謀略の王都へ
「はっ!」
かけ声とともにフレイアが一撃を繰り出す。俺は苦もなく持っていた剣でそれを弾き返した。
「やっ! はっ! たっ!」
それでもひるまずフレイアが連続で斬りかかる。あいかわらず鍛え抜かれたいい太刀筋だ。
だが、まだどの一撃も俺には届かないが。
俺はその全てをこともなげに防ぎきった。
フレイアの動きが止まり、肩で息をする。
「あいかわらず……強いな」
「そう簡単にはいかないさ。さ、休憩するか」
休憩を取るため、俺とフレイアとミファーの三人は車座になって地面に腰を下ろした。ルシフェルはいつもどおり訓練には加わらず、近くのベンチに座って本を読んでいる。
「そうだ、フレイア。リテイル侯爵ってのは知っているか?」
俺が聞いた名前にフレイアが不思議そうな顔をした。
「もちろん存じている。派閥が違うので親しくはないが……なぜそれを? さっき教師に呼ばれていたが関係あるのか?」
フレイアの言うとおり、俺とルシフェルはここに来る前に教師に呼び出されていた。
「ああ……なんか俺とルシフで王都に行くことになったんだよ」
「王都……?」
「その、リテイル侯爵? ていうのが学校に依頼してきたんだよ。優秀な勇者見習いを貸して欲しいって。で、王都で俺の噂を聞いたらしく、わざわざ俺を指名してきたらしい」
「そういうことか……」
「す、すごいです!」
興奮した声をあげたのはミファーだ。
「王都にまで名前が広がっているなんて……! 貴族さまから呼び出しを受けるなんて……! さすが平民界のスター!」
「いや……どうして王都の貴族が俺の名前を知ってるんだって感じなんだけどね……」
人間たちの抱く『魔王像』が誤解と勘違いの産物だったのを経験したので、変な噂が流れていないか心配してしまう。
「オウマ、お前は王都でも有名だぞ」
「え、マジで!?」
「今、王都に親が滞在していてな。手紙でお前のことを訊かれたよ。オウマってどういう子だと」
「な、なんでそんなことに……」
「この学校には貴族の子女が多いからな。ここでの噂は彼らを通じて王都まで届くのだよ」
「やれやれ……どいつもこいつも噂好きだな。じゃあ、そのリテイル侯爵ってのが俺を知っていても不思議じゃないんだな」
「そうだが……気をつけたほうがいいかもな」
「うん? 気になることでも?」
「リテイル侯爵はファーブル家に近い人物だ」
「ファーブル家?」
「五公爵家のひとつ。ラーロットの家だよ、オウマ」
「ああ、あいつの実家か……」
「ラーロットはケガの療養で王都に戻ったと聞いている。あいつが裏から手を回している可能性もあるぞ」
「へえ……」
そりゃ面白い。
そこまで俺を狙ってくる執念深さは尊敬に値する。おまけにわざわざ他の貴族まで使って王都に呼び出すのだ。それなりに気合いの入った罠を仕掛けてくれているのだろう。
なかなか楽しみではないか。
本当にそうなら、少しばかり俺の退屈も紛れるかもしれない。
「ま、行くしかないからな。別にどっちでも構わないが」
「……もしよければ、わたしもついていこうか?」
フレイアが言った。
「わたしの家もあるからな。そちらに泊まるといい。リテイル侯爵の用意した宿よりは安全だろう」
「いいのか?」
「問題ないさ」
「ありがとうございます」
頭を下げたのはルシフェルだ。
「ただ平民へのお心遣いとしてはやや寛大すぎるとも思うのですが、我が兄に対するご配慮には何かしら理由があるのでしょうか?」
ルシフェルが『我が兄』の部分を強調して訊ねる。
フレイアの反応は顕著だった。
「い、いや! べべ、別に下心があるとかそういうのではなくて! その、友人! そう、友人として当然のことをしたまでだ!」
なんだか顔を真っ赤にして必死に否定している。
なにを焦っているんだろうか、フレイアは。
「ミファー、お前はどうする?」
「行きたいんですけど! オウマさんのお手伝いをしたいんですけど! しょ、小生は平民なので行けません……」
「平民とか関係あるの?」
「平民は長期の休みとか簡単にとれないです。オウマさんとルシフさんは貴族さまの招待なので大丈夫なんですが」
「フレイアはいいの?」
「ミファーには申し訳ないが、貴族だからな……休みについてはかなり自由にとれるのだよ」
「平民とか貴族とか実に面倒だな……」
くだらないことで消耗してるんだな人間どもは。平民だの貴族だのになんの意味があるのやら。生まれの上下で立場を決めてなにが楽しいんだ。
「師匠! 小生に構わず行ってきてください! フレイアさまが同行してくれるのなら安心して見送れます!」
「そう? すまないな。お土産買ってくるよ」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
王都に向かう当日になった。
俺たち三人は校内の一室に集合した。大きな広間で、部屋の奥にバカでかい両開きのドアがある。
「王都に向かうのはいいんだが、どうして校舎に集合するんだ?」
俺は首をかしげた。
王都は当然だが学園の外にある。ならば外で集合が普通だと思うのだが。教師の指示は「この部屋に集まるように」だった。
答えたのはフレイアだ。
「転送陣を使うからな」
「転送陣?」
そのとき、部屋の入り口から教師がやってきた。教師は俺たちに声をかけると奥にある両開きのドアを鍵で開く。
「こっちだ」
指示に従い奥の部屋に入ると――
壁の一角に巨大な本棚がある以外は、何もない部屋だった。床に大きな魔方陣が書いてある。
教師は本棚から一冊の本を取り出すとフレイアに差し出した。
「確認を」
フレイアは本にざっと目を通すと返答した。
「相違ない」
フレイアは本を閉じ、魔方陣の中央のくぼみにその本を収めた。
え、なにこのやりとり。常識なの?
俺は小声でこそこそと物知りなルシフェルに訊いた。
「な、なにやってるの……?」
「人間たちは自力で転移魔法が使えません。このような転送陣を使って移動します。で、あの本で転送先を指定するんですよ。間違えた本をセットすると意図していない場所に飛ばされるので、ああやってお互いに確認するんです」
へえ、なるほどな。なかなか大変だね、人間。
俺とルシフェルだけだったら転移魔法で一発なのだが――ま、ここは人間のやり方にあわせるとしよう。
「魔方陣から出ないように」
教師はそう言うと、壁の操作盤に手を這わせた。
まるで巨大な歯車が回るような異音が部屋の周囲から響き渡る。同時、魔方陣の文字が青く輝き始めた。
青い輝きはだんだんと強くなっていき、やがて魔方陣全体がまぶしいくらいの光を放つ。
光がひときわ輝き、視界が単色に染まった直後――
俺たちは音も光もない静かな部屋にいた。
学園の部屋とよく似ているが、壁の質感や古さがあきらかに違う。
間違いなく、別の部屋だった。
「ようこそ、王都へ」
フレイアが魔方陣の外に出て振り返り、うやうやしい仕草で頭を下げた。
「王国貴族として歓迎するよ、オウマ、ルシフ」
「案内と歓迎――礼を言うぞ。フレイア」
俺は魔方陣の外へと踏み出す。
さて、王都まで来たわけだが――
わざわざ魔王たる俺を呼びつけたわけだ。俺を退屈させない準備は大丈夫か? 期待しているぜ、ラーロットくん。




