第17話~クズでも世界を変えられる!②~
赤井萌の能力をコピーし、輝木光を追い詰める志村再。
しかし、輝木光は男子A級の生き残りであった雨宮嵐史を仲間に加え、彼の天候を操る能力で赤井萌の能力を封じた。
これで炎に変化することができなくなった志村再。
形勢逆転か?
「……。……うるせェな! このヒーロー気取りが。いい歳して少年漫画みたいなこと言ってんじゃあねェっ!」
「本性を現したな、志村再。今までの大物ぶった態度は全部作り物。アンタなんて、自分の思い通りならずに駄々をこねるだけのガキ以下だ!」
「…………。はぁー…………」
「なんだ? 何か言いたそうだな」
輝木光には優位に立つと、相手を煽り散らかす習慣がある。
それは彼女の人間性によるものではなく(尤も彼女の性格はお世辞にも褒められたものではないが)、相手を激昴させることで判断ミスを誘発するという戦略に基づく行動だ。
「……オレは気が短い。もう完全にブチ切れたね。優しさを見せる余裕もなくなった。はっ。死ね! バラバラになって臓物ぶちまけな!」
しかし、必ずしも有効とは限らない!
志村再は『本当に親切心』で、輝木光を苦しませずに殺そうとし、手間取っていた。
「か、体が動かない……! 金縛り!? なんだこれは!?」
逆を言えば、『苦しませずに殺すのは、手間取らない』!
輝木光がそれを知ったのは、自身の身体の異常に気づいた後だった!
「知らないのか? 非情なお父上だな。お前のひい爺様の超能力だと言うのに」
「私のひい爺さん……? 輝木松吾郎……っ!?」
「そうさ分かったかボケナスが! オレがコピーを自覚した後、真っ先に奪いに行ったのさ! 最強の超能力の1つだ!
それは『念力』! 輝木松吾郎はこの力で、武装アメリカ兵の一部隊をも蹴散らした!」
「このっ、墓荒らしがっ……! ぐ、くぅ……っ。あぁっ……!」
「ここぞで初披露しようと目論んでいたが、範囲、効果! 共に圧倒的なようだなァァ!?」
炎は目に見えるが、念力は目に見えない!
況してや輝木光にとって未知の超能力!
回避はできなかった!
「だ、脱出できない……っ! し、死ぬ……!」
「ようやく立場ってものを理解できたかァ? えぇ? お前さっきオレになんて言ったよ? もういっぺん言ってみろよォ! なァ!?」
「お……、ごぁ……っ」
もはや、輝木光に志村再の声は聞こえていない!
彼女に聞こえるのは、曽祖父に身を締め付けることで奏でられる、あばら骨が軋む音だけだ!
「聞こえねェなァァ? もう喋る余裕はねぇってか。いいザマだなァ! 地獄で後悔してろ、この煽りイモムシが! 今から死ぬのはテメェだぜェ、クソガキィィッ!!」
形勢逆転なんてなかった!
最初から、手札の数がはるかに違う!
「か、輝木っ! どうしたんだ!? なんで動かないんだ!?」
入口付近にいる御貫真が狼狽する。
「志村再がコピーしていた超能力の1つだろうな。不可視かつ高速な捕縛のような何か……」
「ご……は……」
「吐血……。どうやら、攻撃性能も備えているようだな」
「あ、雨宮! どうしよう! このままじゃあヤバい! 輝木が死んじゃう!」
「御貫真……君の話が正しければ、輝木光は十騎と打ち合えるくらいの身体能力。それを以てなお振りほどくことの出来ない呪縛とはな。なんて力だ」
「そ、そんな……。ヒカリちゃん……!」
「な、何か手を……。輝木を脱出させないと……」
「……身体強化のない俺や君の超能力では、志村再に攻撃することはできない……。大雨を降らすのだって、正直『超能力殺し』に引っかかるのではとビクビクしていた」
「輝木……!」
この世に誕生したその瞬間から、電気を使い続けてきた電気のスペシャリスト。
その彼女が、この1ヶ月で何度も死線をくぐり抜けてきた。
精神の爆発力も、自他を観察する力も、ここ一番でのド根性も、何もかもを身につけた。
仲間の仇を討つため、左半身の色素が抜けるほどの苦しみを背負い、自らの潜在能力を大幅に引き出した。
やれることは全部やった。
悔いは残さないと誓った。
持ちうる全てを賭けて、この戦いへ臨んだ。
これ以上できることはもうない。
それなのに。
あんなにやったのに!
それだけやってもなお、輝木光は志村再に勝てない!
「ちくしょう……っ!」
御貫真は今、心の中で謝罪していた。
輝木光が志村再に勝てないということは、直前に行った潜在能力を解放する施術が無意味だったことになる。
無意味な苦しみを背負わせてしまった。
『必ず勝てる』と言ったのに、勝てなかった。
これなら逃げ回って、何とか行方を眩ませた方が良かったと思った。
完全に自分の判断ミスだった。
そのせいで輝木光は死ぬ。
こんな失態を犯しておいて、許されるはずがないと。
地獄で謝るだとか、柄にもないことを考えていた。
本人は気づいていないが、これは即ち『諦めている』に等しいのだ。
もちろん、彼女は諦めたと自覚している訳ではない。
だが、彼女の謝罪はすべて『輝木光が負けること』が前提となっている。
よって、謝罪を行うということは、心の奥底で芽生えた諦観を表しているに他ならない。
雨宮嵐史はもっと単純だ。
彼はまだあまり状況を理解していない。
阿鳩優との戦いが10日ほど前で、その時に負わされた重症により、つい先程まで彼は意識を失っていた。
そしてようやく目が覚めたと思えば、謎の女たちに連れられて、謎の女と男の戦いを見せられている。
それが彼の現状だ。
当然、ここに来るまでの十数分で御貫真から説明は受けている。
謎の女は彼の味方で、謎の男は彼の敵。
謎の男の目的は超能力者を殺し、能力をコピーすること。
もしも謎の女が負ければ、自分も一緒に殺される。
だが、言葉を理解していても心は追いつかない。
彼は目の前で繰り広げられている戦いが、どこか遠い国の出来事のように感じていた。
さらに、彼が生に執着していないことが、諦めを加速させていた。
生まれた時から天涯孤独の彼が、やっと手にした友であった男子A級。
彼らを失った悲痛が、死を半ば魅力的に見せていた。
輝木光自身は、また2人とは違う形で諦念へアプローチしつつあった。
それは、彼女が潜在能力を引き出されたがゆえに起きてしまった。
人は死が迫ると、これまでの体験が高速で脳を巡回する。いわゆる『走馬灯』と呼ばれる現象だ。
命の危機に対して、脳が自身の過去の体験を引っ張り出して、危機を避ける方法がないか探している状態。
本来、これは反射的に行われるもので、自身の意思で制御したり、引き起こせるものではない。
だが、輝木光の場合は違った。
御貫真の行った施術により、中枢神経の機能は最大限に引き出され、『意図的にも反射を操ることができる』ようになっていた。
なので、まさに今、彼女の頭には自身の過去の体験……そして、御貫真にインプットされた他の超能力者の体験、これらが超高速で頭を駆け巡っていた。
しかし、その中には今の危機を乗り切る方法はないのだ。
何十人もの走馬灯を掘り起こして、なお回避できない死。
これでもまだ完全に諦めていない彼女が、むしろよくやっているという話だ。
3人がほぼ『勝てない』という判定を下した。
しかし、1人だけ。
1人だけ、諦めていない者がいた。
「ヒカリちゃんっ!! 今助けるわ!」
内木遊は、階段を全力で駆け下りた!
「内木っ!?」
「彼女は一体……?」
「何考えてるんだ! 自殺行為だ! キミの超能力は志村再には効かない! それどころか使えば即死だ!」
御貫真は制止するが、内木遊は止まる気配がない。
「彼女の能力の射程は、10メートルほどだったか? この入口から、2人の位置までは100メートル以上……。そこまで離れてしまったら、もう救助は難しいぞ!」
「……! 確かに、それなら輝木を救出できるかもしれないけど……」
御貫真が、内木遊の思考を読み取り、さらに青ざめる。
「そ、それじゃ……内木は……っ! だ、ダメだ! 止まれ! 雨宮! 内木を止めてくれ!」
「分かった。彼女に向けて向かい風の突風を――」
「やめてっ!!!!」
「!」
「ヒカリちゃんは以前、私に命を賭けてくれた! なのに! 私があの子に命を賭けられないようじゃあ、情けなくて二度とみんなに顔向けできないっ!!」
内木遊は、内気な性格だ。
人と打ち解けるまでに時間がかかり、慣れない場所や人前で自分の意志を積極的に発信することはない。
そんな人間が、ほぼ初対面の男と女の前で、啖呵をきった。
「あ、でも、そんな……」
それも、2人が気圧されて口を噤んでしまうような勢いで。
ウジウジしてて、縮こまってて、意気地無し。
人の顔色だけを見て、心を見ようとすらしない根暗な女は、どこにもいなかった。
1ヶ月間で成長したのは、輝木光だけではなかったのだ。
「私がヒカリちゃんを操作して、その金縛りから脱出させる!」
半径10メートル以内、目視可能。
それがコントロールの条件。
「ヒカリちゃんっ!」
そして、今。
その条件は満たされた!
「うおっ、う、内木さん……っ!?」
志村再の念力から逃れ、転がり回る輝木光。
輝木光は、命の危機から脱出した!
そう、輝木光『は』。
女子A級で唯一、身体強化の手段を持たない内木遊は、次にくる志村再の攻撃を回避できない。
それは、本人も承知の上だった。
文字通り『命を懸けて』輝木光を救出したのだから。
「バカが! この超弩級奇跡的無能が! 仲間2人ぶち殺されてなお、無駄なことだって分からねェのか! 笑っちまうぜマヌケがァァっ!!」
「内木さんっ!」
志村再の怒りに任せた一撃が――
――内木遊の胸に突き刺さった。
「ゴボッ……」
内木遊の胸と口から血が吹き出す。
誰がどう見ても、致命傷だった。
輝木光の曾祖父、輝木松吾郎の能力をコピーしていた志村再。
想定外の攻撃により一気にピンチになる輝木光。
仲間たちが絶望する中、内木遊は1人で彼女を助けに駆け出すが……。




