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灼炎姫の切り札

 炎を吐き終えると同時、フレイアは盾を投げ捨てた。防御したときの衝撃で左手が痛みでうまく動かないからだ。

 そして、オウマに向かって走る。

 オウマは炎に包まれていた。

 しかし、その程度で死ぬとフレイアはまったく思っていなかった。


 今までフレイアは剣をあわせれば対戦相手の強さをすぐに把握できた。強さに応じて大きく感じられたり小さく感じられたりするのだ。

 オウマはよくわからない。

 ぼんやりとした闇がフレイアの前に広がっていて、そこに得体の知れない何かがいる――そんな感じだ。

 まったく何もわからない。


 だが、ひとつだけ確かなことがある。


 得体の知れない何かが示すもの。それはフレイアの理解できる領域を超えた力だ。

 オウマは間違いなく、フレイアの全力をはるかに凌駕している。


 そんな化け物を相手するのに――

 何の遠慮がいる?


 フレイアはためらいなく炎に飛び込み、オウマらしき人影をたたっ切った。

 きぃん!

 金属と金属のぶつかる音。

 炎に包まれたままオウマが剣で受け止めたのだ。

 体当たりするかのようなフレイアの勢いは衰えず、オウマとともに炎の渦から飛び出した。

 オウマの身体から炎がかき消えた。

 オウマの姿は以前とほとんど変わらない。制服のあちこちがすすで汚れているくらいだ。

 フレイアとオウマはつばぜり合いのまま硬直する。


「ぐううおおおおお!」


 フレイアは全身の力を込めて聖剣を押し出しているが、オウマは逆。薄笑みすら浮かべてフレイアの全力を受け止めている。


「化け物か、貴様は!?」

「口から火を吐くやつに言われたくないね――少し強くいくぞ」


 オウマの宣言と同時。

 ずっ、と。

 ずっとフレイアの身体が後ろへと下がった。


(ぐっ――!?)


 剣から伝わるオウマからの圧力が、数段というレベルで跳ね上がったのだ。


(なんという力だ!?)


 フレイアがどれだけ歯を噛みしめても無駄だった。

 抗いようのない力にフレイアは二歩三歩とずるずる後退していく。まるで壁が迫ってくるようだった。


「くっ、おのれ!」


 フレイアが再び火を吐き出そうと口を開く。


「口癖の悪いやつだ」


 オウマの手が伸びフレイアの口をふさいだ。


「んんん!?」


 驚いて距離をとろうとするフレイア。そのフレイアの横っ腹をオウマの鞘入りの剣が殴り飛ばした。


「がはっ!?」


 金属鎧に身を包んだフレイアの身体がぶっ飛んだ。土ぼこりをまき散らしながら地面を舐めるように転がる。


「ぐっ……く」


 あまりの威力にフレイアはすぐに起き上がれなかった。殴られた横っ腹は痛みで麻痺していた。


(とんでもないやつだ……)


 剣の鞘で金属鎧越しに殴ってこの威力。

 さらにフレイアは気付いていた。オウマがまったく本気ではないことに。


「まだ意識があるのか。今のは終わったと思ったんだがな」


 オウマがゆっくりとした足取りで近づいてくる。

 まるでフレイアの回復を待っているかのような歩み。


(舐められているな)


 だが、フレイアに怒りはなかった。

 そう思われても仕方がないほどの実力の差。まるで大人と子供、いやそれ以上だ。

 それほどの力の差を理解してもフレイアの心は折れていなかった。

 むしろフレイアは喜んでいた。

 目の前にこれほどにも強い戦士がいることに。強者との戦いはフレイアをより高いステージへと導くだろう。


(そうだ! わたしはまだ強くなれる!)


 フレイアは身を起こして叫んだ。


焔の鳥フレア・バルド!」


 フレイアの周辺に数羽の小さな炎の鳥が発生した。鳥がいっせいにオウマに襲いかかる。

 同時、起爆。

 オウマの周辺で次々と小爆発が咲き乱れた。


「こんな小手先をしてどうする?」


 オウマの顔面めがけて最後の一羽が飛ぶ。

 それをオウマはこともなげに手のひらでつかんだ。手のひらの中でぼぅん! とくぐもった音がするもオウマは涼しい顔のままだ。


「あまり失望させるなよ……俺は退屈が嫌いなんだ」

「焔の鳥! 焔の鳥! 焔の鳥!」


 連発しながらフレイアは後退して距離をとる。

 次々と飛来する炎の鳥など意に介さず、オウマがゆっくりと距離を詰める。

 小手先の技。

 その通り。こんなものがオウマ相手に役に立たないことなどフレイアは承知している。


 これはただの布石。大技を繰り出すための時間稼ぎ。

 

 フレイアが言っていたもうひとつの切り札――

 業炎の大刺突スカーレット・ピアッシングを放つためだ。


 フレイアは半年前を思い出す。


「やあ、フレイア。強くなったね」


 剣の稽古の後、そう言ってフレイアの頭を撫でたのは当代一の勇者と名高いリグルフォンだ。

 リグルフォンはフレイアの遠縁にあたり、王都に帰還するとよく剣の稽古をつけてくれた。


「や、やめてください! 子供ではないのですから!」


 などと言いつつ、フレイアは嬉しかった。当代一の勇者は尊敬の対象だったからだ。


「フレイアも来年からは勇者育成学校に入るのか?」

「はい、もちろんです!」

「フレイアが勇者か……あっという間に抜かれそうだな」

「何をおっしゃっているのですか! わたしなんてまだまだです!」

「いや……お前たち第二世代は俺たち第一世代とは理力の質が違う。お前たちが一人前になれば戦局は変わる。俺たちの役割はお前たちにバトンをつなぐこと。そのために戦っているんだ」

「そんな……おじさまならばきっと魔王にだって勝てます!」

「……そうだな。もしもいつの日か魔王と対峙すれば、もちろん俺は俺の全力を賭して魔王を討つ。そうなったら、お前たちの出番はないかもしれないな」

「そ、それは困ります! フレイアのために半分くらい残しておいてください!」

「そうだな、半分くらいは残しておくか」


 そう言って、リグルフォンは笑った。


「もちろん、今の段階でお前たちに負けるつもりはない。せいぜい早く強くなれよ、ルーキー未満」


 確かに今の段階でフレイアとあまたの死線をくぐり抜けたリグルフォンの実力差はあまりある。

 だが、フレイアはリグルフォンの顔色を変ることに成功した。


「おじさま。見てほしいものがあるんです」


 それが『業炎の大刺突』。

 リグルフォンの聖剣が間一髪でそれを弾いた。打点のそれたそれは訓練場の壁に激突。轟音とともに壁を爆砕し、人間の身長ほどの巨大な穴をうがった。


「マジかよ……」


 リグルフォンが壁を見ながら息を呑む。


「これはとんでもない大技だぞ、フレイア。俺の仲間の魔法使いが操る禁呪『獄爆ヘル・フレイル』と俺の聖剣による一撃を組み合わせたような技で、破壊力も二つを足したものに等しい。ひとりでこんな技を出せるなんてやっぱりフレイアは天才だな」


 その後、小声でぼそぼそと「くっそー、だから第二世代ってやつは……」と悔しそうにつぶやいていた。

 尊敬するリグルフォンに自分の技を褒められてフレイアは嬉しかった。


「この技を学校でも鍛え続けようと思っています!」

「そうか――ならば」


 リグルフォンがまじめな顔で続けた。


「学校での『業炎の大刺突』の使用を禁じる」

「え?」

「この技はあまりにも危険だ。防ぎきる力を持たないものが喰らえば命を失う危険がある。学友には使うな。これは実戦で磨くべき技だ」


 その尊敬するリグルフォンの言いつけを――

 フレイアは入学してわずか二週間で破る。


(すいません。おじさま)


 だが。


(おそらくこの技を使ったとしてもオウマには届かない)


 そんな確信がフレイアにはあった。

 自分が何をしてもどんなことをしてもオウマは受け流すだろう。


(だがせめて――顔色くらいは変えてみせる!)


 時間稼ぎは終わった。理力は極限まで練り上げられている。

 準備は整った。


「焔の鳥!」


 これが最後の『焔の鳥』。


「行くぞ!」


 後退ばかりしていたフレイアが、ついに鳥とともに前へと走った。


「ようやく来たか」


 オウマが待っていたとばかりに口の端をつり上げる。


「さあ、どんな悪あがきをしてくれるんだ?」


 フレイアの火の鳥がひゅっと高度を下げた。狙いはオウマではなく、オウマの足下。

 爆発爆発爆発爆発!

 爆発と同時に土が弾け飛び、土煙で視界が曇る。

 だが、フレイアには関係がなかった。フレイアは熱検知のスキルによってオウマの居場所がわかる。


(そこだ!)


 フレイアの聖剣から真っ赤な炎が吹き上がる。炎は錐状に剣を包み、渦のように光速で回転する。

 フレイアがオウマのふところへと飛び込んだ。


「いけ、聖剣イグナイト! 『業炎の大刺突スカーレット・ピアッシング』!」


 あらゆるものを焼き切る業炎の剣がオウマに襲いかかる。



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[一言] フレイア 炎の呼吸。 『業炎の大刺突』! オウマ、少しくらいはダメージをくらえ・・・。
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