半魔の少女の身の上話
翌日の昼休み、俺はルシフェルからもらった『アルカシオンぼっち飯マップ』に従ってアルカシオンを探した。
今日のアルカシオンは木陰のベンチでひっそりパンを食べていた。
よかったよかった。女子トイレとかじゃなくて……。マップに書いてあってびっくりしたからな。俺、入れないし。
……トイレで飯くってるとか、ルシフェルはどうやって調べたんだろ……。
「よう」
俺が声をかけると、アルカシオンが驚いた顔で俺を見上げた。
「な!? オウマ、自分どうしたん!?」
「ちょっと話をしたくてな。隣いいか?」
アルカシオンの了解を取って俺は隣に座る。
「うちと話がしたいやなんて変わってるな」
「そうか?」
「うちが言うのもなんやけど、あんま興味本位で近づかんほうがええで。もう知ってるんやろ……うちは学校の嫌われもんや。あんたの名前に傷がつくよ」
「学校の英雄か? どうでもいいよ、そんなものは」
俺は一笑に付す。
「悪い噂を流したいのなら勝手にすればいい。俺には興味ないね」
「ホンマに変わったやつやな!」
アルカシオンが肩を揺らして笑った。
「で、何の話がしたいん?」
「お前のことだ」
「うちのこと?」
アルカシオンが首をかしげる。
「前に話したやん。名前はアルカシオン。半魔の嫌われ者やで」
「俺はそれ以外のことが知りたいんだよな」
「それ以外ってなんやの?」
「お前の人となり。どうして家名を名乗らない? とかな。お前のフルネームはアルカシオン・ラダー。貴族なんだろ?」
「ああ……そうやけど」
言って、アルカシオンは首を振った。
「いらんよ」
「え?」
「ラダーとかいらん。うちはただのアルカシオン。それだけでええ」
むすっとした顔でアルカシオンが言う。
おやおや……地雷だったか。地雷の多いやつだ。確かに変だとは思ってたんだよね。アルカシオンは家名を名乗らなかった。普通の貴族連中は自己紹介のとき家名も名乗ってくるものなのに。
「実家はお嫌いか?」
「ひどい扱いを受けとるからな。簡単に言えば、実家でも厄介者なんや、うちは」
「親戚なんだろ?」
「親戚はしょせん親戚。親やない。実家を飛び出した長男が外で作ってきた訳ありの子や。死にそうな兄から頼まれたから嫌々引き取っただけ。かわいいわけないやろ」
「お前、苦労してるなあ……」
親を早くに亡くし、引き取られた実家では厄介者。学校に入学したら敬遠されて……。
そりゃ、こんな人を信じられない捨て猫みたいな性格にもなっちゃうよな……。
「あんな家に思い入れはない。ひとりで生きていけるようになったらおさらばや。うちはただのアルカシオンとして生きていく」
「だから、お前はラダーを名乗らないわけか」
「せや。それに、うちみたいなんに家名を名乗られても迷惑やろ。一応は育ててもらった恩はあるからな……」
ふぅとアルカシオンが重いため息をつく。
「この学校の寮はありがたかったわ。あの家とおさらばできたからな。貴族待遇やから部屋も広いし……。そこは実家の肩書きに感謝やな」
そう言って、アルカシオンは喉の奥で笑った。
俺が問う。
「この学校に来たのは寮があるからか?」
「せやな……寮のある学校を探していたのは事実やけど。でも、そんなんだけが理由やったら他の学校に行くな。寮のある学校くらいいくらでもあるし。勇者学校なんて癖のあるとこ選ばんよ」
「そりゃそうだな」
俺は笑った。
「じゃあ、どうして、この学校を選んだ?」
「むろん、勇者になるためや」
アルカシオンは迷いのない声ではっきりと言った。
面白い。
その言葉の強さは俺の心を沸き立たせる。
「半魔のお前がどうして勇者を目指そうと思ったんだ? 勇者になるってことは魔族と戦うってことだろ? 嫌じゃないのか?」
「たいして不思議でもないよ。確かにうちの血の半分は魔族やけど、母親以外の魔族なんて知らんからな。半魔のせいで裏切るとかスパイとか言われてるけど、ええ迷惑やわ。魔族に思い入れとかないし」
アルカシオンは皮肉っぽい表情を作る。
「それに何で同族殺しを気にされるんやろな。人間同士かて戦争でお互いに殺しまくってるやんか。うちだけ言われても困るわ」
「違いない!」
俺は声を立てて笑った。
もちろん、魔族だってばりばりに殺し合いをしている。魔族のほうが人間より好戦的なくらいだ。
俺が魔界統一するまでは戦国時代だったもんな……。
「勇者になって何をするんだ?」
「決まってるやろ。魔王を倒して英雄になるんや!」
「ほう」
俺は目を細めてアルカシオンを見た。
魔王を倒す。
俺はこの学校で多くの勇者候補生に出会ってきた。だが、魔王を倒すと恥もてらいもなく言い切った生徒はとても少ない。
アルカシオンの声も目も本気だ。
こいつは己の全存在を賭して、魔王を――俺を倒そうとしている。
できるかどうかではない。
ただ、それを成す。
俺はそういう心意気が嫌いではない。
「魔王に恨みでもあるのか?」
「ないよ。うちが成り上がるためや」
「成り上がる?」
「せや。うちはさいわい理力が強い。魔族の血のおかげで身体能力も高い。戦う素質はある。魔王を倒せば――魔王を殺せば! うちは英雄になることができる! うちをバカにした連中を見返すことができる!」
アルカシオンは片手をぎゅっと握った。
「こういう身の上やからな……正直、両親が死んでからろくな目にあってないねん。どいつもこいつも人を色眼鏡で見てきてな……! みんながみんな、うちをメンドくさいやつ扱いするんや。いないほうがいいやつ扱いするんや。生まれてこなきゃいいのに。のたれ死んでいればよかったのに。そんな目でうちを見るんや!」
それはアルカシオンの奥底に溜まっていた怒りだった。
今まで誰にも話せなかった怒りが口をついてあふれ出した。言葉を紡ぐたびにアルカシオンの感情が強くなっていく。
そのときだった。
「うおっ!?」
俺は思わずのけぞった。
アルカシオンの周辺に、彼女の翡翠色の瞳と同じ色の電撃がばしばしっ! と音を立て走ったからだ。
はっとした顔でアルカシオンが俺に手を伸ばす。
「す、すまん! 大丈夫か、オウマ!?」
「大丈夫だけど……今の何? 理力の形態変化ってやつ?」
「理力の形態変化やないよ。母親が電撃を使う魔族でな……感情が昂ぶるとああいう感じで出てしまうねん」
ホンマごめん! とアルカシオンは両手をあわせて俺に謝った。
そこで、アルカシオンは少し顔を赤らめた。
「……ちょっと言い過ぎたかな。人を見返すために魔王を倒すとか自分勝手な理由やな……。その……軽蔑するか、オウマ?」
その目は不安げだった。
ようやくできた話を聞いてくれる相手――ひょっとすると友人になってくれるかもしれない存在を失う恐怖に揺れていた。
俺はふっと笑った。
「軽蔑しない」
俺は首を振った。
別にアルカシオンに気を遣ったわけではない。
いいじゃないか。自分を見下した連中を見返したい。立派な理由だ。俺はお題目の立派さには興味がない。世界のため、人類のため。崇高ならば素晴らしいとは思わない。
むしろ俺の好みで言うのならば――
個人的な理由のほうが理解しやすい。己の心からわき出た気持ちこそ純粋で美しいじゃないか。
「見返してやれよ。お前はそれだけ苦労したんだ。お前にはお前をあざ笑った連中を見返す権利がある。英雄になって立場が逆転したことを思い知らせてやればいい」
自分が強者であることを知らしめること。それは魔界の常識だ。何も恥ずべきことではない。
俺の言葉を聞き、アルカシオンの表情がぱっと明るくなった。
「お前は……ホンマにええやつやな……! うちにそんなこと言ってくれたんはお前が初めてや!」
「そうか?」
「……こんな自分のことをぺらぺら喋ったのも始めてやけど」
そう言って、アルカシオンは照れたように笑った。
俺はそんなアルカシオンの様子を見て――申し訳ないのだが別のことを考えていた。
というか、さっきアルカシオンの電撃を見てから昔の記憶が何度も浮かんでは消えるのだ。明滅を繰り返すたびにその映像は鮮やかになっていく。
アルカシオンの翡翠色の目と癖のある喋り方も、俺の記憶をだんだんと呼び覚ましていく。
俺はアルカシオンの顔をじっと見た。
その顔に、なつかしい顔が重なった。
ああ、似ている。間違いなく似ている。どうして今まで思い出さなかったのだろう。あの緑色の電撃にはあれほど手を焼いたのに。
――うちは真実の愛を探してんねん。せやから、あんたの部下にはなれへんよ。
まるで昨日聞いたかのように、その声が俺の耳に蘇った。
「アルカシオン」
「なんや……? うちの顔じっと見て……?」
「お前の母親の名前、アールグレイブって言わないか?」
「え、そうやけど……なんでオウマが知ってんの?」
アルカシオンがきょとんとした顔で言った。




