堕天使を穿つは七支刀が第六刃
「国が欲しいのか?」
王の言葉。
ルシフェルは笑顔を浮かべるだけで答えない。
「残念だが、我らが国はそう簡単には落ちぬぞ。最後の一兵まで戦い抜き、お前たちに損害を与えてくれよう」
「ははーん」
そこでルシフェルは笑った。
笑った瞬間に――姿を消した。
王が目をむく。がたりと腰を浮かす頃には、すでにルシフェルは王の背後に立っていた。
そして、王の頭から王冠をつまみあげる。
「王は勘違いされておりますね」
王が驚いた顔で振り向いた。
「これを停戦協定だと思っていますか? だから少しでもいい条件を勝ち取ろうとしていますか? だから抵抗なんてできるはずもないのに抵抗すると言っていますか?」
ルシフェルは王冠を部屋の端へと投げ捨てる。そして、王のあごひげを人差し指で撫でた。
「残念ですが、勝敗はすでに決しております。これは戦勝国と敗戦国による戦後の会談でしかありません。全面降伏して慈悲を求めるしかない憐れな負け犬にハッタリをかます権利があるとでも?」
ルシフェルは高笑いをあげる。
笑いながら――
めざとく気配を探っていた。
(おかしいですね。気配がひとつ多い……)
部屋に入ったときから、ルシフェルはふたつの気配を感じていた。
もちろんひとつは王。
だがもうひとつは、姿が見えない。
隠れられる場所などない、がらんどうの大きな部屋だった。可能性があるとすれば玉座の裏くらいだろう。
だから裏に回り込んでみたのだが、誰もない。
(わたしの勘違いでしょうか?)
ふたつ目の気配はうっすらとしていた。気を抜いていれば気づかないレベルだろう。
戦闘中である以上、ルシフェルの感度は最大まで引き上げられている。その敏感さが存在しない気配を感じてしまったのか。
(いや、それはありません……)
むしろ逆。おそろしく巧妙なのだ。ルシフェルだからこそぎりぎり気づけたのだ。
それはひとつの事実を指し示す。
(この気配を逃してはならない……!)
ルシフェル級ですら油断すれば見落とすレベルの気配消し。それはすなわち、その何者かがかなり強力であることを意味している。
ルシフェルが見えざる敵と神経戦を繰り広げていたときだった。
天井が砕け散り、派手な音ともに何者かが降ってきた。
ローブを着た男だ。
男は石やら木の残骸をまき散らしながら床を転がった。やがて、がばりと身を起こす。
ルシフェルには見覚えのある姿だった。
「おや、魔王さま?」
どうやらルシフェルの主君はあの巨人に、こんなところまでぶっ飛ばされたようだ。
「どうしたんですか? え、まさか苦戦中ですか? 最強魔王の名が泣きますけど(笑)」
「うるさい。ちょっとびっくりしただけだ!」
言い返しながら、オウマは立ち上がった。
ルシフェルはオウマが変装用の幻術を解除して素顔だということに気がついた。
(おや、王に見られましたか……?)
そう思ったが、大丈夫だろうと判断した。
部屋はいくつかのランタンが輝いているだけで基本的に暗い。さらにオウマの位置は玉座から離れているし、派手に建物をぶち抜いてきたためかオウマは激しく汚れている。
ぱっと見では顔を覚えられないだろう。
オウマは立ち上がり、ローブについた汚れを払っている。
「そいつが王か? そっちの話はどうなんだ!?」
「話が進みやすいように、王の心をべきべきに折っているところでございます」
王が顔をぎょっとさせたが、ルシフェルは無視した。
「そちらはそちらで頑張ってくださいよ」
「あの巨人、意外とやる。だが、あまり遊んでもいられないからな。そろそろ決着をつける!」
「ま、待て!」
王が立ち上がりそうな勢いで声を上げた。
「外のあの巨人は君たちの手駒ではないのかね?」
ルシフェルはうんざりした目でオウマを見た。
オウマの失言だった。
次の一手として、ルシフェルは巨人を自分たちの手駒だと言うつもりだった。もちろん、王を追い詰めるために。
だが、オウマは関係ないと言い切ってしまった。
「あ、いや……」
ルシフェルの意図にようやく気づいたオウマが言葉を濁す。
ルシフェルははぁと息を吐いた。
「あれは我々にとっても敵です。ね、魔王さま?」
「あ、ああ、そうだ! なんか知らんが第三勢力だ! 単騎で国が落とせるレベルのやつだが安心しろ。俺がつぶしてやる!」
そう言うと、オウマは天井を見上げた。
そこにはオウマ自身がぶち抜いた大穴が開いている。
「行ってくるぞ、ルシフェル」
「はい、魔王さま。よろしくお願いします。あまり情けない姿を見せないでください。交渉に触りますので」
「魔王軍に敵なしと思われるか?」
「いえ……主の姿の情けなさにわたしがやる気をなくしますから」
「はは! ならば頑張るとしよう!」
言うなりオウマは跳び、天井の穴へと姿を消した。
再び謁見の間にしんとした静寂が戻る。
「さて、では話に戻りま――」
そのときだった。
そのとき、ルシフェルは自分のミスに気がついた。突然のオウマの乱入により、ルシフェルの意識は大きく揺らめいた。
その結果――
(しまった……あの気配は、どこに……!?)
ルシフェルは気配を取り逃してしまった。
本当に短い、完璧なるルシフェルだからこそ極小までに縮められた隙だった。
あと少しの時間があればルシフェルは再び気配を探知し、態勢を整えられただろう。
だが――
敵は待ってくれなかった。
おそらく敵はそこが隙だとは思わなかっただろう。ただ単に、場が荒れた直後だからこそ好機と思い、そして踏み込んだ。
それだけ。
「もらった! この第三王女クレイシアルの勝ちじゃ!」
声と同時、七支刀が第六刃『聖音』が閃き――
クレイシアルの刃が堕天使を断ち切った。




