第14話 星那の告白
「おう、裕次郎」
「博くんガラ悪すぎ。皆ビビってるけど」
俺が言ったことにクツクツと笑う博くん。
彼は兄の友人で、兄が高校に入学してからだから、かれこれ二年以上の付き合いになる。
「俺は何もしてねえよ」
「知ってる。だけど奇遇だね、こんなところで会うなんて」
「お前に勧められたゲーム、結構はまってるんだよ」
そう言って博くんは携帯の画面をこちらに見せてくる。
博くんは俺と同じゲームをやっており、同じようにモンスターを探しにここに来たようだ。
「稽古帰りか。敏郎は?」
「先に帰った」
「そうか。ああそういや、あいつまた停学になると思うぜ」
「そうなの? また何やったんだよ」
お互いに携帯を操作しながら兄貴の話をする。
「教室で焼き肉。大量の煙を出して教師が大騒ぎしてな。それから教師と言い合いになって、最後はカンチョーかましたってよ」
「相変わらずアホだな、兄貴は」
「それに焼肉は七輪でやったらしいぜ。学校で焼き肉するだけでもアホなのに、本格的にやりすぎだろ」
俺たちは苦笑いをしながらもゲームを続ける。
ここにいるモンスターが意外と強敵で、俺も博くんも苦戦していた。
「そうだ、この間は助かったよ。ありがとう」
「お前には世話になってるからな。あれぐらいどうってことねえよ」
ようやくゲームを終えた俺たちは、顔を合わせて話をする。
「困ったことがあればいつでも言ってくれていいんだぜ」
「博くんに頼り過ぎたら後が怖い」
「大丈夫。お前には何もしねえよ。精々金を引っ張るぐらいだ」
「ははは。やっぱり怖いから止めとこ」
「冗談に決まってんだろ」
俺も博くんも笑う。
すでに仲のいい友達みたいな感覚だ。
だがそこで周囲からの視線がこちらに向いていることに気づき、俺は退散することにした。
「じゃあそろそろ行くよ。晩飯遅くなり過ぎたら小言言われるから」
「おう。じゃあな」
俺たちはそこであっさりと別れ、それぞれ別の方角へと歩き出す。
博くんはまだゲームをやっているらしく、携帯を見下ろしている。
そんな博くんの背中を見て俺はクスッと笑い、彼と同じように携帯を見ながら帰路に着くのであった。
◇◇◇◇◇◇◇
星那と約束をしており、俺たちは二つほど離れた駅で待ち合わせをしていた。
そこの駅は焼肉店が多く、肉が焼けた匂いが漂っている町だ。
学校終わりに駅に到着する頃にはすでに夕方近くになっており、駅前で星那がそわそわした様子で待っていた。
口元にハンカチを当て、キョロキョロと周りを見渡している。
どうかしたんだろうか。
「ごめん、待った」
「裕次郎。待ってないけど、ここ早く離れない?」
「いいけど何で?」
「空気が悪い。それに周りの人がジロジロ見てきてキモい」
確かに星那を見ている男たちが多数。
どうやら彼女の美貌に見惚れているようだ。
「可憐だ……」
「あれだけの美人と付き合えたら、他に何もいらない」
「バカ。俺らみたいなのが相手にしてもらえるかよ」
星那を褒め称える声が聞こえてくるが星那の耳には届いておらず、むしろその視線に嫌悪感を抱いているようだった。
「こんな駅で待ち合わせにして悪かったな」
「ううん。学校近くで会うのはマズいから仕方ないし。だけどこれからは別の駅がいいかな」
「次回からはもう少し考えて提案します」
俺たちは歩き出し、少し離れた施設に向かう。
駅から歩くと坂道となっており、その坂を上りきったところに大型施設がある。
星那は少し息を切らせながら坂道を上がっているのだが……体力なさすぎだろ。
と俺は少し呆れていた。
「運動苦手?」
「好きじゃないかも。人と競いあったりするのが好きじゃないから。体育とか、どっちが速いとかどっちが持久力あるとかさ、無意識にも比べられるでしょ」
「あー確かにそうかも。でも気にしなかったらいいんじゃない?」
「気になっちゃうんだよね。裕次郎みたいにもう少し気楽な考えができたらな」
真面目に見えないが生真面目なところが多々ある星那。
彼女からすればまぁいいか、なんて思考が難しいんだろうな。
俺はなんでもまぁいいかで済ますことができるから、それはそれは大変楽なのである。
「それで話って?」
「うーん……どう言ったらいいんだろう」
「難しい話? 勉強の話は勘弁してくれよ」
「そんな話じゃない。私、成績はいいからその点は相談する必要無いと思うから」
「……むしろ俺から相談させてください」
まさか頭のいいやつがこんな近くにいるとは。
今度から勉強で困ったことがあれば、真っ先に星那に相談することにしよう。
星那は何も言うことなく、大型施設に到着してしまう。
そこには多くに飲食店が入っている所で、店を選ぶのに困る程だ。
しかし俺たちは話をするだけなので、アイスクリーム屋を選択する。
アイスクリーム店で二段アイスを注文し、俺たちは席に着こうとした。
俺はすぐに席に座ったのだが、星那は突然除菌スプレーを取り出し、椅子に振りかけて始める。
「ほお、相変わらずの潔癖症だね」
「こういうのも治したいって思うけどね」
「個性的でいいと思うよ、俺は」
「…………」
少し頬を染めている星那。
どこで照れたのだろう。
俺は不思議に思い、彼女の顔を眺めていた。
除菌が完了し、星那はようやく席に着く。
「あのさ。単刀直入に聞くけど、根鳥のことってどう思う?」
「どうも思わないけど。関りがあるわけじゃないし」
直接話をしたことも無いし、どうでもいいっちゃどうでもいい。
それが俺の率直な意見だ。
「突然どうしたんだ?」
「ちょっと気になることがあって……それで最近、ずっと悩んでるの」
「悩みは吐き出した方が楽になることもあるぞ」
「…………」
星那は何度か口を開き、言葉を出そうとするが、何も言えないまま俯いてしまった。
そんな深刻な話なのだろうか。
俺はドキドキして、彼女の言葉を待った。
「えっと、あいつに傷つけられたとか、そういう系?」
「違う。私は傷つけられてない。むしろ傷つくのは裕次郎の方かも」
「俺が傷つく? 何で?」
「だって」
星那の顔には苦悩が見えた。
迷い、苦しみ、痛み。
色んな感情を読み取ることができる。
「だって……根鳥のやつ、裕次郎の彼女と遊んでるみたいなの」
「俺の彼女って……恵?」
「うん。あいつが友達たちと話をしてるのこっそり聞いて……でも詳しいことは分からなくてさ。だけど一緒にいるところは見たことあるの。それに何か企んでるみたいだったし」
「そうだったのか……そうか」
恵が根鳥と遊んでいるか。
俺はその事実をすんなりと受け入れることができた。
庄司と仲がよく、おかしな方向に進んでいるような気がしていたが妙に納得がいく。
何か企んでいるとは星那は言っているけど……根鳥のことなんてあまり知らないしな。
しかしそのことで星那が悩んでいたとは。
自分のことじゃないのに、本当に優しい人なんだな、この子は。
「そのことがあったから、私は裕次郎に近づいたの。どんな人と付き合ってるのかって、気になっちゃって」
「ええっ!? ゲームをしてたんじゃなかったの?」
「いや、そんなわけないじゃん」
星那が本気でゲームをしていると思ったが、俺の勘違いだったとは。
根鳥と恵に繋がりがあることより、そっちの方にショックを受けてしまう。
「それで、裕次郎はどうしたい?」
「うーん、どうするかな……でも根鳥と付き合いがあるのはあまりよろしくないよな。今でも影響を受け始めてる気がするし、どこかで話をしてみるよ」
「ごめんね、何もできなくて」
「いいよ。星那こそ辛かったみたいだな。それに気づいてあげられなくてごめん」
「ううん。私のことはいいの。裕次郎が傷つかないかどうか、それだけが気がかりだったから」
「俺は全然平気。だから星那も気負わなくていいから、な」
俺が笑顔を向けると、目の端に涙を溜めて微笑を浮かべる星那。
「恵のことは俺が考えるとして……星那との約束もしっかりしないとな」
「約束か。じゃあまた休みの日にでも付き合ってくれる?」
「ああ。何かやりたいこと、ピックアップしておいてくれ。どこでも付き合ってやるから」
「うん、楽しみにしてるから」
しかし根鳥と恵がね……
どこで繋がりができたのか、それだけが気になるな。
まぁ付き合いがあるだけなら、問題は無いんだけど。
俺を疑って怒るぐらいだし、恵に限って浮気は無いと思うけどな。
なんて悠長な考えを、この時の俺はするのであった。




