勇者は「基本」1人らしいが、何事も例外はある
俺は、ぐるぐると吾輩勇者の周囲を回る俺様勇者の姿を見て、大いに困惑した。あいつはいったい何をやってるんだ……?
……でも、ひょっとしたら男同士の友情が発生するときはこんな感じなのかもしれない。俺には男友達がいないからおかしく見えるだけで、世間では当たり前のことなのか……?
「誰こいつ」
「貴様こそ誰だね」
「こちらが……えーっと」
俺様勇者を紹介しようとして、はたと俺は困った。「俺様勇者」といつも心の中で呼んでいるのだけど、ここでそう呼ぶわけにはいかない。動きを止めた俺を見て、俺様勇者は急にキッと目つきを鋭くした。あ、これはバレたっぽいな。俺が名前すら聞いていないことを。でも君も俺に名前を教えてくれなかったから同罪だぞ。
俺は次に、吾輩勇者の方を見る。しかし、同様の理由でそっと目をそらした。
「……その……えっと……」
吾輩勇者はすっと目を細くした。こわっ。サイコパスが獲物を吟味するときの目だ。これまた怒ってる顔。チーズケーキと称してレアチーズケーキを出した時みたいな顔してるもん。あの時は2日間口をきかなかったから、怒ってたんだと思う。子供か。
「えーっと、お2人は初対面ですよね。勇者同士でお話が合うのかもしれませんので、よかったら仲良くされたらいかがでしょう」
「あー、こいつが噂の新しい勇者か」
「吾輩を指さすな、この無礼者が」
「わ、吾輩⁉」
おい助けてくれ、みたいな目で俺様勇者さんがこちらを見てきた。確かに一人称吾輩はヤバいよな。でも「俺様」も大概だと俺は思うぞ。言わないけれど。
「おい吾輩。お前、先輩である俺様に無礼者とか、そっちこそ礼儀がなってないんじゃないの」
「貴様に吾輩と呼ばれる筋合いはない」
明らかに年上っぽい吾輩勇者に、俺様勇者が絡む。な、なんてギスギスしたコミュニケーションなんだ……。すると、吾輩勇者はニヤリと笑みを浮かべ、眼鏡を上げた。あれ? 意外な反応。大人だから、大人だから流してくれる?
「しかし、俺様ねえ……くくっ。まるで子供だな。いや失礼。君にピッタリと思ってね」
「お前、性格悪いな⁉」
「はい喧嘩なら外でやってくださいね。私の部屋ですよここ」
吾輩勇者は全然流してくれず、むしろ煽り始めた。どうやら精神レベルは同じくらいだったらしい。結構強めに言ったので出ていくかな、と思ったら、2人はぶすっとした顔で腰を下ろした。ここは俺の部屋なのに。しかし、吾輩勇者の方が、怪訝な顔をしてこちらをぱっと振り向く。
「……お前の部屋、なのか?」
「ええ、まあ」
「俺様は教えてもらってたから知ってた。ま、旅仲間だもんなー俺様たち」
「旅仲間だと……?」
吾輩勇者の仏頂面に磨きがかかったので聞いてみる。
「なんでさっきからそんな不機嫌なんですか。お腹痛いです?」
「お前のことはどうでもいいが、こんな奴より吾輩を優先していないのが腹立たしい」
……子供かな? ともかく、俺はまあまあと2人を取りなした。
「そんなことで張り合わないでください。ほら、2人とも自己紹介は?」
「なんで俺様がこんな奴と。死んでも言わねーわ。というか話すことなんてねーから言う必要なくね? 性格暗いのが移りそう」
「吾輩こそ御免だ。名前を明かすほどの価値が貴様にあるとは思えないのでね」
「リリーさんに料理のリクエスト伝えるの止めますよ」
「俺様は健斗」
「吾輩は中條という」
素直。リリーさん偉大。名前と苗字、だろう。吾輩勇者あらため中條さんが親切に漢字も教えてくれたのを見て、俺様勇者あらため健斗君も慌てたように追加する。ふむふむ。
すると、そろって勇者2人がこちらを見た。そしてまず、中條さんが口火を切る。
「……で、お前は?」
「わ、私ですか? な、名前なんてありませんけど」
「嘘だな。お前は嘘をつくとき、左手が少し上がるぞ」
えっそうなの? 中條さんの指摘に思わず左手を見そうになり、咄嗟に止める。危ない。そんな癖は言われたことがないし、ここで見てしまえば嘘をついていると言っているようなものだ。その手には乗らないぞ。まあ隠す意味もそこまでない気がしてきたけれど。
俺は何でもない風に、さりげなく首を傾げながら髪をかき上げた。そうだ、今の俺は大女優。
「えー? そんな癖、私にあったかなぁ……?」
「さっそく馬脚を露しよったな馬鹿め」
「なんだよこの大根役者……」
いけない、思わず声が裏返ってしまった。ぼろくそに言われてしまう。にしても大根役者て。
「サヤちゃん、ちょっといい? 君の給料なんだけどさ、もうすぐ半年だからボーナスでも出そうと思ってるんだ。どっちのお金で貰いたいかなと思って」
そのとき、間の悪いことに、お姉さんが部屋にひょいと顔を出した。同時に顔を見合わせる、健斗君と中條さん。いや君ら仲よくない?
「……サヤ、だと?」
「あ! ちょっと今まずいです!」
「やっぱり名前あるじゃん!」
「よ、呼ばれたので! 行ってきまーす!」
お姉さんからは、ボーナスとして月給の4か月分を支給すると言われた。えーっと、円だと、30万円×4で、120万円⁉ そんな大金をポンと渡されるのが怖すぎたので、とりあえず異世界のお金で貰う俺。
「そういえば、勇者2人が私の部屋で喧嘩してるんで困ってるんです」
「私室に勇者2人を迎え入れたのは君が史上初めてだと思うよ。だって、勇者が2人現れることなんて、これまで1度もなかったんだから」
「1ミリも嬉しくない……!」
ともかく、俺が戻ったら2人が仲よく冒険の旅に出た後だといいな。無理かな。無理だろうなぁ……。
果たして、俺が部屋に戻ると、やはり2人はまだいた。何やら興奮しながら言い合っている。えーっとなになに。俺が耳を澄ませて聞いた感じだと、どうやら2人の議題は、どちらが俺を冒険の旅に連れていくかということらしかった。こら、本人がいない間に人身売買みたいなことをするな。人の部屋で。
俺は口論している2人の間に、腕を広げて入っていった。ほらほら、もう、やめなさい。
「お姉さんに聞いたんですけど、勇者って普通は1人なんですって。きっと、今回は2人なのも、何か意味があるんですよ。だからそんなに喧嘩しないでください」
「俺様は1人がよかった」
「何人でもいいが、こやつと2人というのは気に入らんね」
「あーもう! いいですか? 世界にたった2人の勇者なんですよ! 人という字はですね、お互い支え合って……」
そのとき、説教を聞いていた俺様勇者こと健斗君の視線が、上にすーっとスライドした。そして、続いて吾輩勇者こと中條さんも。俺の真上の空間を、2人は目をかっぴらいて見つめている。どうしたんだ。2人ともよく聞いてくれ。そこに俺はいないと思うんだ。フィール先輩じゃないんだから。えっ何? 何か上にあんの?
そして俺が顔を上に向けると……そこには、キラキラした何かに包まれた、焦ったような顔をした女の子が、天井近くの空間に開いた黒い穴からぺっと吐き出されるところだった。彼女はそのまま重力に引かれ、真下にいる俺に向かって落ちてくる。その瞬間、全てがスローモーションになった気がした。俺と、バタバタと手足を振り回しながら落ちてくる彼女の目が合う。そして、ハッとしたように彼女は叫んだ。
「ど、どいてっ! あぶな……!」
「み゛っ」
頭と鎖骨の辺りにゴッ!という大きな衝撃を感じ、俺の視界は真っ暗になった。
「…………はっ!」
俺が体をがばっと起こすと、そこは現実世界の俺の部屋だった。薄暗い室内には静寂が漂っており、月明かりがカーテン越しにうっすらと漏れ、ぼんやりと床に影を落としている。チッ、チッという、時計が規則正しく刻まれる音が、やけに耳に響いた。……えっ? 俺また死んだ? あんなあっさり? というか……。
「えっ? ……誰?」




