えー、最後にそういうこと言う? むっちゃ気になるじゃーん!
「そら、決着だ!」
俺は砂から足を引き抜くと、そのまま宙を蹴りつけてバルドゥスの顔まで一気に駆け上がっていく。
別に空間そのものを走っているわけではない。
タネを明かすと空気中に生成した魔法による足場を蹴って走っているのだ。
「痛くいくぜ、バルドゥス?」
俺はバルドゥスの頬にゼロ距離まで接近、握ったこぶしでじかに殴りかかる。
「小僧! そう簡単にやれると思うな!」
バルドゥスの右頬が岩盤で覆われる。
そうだろうな。
そうくるだろうな。
俺はお構いなくバルドゥスの顔をぶん殴った。
「おぐぉ!?」
バルドゥスの悲鳴。
さっきとは結果が違った。バルドゥスの顔が弾け飛ぶ。岩盤にもひびが入った。
そうだろうな。
そうなるだろうな。
なぜなら今の俺はほどよく温まっている。さっきまでの俺とは本気度が違うのだから。
今の俺はそう簡単には止められないぜ、バルドゥス?
そして――
もちろん、一発だけで終わらせるつもりもない。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
俺はバルドゥスの顔面を殴って殴って殴りまくった。岩盤があろうが関係ない。そんなもので俺は止まらない。
俺の一撃を受けるたびに岩盤ははがれ落ちていく。ひびが拡大していく。バルドゥスもさらに岩盤化を連発して穴を塞ごうとするが、遅い。俺の破壊速度がそれをはるかに凌駕する。
やがて、バルドゥスの頬は守るものがないむき出しの状態となる。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
俺は手を止めない。
目の前に広がる肉の壁に思う存分にこぶしを叩きつけた。バルドゥスはすでに抵抗する気力を失い、俺のサンドバッグと化している。
「終わりだ!」
俺は渾身の力を込めた一撃でバルドゥスを殴り倒した。
「ごはっ!」
バルドゥスは最後の一撃に耐えきれず、大の字になって大地へと叩きつけられた。
その巨大な質量が地面をたわませる。爆発したかのような勢いで土煙が舞い上がった。
俺は地面に降り立った。
土煙がおさまり、そこに現れたバルドゥスの姿は一変していた。
身体が半分ほど白くなっていて、ところどころが脆い岩のようにぼろぼろと崩れている。
石灰化――
俺たちがそう呼んでいる現象だ。
俺たち魔界の住人は二種類の死に方がある。
ひとつは命半ばにして死んだ場合。斬られたり事故にあったり病気にかかったり。そういう死に方の場合は人と同じように死ぬ。
だが、もうひとつの死に方。命をすべて燃やし尽くして死ぬ場合、人とは違う最後をたどる。このように真っ白に燃え尽きるのだ。身体は石灰のように白く固まり、ぼろぼろと崩れる。
すべてを出し尽くしたもの、命を最後まで燃焼させたものがたどり着ける栄光ある死。
これこそが魔界に住むものの至上の死に方だ。
魔族のすべてが憧れる最期だった。
「終わりだな、バルドゥス」
「……ふふ。さすがだな、現代の魔王よ。この儂がまったく歯が立たんとは……確かに魔王を名乗るだけの資格はあろう」
「ありがとよ」
俺は言った。
「できれば全盛期のおっさんとやってみたかったな。今の力は昔の半分ほどじゃないのか?」
「がっはっはっは! そうだな。だが、不満はないぞ」
「なぜ?」
「結果が一緒だからだよ、強きものよ。お主もまた半分も本気を出していないだろ?」
「……バレてたか」
俺はがしがしと頭をかいた。
「悪いな。わざと手を抜いているわけじゃないんだが――テンション次第なところがあってね。気分屋なんだよ」
「問題ない。大切なことは儂が今の全力をぶつけることができたかどうか。おかげでこの命の最後のひとかけらを燃焼し尽くせたよ」
「満足できたか?」
「もちろんだ!」
バルドゥスが強く言い切る。
「あの壺に封じられて儂は永い……気が遠くなるほどに永い時間を生きてきた。ひと思いに死んだほうが良かったと何度も思った。だが、その無為もすべてが報われた。圧倒的な強者と戦えて死ぬのだ。これほど嬉しいことはない」
石灰化が進んでいく。バルドゥスの身体はもう真っ白だった。身体のあちこちがぼろぼろとはがれ落ちていく。
バルドゥスの命の灯火が、急速に衰えていく。
俺は口を開いた。
「最後に聞きたいことがあるんだが」
「なんだ?」
「お前、初代の魔王を知っているのか?」
バルドゥスは時折、魔王という肩書きについてうんちくを垂れていた。魔王という言葉に思い入れがあるのだろう。だが、俺はこいつを知らない。であれば、初代魔王について何か知っているのではと俺は思ったのだ。
「ふふふ……初代魔王さま……」
バルドゥスの目が遠くを見るかのように細くなった。
「知っておるよ。それは決して忘れるはずのない記憶。儂はあの方とともに戦い、魔界を統一したのだからな。我が誇りのすべてよ……」
「どういうやつだった?」
「強かった。ただ圧倒的に強かった」
まるでバルドゥスは自らを誇るような口調で言った。
「初代さまが戦場に立ったとき、すべての兵は思ったよ。この戦もまた勝ったと。初代さまの存在は勝利と同義。それほどの強さだった」
「バルドゥス、初代と戦ったことは?」
「ない」
「お前のようなやつが戦わなかったのか?」
「そういう対象ではないのだよ、初代さまは。畏敬の対象。それだけだ。そんな存在に刃を向けることなどできぬ。それに――戦う前からわかっていた。全盛期の儂ですら遠く及ばないことなどな」
「そうか……なら、お前はどう思う?」
俺は本題を切り出す。
「俺と初代、どっちが強い?」
「むろん、初代」
バルドゥスはよどみなく言い切った。
俺はがっくりと肩を落とす。
「えー……思い出補正入ってない?」
「ない」
そう言って、バルドゥスは静かに笑った。
それは彼らしくない――弱い笑いだった。
「そう落ち込むな。あくまでも儂の主観。お前もまた比類なき強者であることは間違いない。そして、儂はお前にも初代さまにも遠く及ばぬ身。儂は二人の底を知らぬ。正確に強さは計れんよ……」
「そうかい。フォローありがとよ」
俺はぷいっと横を向いて言った。
「そう、拗ねるな……」
バルドゥスの声が急激に弱くなる。
残された時間はわずかなのだろう。
「そんなに……気になるのなら……会えばよかろう……」
「会う? 誰に?」
「……初代さまに」
……!?
俺は総毛立つような気分に襲われた。
今の言葉が意味すること。
それすなわち――
「どういうことだ、バルドゥス、初代は生きているのか!?」
俺は信じられない思いでその疑問を吐き出す。
だが、それに対する返事はなかった。
バルドゥスは息絶えていた。
その身体は完全に白く燃え尽きていた。石灰化した身体は大半が崩れ果てている。口はうろんに開き、二度と動くことはなかった。
俺は短く息を吐いた。
「楽しかったぜ、バルドゥス。見事な最期だった。お前の名、忘れずに覚えておこう」
こうして戦いは終わった。
とんでもなく面倒な謎が最後に投げつけられたけども。
初代、本当に生きているのか……?
別に魔界統一時代にそんな噂聞かなかったけどな。長い間バルドゥスのやつ壺に入っていたみたいだし、生きていると思い込んでいるだけかもしれないが……。
いずれ調べればいいか。
やれやれ……ま、面白そうだからいいんだけど。
そのときだった。
薄闇を切り裂くように、太陽の光が城を照らし始めた。そのまぶしさに俺は目を細める。
城を見上げてこうつぶやいた。
「で、どうなんだ、ルシフェル。話はうまくまとまってるんだろうな? これで破談とかになったらメンドくせーこと極まりないぞ」
などと言ってはみたものの――
俺はルシフェルの失敗なんてかけらも想像していなかった。
王の権力は俺たちの手に落ちた。
それが事実だ。
であるのなら。
「ラーロット、待たせたな。俺たちの準備は整った。いよいよ最後の戦いだ。ひとりで待つ夜は長かったか? 許せ、お前を倒すために王まで落としてやったんだ。お前もたいした大物になったものだな。大貴族の、いや、大貴族ごときの力でせいぜいあがいてみせろ。お前の奮闘に期待しているぞ」




