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「この際リリーさんともっと仲良くなっちゃおう作戦」を開始する

あからさまな伏線回

 館を掃除しつつ、フィール先輩とも久しぶりにお喋りした。


『そういえば、フィール先輩っていつからこの館で働いてるんですか? お姉さんとは、いつくらいにお知り合いに……?』


『んー、ここで働き始めたのは10年前くらいだけど……あの人に会ったのは、そうねえ……100年前くらい? 他の2人もそれくらいよ』


『ひゃ、百年⁉』


 いやいやちょっと待って。


『……根本的なこと聞いていいですか? お姉さんって20代にしか見えませんよね。そんな年に見えないんですけど。今の話だと、明らかに百歳以上なんですが』


『そういう種族なんじゃない? たまにいるわよ、エルフとか』


 そうだろうけども。……いや、待てよ。お姉さんと俺が現代日本で会ったからと言って、あの人が異世界生まれという可能性自体はあるのか。むしろそうでないとおかしい。


 帰り際、お姉さんと会ったので聞いてみた。


「お姉さん、こっちの世界出身だったんですね」


「……いや? 私は日本生まれの日本育ちだけど。あ、でも厳密には違うか。生まれは中国だよ。ただ小さいころ日本に渡ってきたから、中国のことは聞かれても分からないな」


 いやいやいや。


「だってお姉さん、何百年も前からいるって。おかしいじゃないですか。そんなに寿命ある人なんていないですもん」


「そう? 私の周りは千年生きてる奴もざらだったけどね。どいつも最近見ないが」


「……お姉さんと私、同じ日本の話してます?」


「まあ、サヤちゃんがさっき言ったので概ね間違いないと思うよ」


「さっき? え、さっき何言いました私」







 そして、お客さんが相変わらず全然来ないので、空いた時間にフィール先輩に館の中を一通り案内してもらった。2階に客室が8部屋、1階に大浴場と食堂。食堂は大勢の利用も想定されているらしく、30人は座れそうなご立派な木製のテーブルが鎮座している。重くて掃除しにくいので、俺としては折り畳み式のプラスチックとかに変えてほしいところ。


 あと、この館、なぜか開かずの部屋がある。中に何があるんだろう、と首をかしげていたら、フィール先輩が入ってくれた。顔だけ扉から生やした状態で報告してくれる。


『なーんか、標語みたいなのが貼ってあったわ』


『何が書いてあったんですか?』


『確か、ここが望みを叶える館って事と。何も望みがない人間は人生楽しそうだね、みたいな』


『後半思いっきり煽ってるじゃないですか』


 お姉さんなら言いそうなのが恐ろしい。でも、そういえば、山の奥にある、望みを叶えてくれる館……? 確かそんな話を昔、友達から聞いた気がする。あれは、いつだっけ?




 この館はなんなんだろう、と改めて聞いてみても、お姉さんは答えてくれなかった。しかし、開かずの部屋の方は、初めは怪訝そうな顔をしたお姉さんだったけれど、次第に思い出してくれる。


「そういえばそんなのも作ったね。説明がないのが不便だって言うめんどくさい客がいたから。ほら、現世に戻れる奴は、お土産を持って帰れるみたいな話があったじゃないか。あれの説明だよ」


「なんでせっかく作ったのに締め切った部屋に置いちゃうんですか」


「お土産っていうのはつまり、帰るときに望みを1つ叶えるってことなんだけどね。どんな望みなら叶えてもらえるんだ、っていっぱい聞かれてめんどくさくなったから。日本人って質問好きだよね」


「……そういえば、なんでここって日本人しか来ないんですか?」


「入口が日本にあるから。特に私たちが昔よく会ってたあの山はご神体でね。異世界への入口がたくさんあるんだ」


「私の地元が思ったより危険だったことに驚きを隠せません」







 さらに、空き時間を利用して、俺はリリーさんと日本語勉強会を始めることにした。俺の話す言葉を何でも繰り返してくれるリリーさんは、みるみる上達していく。リリーさんはとても真面目な性格みたいで、宿題も忘れないし、自習も欠かさない。


「こ・ん・に・ち・は」

「そう、それですリリーさん!」


「おかえり・なさい」

「うんうん。個人的には、言ってもらって嬉しい言葉ナンバーワンですね」


「神に祈る人間などほとんどいない。ただ物乞いをしているだけだ」

「……リリーさん?」

「人生には二つの悲劇がある。一つは願いが叶わぬこと、もう一つはその願いが叶うこと」

「変な言葉教わったでしょ⁉ ちょっとお姉さん! 私の生徒に手を出さないで!」







 そして、お姉さんの気が向いたときだけ、俺様勇者の様子を水晶玉で見せてもらった。


 見た感じ、街の人たちからの視線は変わっていってる感じがする。狼が退治されたことが伝わったのか、何人もが、俺様勇者にお礼の声を掛けていた。ところが、俺様勇者は一切笑わず、俯いて街角に座り込むだけだった。宿にも泊まってないみたい……お金ないもんな。銀貨2枚しか。あ、ちょっと腕に怪我してるじゃん。フェルガルフとの戦いで負った傷だろうか。




「そういえば、勇者って癒しの力もあるんですよね?」

「今回の彼にはないみたいだねえ。あったらサヤちゃんを助けられたかもしれないのに」

「そういう趣旨で聞いたわけじゃないですっ!」




 そんな折、ギルドの受付嬢が、俺様勇者をギルドに手招きした。ジェスチャーで何やら伝えようとしている。どうやら、俺様勇者にスタッフ用の仮眠室と食堂を使わせてくれるらしい。そして、ごそごそと何かを取り出そうとした。俺はそれを見て、なぜかとても嫌な予感がした。


『実は、サヤちゃんからね……あなたにって、預かってるものがあるの』





「まさか……! い、今のタイミングで出さなくても……! やめてやめて!」

「遺産みたいになっちゃうもんね」





 だが、幸いにも、俺様勇者には異世界語が分からなかった。よって、受付嬢の差し出した金貨5枚を、不思議そうな顔で眺めるだけ。助かった……。


 しかし、受付嬢はそこで諦めなかった。俺様勇者に「しばし待て」と手で合図し、何やら紙にペンでガリガリと何かを書き出す。そして書き上げた何枚かの絵を、まるで紙芝居のように顔の前に掲げた。えーっと、1枚目。絵本の中に出てくるみたいなシンプルな絵柄の可愛い女の子が、ギルドで受付嬢らしき人に袋を渡してる……? あ、あれたぶん俺だ。服装が一緒だもん。


 ぺらり。2枚目。袋の中にはたくさんのお金が入っている。絵の中で、女の子は、お腹を押さえて泣いている勇者を想像し、何かを受付嬢に頼んでいる。


 ぺらり。3枚目。家に帰った女の子は、空っぽになった金庫を前に、ニコニコと笑っている。





「なんか、勇者が困ったときに全財産をあげてくれ、って君が頼んだみたいじゃない? いやぁ、わかりやすい。あの受付嬢もなかなか多才だね」

「あれは単なるあぶく銭なのに……あ、受け取りましたね……うわっ」


 俺様勇者は、金貨を受け取る時、それはもう凄い顔をしていた。歯を食いしばりすぎると人ってあんな顔になるんだ、みたいな。お前なんて顔してるんだ。違うって! あの絵だと俺の貯金みたいじゃん! 俺は思わず両手で目を覆った。


「み、見てられませんっ」

「地獄への道は善意で舗装されている、って本当だったんだねぇ」







 さて、そんな非常に恐ろしい出来事はあったものの、境界の館の中では、ゆっくりといつも通りの時間が過ぎていた。そんな中で、俺には1つ懸念事項があった。リリーさんである。


 リリーさんは、俺が日本語を教え始めて以降、食事のリクエストを受け付けてくれるようになっていた。いつでも何でも好きな物を作ってくれるのだ。一方、俺はといえば、日本語を片手間に教えるだけ。客が来たらいつも無茶振りに答えてもらってるし、これはいくらなんでもバランスが悪いのではないか。




 そこで、俺は新しい料理本に異世界語を書き入れ、料理中のリリーさんにプレゼントすることにした。名付けて、「この際リリーさんともっと仲良くなっちゃおう作戦」。勉強にもなるし、きっと料理の参考にもなると思うし! 学校の帰り道、本屋の店員さんにアドバイスを貰い、できるだけ写真が多く載っているものを選ぶ。そして、ちょっと分厚い料理本を抱え、部屋の鏡をくぐる。




 俺は、台所でお鍋を見つめてじっとしているリリーさんに、ちょっぴりドキドキしながら本を差し出した。……喜んでくれるかな……? 家族以外に何かあげるのって、ほとんどしたことないから緊張する……。


 すると、リリーさんは本をちらりと一瞥し、無言で軽く頷いた。そしてそのまま食堂のテーブルの上に本をぽいっと置き、スタスタと料理に戻る。



 俺は、ちょっぴり黄昏ながら食堂を後にした。作戦は明らかに失敗であった。






 お礼したい、って気持ちで動き過ぎた……。俺が庭で壁に向かって落ち込んでいると、目の前にいきなりフィール先輩の顔がにゅっと出てきた。壁から顔だけ浮き出てるのがホラー。


『あら。こんなところでどうしたの?』


 どうしたのって聞きたいのはこっちです、って言いたいのを飲み込む俺。先輩にとってはきっと壁から出てくるのは普通なんだしたぶん心配して言ってくれてるんだろうし。


『……私、リリーさんの邪魔ばかりしてるなって。怒らせちゃってるなぁと……』


『そうでもなくない? ああ、でもそういや今のリリーってちょっと猫被ってるもんね』


『猫被ってるんですか?』


『うん。見てて笑っちゃいそうになるもの。いっつもしかめっ面してるのあれ何? っていつか聞いちゃいそう。そりゃ普段も内気だけど、あれは行き過ぎよ』


『あんまり喋ってくれませんけど、それもですか?』


『あ、それは元から。無口は無口なのよ。でも普通に笑ってたりはしてたわよ』


 しかめっ面ばかりしてるのは、ひょっとして新入りの俺の出来が悪いからでは……? あっ、ちょっとしんどい。これはもっと反省しないと。


 すると、くるりと先輩に背を向ける俺を見て、先輩は苛立ったような声を上げた。


『……もう! だから怒ってないってば! ほら来なさい!』


 そして、背後からそっと手を取られる。ひんやりとした感触が俺の手を包み、そのまま、ずぶずぶとフィール先輩は壁の中に入っていく。それに続き、俺もずぶずぶと壁の中に。……え?






 俺と先輩は、並んで食堂の壁から顔だけを出した。なんと、先輩の能力は他人も道連れ(?)にできるらしい。リリーさんはキッチンで、さっきの料理の続きをしているところだった。


『見なさい、普段のリリーよ。別に怒ってないでしょうが』


『1人の時も怒ってたらそれはそれでやばい人のような……』


 無表情のリリーさんは、やがて料理の出来に満足したのか、鍋の前でうむ、と頷き、食堂の方にやってきた。そして、椅子に座り、俺の渡した本をいそいそと開く。あ、ちゃんと覚えてはくれてたみたいだ。


『ほら、もう読み始めた。まったく、自分の部屋で見りゃいいのに』


『ひょっとして喜んでくれてるんでしょうか……?』





 そして、一通りめくり終えると、リリーさんは恥ずかしそうに控えめに微笑み、胸にぎゅっと料理本を抱きしめた。さらに、その場で立ち上がってクルクルと何やら踊り出す。あっ、やばいめちゃくちゃかわいい。あとすごく嬉しそう……! よかった……。


『~♪』


 なんか回りながら鼻歌まで歌い出した……! これまためちゃくちゃ可愛い、けど。これ、俺が見てよかったの? 早めに撤退しないと不幸な事故になってしまう気が……。


『私の気持ちがわかったでしょ。次会う時は、笑わないよう心の準備を……あ、まずいわ。……逃げるわよ!!』


 切羽詰まった声の先輩に手を引っ張られ、再び壁の中に沈む。最後に見えたのは、無表情のまま、とんでもないスピードで迫ってきながらナタをこちらに振りかぶるリリーさんの姿だった。







 フィール先輩がリリーさんの部屋に様子を見に行き、今回の不幸な事故の結果を確認しに行ってくれた。しばらくして、先輩は難しい顔で部屋の扉から顔を出し、首を振った。


『駄目よ。再起不能だわ。死んでるかも』


『リリーさんっ……!』


 いてもたってもいられず、俺もリリーさんの部屋の扉を開く。すると、ベッドの上にはこんもりと布団が丸まっているのが見えた。なんとなくだけれど、壁の方を向いてしまっている気がした。やばい、完全に心を閉ざしてる……。


『あの、さっきはすみませんでした。私、喜んでもらえるかどうかが不安で。フィール先輩は気にしてくれたんです』


 返事はなかった。……構わない。だって、それはいつものことだ。


『さっき、すごく嬉しくて。お世話になるばっかりで何も返せてない気がしたから』


 その瞬間、布団から何かが射出され、ぽふっと俺の顔面に軽く当たる。クッションだった。……怒ってる? どこか行って? いや、違う。


『そんなことない、ってことですか?』


 ちょっと長い沈黙。でも、肯定の意味の沈黙だった気がした。


 ……良かった。結果的に、ちょっと途中危ない部分はあったけど、なんだかリリーさんと仲良くなれたみたいな感じがする。そういえば人見知りな相手との仲良くなり方について、由依が言ってたっけ。思い切って自分から踏み込むのだ、みたいな。よし。


『そういえば、気になることがあるんですけど』


『……何?』


『さっきの歌って、何の歌ですか?』


『……!!!』


 2発目に飛んできたクッションは1度目よりだいぶ重かった。首が持っていかれるかと思った。柔らかい物も、場合によっては人を殺せる凶器になる。そして、踏み込むにしても限度というものがある。大事なことを2つ、今回の事件から、俺は学んだ。







 その後リリーさんが布団から出てくるのには、半日程の時間と、1か月分の和菓子を俺が贈呈するという約束を要した。さっそく買ってきた和菓子を、出てきたリリーさんは幸せそうに口に運ぶ。24時間営業のコンビニよ、ありがとう。ていうか、リリーさん全然表情あるじゃないか。なんであんな感じだったんだろう。


『客から変だって言われたから。全然喋らないのに普通に笑うんだねって』


『何もおかしくないですよ⁉』


 ていうか、リリーさんは日本語分からなかったってことは、お姉さんこれそのまま伝えたの⁉ それも問題だよ!! それで、リリーさんが傷ついちゃったからあんな感じだったの⁉ しかしリリーさんは首を横に振った。


『言われたことはどうでもよかったけど』


 そして、やや、間があって。


『後輩ができたから私もちゃんとしないとって思って』


『そのお客様連れてきてもらっていいですか。ちょっと説教しますから。じゃあ、ずっと笑うのとか我慢してたんですか?』


『つかれた』


『……リリーさん。私との間では、我慢禁止です。思ったことを言ってください。楽しい時は笑ってください。そうしましょう。その方が私も嬉しいです。リリーさんが何言っても、変だなんて思いません』


『変、じゃない?』


『私、リリーさんの笑顔、大好きです!』





 俺がお姉さんの部屋に向かっていると、フィール先輩とすれ違った。目が怖いわよ、と言われたので、ちょっと戦いに行ってきます、徹底抗戦します、と返しておいた。


『あなた、大人しそうに見えて結構武闘派よね』




 その後、お姉さんに怒りまくったけど、一瞬目を離した隙に逃げられてしまった。椅子の上には、言い訳のようにウサギのぬいぐるみだけが置いてあった。くそう。






 そして、お姉さんの書斎から出ると、ふよふよとフィール先輩がこちらに漂ってきた。聞いて聞いて、と手招きしているので、俺は急いで駆け寄る。すると、先輩は声をひそめ、俺の耳元にひそひそと囁いてきた。


『リリーやっぱおかしいわ。変になったのかも。さっきも洗面所でこんなことしてたもん』


 先輩が、口元に両手の指を当てて上にぐいっと上げるジェスチャーで報告してくれた。……やばい。リリーさん、めちゃくちゃ笑顔の練習してくれてる。


『鏡から顔出したら後ろにひっくり返ってたわ。面白かった』


『怒られませんでした?』


『怒ってた。とっても面白かったわ』


『無敵ですか』


 洗面所に行ったら、鏡がバッキバキに割れてた。間違いない。怒ってる。カチャカチャと音を立てながらハモさんがやってきて、てきぱきと鏡を直してくれた。




 ――館から出られるまで、あと3日。

開かずの部屋の話は、ずっと後にまた出てきます

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― 新着の感想 ―
俺様勇者の曇らせ方が、人の心とかないんか?って感じでとても好きです。
30分くらい考察してたら頭痛なった。何もわからん。お姉さんは入国審査官みたいなものなのかな?上司の許可だの、異世界の人間に出身地を言ってはいけないだの言ってたし。実際、日本語が分かると知られた途端暗殺…
> それに続き、俺もずぶずぶと壁の中に。……え? 途中で手を離されたら 壁の中にいる もしくは 壁尻に……
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