境界の館、攻防戦(下)
今日はちょっと早めです
題名詐欺です
「彼ら勇者2人は、この世界から既に姿を消している。現実に戻ったか、始末されたか……はないか。それならさすがに気付くからね」
全員が集まった、館の食堂で。お姉さんは、静かな声でそう言った。
そもそも、お姉さんには、最初から違和感があったという。通常より早いタイミングでの勇者召喚、現れた3人もの勇者。
俺は、そろーっと手を挙げた。全体的にわからないことが多い、のだけれど。
「通常より早い、の通常が分からないので何とも言えないですけど。でも、そういえば賢者様もそんなことを言ってたような……」
「通常、勇者は、邪神に世界が滅茶苦茶にされて滅亡寸前なタイミングで召喚されるものなんだ」
「通常が遅すぎる……!」
もっと早く呼べや……! いや、そうすると、まともなタイミングに変わった、というだけなのでは?
しかし、お姉さんはそっと首を振る。
「君らが持ってる、箱、あるだろう? あれってね、以前も言った通り、現実世界から誰かを人為的に召喚するために使われる物なんだ。普通の勇者は、あんな物を使用せずとも、召喚される」
……と、いうと? つまり、どういうことだ? 通常より早く、誰かが、勇者を召喚した?
すると、フィール先輩が宙で一歩、前に出た。その顔は真剣で、いつものような笑みは浮かんでいない。
『箱に掛けられてる魔法を解析してみたらね。面白いことが分かったわ。この魔法には、召喚を解除する魔法が一緒に掛けられてるの。たぶん、誰かさんが召喚されても戻らなかったから、こんな仕組みを作ったんだと思うけど』
フィール先輩が横目でお姉さんをちらりと見た。
そして、俺、お姉さん、フィール先輩、リリーさん、ハモさんの視線が、すーっと健斗君に集まった。健斗君は、口をへの字にして腕組みをし、分かりやすく怒っていた。
「で、俺様勇者くんだけが残ってるわけだが……。君、なんでいるの?」
「友希さんと中條さんの持ってた箱が光り出して、2人が消えたから、ヤバいと思って俺様の持ってた箱をぶった切った」
お姉さんは、ふははっ、と笑い声を漏らした。珍しく、純粋に面白いと思ったみたいな笑いだった。
「そりゃあ見事な反射神経だ。それで? なんでそんなことしたのかな?」
「俺様にはまだ、この世界を救うって仕事が残ってるからな。あの2人もそう思ってたはずだ」
「……その使命感、どこから来るの?」
「俺様の仲間を殺した奴は、絶対に許さねえ。もう2度と出来ねーようにぶちのめす」
……ゆ、友希さんのは事故だから……!
しかし、お姉さんは困ったように首を振った。
「さて困った」
あ、自分でも言っちゃうんだ。
「勇者が3人いればこそ、邪神を楽に倒せるはずだったのだが……私が出ると、この世界をズタズタにしてしまうなぁ……」
……そもそも、なんで勇者が3人も必要なんだろう? そもそも1人なんじゃ……。
「普通は1人に集中する加護を、3人で分けてるからさ。本来だと、剣、魔法、治癒の全てを1人の勇者で賄えるはずなんだ。……やーれやれ」
お姉さんは言葉を切ると、俺の方に向き直った。
「まもなくここは戦場になるだろう。……サヤちゃん、君はもう帰りなさい。ここのことは忘れて、自分の生活に戻ればいい。報酬の話は、全部が終わってからになるが……まあ、また落ち着いたら連絡するよ。なに、私なら心配いらない。彼らの魔法や武器はもともと私にあまり効果がないんだ。この世界には、陰陽師だとか符術師はいないみたいだからね」
「………………は?」
「ということで、君のバイトは、ここで終わり。じゃ、さよなら。元気でね」
トン、と胸を突かれ、俺は軽くよろめいた。
そして次の瞬間、気が付くと、ベッドの上で体をがばっと起こしていた。自分の、部屋で。チュンチュン、という鳥の声が、白んだカーテンの向こうから聞こえてくる。
……え? 終わり、って……? だって今から兵が大勢攻めてくるんだろ? お姉さんはまあいいとして、リリーさん、フィール先輩、ハモさん、それに健斗君はどうなる⁉
部屋の隅にある鏡に、急いで駆け寄った。そのまま、思いっきり顔を突っ込んでみる。触るとひやりとした感触が跳ね返してくる。普通の、鏡だった。それは、戻ることを拒否されているような、そんな気がして。
…………え? これで、終わり?
「そりゃ、戦えないけどさ。途中で離脱させるのはなくないか?」
「雅也が何の話してるか全く分からなくてウケる。なになに、ゲームの話?」
俺はそっと横を向き、窓の外に視線を移した。
グラウンドでは、部活の生徒たちが最後の秋の日差しを浴びながら練習に励んでいる。ボールが跳ねる音、スパイクが砂を蹴る音、笑い声が校庭に響いていた。
校舎の窓はすでに冬支度を始めたのか、カーテン越しに暖かな光が漏れている。昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響くと、外にいた生徒たちが「寒い、寒い」と言いながら教室へと戻っていった。
俺はそれを見下ろしながら、今回起こったことを考える。それは、何度も繰り返し考えて出した結論だった。
おそらく、箱を使って友希さんと中條さんを戻したのは、教皇だ。理由は簡単、勇者が邪魔だから。フィール先輩いわく、箱には安全装置みたいに召喚した者を元の世界に戻す魔法が掛かってたみたいだから、それを発動させたのではないだろうか。なぜ今だったのかは不明だけど、邪神の体調が元に戻ったとかそういうアレなのでは。
さて、そうすると、世界がピンチになるから新しい勇者が召喚されないの? という疑問が湧いてくる。しかし、賢者様も言っていた。勇者を召喚するためには、世界が貯めた加護が必要なのだと。確か、友希さんが召喚された後に城に行ったとき、加護を溜めてるっていう砂時計はほぼ空だった。
つまり、新しい勇者を召喚する燃料が、ない。邪神はやりたい放題。健斗君が残ったのは計算外だろうけど、通常の勇者よりずっと弱いはずだから、対処は可能だろう。
そして、残った邪魔な存在である館の人間を消すべく、兵がたくさんやってくる、と。だから戦えない俺は、戦力外通告を受けて、現実に戻された。途中で舞台から降ろされて、どうにもならない。だって、いなくなっても問題ない人間だから。わかっていたはずなのに。
「…………はぁ」
「なんか雅也が怒るの珍しいね。どしたの?」
「俺、怒ってる?」
「お、おう。見りゃ分かるわ。まー、何か困ってるなら言いなよ」
そして、館から帰されてから、早くも1週間が経過した。夜、眠り、朝起きる。夢は見ているような見ていないような。朝食を食べる頃には忘れているような、曖昧なもの。あれ以降、館に行けたりは、していない。
学校で、どこか遠慮がちに、由依が話しかけてくる。
「そういや、雅也、あのバイトどうなった? ちゃんと辞められた?」
「休止中、かな」
「辞めてないんかい」
……どうしたらいい? 俺が強ければ、戻りさえすれば、力で何とかできたかもしれない。だが、それができないからこそ、お姉さんは俺を逃がしたのだろうし。
どうやって……? そもそも、俺は、どうしたいのか。
「ねえ、最近さ。雅也、元気ないよね。大丈夫?」
「由依ってさ、いい奴だよな」
「は、はあ? 違うし⁉ 暗い顔してる人間がいたら調子出ないだけだし!」
「ありがとう」
「ちゃんと助けは求めなよ。ま、あんたが嫌だって言っても手伝うけどね」
……そうか。お姉さんが、俺の助けはいらない、もう後は自分たちで何とかする、と思っているのは、分かった。でも、問題は、俺がどうしたいかだ。
俺は、お姉さんたち、館の他のみんな、健斗君、何なら街の人たちだって、助けたい。
よし、これが大前提だ。なら、どうやって助けるのか。俺にそんな力はない。そのとき、さっき、由依が去り際に残した言葉が耳に蘇った。
「あたしはねー、周りの人が助けてくれるっていうのもその人の強さだと思うから、他人に頼るのは悪くないと思うよ?」
授業中、ずっと考える。
…………助け、か。あそこは別の世界だけど、俺の夢とも繋がっていた。なら、いなくなった中條さんと友希さんは、どこに行った? 夢は覚めるもの。ひょっとして、この世界に戻ってきている? だって、あの世界に勇者を留めていたのは箱だった。
なら、この世界に戻った2人を探せば? 見つけることができたら。力については解決する。だって、脅威だと思ったからこそ、こちらの世界に戻したはずだから。
俺はそこまで考え、ぺたんと机に突っ伏した。
「だから、どうやって見つけるっていうんだよ……」
生前の話を聞かないようにしていたから手がかりもないし。さらに、もう1つ。どうやってあの世界に戻るかというのも解決していない。それに、俺が頼んだとて、行ってくれるだろうか? 予想では加護はまだ勇者たちの元にある。だって、加護は時間経過でなくなるって話だったはずだ。ただ、確証はない。
学校が終わったあと、自分の部屋で、水原さんに連絡した。何か手がかりがあればと思い、すがるような気持ちだった。
「そういえば、街の七不思議ってその後、わかった?」
「うん。色々分かった。まず全体的にね、私たちの街って、おかしいの。超能力っていうのかな……妙なことができる人が何人もいたらしくって」
水原さん、俺も影が薄いっていう超能力を持ってたんだよ。妙なこと? できたできた。高速道路のサービスエリアに置いていかれたりとか。……いや、真面目な話、おそらく、異世界と繋がってる穴がここにはたくさんあるらしいから、その影響じゃないかな。ほら、賢者様も、お互い影響を与え合う、みたいなこと言ってたじゃん。
「私たちの小学校にもあったんだよ? 街の七不思議の1つ。西校舎の3階の階段踊り場にある、鏡の話だった」
「ああ、あそこ通るなって言われてたね」
「あそこには、鏡があって。夜遅く、中に引き込まれてしまった生徒がいるんだって。……で、その鏡はね。ずっと昔に寄贈されたものらしいんだけど、元々は死者の国にあったもので、覗くと地獄が見えるんだって。亡者が手を伸ばして引き込んでくるそうよ」
……地獄。死者の国。鏡に引き込んでくる、という現象には覚えがあった。
俺はふと、部屋の鏡を手元に引き寄せ、裏返してみた。そこには、『昭和27年 寄贈』とかすれた文字で書かれていた。俺は最初のことを思い出す。鏡に映ったお姉さん。
「あとは、デパートの屋上がそうなんだって。ほら、町外れにある。なんであんなところにあるんだろう、って思ったことない? あれは実はね、別の世界に繋がる穴を隠してるんだって。深夜には、その穴が開いて、魑魅魍魎が出てくるって話よ」
廃デパートなら、見たことがあった。一面の原っぱが広がっている中に、デパートだけがぽつんと建っているので、一目で異様だと分かるのだ。塗装も剥げ、言い方は悪いが、さながら灰色の墓石みたいな印象を受ける。
「あそこの屋上に、穴がある?」
「うん、そう言われてる。でも深夜に行ってみたけどさ、別に何もなかったよ」
「……見に行ったの?」
「あそこのデパートってさ、外の非常階段のところ、施錠されてるんだけど揺らすとすぐ開くの。これはあの町のオカルト愛好家の中ではもはや常識よ」
オカルト愛好家、怖い。
「……で、6つ目が、見ると呪われる絵。で、7つ目が」
「館、だったりする?」
「知ってるの?」
「詳細は知らない。教えて」
「帰らずの館、っていってね……」
その館は、濃い霧の中に時折現れる。普段は誰にも認識されていない。そして、館に行くと、ひたすらに歓待されるという。美味しい料理に、優美な音楽と美しい歌声。そして、帰ろうとすると、館の者が引き留めてくるらしい。次第に、帰らなくてもいいか、と客は思ってしまう。いつか寿命が尽きて、客はそのまま死ぬ。
そして、誘惑に打ち勝った者は、帰りに何か1つ、才能を持ち帰ることができる。
「その館には主人がいて。人の命をちゅーちゅー吸って生きてるらしいんだけど。いつまで経っても姿が変わらないんだって」
「ほー」
「なにその返事」
「たぶん、適当な性格の女の人なんだろうなあって」
俺は、お姉さんとの会話を思い出す。日本にはそんなに長生きできる「人」はいない。それで間違っちゃいないとお姉さんは言っていた。……なら、人以外なら? お姉さんは、やはり人以外の何かだったのだろう。
俺はあの後も、何度か鏡に首を突っ込もうとしてみた。すると、何回目か、するっと首が鏡の中に入る。それと、同時に。ちりちりちり! という警鐘が響き、即座に首をひっこめた。なんだか、ここにもぐっても、館に行ける気がしない。
廃デパートにも行ってみた。しかし、何もなかった。当たり前か。だって、穴が開くのは深夜のはずだから。
その代わり、屋上から、錆びだらけの柵越しに遠くの街並みを眺め、考えにふけった。お姉さんと初めて会ったのは、確か山の中だった。そこで……? あまり記憶はない。ただ、3日間、行方不明になっていたと叔母さんから怒られ、泣かれた。
魔法だったり、人以外の生き物だったり。そんなものは、異世界にしかないと思っていたけれど。お姉さんは、こちらの世界出身だと言っていた。知らないだけで……俺のいる世界は、俺が知っている以上に、広かったのか。
うん、行く方法はありそうだ。あとは、どうやって勇者と合流するか。見つけてくれる、と言っていた。ただ、合言葉も結局、決めていない。……それに、現実問題として、俺がサヤであると一目で分かる方法なんて、あるのか……?
だいたい、現実の俺って目立たないから、一目で分かる以前に、見つけることすらできない。最近はコントロールできるようになったとはいえ、昔とかヤバかったもんな。叔母さんすらスルーしてきてたし。あの頃の俺を見つけられたのなんて、ゆかちゃん、くらい……しか……。
……そうだ!
「……もしもし水原さん? ごめんこんな夜に。ゆかちゃんの連絡先、わかる? もしできたら、教えてもらえる?」
「ああ、そういえば仲良かったっけ。ゆかちゃんも気にしてたから、教えてあげるけど。あの子、好きな人いるらしいよ」
「そういう用事じゃないから、大丈夫」
俺はゆかちゃんに電話する。時計を見ると、午後10時。ちょっと遅かったかもしれない。だが、明日に回すこともしたくなかった。
「……出てくれ……」
心の中でそう祈りながら、指先がじっとりと汗ばむのを感じた。コール音が鳴るたびに、胸の奥が妙な緊張で締め付けられる。
何年ぶりだろう――。最後に話したのは、いつだったか思い出せないくらい昔だ。
そして、
――ふいに、電話が繋がった。
「……もしもし?」
静かな夜に響く、鈴の音のように澄んだ声。それでいて、どこか心をくすぐるような柔らかさがあった。
「俺、堀田、雅也だけど。久しぶり、突然電話してごめん」
「覚えてるよ、雅也くん。遠井です、ご無沙汰してます……なんてね。昔通り「ゆかちゃん」、って呼んでいいよ。水原さんからも連絡があったから、電話があるだろうなぁーとは思ってた」
くすくすと笑いながら、ゆかちゃんはゆっくりと言葉を紡いだ。その話のペースが昔と同じで、俺も思わずおかしくなる。……っと。
「1つ、教えてほしくて電話したんだ。ゆかちゃんって、昔、俺のこと絶対見つけてくれてたじゃん。あれってどうやってたの? 俺、すごく影薄くてさ。ゆかちゃん以外にあんなこと誰もできなかったから、気になって」
「あー、まあ、薄かった、かなぁ……」
もにょもにょ、と口の中で呟いて、ゆかちゃんはしばらく沈黙した。
ゆかちゃんの沈黙は長かった。切れてしまったのかと思うくらいに、何も言わなかった。かすかに聞こえる息遣いだけが、電話の向こうの彼女の存在を教えてくれる。
やがて、「まあ、もう言ったし、いいか」と小さな声がして、ゆかちゃんは話し始めた。
「えーっと、信じられないかもしれないけど。私、ちょっと変な力があって」
「なんかこの街ってそういう人多いらしいよ。遠足のバスに高速道路で置いていかれる能力とか」
「ふふ、それ雅也くんじゃん。……その、ちょっと物騒に聞こえるかもしれないんだけど」
物騒。俺って最近、斬られた腕とか見てるし、そもそもバラバラにされたりしてるから、そのジャンルだと問題ないよな。
「大丈夫大丈夫。俺、最近物騒なことに慣れてるから」
「――実は私ね。人の死がなんとなくわかるの」
……えーっと。……えっ? なんて?




