理力ゼロの平民ミファー
フレイアとの戦いから数日後。
実力人望ともにある貴族のフレイアから『君こそが、本当の勇者だと思う!』とおだてられた俺だったが――
「オウマ、理力点ゼロ」
学校のテストでゼロ点を取ってしまった。
前に比べて名声が高まったぶん、注目度も高まっている。
「ぷぷぷ……理力ゼロ(笑)」
なんて忍び笑いまで聞こえてきて教室がざわついた。
ぐぬぬぬぬぬ。
言い返せない。
だが、こればかりは仕方がない。
副官で堕天使のルシフェル曰く、理力とは神の力を使うためのものなのだ。神の大敵である魔族、しかもその頂点である魔王の俺に宿るはずがない力だ。
世界最強である俺には別に必要ないのだが……。
勇者にとって理力の強弱は大事なステータス。いちいちそれで見下されるのも面倒なことだ。
教室がおかしな雰囲気に包まれるなか、同調しない人間もいた。
ラーロットとその取り巻きたちだ。
ラーロットは入学試験で俺にぶっ飛ばされて入院していたが、無事に退院。昨日から学校に通っていた。
貴族たちの座るシマの奥から、じっと俺をにらんでいる。
おーおー。
恨んでいるねえ。
何でもラーロットくんはこの王国でも特に権威ある五公爵の嫡男らしい。理力八〇〇〇という非常に優秀な成績を誇り、きっと栄光ある第一歩をこの学校の主席入学で飾りたかったのだろう。
その一歩目が――
俺という名もなき平民のおかげで見事にすくわれたのだ。
そりゃもう怒り心頭ですよね!
ま、俺にはどうでもいいことだが。あいつらが俺をどう思っていようと関係ない。俺は最強であり、俺を倒せるものなどこの世にはいないのだから。
だから。
「あのもの……殺してしまいましょうか?」
なんてルシフェルの提案も俺は却下した。
「ルシフェル。この学校の生徒を殺すの禁止な」
「えええ」
残念そうな顔するルシフェルが怖い。こいつの解決策って基本的に抹殺か滅殺なんだよなあ……。
「さて。今回はもうひとり理力ゼロのものがいる」
教師が額を押さえながら言う。
「ミファー。君だ」
「うううう、申し訳ないっす!」
ミファーと呼ばれた女子が机に倒れ込むように頭を下げた。
ミファーは平民グループの席に座っている一五歳くらいの少女だ。茶髪を三つ編みにしている。容貌は――充分にかわいいランクなのではないだろうか。ルシフェルやフレイアに比べると普通だが。
「よかったですね、オウマさま。お友達がいましたよ」
隣のルシフェルがこそこそと話しかけてくる。
「お前、俺をおちょくってるだろ?」
「ですが変ですね……入試時点での彼女の理力は二〇〇〇程度だったと記憶していますが」
確か受験生の平均は五〇〇だったので割と優秀な数値である。
「ふーん。そりゃ変だな」
俺のように生来の理力ゼロならともかく、もともとそれなりの数値を持っていたやつが急にゼロになるってのはありえるのだろうか。
その疑問を解消する機会は意外とはやく訪れた。
「オウマ、ミファー。お前たちは残って補習だ!」
というわけで、俺とミファーだけ教室に残された。
ルシフェルは、
「よかったじゃないですか。二人きりで話し込めば友達になってくれるかもしれませんよ?」
などと言ってさっさと帰ってしまった。
俺とミファーは最前列の席に移動した。
「あの……は、はじめまして! オウマさん!」
緊張した面持ちでミファーが挨拶してきた。
「お、おう。俺はオウマだ。よろしくな」
迫力に押されて、俺も少しばかり動揺してしまう。どうしてこの子はこんなに緊張してるんだ?
「小生はミファーといいます!」
「しょ、しょうせい!?」
「わたしという意味です! 自分、ちっぽけな存在なので……」
いやー。そこまで卑下しなくてもいいんじゃないかなあ。
二人して補習にとりかかった。
補習内容は『写経』。
俺とミファーはひたすらありがたい感じの本の、よくわからない文字を延々と書き続けた。天界の言葉らしく、すでに読める人間はいないらしい。読めない文字をひたすら写すとかただの拷問だろうと思うのだが、それをすることが神への敬愛の示しとなり、ひいては理力の向上につながるらしい。
ちなみに、前に同じ補習を受けたとき天界育ちの堕天使ルシフェルに真偽を訊ねたのだが――
「は? そんなのあるわけないじゃないですか」
真っ向から否定された。
「名前を口走るのも虫酸が走るあのクソ野郎がそんなこと評価するわけないじゃないですか」
解説しよう。
名前を口走るのも虫酸が走るあのクソ野郎とはルシフェル語で神という意味である。
「そもそも名前を口走るのも虫酸が走るあのクソ野郎は人間が何してるかなんて見てないですから。天使に仕事丸投げで自分は女神をナンパばかりしてますから」
最悪だな。
「写したの見せてくださいよ。わたし天界語読めますから」
ルシフェルはそう言って俺が写してきたノートを奪い取った。
「うーん……最初の一行目はタイトルです。『処女の女神を口説き落としてメスにする悪魔のメンタルテクニック集』と書いてあります」
最悪だな!
たった三一文字によくぞそこまで最悪な言葉を詰め込んだな!
ていうか『悪魔の』って売り文句に使ってもいいんだ! 寛大だね、天界!
「ねえ? 名前を口走るのも虫酸が走るあのクソ野郎って言いたくなる気持ちわかるでしょ?」
ルシフェルは汚いぞうきんを扱うかのように、俺のノートの先をつまんで差し出した。
やめてやってくれ……。
俺のノートに罪はない……。
というわけで俺とミファーは天界のナンパ本を黙々と写している。
当たり前のことだが、やる気は出ない。
そもそも俺の理力は種族特性としてのゼロであり、どんなに頑張っても改善されないのだ。
これがありがたい本であってもやる気はでない。
というわけで、俺はミファーに話しかけることにした。写経くらいなら話しながらでもできる。
「なあ、ミファー」
「は、はい!?」
びびくぅ! という勢いでミファーの身体が震える。
「ちょっと緊張しすぎじゃないの?」
「そりゃしますよ! オウマさんがビッグすぎますから!」
「ビッグ? 俺が?」
「だって、あのフレイアさまを弟子にしてるじゃないですか?」
「ああ……」
「あの貴族のフレイアさま……学年主席で優秀なフレイアさまを弟子にする。しかも平民が! オウマさまは平民界のスターですよ!」
なんだ平民界のスターって。
褒めてくれるのは嬉しい、いや特に嬉しくもないのだが、なんか距離感のある言い方だよな……。
「それってミファーだけなの? 他の平民たちも思ってるの?」
「みんなそう言ってます! オウマは俺たちとは格が違う。あんまり近寄らないほうがいいって!」
え、ええ……。
近づいてこようよ……。友達できないじゃん……。
「は!」
突然ミファーが写経の手を止めた。
「し、失礼しました! 小生みたいな小物がオウマさまと机を並べるなんて! 小生はあっちのほうでやります!」
「いや、いいから。気にしてないから……一緒にやろ? な?」
「そ、そんなお優しい言葉を……さすがは平民界のスター。慈悲の大きさまでスターです」
「スターじゃないから。ほら俺、理力ゼロだからさ……」
「小生もゼロです……」
ミファーがしょんぼりした。
フォローしくじったああ!
「いやいやいや! そうだ! それが気になってたんだけど、ミファーは入試で理力二〇〇〇くらいじゃなかった?」
「はい。そうですが」
「それがどうしてゼロなんだ?」
「ああ……小生ちょっと運がなくて」
「運がない?」
「はい。先の小テストでは、えい! って力を込めたら一回目の計測で機械が壊れちゃったんですよ」
「それは確かに運が悪いな」
「はい。で、二台目が壊れるのは嫌だったので、そろっと力を入れてみたら――ぜんぜん理力がでてなくて」
「ゼロ点と」
「はい……理力のコントロール下手なんですよね、小生」
「ま、まあ、そんなに落ちこまなくてもいいんじゃないか? 調子が悪いことってあるしな」
「そうですね……でも他の教科も成績がよくありませんから、これが続くと故郷に帰されてしまいます……ああ、どうしよう!」
え、ここ退学システムあるの?
参ったな。俺は大丈夫だろうか……。
「でもさ、勇者にならずにすむってのはいいんじゃないか? ほら危ないだろ、戦うのって」
「いえ! 小生は勇者になって人々を守りたいのです!」
ほお。
俺は少しばかりミファーを見直した。
決意を語ったときのミファーの目は今までの卑屈さを思わせない力強さと決意に満ちていたからだ。
「どうしてそう思うんだ?」
ミファーはきゅっと唇を噛んで続けた。
「昔、魔族に村を襲われてみんな殺されたんです。親も兄弟も近所のおじさんおばさんたちも――」
生き残ったのはミファーだけ。
う。
重い。
「さっき故郷に帰されると言いましたが、あれは正しくはないです。帰るべき故郷はありません……」




