知人が自分の幻覚を見ていた時はどう対応すればいいのか
俺は、鏡を見ながらしばらく考えた。……怪しい。カボチャを被った少女は、この上なく怪しい。しかし、ここは異世界である。「こういう種族なんです」と言えば、解決するのでは? いっそのこと、「何も被ってませんよ? こういう顔なんです」とかでも通るはず……よし。
「これで行ってきます」
「うん。表でリリーが待ってるから、行きなさい」
……リリーさんが? なんで待ってるのか分からなかったので、俺が首をかしげると、お姉さんは呆れたように口を開いた。
「だって君、王都まで1人で行けないだろう。10回は死ぬよ」
「確かに」
リリーさんは、俺を王都まで無事に送り届けてくれた。フェルガルフみたいな狼型の魔物の集団とかも襲って来たんだけど、リリーさんが一歩前に出ると、一瞬で全員が細切れになった。10頭以上いたのに。ナタを持ってたから、たぶんあれで斬ったんだろうなぁということしか分からなかった。しかし、館の料理人たるリリーさんを送迎に使ってしまっていいのだろうか……。
すると、リリーさんはこちらを振り向き、ニコリと笑いながら恥ずかしそうに微笑んだ。
「お世話に・なってる・から」
それは、リリーさんが初めて口にした、日本語のお礼の言葉だった。思わずちょっとほっこりしてしまう俺。やばい、俺の生徒がめっちゃかわいい。
俺様勇者は……と。いたいた。水晶玉で大体の場所は確認してから来たんだけど、ほとんど動いていない。今日も通りの隅っこに座り込んでいる。……なんとなく、遠巻きにされてる気がする。俺は、自分が同じかそれ以上に遠巻きにされてるのをよそに、俺様勇者の評判の低下を嘆いた。せっかくフェルガルフ退治したのに。
……うん。俺も、すごく遠巻きにされてる。さっき、大きな荷物を背負った商人がUターンして狭い道に入って行ったのを見て確信した。「こういう種族なんです」と言う隙もないというか、そもそも誰も話しかけてこない。リリーさんはさっき別れたから、100%俺が原因である。
俺が勇者の前に立つと、意外にも、逃げられなかった。俺様勇者は、座ったままで俺を見上げ、嬉しそうに笑う。……お? ひょっとして、こんな見た目でも、俺のことがわかる感じ? じーん、と俺は胸を震わせた。うんうん、仲間だもんな。
「……今日はなんだ?」
「えっ? 今日は……? 死んでから来るのは初めてですけど……」
「昨日も一昨日も来たじゃねーか。ていうか、今日は喋るんだな。ま、来なくなったらどうしようかと思ったぜ。明日もまた来てくれよな」
「い……いいともー……?」
思わず疑問形になってしまう俺。いやフリかわかんなかったから。俺、リアルタイムで見てないからなぁ。……ていうか昨日も来たってなんだ? こんな怪しい格好をした人間が、王都には複数人いるというのか……?
疑問に包まれる俺をよそに、勇者は、棒みたいな何かを差し出してきた。
「ほれ、使えよ」
思わず受け取る俺。うわ重っ。持った両腕が思わず下がる。渡してきたそれは、鞘に入った剣だった。……え? 死んだ罰として荷物持ちしろとか……そういう……?
そして、俺様勇者はそっと目を閉じた。
「逃げも隠れもしない。昨日みたいに滅多刺しにしてもいいぞ。約束を守れなかったのは、俺様だからな」
「私をそんな猟奇的な人間にしないでください……!」
こ、こいつ……! 間違いない、幻覚見とる……! 守ってくれなかったことを恨んで連日復讐に来るサヤちゃん、みたいな。というかこいつの中の俺はいったいどういうイメージなんだ。
俺は剣を放り出して、勇者の両肩を掴み、ぐらぐらと揺さぶった。ビンタもペチペチとしてみたけど、俺の手が痛いだけだったのですぐやめた。
「もう! 刺すわけないでしょ⁉ というか勝手に私を変な役柄で出演させないで!」
「…………お?」
「あ、起きました? おはよーございます」
「……うわっ……! おま、お前、本物か……?」
そのまま、ぺたぺたと肩とか腕とかお腹を触られた。胸もちょっと、いや結構勢いよく触られたけど、それはまあ不問にしてやろ……いや、やっぱ嫌だわ。こら掴むな痛いんだよ。俺様勇者がさらに手を伸ばしてくるので、俺は両腕を交差させて胸を庇い、さっと後ろに下がった。
「変態……! 変態っ! 変態勇者!」
「ちょっ……! いや、ちがっ……!」
「で、昨日の私にはどんなことをさせたんですか? さぞかしフェチ的なプレイをなさったんでしょうねえ! さすがベッドを1つしか予約しないだけありますねっ!」
「それはお前が……!」
ぴたり、と俺様勇者はこちらに伸ばした腕を止めた。そして、まじまじと俺を見つめる。
「……え? マジで、生きてる、のか?」
「まさか帰ってきてすぐに俺を刺せと刃物を渡され胸を揉まれるとは……」
俺が睨みつけると、勇者は目にも止まらぬ速度で俺の肩に両手を伸ばし、そのまま力を込めて縋り付いてきた。その動作は荒っぽく、それでいてどこかこわごわとしていた。勇者のおでこが、こつん、と俺の肩に落ちてくる。そして、震えるように、呟いた。
「…………よかった…………!」
まあ、うん。ごめん。俺が悪かったから、そんなに泣かないでくれ。
その後、ギルドにも顔を出した。最初に気づいたのは受付嬢だった。カウンターの向こうで書類を整理していた彼女はふと顔を上げ、俺を見た瞬間、手に持っていたペンをぽろりと落とした。
『…………えっ? ま、まさか……サ、サヤちゃん……?』
『あの、恥ずかしながら、帰ってまいりました』
ギルド全体が、一瞬で混乱の渦に包まれた。冒険者たちは立ち上がり、信じられないものを見るように俺を取り囲む。中には、泣きそうな顔をする者もいた。何やら垂れ幕に文字を書き出す者も……あ、あれ、『サヤちゃんをヒモ男から救う会』だ。また結成するらしい。正直やめていただきたい。
受付嬢に力いっぱいぎゅーっと抱きしめられながら、俺はおずおずとお辞儀をした。すると、ホール全体が大きな歓声で満たされる。
そして、次第に歓声が止み、冒険者たちは顔を見合わせた。その顔には、困惑と疑念が浮かんでいるように見える。
『……で。なんでそんな格好してるの? ていうか顔が……』
いやみんな、首から下だけでよく気付くよな。まあ、声で分かるのか。
『そういうしゅぞっ、種族なんですっ』
『そもそも完全に死んでた気が……』
……とある人に生き返らせてもらいました! と言おうとして、俺は思いとどまる。普通、人は生き返らない。お姉さんの言葉はまあ、その通りだと思う。いや、しかし、生き返ることができた理由……?
『そういう種族なんです。えっと、私、実はこのカボチャが本体というか。だから人間の部分は何度死んでも特に問題ないんです。1週間で新しいのが生えてきます』
『しれっとすげーヤバいこと言い出した……』
『でも、それがバレると私はバラバラにされて畑にまかれてしまいますので、内緒にしてくださいっ!』
『こんな堂々と内緒を打ち明けるの見て、なんかサヤちゃんだなって思ったわ』
『あと、ギルドマスターは私の中で味方か分からないので、来たことは内緒に願います』
『ギルドに来ておいて……⁉』
俺が訪問した時間にギルドマスターが不在だったことは、奇跡以外の何物でもなかった。普段の行いというやつだろうか。
「それでは、冒険の旅に出かけますか。王様に呼ばれたんですよね? 何か指示、ありました?」
「あー、なんか待機してくれって言われた。今のところ、世界の危機っていわれるような問題は何も起きてないんだと。……なあ」
「はい?」
「次はぜってー、守るから。命に代えても、お前を守ってやる。約束するから」
……うん。いや、重くない?