乱入は決戦の華
その意識はずっと古びた壺の奥底で眠りについていた。
一〇〇〇年以上もの悠久の時の中を。
長き時は意識の自我を曖昧にさせた。自分が眠っているのか起きているのかもよくわからない。自分が壺なのか壺とは違うものなのかもわからない。
意識の中に残っていた想いはただひとつ。
強きものと、戦いたい。
それだけだ。
だが、ときおり壺の外側に現れる気配はどれもゴミばかり。意識が興味を持つようなものは現れなかった。
一〇〇〇年間もの間、何も変わらなかった現実。
ただの灰色の日々。
それが急に色を帯びたのはほんの数日前だった。
強きものが現れたのだ。
意識が全力を賭すに値するほどの強者だ。
それも二人!
意識は歓喜した。封印されて以来はじめて自らの身を呪った。壺の外に出ることができないからだ。戦いたくても戦えない。
だが、その失意は意外と早く消え去った。
ほとんど時を置かず壺が割られたからだ。
意識は一〇〇〇年ぶりに外へと出た。
(おおおおおおおお!)
意識は歓喜した。
きっとあの強きものたちが自分と戦いたいがために壺を割ったのだと思ったからだ。
戦える!
身も血も燃え立つような戦いをしようぞ!
そう昂ぶった意識だったが――
幻滅した。
壺をたたき割った小僧も。そしてかたわらに立つ中年の男も。
意識が興味を持てるような存在ではなかった。
さっき察知した強者の気配はもうどこかへと消えてしまっていた。
(お前たちなど相手にしても仕方がない)
意識は屋敷を離れ、王国の空を漂った。
数日間、静かに漂いながら意識は感じていた。
自分の命の砂時計が落ちきろうとしているのを。
壺に封印される前、そもそも意識の寿命はすぐそこまで迫っていた。死ぬからこそ、意識は人間界に降りて最後の戦いに身を捧げたのだ。
そして、壺に封印された。
壺の中は時間が止まっていた。だから、残りわずかしかない命の砂時計も動きを止めた。
その砂時計が再び動き始めたのだ。
もともと砂時計の底にこびりついてただけのわずかな残量の命。それがさらりさらりと落ちていく。
(なんのためにあんなに長く眠っていたことやら……)
意識は落胆した。
せめて、この都に顕現して最後の一暴れをするか。
(くだらぬ)
意識は弱者に興味はなかった。
弱者の営みを一方的に破壊したところでなんになるのか。
(このまま静かに滅びるか……)
おそらくは次の朝を迎えるまでには意識の命は途絶え、完全に霧散していただろう。
その最後の日に――
意識の願いは叶えられた。
その夜、意識は都中央の城から尋常ならざる気配を感じた。
覚えのある気配。
数日前に出会った、あの強者と同じ気配!
意識は喜びに震えた。
ああ、永遠とも思えた無為、耐えた価値がある!
意識は王城へと向かい、そして自らのすべてを解き放った。この瞬間のために残った命のすべてを注ごうと決めた。
「ううううううおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
雄叫びとともに、それは生まれた。
城の真横に、城ほどにも大きな巨人がそこに現れたのだ。
ぼろぼろの兜と胸当てに身を包み、手入れされていないあごひげは首までぼうぼうと生えている。手には古びた木の盾と巨大な手斧を握っていた。
意識の――巨人の名前はバルドゥス。
初代魔王の側近として仕えた巨人族の男。強者との戦いを至上の喜びとして常に最前線で戦い続けた。嬉々として死地に赴くさまから敵味方を問わず『狂戦士』と恐れられていた。
バルドゥスは一〇〇〇年ぶりに肉の重さを感じていた。自分の意志に従い、手足が動く喜びとともに。
バルドゥスの足下にある城壁で騎士たちが悲鳴を上げていた。
騎士たちはクロスボウを構えて打ち込むが、バルドゥスの分厚い皮膚に弾かれるだけだった。
「邪魔だ!」
バルドゥスは城壁を蹴り上げた。
轟音とともに城壁が割れ砕ける。
バルドゥスは城へと向かった。一歩近づくごとに強者の気配が強まり、バルドゥスの胸は高まった。
「ここまで来てやったのだ! ここまで生き延びてやったのだ! 強者よ! その力をみせてみろ!」
バルドゥスは叫ぶと同時、その巨大な手斧を城に叩きつけた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
俺とルシフェルは王城内の通路を歩いていた。
規則正しく並ぶ窓から月明かりがこぼれ、床に幾何学的な模様を造り出している。
騎士たちの出玉が尽きたのだろうか。ここしばらくは騎士たちの姿が見えない。
ルシフェルが口を開いた。
「そろそろ謁見の間にたどり着きます。王と対面して何を要求するのですか?」
「うーん……どんなのがいいんだろうね? ルシフェルなら何を望むんだ?」
「国と首ですね」
「韻を踏んでうまく言ったと思ってるだろ?」
「まさか。頭韻だけではなく脚韻も踏んで文字数まで合わせての当意即妙な返事。さっすがわたし魔王さまの副官ですねーって思ってますよ?」
もー、ホントこいつは口が達者なんだから!
「悪いが俺は国も首もいらないぞ」
「ええー。城攻め国落としまでやってるんですよ?」
「別に領土が欲しいわけじゃないからな。おっさんの首集めも趣味じゃない。ただ……ラーロット――というか、五公爵とやらを正面からつぶせるだけの権力があればいいんだよ」
「微妙なものだけを望みますね」
「もともとの動機はそこだからな。俺は欲しいもの以上のものを奪ったりはしないさ。それに国なんて奪っても内政とか大変じゃないか。俺は興味ないぞ」
ルシフェルに丸投げしたら完璧にやっちゃう気もするんだけど。
「王に五公爵より上の地位とか作ってもらおうか……」
「それって王より下ですよね? 勝者が敗者の下につくとかありえないでしょ(笑)」
「そうだよなあ……」
というわけで俺は何を要求したらいいのか悩み中だった。
「なるほど――であるのなら」
ルシフェルが続けた。
「ぱんぱかぱーん。優秀な副官に解決案があります」
「マジか!?」
「魔王さまの副官ですから――」
当然です。
ルシフェルの決めぜりふが途切れた。
窓からこぼれていた月明かりが不意に消え、廊下が真っ暗になった。月の雲隠れなどとは断じて違う、もっと急激な変化。
月が消えた。
濃厚な影が闇となって通路に落ちる。
すぐそこに、バカでかい何者かが立っている――
続いたのは怒号にも似た雄叫び。
そして、耳をつんざくような破砕音が響き渡り、天井を引き裂いて巨大な刃が飛び出してきた。
「「――!?」」
俺とルシフェルは同時に飛んだ。
刃は床を真っ二つに打ち砕き、その破壊のエネルギーは比喩表現ではなく城そのものを揺るがした。
そして、振り下ろされた刃がゆっくりと引き上げられる。
やたらとバカでかいが、俺はその形状に見覚えがあった。
……斧?
俺は窓に身を寄せてそこにあるものを見た。
それは城ほどの大きさを持つ巨大な人間――巨人だった。巨人は再び咆哮を上げ城へと斧を叩きつけている。
「おい、巨人がいるぞ。ルシフェル、お前の部下か?」
俺は声を張り上げた。
真っ二つになった通路の前後で、俺とルシフェルは離ればなれになってしまったからだ。
「まさか。ですが……覚えのある気配ですね」
「そうだな。あの壺から感じた気配だ」
「声が楽しそうですけど? 魔王さま」
「バレた?」
俺はくくくくと笑った。壺を割ろうかとルシフェルに言っていたのは半分冗談半分本気だ。
こいつからは強者のにおいがぷんぷんする。
きっと俺のいい暇つぶしになってくれるだろう。
「というわけで……ここは俺に任せて先に行け! ルシフェル!」
「なんですかそのテンプレ展開は? 魔王さまなら、これくらいの割れ目かるく飛び越えてこっちにこれるでしょ?」
「そりゃ飛び越えられるけどさ……そこは感動的に、わかりました、魔王さま! って言って先に行けよ。演出も大事だろ?」
「魂胆みえみえですから。さりげなーく王との交渉という地味で面倒なことわたしに押しつけて自分は趣味のバトルにいそしもうとしていますよね?」
バレバレだった。
「い、いや……お、俺は、その……ルシフェルを危険な目にあわせたくなくてだな……」
「はいはい。そういうことにしておきましょう。いずれにせよ、あの巨人を放置しておくわけにもいきませんからね」
なんて俺たちがのんびり喋っている間にも、城がばきばきと破壊されていっている。
「このままだと城が廃墟になりますよ」
「俺が止めるさ」
「なにが悲しくて攻めた城の防衛をしてやらないといけないんでしょうね……」
ルシフェルが大げさな身振りで嘆く。
「では、王に話をつけてきましょう。ご要望はありますか?」
「さっき話したとおりだ。お前の解決策でいけ」
「中身話しましたっけ?」
「聞いてない。だが信用している。お前に任せたぞ」
ルシフェルは短く笑い、すっと頭を下げて言った。
「お任せください。我が主」
そして、ルシフェルの姿は通路の奥へと消えた。
「さて、と……」
一人になった俺は天井を見上げる。
巨人の刃で真っ二つになった切断面からきれいな夜空が見えた。
俺は床を蹴って城の外へと飛び出す。
屋根に降り立った俺が見たものは――
巨人がいた。
バカでかい。
城の最上層にいる俺でさえ肩くらいの高さだ。つまり、首ひとつ分まだ高い。
巨人は古びた兜と汚れた鎧で武装し、おんぼろの手斧を城に叩きつけている。
実にお粗末ななりだが、間違いなくこいつは一線級。かなり凶悪なやつに違いない。
敵の強さを知って腹の底から沸き上がる感情、それは愉悦。
俺は口元をゆがめた。
「おい、おっさん」
俺の声に巨人の動きがびくりと止まった。
「この城は俺が攻めているんだ。邪魔しないでくれないか?」
巨人の首がこちらを向く。
「来たか、強きものよ……!」
俺の姿を見た瞬間、巨人の唇もまた歓喜に震えた。そして、まるで突風のような大笑いを吐き出す。
「くっはっはっはっは! ようやく出会えたぞ! どれだけ恋い焦がれたことか! お前を探していたのだ! さあ、儂と戦え! このバルドゥスを打ち砕いてみせよ!」
なるほど――
お前もまた俺と同種か。
「バルドゥス……それほど強いやつと戦いたいのか?」
俺はぱちんと指を鳴らした。
俺の頭から魔王の角やら金色の瞳など、魔王変装用の幻覚が消える。ローブをまとっている以外はいつもの姿に戻った。
それが礼儀であろう。
この戦士の挑戦を受けるための。
少なくともこの男にはそれだけの価値がある。
「よかったな。お前の眼前に立つものこそが現世代の最強だ。常勝にして不敗、俺こそが魔界を統一した覇者、魔王! 悔いのないよう全力をぶつけ――そして知るがいい。己の力では決して届かない領域があることを!」
俺は高らかに叫び、最後にこう言った。
「バルドゥス! この魔王がお前の挑戦を受けてやろう!」




