『私の宝物、返して。駄目、絶対あげない』
お姉さんが持ってきてくれた水晶玉を覗き込むと、そこには……討伐隊とフェルガルフ(大)との戦いを、結界の中から懸命に見つめる女の子が映っていた。胸の前で手を組み、祈るような格好で……いや、俺じゃん。そしてその後ろから忍び寄っている、小型の狼たち。そして振り向いた女の子は、わたわたしているうちに、あっという間に引き倒された。
「こうして見ると、無防備にも程がありますね、私」
そして、獣が群がり、倒れた俺に延々と攻撃しているのが遠目で見える。おいやめろ。最初の攻撃で死んでるから……うっわグロい。血がすっごい出てるし。というか、現実で目が覚めても、俺の体って残るんだ。というか、トロすぎて2メートル位しか逃げられてない。
そして、俺様勇者が大きな狼を倒したらしく、俺のいる方を振り向いて、次の瞬間に走り出した。襲われてるのに気づいてくれたらしい。
「ま、遅いにもほどがあるよね。サヤちゃんギリギリ五体満足だけど、完全に死んでるから」
そして、勇者は、血だまりの中で倒れ伏す少女の前で、しばらく茫然と立ちすくんだ。まあ、明らかに素人目でも死んでるもんな。手当とかそういうレベルじゃない。
おお、でも俺の死体、勇者の荷物を抱きかかえて死んでる。背中を丸めて、まるで守ろうとしてるみたいに。従者の鑑では?
「あれは使命感とかそういうものなの? せめて荷物だけはみたいな」
「いえ、すっごく怖かったんで。ほら、私ってクッションとか抱きかかえるとちょっと安心するタイプなんです」
「なんかさ、『荷物を守ってくれたらお前を守ってやる』みたいなこと言われてたから、それに一生懸命すがって死んだみたいじゃない? 荷物を守ってれば助けに来てくれる、みたいな。来なかったけど」
「そ、そんなつもりじゃ」
「勇者くんも、荷物は守ってもらえてよかったね。サヤちゃんは守れなかったけど」
「言い方……っ!」
しばらくして、ようやく再起動した俺様勇者は、何かを言いながら、虚ろな目で横たわる俺に向かって手を伸ばした。あ、目を閉じさせてくれた。優しい。そしてまるで怒っているみたいな顔で、俺様勇者はずっと、俺の死体を見つめていた。いつもの元気が嘘のようだった。
「あ、膝から崩れ落ちた。あんなに綺麗に人って崩れ落ちられるもんなんだ。まあ、大きいのを倒した後、振り向いた瞬間までは笑顔だったしね。それなのにこれだ。俺が守るって豪語してたのに」
「まあ、それは仕方ないですよ。敵がいっぱいいても、勇者って1人しかいないんですし……えっ? これが、見せたかったものなんですか? ……いいもの……? 悪趣味ですよ……っ!」
「いや、これが昨日の映像でさ。で、これが今」
水晶玉の中で、映像が切り替わった。青空の下、小高い丘にある静かな墓地で、何やら埋葬の儀式が行われていた。空気は澄んでいて、風が草を揺らし、穏やかなさざめきを立てている。棺の中には、生きていた時はさぞかし可愛らしかっただろうと思わせるような女の子が眠っていた。彼女は棺の中で、穏やかに目を閉じている。棺の中には、たくさんの花が手向けられていた。
しかし、天気と裏腹に、その場の雰囲気はたいへん重苦しかった。はたから見ても、鉛のように重い空気が場を支配している。
「ちょうど君のお葬式をやってるんだ。ライブで君も見たらいいと思って」
「おそっ……お葬式⁉ いや生き返ったって今すぐ伝えに行くんでやめさせてくださいよ!」
「それは無理だ。2つ、理由がある。後で説明するから、とりあえず見ようか」
「はぁ⁉ なんで無理なんですか⁉」
「あ、ほら、何か始まるよ」
ギルドの受付嬢が、『サヤちゃん……ごめん、ごめんね……!』と泣きながら、棺に縋り付いていた。彼女は涙をぬぐうこともせず、肩を震わせて泣いていた。
『たぶん、行くのが怖いんだろうなって思ってた。嫌な予感がしてたんだなって。出発前、空を見てたときに思ったのに。なんであの時、止めてあげられなかったんだろう……』
続いて、マーカスが、棺の側で俯く。彼は拳を強く握り締めながら、祈りを捧げていた。
『ギルドの名誉にかけて君を守ると、誓ったのに……すまない……!』
と、ここでお姉さんが水晶玉から顔を上げた。
「まあ、これは本当にそうなんだ。ギルドマスターの頼みで同行したっていうのもそうだけど。フェルガルフの情報にも「複数いる可能性がある」って書いてあったんだから、もう少し注意はすべきだったよね。だいたい、魔法的にガチガチに守られてる王都からたった徒歩30分の場所で暴れられる魔物が普通なわけないだろう」
「私、結果論で人を責めるのって良くないと思いますっ」
続いて、何人かの冒険者が、沈鬱な顔で、棺にそっと布のようなものを手向けた。……あ。『サヤちゃんをヒモ男から救う会』の垂れ幕じゃん……。
『こんなことになるなんて……何も救えなくて、ごめん……』
「これに関してはさすがの私もコメントできないなぁ」
「なんであんなネーミングの会にしちゃったんですか……」
俺様勇者は、次々に花を手向けるギルドの冒険者たちと違い、後方に立ったまま、口をへの字に曲げて腕組みしていた。普段の自信に満ちた姿とは違い、どこか小さく見える。あと、服が真っ赤だ。ごめん。あれたぶん俺の血だよな。彼は、棺の中で眠っている俺を見つめ、最後まで何も言わなかった。
「おや、彼、謝らないね」
「謝る必要0なんでいいんです!」
そして、俺の棺が埋められ、全員が土を掛けていくあたりで俺はお姉さんに向き直った。というかマジでなんで死体が残るんだよ……嫌がらせかな?
「……で? 生きてるって言いに行くのがなんで無理なんです?」
「まず1つ目。君は、死んだら1週間は館に滞在しなければならない。他の客と同じだ。新しく組み直した体を異世界に慣れさせる必要があるからね」
あ、そうなんだ。まあ、今すぐ言いに行けない、ってことか。なら……。
「2つ目。この世界、いやどこの世界でもだいたい同じだな。死者は、普通、生き返らない。この世界でも、生き返るのは外法の手段か、特大の奇跡に限られている。後者は王しか施すことができないんだが、君ってほら、王の指示として殺されてるじゃない? 無理なんだよね」
「私、王様に何もしてないんですけど⁉」
……やっぱあれ罠だったんだ! さすがにタイミングがおかしすぎると思った! でもなんで国から狙われないといけないんだ⁉
「いや、そこは王の側近が勝手に指示を出してる可能性もあるしさ」
「なんで殺されないといけないんです?」
「君がいると、とっても都合が悪いから」
「なんでですか?」
あ、そっぽ向いて黙った。こうなったお姉さんが何も答えてくれないことを、俺は経験からよく知っていた。
「……で、2つ目の問題の続きだ。勇者くん、戻ってくるなり、君の死体を抱きかかえて街を走り回ったんだよ。魔法具の店に行ったり、教会で頭下げたり。生き返らせたかったんじゃないかな。まあ、普通に無理だったし、ひたすらドン引きされたわけだが」
「申し訳なさすぎる……」
「それで、君が死んだことは、王都の街の人間も大いに知ることとなったわけだ。そんな君が顔を出すと、まあ、ろくなことにならないだろうね。比較的慣れてる下の街の連中ですら、ああなんだから」
死の館、と言われ、街の人たちから怖がられたことを思い出す。まあ、街を大っぴらに歩けなくなったってことだよな? そのくらいなら、まあ……秘密を守ってもらえそうな相手にだけ言えばいい。いやしかしまずいぞ。一週間もこれ放置しとくの? まずくない?
「せ、せめて、生き返ってるって、近しい人には連絡してもらえません?」
「やだよめんどくさい。自分で行きなよ。じゃあまた1週間はここでよろしく」
ということで、せっかく冒険の旅に出たはいいものの、さっそく戻ってきてしまった俺。館でまた1週間は過ごさねばならない。しかし相変わらず客もいないので、やることのない俺は、館の中をひたすら徘徊した。俺様勇者の様子は気になるが、お姉さんが気が向いた時しか見せてくれないからなぁ……。
そんな折、食堂で。以前のお客さんに出した和菓子の包み紙をじっと見つめているリリーさんがいたので声を掛けてみる。何だかリリーさんに会うのもお久しぶりな気がする。リリーさん、どうしたんですか?
『ここには何が書いてあるの?』
リリーさんが指さしたのは、包み紙に記載されている日本語だった。えーっと、水あめ、ゼラチン……ああ、原材料か。何か気になるのかな?
『前に作った時は、全然うまく再現できなかった。きっと理解が足りないから』
あの時足りなかったのは理解じゃなくて、それこそ材料だったんじゃないだろうか。だってリリーさんが集めてきたの明らかに和菓子の材料じゃなかったし。材料だけ見たら山菜そばとかの準備にしか見えなかったもん。まあ周囲が森と草原なのが悪いんだけど。
『あの出来は、10段階で言うと5』
『私的には、5段階で5あげてもいいくらいでしたよ』
『……………………』
『すみません。わかりましたから。リリーさん的にはうまくいかなかったんですよね』
無言の抗議を受けて意見を翻した俺に対し、無表情のまま、こくり、と小さく頷くリリーさん。そして、「しーん」という非常に重苦しい沈黙が俺たちの間に鎮座する。……うーん、久しぶりなせいか、非常に気まずい。ここは話題を変えないと!
『でも、さっきの「10段階で5」っていうのはわかりやすかったです!』
『昔あの人に教わったから』
聞いてみたところによると、リリーさんはあまり勉強が得意ではなかったらしく、数の数え方などをお姉さんから教わったのだとか。へえ。お姉さん、いいとこある。
『でも段階って聞くと、私の学校の成績表を思い出します』
『成績表?』
『勉強がどれだけできるか示したものというか……最近私も7を取れるようになりました』
うんうん、とうなずく俺。すると、リリーさんもこくこくと首を縦に振ってくれた。そして、リリーさんは両手に包み紙を大事そうに抱え、立ち上がる。……どうするんだろ?
『後で自室で研究する』
『……読めないのに?』
『気持ちさえあれば何とかなるはず』
……お姉さんと同じこと言ってる……。このままではいけない。言葉の壁って、絶対気持ちじゃ何とかならないと思うんだ。リリーさんを間違った道から救わなければ。
『私、読みますよ、ちょうどお客さんもいませんし』
ちょうど、というか俺様勇者以降、お客さんはずっといない。早くも館のほぼ全ての掃除が終わり、俺はとても手持ち無沙汰なのだった。すると、リリーさんは「いいのかな」みたいな顔をした。これはチャンス。
『おやつもいつも作ってもらってますから。ぜひやらせてください!』
そして、俺は半ば無理やりリリーさんと一緒に部屋に向かった。リリーさんの部屋は、2階の奥、俺の控室から廊下を挟んでちょうど向かい側にある。
『失礼します。……うわっ……』
部屋の中を見た瞬間、思わず声が出た。ひたすら本が積まれた部屋は、ところどころ飛び石のように床が見えているだけの状態だった。俺は足元の本を1冊取り上げ、表紙を読み上げてみる。「わかりやすい日本語教室」。聞いてみると、自習すればいいじゃない、とお姉さんに言われて本だけ貸し出されたのだという。リリーさんは、少し悲しそうな顔で、そっと目を伏せた。
『私の気持ちが足りないから、どれもなかなか読み終わらない』
『……よくわかりました』
俺はバイトを辞めようと説得してきたこの前の由依みたいに、リリーさんの両肩をがっしりと掴んだ。ぴくりと、わずかにリリーさんが身じろぎする。そのまま目をのぞき込むと、リリーさんはふいっと顔をそらした。
『リリーさんに足りないのは気持ちなんかじゃなく、ちゃんとした日本語の先生です』
『別に必要ない』
『いいですから。いつも賄い作ってもらってるお礼だと思って。私が教えます!』
『……いらな『いえいえ! そう言わずに!!』
するとリリーさんは、右に左に何度もこてりと首を傾げた後、そっぽを向いたまま目を閉じ、黙って固まってしまった。あっ……これ、まさか、困らせちゃってる……?
俺はいったんリリーさんから離れ、すみませんと謝った。俺も、無理やりに教えるのは本意ではないのだ。……よし。ならばリリーさんから来てもらうまで。
翌日、俺は、再度リリーさんにアタックした。頑張れ俺!
『これ、昨日買ってきたレシピ本です! 詳しい写真付きで、コラムも盛り沢山で! 私の生徒になってくれた人先着1名様に、なんとこちらの料理本を『なる』
返事早っ。そして、無事生徒となったリリーさんは、しばらくそわそわしたり、もじもじと躊躇ったりを繰り返した。どうしたんだろう、早速俺の生徒の様子がおかしい。
『どうしたんですか?』
『……』
落ち着け俺。リリーさんのこの顔は、前も見た。何かしてほしいことがある時だ。
『リリーさん、さっそく何か読みましょうか? 何でも持ってきてください!』
すると、リリーさんは部屋に戻り、箱のようなものを持って戻ってきた。
『これは、私の宝物。あの人が教えてくれた時に使ってくれた教材。教えてもらえるなら、これを最初にきちんと読みたい』
……なんてことだ、こんな真面目な生徒をほっぽり出して……。
『あとでお姉さんはお説教ですね』
ぱかり、と箱を開ける。すると、中には、折りたたまれた冊子のようなものが何枚か入っていた。他に、A4サイズの紙がいくつか。手に取って、1枚広げてみると、書かれている文字が目に入ってきた。
えーっと。「ほった まさや こくご 40点」とな。……んん?
『リリーさん。これ、なんですか?』
『私の教科書。これで段階を勉強した。100点中40点という意味らしい。ただ、これが何についての評価なのかはわからない。他にも、ほら』
続いてリリーさんが誇らしげに広げたのは、俺の小学生時代の成績表だった。あれは紛れもない、初めて2を取って、怖くてお姉さんにこっそり預かってもらったやつだ。叔母さんには「気が付いたらなくなってた」と一生懸命言い訳したけど、絶対ばれてたと思う。
というかなんでちょっと嬉しそうなんですか。「勝訴」みたいな感じで広げてるけど。リリーさん、それ教科書じゃないです。俺の黒歴史です。
『……これも、お姉さんが?』
『そう。歴史的に貴重な資料だから、ぜひとも後世に伝えていかなければならないと言っていた。……どこへ行くの?』
『お姉さんに今すぐお説教してきます。あと、これは庭で念入りに燃やします。あ、場合によってはその箱ごと燃やしたいんでちょっと他のも見せてもらっていいですか?』
『返して。私の宝物、返して。駄目、絶対あげない、駄目』
盛大な引っ張り合いになったが、結局、俺が負けた。燃やそうとすると悲しそうに俯くリリーさんに、どうしても勝てなかった。
――館から出られるまで、あと5日。
君らはいったい何をしてるんだ




