明け方の決着
「犬になってください」
「!?」
王の顔が凍り付く。
「……犬……!?」
「お上品な言い方をするなら、傀儡になってください」
「そ、それは、どういう……?」
「言葉の通りですよ。わたしたちがこうしてくださいと言えばそれに従う。否は認められない。ただの奴隷ですね」
それがオウマの要望からルシフェルが割り出した落としどころだった。
王家を犬にする。
そうすれば国の内政など面倒なことは押しつけて、必要なときに必要なだけ意を通せる。
普通に話せば反発は必至だろう。
今まで誰ひとり頭上にいなかった人間に犬になれなどと。
(でも、言い返す気力はもうありませんよね?)
そのためにルシフェルは丹念に王の心と誇りを折ったのだから。
(では最後に堕としましょうか)
にこりと笑顔を作ってルシフェルが言った。
「不安でしょうね? どれだけの要求をされるのか? 安易に首を縦に振れないお気持ちはお察しします。だけどご安心ください。我々も鬼ではありません。たまにちょっとしたお願いをするだけです。あなたたちの地位が危うくなることもありませんし、民が苦しむこともありません」
「……そんな言葉が信頼できるはずがないだろ……」
「いえ、できますよ。証明できますから」
「証明?」
「一切合切を奪いたいのなら、もう奪ってますよ。あなたたちも見たでしょう? 我々の力というものを」
王が静かに息を呑む。
「我々は――魔王さまは人間界を別に欲していないのですよ。今のところは、ですが。現状の維持を望んでおられます。ただ、人間界の社会システムを尊重した上で我意を通したいとなることもありまして。その場合はそちらの権力を行使したい、そういうことなのです」
「……その言葉は信じていいのだな?」
「魔王さまの御名においてお約束しますよ」
王は一瞬だけ瞑目して言った。
「わかった……お前たちの言うとおりにしよう」
「ち、父上……!」
クレイシアルの頭を王が撫でた。
「言うな、クレイシアル。受ける以外にないのだ。もしも撥ね付ければ、あの女はこの王都をたったひとりで殲滅するだろう。我らも死に家臣も死に民も死ぬ。すべてを平らにして併呑するだけなのだから」
「王のご明察、感服の至りでございます」
うやうやしい仕草でルシフェルが頭を下げる。
勝敗は決した。
頭を上げたルシフェルは、第六刃で切り開いた城の裂け目から薄明かりがこぼれるのを見た。
夜は明け、昇り始めた太陽が光を投げ始めている。
「こちらは終わりましたが……さて、魔王さまはどうですか? これで魔王さまが負けていたら傑作なんですけど(笑)」
などと言ってはみたものの――
ルシフェルは主の敗北などかけらも想像していなかった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「なかなかやるじゃないか、バルドゥス」
俺は謁見の間からまた屋根に戻っていた。
視線の先には山のように大きなバルドゥスの巨体がある。
「少しばかりきいたぞ」
「儂のげんこつ一発でそのざまか。当代の魔王はひ弱だのう!」
いらっ。
俺はこういう安い挑発に乗りやすい。
「じゃあ、おっさん。俺のげんこつも味わってもらおうか?」
俺はその場で右こぶしを振った。
もちろん、俺とバルドゥスの間にはかなりの距離がある。俺のこぶしが当たるはずもない距離。
だが――
「ぶおおおおっっっ!?」
バルドゥスが顔面を殴られたかのようにのけぞる。
まあ、殴ったんだけど。
「な、なんだこれは?」
「わかるまで殴ってやるよ、おっさん」
俺はその場で両のこぶしを次々と振るう。
そのたびにバルドゥスの巨体が揺れた。岩盤化で防御しようとするが、そうすると俺は別の場所にこぶしを打ち込むだけ。
何をやっているかというと、見えないデカいこぶしで殴っているだけだ。魔力と闘気と技をミックスさせた特殊技で、俺はけっこう離れた距離でもぶん殴れる。ふところに入るのが面倒な対デカいやつ用に開発した技だ。もちろん直接ぶん殴ったほうが強いわけだが。
「どうした、バルドゥス? もう終わりか?」
「はっはっ! そう簡単には終われんなあ!」
バルドゥスがぼろぼろの盾を構えた。
もちろん、そんなちゃちなもので俺の攻撃を止められるはずがない。俺は無視して盾をぶん殴る。一発二発……すでに盾は砕けそうだった。最後の三発目――
それを叩き込もうとしたとき。
「ぬううううううううあああああああ!」
俺のこぶしによる弾幕が盾に集中した一瞬――すなわち、バルドゥス本体への攻撃がやんだ一瞬をついて巨人が咆哮、俺めがけて斧を振り下ろした。
「ちっ!」
俺は屋根から虚空へと身を躍らせた。
俺の背後で屋根の砕け散る音がする。
俺は自由落下に身を任せながら、バルドゥスめがけてさらに拳打を打ち放つ。
「ぐううおおおおおおおおおおおおお!?」
バルドゥスの身体がくの字に折れ曲がる。
だが、バルドゥスもやられっぱなしではなかった。
俺が地面に着地すると同時――
俺の足場が抜けた。
俺の着地点を中心とした数メートルがいきなり砂礫になったのだ。
おそらくはアースジャイアントたるバルドゥスのスキルであろう。
俺の足が地面にめり込み、すぐ次の行動に移れない。
「さっきはやってくれたな、小僧!」
バルドゥスが動けない俺を見て愉悦の笑みを浮かべる。
「お前にこの儂の本気を見せてやろう!」
バルドゥスの左右の巨腕を覆う膨大な筋肉がぼんと膨れあがった。そして唐竹割りの要領で斧を真上へと振り上げる。
「喰らえぃ、魔王! そして魔王と名乗るならば乗り越えてみせよ! これが我が最大の技『天地割り』じゃあ!」
バルドゥスが斧を振り下ろした。
その過程で両の腕が岩盤化する。破壊力は物体の質量に依存する。ただでさえクソ重い巨人のバルドゥスが全体重を乗せ、さらに両腕を岩盤化することで重量を加えている。
「これは滾るな!」
俺にそう言わせるほどの一撃だった。
驀進する斧が空気を圧し、圧力に耐えられなくなった空気が加熱、斧の先端を真っ赤に染め上げる。
バルドゥスが最大の技と豪語するだけのことはある。バルドゥスが持つ『敵を殺すための技』がすべて詰め込まれているのだろう。
久しぶりだな!
これほどの破壊力と相まみえるのは!
俺は興奮のままに右こぶしを握った。
赤熱化した斧がまさに俺の頭上まで迫っている。
「いいぞ、バルドゥス! お前の本気、俺が砕いてみせよう!」
俺は斧めがけて俺のこぶしを叩き込んだ。
まるで天地そのものが揺れるような轟音と振動が俺たちを――いや、おそらくは王都中に響き渡った。
力と力。
意地と意地。
それは桁違いの総量を除けば、ただそれだけのこと。
激突を制したのは――
もちろん、俺。
激突自体は一瞬だった。一瞬にして勝敗はついた。その瞬間、バルドゥスの斧が木っ端みじんに砕け散ったのだ。
全体重をかけていたバルドゥスの身体が衝撃で一瞬ふわりと浮き上がり両足が地面から離れる。バルドゥスの両腕も反発する威力に耐えきれず、骨が砕けてあらぬ方向へとねじり曲がっていた。
「うぐおおおおおああああああああ!?」
激痛にバルドゥスが叫び、身をよじる。
俺は叫んだ。
「そら、決着だ!」




