ウサギさん逃げ遅れる・・・
「リアン、大丈夫?」
3回のノック後、心配そうに呼びかけられて目が覚める。ぼんやりする頭を軽く振って目線を上げれば、ベットサイドの椅子の背凭れに寄り掛かって座る幼馴染がいた。
「…ああ、なんとか」
幼少の頃からの付き合いであるピーターは、明るく面倒見の良い活発な少年だ。
「ほら、リアンの好きなにんじんゼリー持ってきたぞ。食べられるか?」
にんじん系お菓子は好物だった。正直いえば凄く食べたい。けれど、断腸の思いでピーターの持つゼリーから顔を背けた。
「……いらない」
「えぇっ!?いらないって…ほんとにどうした?この間夜遅くにコテージからずぶ濡れで帰って来たときから、にんじん全然食べてねぇじゃん!」
「好みが変わったんだ」
「そうなのか?兎人の嗜好は犬人の俺には分からないし、そういうもん?」
「そうだよ」
始めは不思議そうにしていても、「そういうもんか」とすぐに納得してしまうのは、細かいところを気にしないアホの子でもある彼らしい短所だ。しかし、俺にとっては美点でもある。こういうときは特に。
「にしても、お前が風邪なんて珍しいこともあるんだなぁ」
頬杖を突きながら椅子をギコギコ慣らすピーターを眺め、ミルキさんのことを頼まなければいけなかったと思い出す。
「ピーター、実はお前に頼みたいことが…」
「あ!そういえばリアンに言うの忘れてた!」
彼が突然勢いよく立ち上がったせいで、椅子がガタッと音を立てて倒れた。
「リアンの彼女から連絡があって、お前が今風邪ひいて寝込んでるって言ったら急に電話切れてさ。で、ついさっきそのミルキさんって女の子がお見舞いにってやって来たんで、離れの客室に通したんだった」
「な、なにぃッ!?」
お前は、なに勝手なことをしてるんだ!
「と、とりあえず彼女には風邪が移ると大変だからとか言って、帰ってもらって!」
「え、なんでさ?恋人なんだろ」
「恋人じゃない。彼女が勝手に言ってるだけだ」
「えーそりゃないぜ。ミルキさんとってもいい感じじゃん。見た目もろストライクだろ~。それに彼女を見てるとこう、自然と平伏したくなるっていうか…しっぽがきゅってなる感じ?するじゃん」
平伏したくなるって、兎人相手に何を言ってるんだこいつ?てか、お前しっぽなんてないだろ。大方、彼女の猫被りにころっと騙されたんだろうが、一応お前も肉食だろうにそれでいいのか…。
「このゼリーだって彼女の差し入れなんだぞっ」
「なら余計にいらない。何が入っているか分かったもんじゃない」
ミルキさんがプレゼントしてくれたにんじんケーキを食べた後の惨事を思い出し、身体がぶるっと風邪ではない寒気で震える。
「いいから、言うことを聞け!」
ギッと睨み付け扉の方を指差すと、ピーターはやっと降参と言わんばかりに両手を挙げて、入り口へと足を向けた。
「へいへい」
しかし、番犬を嗾けるのが遅すぎた。そもそも、彼女が大人しく待っているはずがなかったんだ。
「リアンくぅん、こんにちは♪」
溢れんばかりの楽しそうなミルキさんの声が耳に入り、全身が粟立った。鈴を転がしたような可愛らしいはずのその甘い声が、恐ろしくて堪らない。
「な、なんで…」
ピーターが開けた扉の向こうにいたのは、雪色のボブヘアーに紅の瞳を三日月型にしたミルキさん。彼女は兎人であるはずなのに、草食動物には全く見えなかった。
「お見舞いに来たよ。リアンくん」
さくらんぼ色の唇を舐めて、近づいてくるミルキさんに「食われる」と本能的に震え上がる。
早く、はやく逃げないと……。
「約束守っていい子にしてたみたいだから、ご褒美をあげないとね」
彼女のその言葉とともに、無意識にごくりと唾を嚥下していた。それは恐怖故かはたまた―――
俺がその答えを知るのはもう少し後のこと…。
name:ピーター
look:くるくるの短い黒髪/アーモンド色の瞳
age :♂16
class:リアンの従者
personality
リアンの幼馴染で従者
馬鹿でポジティブ、人懐っこい