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第六章~④

 吉良は二人の様子をみて思わず笑った。初めて会った頃、松ヶ根は他の女性と同じく真理亜を苦手としていた。だから吉良が軽い調子で懐に入る話法を使っていたのだが、今はそんな必要などない。

 どうやら松ヶ根にとって、彼女だけは特別らしい。年上なのに余り丁寧語を使わないでいるのはその証拠だ。それはこれまで二人の間に起こった、数々の特殊な状況が影響しているのだと思う。

 また真理亜が持つ独特な雰囲気や人としての絶対的な信頼感が、彼の対人関係の苦手意識を和らげているのだろう。

 だがこのままでは埒が明かない。そこで彼を無視し彼女に尋ねた。

「だったら今度は三人で動く訳ですね。でもどうするんですか」

「もう回りくどいやり方は必要ないでしょう。ズバリ本人と話をして、真相を確認するわ」

「おい、いきなりか」

 松ヶ根と同じく驚いた。

「そうですよ。だったら最初からそうすれば良かったでしょう。それをしなかったのは、もう少し私達で裏取りをするんだと思っていました」

 しかし彼女は首を横に振った。

「調査書は読んだでしょう。いくら警察のあなた達が動いたとしてもよ。高岳さんがあれだけ時間をかけて調べさせた内容を上回る新事実が、今になって出てくるとは思えない。あの事故が警察に届け出されていれば別だけど、そうじゃないでしょう」

 これには頷かざるを得なかった。交通事故程度でも届け出がされていれば、当時の報告書が多少なりとも警察内部に残されていたはずだ。けれど今回の場合、残念ながらそれに該当しない。

「そうだな。たたでさえ古い話だ。それを今更俺達が聞き込みをしても、余り意味がないと思ってはいたよ」

「松ヶ根さんもそう思うでしょ。それに吉良さんが言ったように、最初からあの話を出さないようお願いしていたのは、ちゃんと理由があるんだから」

「なんですか、それは」

 首を傾げる吉良に代わり、答えが分かったらしい松ヶ根が言った。

「高岳氏が調査会社を使い、相当念入りに調べていたとの事実を事前に伝えておきたかったのか」

「そう。身辺調査をしていたと聞けばもしかしてあの件も、と相手は思うでしょう。しかも殺人を扱う捜査一課の刑事が同行していたんだから」

「なるほど。そう気づかせ、こっちは知っているぞと思わせる作戦だった訳ですか。その場で触れさせなかったのは、自ら話し出す覚悟を持つ時間を与える為だった。そうですね」

「吉良さん、当たり。いくら警察だとはいえ、今頃になって突然詰め寄られても正直に話すとは思えない。でもあなた達と別件でやり取りをしたでしょ。その結果は、相手にとって悪いどころか良いものだった。そうなれば二人への印象も良くなったはず」

「俺達への心証だけじゃなく、高岳氏の遺産整理を委託された三郷さんに対しても、信頼できる人だと思わせたかったんだろう。そこで考える時間を与え、今なら真実を語れる状況を作った。そのタイミングを計り、今度は改めて三人で訪問すれば口が滑らかになると読んだ。しかも関係者に当たり、高岳氏の死亡を伝えさせたのは、何か動きがあると踏んだからか。全く人使いが荒いな、あなたは」

 松ヶ根のぼやきに吉良も頷いた。全くそうだ。

 しかし彼女の意図に気付きながら、正式な捜査でもないのに綿密な裏取りまでして関係者に会ったのは、彼自身の判断である。無理矢理させられたのでは決してない。

 つまり彼女の考えに賛同したからこそ動いていたのだろう。ただそう思われたくない照れ隠しから、憎まれ口を叩いたようだ。けれど吉良達にはばれている。

 だが彼女は気付かない振りをして言った。

「ごめんなさいね。私が巻き込まれた個人的な案件なのに、あなた達にここまで協力して貰ったことは本当に感謝している。でも最初からそうするつもりじゃなかったのよ。私自身は悩んだけど、一人で解決するつもりだったんだから」

「分かっていますよ。マリアさんが勝手に動いて、私が松ヶ根さんに応援を依頼したからこうなったんでしょうから」

「そうだ。お前と二人でも十分だっただろう。まあ乗り掛かった舟だ。最後まで付き合うのはやぶさかじゃないが」

 彼の素直でない口振りに苦笑しながら、吉良は彼女に再度尋ねた。

「とにかく三人で行くのはいいとして、今度はどういう作戦を考えているんですか」

「それはね」

 彼女は淡々と説明を始め、それを吉良達はじっと聞き終わってから頷いた。

「分かりました。それでいきましょう」

「ああ。悪くない」

 そうして吉良が運転する車に真理亜を乗せ、三人で目的の家へと向かったのである。


 最初にドアホンを押したのは同じく吉良だった。相手の在宅時間も前回の訪問時に確認している。またドアスコープから覗かれた場合、警戒心が少なくて済むと考えたからだ。

 案の定、ドアの向こう側からは訝し気ながらも以前とは異なった声がした。

「はい、今開けます」

 内側からドアが押され、佐知が顔を出した。

「あの、今日はどうされましたか。まだ高岳さんの件で、何かありましたでしょうか」

 そこで吉良は、後ろに控えていた真理亜を手で指し示した。

「先日お話しした件で伺いました。こちらが高岳氏から遺産整理を依頼されている方です」

彼女はするりと前に出て礼をした。

「三郷真理亜です」

 頭を上げて懐から名刺を出す。それを佐知が手に取り口を開いた。

「ああ、あなたが。写真で拝見しましたけど、本当に可愛らしい方ですね。失礼ですがおいくつですか」

「今年で五十一になりました」

 さらりと告げた答えに彼女は目を丸くした。当然だろう。四十四歳になる自分より、もっと年上だなんて思わなかったに違いない。

 ただそうした反応に慣れている真理亜は構わず続けた。

「事前にご連絡もせず、突然伺って申し訳ありません。今日はまずこちらをお渡しに参りました」

 そう告げながら肩にかけていたバッグの中に手を伸ばし、茶封筒を取り出した。それを受け取った彼女は困惑の表情を浮かべ尋ねた。

「何でしょう」

「杁中利也さん名義の通帳とカード、そして銀行印です。本来なら成人されているご本人にお渡しすべきなのでしょうが、実質ここまで彼を育てられたあなたなら問題ないと思いまして。念の為、中身をご確認ください」

 この昼間の時間帯、彼が仕事中で彼女一人だけだと知りながら訪ねた点は、意図的に伏せた。さらに松ケ根が補足した。

「先日お邪魔した際、私が言いましたよね。利也さんの通帳や佐知さんの高岳氏に対する借金の件は、管財人と相談の上で後日改めてお伺いした時にお伝えしたいと」

「そうでしたね。ああ、こんな所では何ですからお上がりください」

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