャーさんは、スマホを構えたまま、俺の周囲をぐるぐると回った。彼女のアカウントは、現三吉君のこぼれ話を今も日々発信しているため、1万以上のフォロワーがいたはずだ(マネージャーさんは「これは正当な復讐です」と述べていた)。……よし。
俺は、能力を全開にして、マネージャーさんを置いて、その場をゆっくりと去った。
後ろから、戸惑ったようなマネージャーさんの声が聞こえる。
「あれ……? 消えた⁉ 消えましたよね! やっぱり幽霊だったんでしょうか……?」
あとは、あの2人が、俺との会話で出てきた「サヤちゃんは山の天文台が大好き」という豆知識を覚えてくれていることを祈るのみ。
次の日、駅前に立ちに行くと、昨日までとは段違いのギャラリーがいた。向けられる視線、構えられるスマホ、響き渡る無数のシャッター音。触られそうになったので、影を薄くして、すぐ離脱した。もうそろそろいいかな……。
俺は、自分のスマホで確認する。……うん、ある程度、広まってる。あとは、中條さんと友希さんが、異世界に関係しそうな情報を集めてくれていれば、目に留まる可能性は一定程度はあるだろう。
俺は、デパートの屋上から、景色を眺めた。ここに勇者を連れてくることができれば、俺の勝ち。それを邪魔することができれば、向こうの勝ち。今回はやり直しはきかない。生き返ることもできない。
俺は昔から、高いところが好きだった。見つけてもらえるような、そんな気がして。きっと、俺は、そこから見る遠くの表舞台に、憧れてたんだ。でも、憧れるだけはもう止める。俺も、舞台に立つんだ。
ただまあ、そうは言っても、俺が教皇側に見つからないというのが一番望ましい。だって、俺、戦えないもんな。サヤちゃんverよりはマシとはいえ、ほぼ普通の一般人である。さすがにさっきの今で2人が援軍に来てくれるというのは望み薄だろうし。まあ、異世界から来た奴らだから、SNSなんてチェックしてないか。何それおいしいの? くらいの認識だろう。そうあってくれ。
俺は、眼下に広がるのどかな景色に、心の底から願った。
どうか、どうか! このまますーっと、何事もなくいってくれますように!
すると、俺の背後から、どこかで聞いたことのあるような声が聞こえてきた。俺以外にいるはずのない屋上に響いたその声は、妙に甘ったるくて、なんとなく小動物っぽい、なんだか妙に作ってる感のある声だった。
「まーったく、面倒なことしようとしてくれますよねぇ」
すーっと……いってくれたら、よかったのになぁ……。




