第六話 父の残したもの
王都の南外れ。
鍛冶屋や職人の工房が並ぶ一角に、その建物はあった。
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扉を開けると、鉄と油の匂いが鼻をくすぐる。
壁には採掘道具や測量器具が整然と掛けられ、机の上には広げられた地図と古びた鉱山図面が積まれていた。
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「来たか」
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作業台の前で金槌を置いた男が振り返る。
エドガー・ヴァイス。
元王国鉱山技師。
ヴェルナ鉱山の地下施設で出会って以来だった。
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「先日はありがとうございました」
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アシュレイが頭を下げる。
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「礼なら地下で言われた」
エドガーは椅子を勧めた。
「今日は別件だろう?」
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アシュレイは頷く。
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「父のことを聞きたくて来ました」
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工房が静まり返る。
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エドガーはすぐには答えなかった。
棚から二つの木製カップを取り出し、湯気の立つ茶を注ぐ。
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「難しい話から始めるな」
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「……知りたいんです」
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「父は、何を知っていたんですか」
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エドガーはゆっくり腰を下ろした。
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「全部は知らん」
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その一言は、アシュレイの予想とは違っていた。
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「地下施設も、俺が見つけたのは偶然だ」
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「鉱脈調査の最中に坑道が崩れた」
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「その先に、あの遺構があった」
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「王国へ報告は?」
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「もちろんした」
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エドガーは苦笑する。
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「だが、返ってきた命令は一つだけだった」
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『これ以上調べるな』
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短い言葉だった。
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「理由は聞けなかったんですか」
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「聞いたさ」
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「だが教えられなかった」
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エドガーは机の上の古い坑道図を指でなぞる。
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「その頃、お前の父親もこの件を追っていた」
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アシュレイは顔を上げる。
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「父も……」
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「ああ」
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「だが、俺たちは同じ場所を見ていても、役目が違った」
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「俺は鉱山技師だ」
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「岩盤を見て、坑道を守るのが仕事だった」
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「お前の父親は外交官だった」
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「人を見て、国を守るのが仕事だった」
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エドガーは小さく笑う。
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「だから、俺には見えないものが、あいつには見えていたんだろう」
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「父は……何か隠していたんですか」
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その問いに、エドガーは静かに頷いた。
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「隠していた」
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「ただし」
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「私利私欲のためじゃない」
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「国のためだ」
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アシュレイは息をのむ。
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「俺は何度も聞いた」
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『本当に話さなくていいのか』
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『いつか取り返しがつかなくなるぞ』
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すると、お前の父親は笑ってこう言った。
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『だからこそ、今は話せない』
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工房に沈黙が落ちる。
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アシュレイは視線を落とした。
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その言葉は。
今の自分と重なっていた。
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地下施設を報告しなかった。
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あれは正しかったのか。
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まだ答えは出ない。
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「一つだけ覚えておけ」
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エドガーが口を開く。
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「嘘には二種類ある」
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「自分を守るための嘘」
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「誰かを守るための嘘」
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「だがな」
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「どちらの嘘も、最後には誰かが責任を背負う」
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その言葉には、長年現場で生きてきた者だけが持つ重みがあった。
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帰り際。
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エドガーは棚の奥から、一冊の古びた手帳を取り出した。
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「これは?」
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「お前の父親が預けていったものだ」
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アシュレイが受け取ろうとすると、エドガーは静かに手を引いた。
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「まだ渡せん」
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「なぜですか」
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「今のお前は、答えを探している途中だからだ」
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「その手帳を開けば、お前は父親の答えをなぞろうとする」
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「それじゃ意味がない」
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エドガーは穏やかに笑った。
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「自分の答えを見つけた時、もう一度来い」
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「その時に渡そう」
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アシュレイは静かに頭を下げる。
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「分かりました」
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工房を出ると、夕暮れの空が王都を赤く染めていた。
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父も。
自分も。
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同じ問いの前で立ち止まっている。
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国を守るためなら。
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どこまで真実を隠していいのか。
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その答えは、まだ誰にも分からなかった。
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