第六章~③
「そうかもね。でも私に託したという事実は間違いないでしょ。利也さんや佐知さんへの遺贈もそう。直子さんと久弥さんや城西さんの件だって、高岳さんの遺志を彼らに伝えたのは正解だった。実際に行動してくれたあなた達なら分かるはず」
「そ、それは、そう思いますけど」
吉良は頷かざるを得なかったが、松ヶ根は首を振った。
「これまでの件を言っているんじゃない。例のメモの案件だけはそう断言できないから、俺達も躊躇しているんだ。三郷さんだってそうだろう。現にさっきから言い切れないで俺達の意見を聞き、そうかもしれないとか、その可能性もあると認めているじゃないか」
「それは調査しきれていない、彼女だけが知っている真実をまだ明らかに出来ていないからよ。高岳さんが自分の口からは言わず、私に託したのは病気のせいだけじゃないと思う。警察と強いパイプを持つ私なら、全てを暴いた上でどうするべきか正しい判断が出来る。そう信頼し託してくれたのがあのメモと最後の言葉だった、と私は信じたいの」
「最後の言葉というのは、間違いなく俺の遺志を汲んでくれ、ってやつか。なるほど。そう取れなくはない。だったらまだ埋まっていないピースを嵌め終わり、全体像が見えたとしよう。それが最悪の事態だと俺達が知った場合でも、見過ごすことはできないぞ。それでいいんだな」
「それは覚悟している。高岳さんもそのはずよ。罪を背負ったままの人生なんて、一刻も解放してあげたい。過去に犯した過ちを少しでも取り戻そうとし続けた彼なら、絶対にそう思ったはずよ」
「だが単なる罪滅ぼしとは重みが違う。多額の遺産の寄付なんて、ただの自己満足でしかないとも取れる。城西も最初はそう思ったと言っていただろう」
「途中まではね。あなた達もそう捉えていたんでしょう。私だって考えなかった訳じゃない。でもあの五人と会って、印象は変わったはず。そうよね」
これには松ヶ根も否定できなかったようだ。吉良も同感だった。
高岳の裏に隠されていた遺志を告げたからこそ、彼らのこれからにおける人生は前向きになったと思われる。
ならばあのメモに託された案件だって、どんな結論が出たとしても受け入れるべきなのだろう。
誰であれ、罪を犯していたのなら償わなければならない。それが他の犯罪の抑止に繋がり、またその人物が残りの人生をやり直すチャンスを与えられる。吉良達はそう信じているからこそ、警察という職務を続けられるのだ。
松ヶ根も理解したのだろう。また真理亜の固い決意は変えられないと諦めたらしい。
「分かった。それじゃあこれからどうする。次も俺達だけで動く方がいいと思うか」
「いいえ。今回は私も行く。これまでの件とは違い、私の主導で話した方がいいと思うから」
「そうだろうな。男の刑事二人、その上一人は捜査一課所属となれば相手も警戒し、口を割らない可能性がある。なんなら三郷さん一人で行くか。もし不安なら吉良だけ同行させるが」
「何ですか、それは。この期に及んで松ヶ根さんだけ逃げるおつもりですか。それはずるいですよ。私だってもし凶悪犯罪だったと聞いてしまえば、署まで連行せざるを得なくなります。その場合、刑事一人では問題でしょう」
「そうよ。しかも一般人の私と二人だけだったなんてバレたら、あなた達の立場が悪くなるでしょう。それに上の人には私が絡んでいる案件だからって、特別に許可を貰ったんじゃないの」
そうなのだ。吉良が松ケ根に連絡し真理亜と会い、事情を把握した時点で県警の刑事部やS署の刑事課には話を通してある。
詳細は伏せていたが、やはり彼女が警察にもたらした今までの実績が大きく影響したのだろう。他の業務に支障が出ない範囲なら、正式な事件とまでまだ呼べないこの案件について、二人での捜査を特別許可するとの言質は取っていた。
幸い今はそれほど急ぐ案件を互いに抱えていなかった為、かなり時間を割き動き回れていたのはそうした理由があったからだ。
それでも彼は歪んだ性格を露にし、僅かな抵抗を示した。
「原則捜査をする場合、刑事は二人一組になるケースが多い。だが犯罪捜査規範にはっきり記載されてはいない。第一今回の捜査自体、正式なものじゃないから今更だ」
「え、もしかしてこのまま逃げるつもりですか」
「おい、吉良。口の利き方に気を付けろ。俺はいない方がいいんじゃないかと言っただけだ」
「いいえ。いないと困る。実際面識がありこれまで会話をしてきたのはあなた達二人で、私じゃないでしょ。特に松ヶ根さんの能力が、どういう形で発揮されるか分からないから」
彼女の言い分はもっともだった。彼は一度見聞きすれば頭の中に映像や音声として残り、いつでも取り出せる特殊能力の持ち主だからだ。
その代わり臨機応変な対人関係が苦手で、自分のやり方や関心、ペースの維持を最優先させたい本能的志向が強く、一種の発達障害があった。松ヶ根の場合は少し頑固でこだわりを持つと共に、かつて結婚経験がありながらも、女性を苦手とする傾向を持っていた。
おそらくそうした障害が離婚に繋がったのかもしれない。先程示した天邪鬼な対応も、彼独特の意思表示の一種といえる。
ちなみにそうした反動なのか、一度聞いた他人の発言を含め過去の嫌な記憶までも全部覚えてしまうらしい。その為酷く苦しむ場合がある。時折彼は苦虫を噛み潰した表情をするが、恐らくそうしたものを思い出してしまった瞬間なのだろう。
真理亜とは別の種類だが障害を持つ者同士で、その影響からか常人離れした能力を有する仲間と言える。凡人である吉良には羨ましい反面、気の毒に思うこともあった。
要するに彼女は、松ヶ根の持つ記憶力がこの後の展開で役立つ可能性を示唆していたようだ。
「最初からそれを狙っていたのか」
「当り前じゃない。使えるものは何でも利用しないとね」
「刑事相手によくそんな口が利けるな」




