お前が本物の勇者だ! え? 俺は魔王なんだけど?
「いけ、聖剣イグナイト! 『業炎の大刺突』!」
ただよう土煙のなか、俺はフレイアの声を聞いた。
土煙を切り裂いて突き出されたのは深紅に輝く剣。
瞬間、俺は気がつく。
これは今までの一撃とは格が違う。
それがお前の本気か、フレイア・パーティキュル!
俺はフレイアの差し出す切っ先に借り物の剣を叩きつける。
だが、フレイアの刺突は止まらない。
ごぽっ。
一瞬にして借り物の剣の刀身が溶けた――否、蒸発した。
「ほう!」
俺の心はほんの少しばかり退屈を忘れた。
なるほど。剣に炎をまとわせるだけでなく、炎を回転させることによって直線方向の破壊力を増加。その増量を最大限に活かすための刺突による攻撃。
弱き人の身が工夫に工夫を重ね、少しでも高みをつかもうとする様子は俺の心を震わせた。
空気を貫き、燃やし尽くし、フレイアの刺突が驀進する。
その一撃が俺の胸を直撃――
させてもいいんだけどな。
……どうせダメージくらわないし。
でもまあ、さすがに胸に大技当たりました→ぜんぜんダメージ入りませんでしたってのは非現実的すぎる。
それに聖剣折れちゃうかもしれないし。
えーと、戦った当代一の勇者の名前なんて言ったっけ……リ、リグ……思い出せないが。
そいつの聖剣ぽきって折れちゃったしな。
俺は剣を持っていないほうの手で、フレイアの聖剣をつかんだ。
「なっ!?」
フレイアが目を見開く。
つかんでから気がついた。
よくよく考えたら、つかんでしまうってのもかなり非現実的だよなあ……。
だけど、つかんじゃったし。仕方がないよね。
「ま、わりとよかったんじゃない?」
俺の声を聞いたフレイアの表情は張り詰めていた糸が切れたように和んだ。
「この技でも、君の足元にすら及ばないのか……」
「そろそろ終わりだ――舌を噛むなよ?」
俺は握った聖剣を無造作に上へと放り投げる。
その勢いでフレイアもぶんと上空へと投げ飛ばされた。
「なっ――」
五メートルくらいは飛んだだろうか。
「がっ!?」
呻き声をあげてフレイアが背中から地面に激突。大の字になって横たわった。
「……とまあ、こんな感じだが、満足できたか?」
「強いな、君は……」
「絶望したか?」
「まさか」
楽しそうにフレイアは笑った。二つの切り札を打ち砕かれても、彼女は笑った。
「君を乗り越える楽しみができたよ」
「俺を超える、か。できるのか?」
「超えるさ」
はっきりとした声でフレイアは言った。
「クラスメイトの君を乗り越えないで、魔王が倒せるのか?」
「はっはっはっはっは!」
俺は思わず笑った。あまりにも彼女の言っていることは正しい。
「な、何がおかしい?」
「そうだな……確かに俺を倒せない限り、魔王には勝てないだろう」
なぜなら俺自身が魔王だから。
俺に届かないものが魔王に勝てるはずがない。
「まあ、せいぜい精進するんだな」
俺はそう言い残すと、寮へと戻っていった。
「……ちっ、くそ」
俺は『業炎の大刺突』を受け止めた左手を眺めた。
「肌荒れしたぞ」
左の手のひらをさすりながらつぶやく。
その程度の強さはあったってことだな。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
翌日の朝。
俺とルシフェルは教室で授業の開始を待っていた。
ドアが開き――
入ってきたのはフレイアだった。
身体のあちこちに手当の跡があるが、歩き方はしっかりしている。
「ほー……頑丈だな」
かなり手加減したとはいえ、少しくらい寝込むと思ったが。
フレイアは貴族たちに挨拶を返すも貴族たちの席には入らず、ずんずんと平民の席――というか、俺たちの席に向かってくる。
そして、フレイアは俺たちの前で足を止めた。
「何か用かな、フレイア?」
フレイアはじっと俺の顔を見つめて言った。
「君こそが、本当の勇者だと思う」
「は?」
今度は腹の底からの大きな声でフレイアが叫んだ。
「君こそが、魔王を倒す本当の勇者になるとわたしは思っている!」
魔王を、倒す勇者?
この俺が? 魔王であるこの俺が?
動揺しているのは俺だけではなかった。
フレイアのバカでかい声による宣言は教室中に聞こえていて、貴族も平民も等しくざわついている。
「え、オウマが?」
「平民が本当の勇者だと、バカな!」
「だけど言っているのはあの灼炎姫だぞ……?」
俺への全体からの評価は『なんだか大貴族の息子をぶっ飛ばした理力ゼロのわけわからんやつ』でからっきしなのだが、フレイアは貴族の出自で超がつく優等生である。
フレイアの発言は重い。
俺のうさんくささを吹っ飛ばすほどに。
さらにフレイアがとどめを刺しにきた。
「オウマ! 君の力を見込んで頼みがある!」
フレイアが頭を下げた。
貴族であるフレイアが、一応は平民の設定である俺に頭を下げた。
え?
「頼む! わたしを弟子にしてくれないか!?」
どおおおおおおおおおおお!
という感じで教室がわいた。
「あ、あのフレイアさまがオウマに弟子入り!?」
「何をバカな! 貴族が平民の下になるなど!」
「じゃ、じゃあ、本当に灼炎姫はオウマを認めている!?」
俺は目が点になっていた。
どうしてそんな話になるの?
ルシフェル助けて!
と思って横を見たら、ルシフェルは俺に背を向けていた。その肩がぷるぷると震えていて、口元から押し殺した笑いが聞こえる。
こいつ……人ごとだと思ってるよね!?
いやー……でもこの騒ぎどうしようね?
魔王の俺が打倒魔王とか無茶でしょ……。




