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この謎が解けますか? 2  作者: 『この謎が解けますか?』企画室
この謎が解けますか?
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隠蔽凶器 第三章「最終推理」

 そして、二〇〇七年十一月二十六日月曜日。場面は冒頭へと戻る。後に警察史に名を残す事となるこの推理対決は、今ここに切って落とされた。

 山口県警本部の会議室。集結したメンバーに告げられた榊原の発言に、誰もが身を引き締めて黙り込んでいた。犯人がこの中にいる。それは、あまりにも衝撃的な発言であった。

「……ちょっと待ってください。我々は三条事件の事情説明のためにここに来たんです。今回の山口の事件とはいったい何なんですか?」

 口火を切ったのは桜警部だった。それに岩佐弁護士も追従する。

「まったくだ。我々は三条事件の真相が明らかになるかもしれないと言われて仕方なく来ているんだ。いったい何がどうなっているのか説明してくれ」

「わかりました。では、まず今回の事件……佐渡島宇平殺害事件と、山口事件、三条事件の関係に関して説明しましょう」

 そう前置きして、榊原の推理は始まった。

「今回の事件は複数の事件が二十年間に渡って複雑に入り組んだものです。まずその関係を整理しましょう。今から二十年前、この山口県で山口事件と呼ばれる殺人事件が発生しました。結果、警察は鬼島という男を逮捕していますが、この事件には冤罪の疑いがあります。そして、この山口事件に関する新証言をしようとしたタクシー運転手・佐渡島宇平が殺害されたのが、今回の事件です。一方、二十年前の山口事件の少し前、新潟県三条市では後に三条事件と呼ばれる殺人事件が発生していました。この三条事件はすでに冤罪が立証されて現在再捜査が行われていますが、実はこの三条事件と山口事件には、ある偶然によって発生した信じがたい共通項が存在しているのです」

「共通項?」

「平たく言えば、凶器が同一のものなのです」

 そう言うと、榊原は以前一里塚に解説した「凶器同一説」を全員に説明した。思わぬ話に、全員が絶句状態である。

「そんな事が……」

「もちろん、詳しくは凶器の包丁の鑑定待ちですが、私はこの推理は正しいと考えています。以降、とりあえずこの推測が正しかったとして推理を進めます」

 そう言うと、榊原は推理を続行する。ここまではまだ導入だ。

「さて、この状況においては山口事件、三条事件双方の真犯人に佐渡島宇平を殺害する動機が生まれるのは皆さんおわかりかと思われます。山口事件の犯人にとって佐渡島は事件が冤罪である事を明かしてしまいかねない危険人物。一方、三条事件の犯人にとっても、山口事件の捜査が開始されれば必然的に凶器から三条事件の真相も明らかになりかねない。つまり、双方の事件の犯人のどちらにとっても、佐渡島は邪魔な存在なのです。そして、横広刑事部長はこの事件が山口事件の真犯人によるものだと主張し、山口事件の再捜査を主張しました」

「その通りだ。犯人は山口事件の犯人に違いない!」

 横広は自信を持って頷くが、榊原はなぜか首を横に振った。

「大変残念ですが、その推理は間違いであると言わざるを得ません。今回の事件は、山口事件の犯人によるものではないのです」

「な、何?」

 断定的に言われて、横広は呆気に取られた声を出す。正面に座る棚橋が眉をひそめた。

「つまり榊原君、君は当時の山口県警の推理通り、鬼島岳彦が真犯人だと認めるのかね?」

 その言葉に、今度は大野塚ら再捜査反対派閥が息を呑む。だが、榊原は再び首を振って、はっきり断言した。

「いいえ、こちらも大変残念ですが、犯人は鬼島岳彦ではありません。二十年前の山口県警の捜査は間違っていた。私はそう判断します」

 その場がざわめいた。つまり、榊原は山口県警が冤罪を起こしていたと主張しているのである。

「……面白い。ならば聞こうか。君がそう判断する理由はいったい何だ。当然、君にはその根拠があるはずだな」

 棚橋は余裕を持った口調で尋ねる。心なしか、お手並み拝見とでも言うべき表情である。他の警察関係者たちも似たような表情をしていた。

 しかし、彼らは榊原の実力をなめすぎていた。なぜならその問いに対し、榊原は序盤からいきなり『爆弾』をその場に叩きつけたからある。


「理由は簡単です。山口事件の犯人、それは今回殺された、佐渡島宇平その人に他ならないからです」

 直後、その場が沈黙した。


「君は……何を言っているんですか!」

 真っ先にそう叫んだのは、山口事件被害者・奥浜伊代子の幼馴染である真中刑事部長だった。

「言葉通りです。山口事件の犯人は鬼島岳彦ではなく、タクシー運転手の佐渡島宇平なんです。つまり、鬼島岳彦は冤罪だったという事になります」

 いきなりの急展開に、誰もがついていけない。だが、榊原は真面目だった。

「……君は、我々の捜査にけちをつけるつもりなのかね?」

 怒り心頭の声を出したのは大野塚本部長だった。多賀目一課長や長江警部も同じような視線を榊原に向けている。間違いだったではとても済まされないだろう。だが、榊原は一切ひるまない。

「もちろん、これには根拠があります」

「根拠などあるはずがない! あの事件は鬼島が犯人だ! やつ以外に犯人候補はいない!」

「では、業務日誌の記述をどう説明する気ですか?」

 榊原の言葉に、その場がシーンと静まり返った。

「……業務日誌、だと?」

「一昨日、佐渡島の部屋から光沢警部補が見つけた日誌です。内容に関しては私も光沢警部補から聞いていますが、その中にこんな記述があったはずです」

 そう言うと、榊原は問題の箇所を暗誦した。それは、日誌の最初の部分だった。


『夕方頃、山口市内の繁華街で一人の女性を乗せる。行き先は県営住宅。手に包丁の入った箱を持っていたので一瞬ギョッとしたが、料理のために近くの刃物店で購入したと言う。最近はタクシー強盗などという物騒な話も多いが、まさかこんなか弱そうな女性がタクシー強盗をするはずもないだろう。とはいえ、物騒なので鞄にしまってもらうように頼んだ。県営住宅の前まで来たところで下車。その後は再び山口駅に向かった』


「これがどうしたのかね?」

 多賀目が訝しげに尋ねる。それに対し、榊原はしっかりした口調で矛盾点を突きつけた。

「では逆にお尋ねします。なぜ佐渡島は奥浜伊代子が持っていたものが『包丁』である事がわかったのでしょうか?」

「……意味がわからないのだが」

「この日誌が書かれたのは内容から考えて事件が発覚する前日。つまり、まだ殺人発生の情報がニュース等で流れていない段階です。にもかかわらず、彼は彼女が包丁を買っていた事を知っているのです」

 そう言われても、ほとんどの人間がどういう意味なのかさっぱりわからない様子だ。ただ一人、一里塚が納得したような声を出した。

「……なるほど、言われてみれば確かに変ですね」

 一方、大野塚は不審げな声で榊原に尋ねた。

「いや、知っていても当たり前じゃないか。実際にそれを見ているのだから……」

「確かに見たのでしょうね。ただし、全体を包装紙に包まれていた箱を、ですが」

「な、なんだと?」

 大野塚が目を白黒させる。それを見て、榊原はあっさり種明かしをした。

「私は実際に彼女が包丁を購入した店で包丁を買いましたが、そこで店主は包丁の入った箱を丁寧に包装紙で包んで私に渡してくれました。そう、実際に佐渡島が『包丁』を見たとしても、そこにあるのは『包装紙にくるまれた何らかの箱』でしかなく、それが包丁だなんて判断できるわけがないんですよ」

「アッ!」

 ようやく全員がその矛盾に気がついたようである。榊原はここぞとばかりに一気畳み掛けた。

「にもかかわらず、佐渡島は彼女が持っていたものが『包丁』だと断言しています。普通に考えて、乗客が包丁を持っているなんて考えないでしょう。つまり、彼は実際に包丁を見ているのです。では、いつ見たのか。まさかタクシーの中で被害者が見せたということもないでしょう。何しろ物が物です。そんな事をすればタクシー強盗と間違われてしまいます。となれば可能性は一つ。実際に佐渡島が箱から出された包丁を手に取ったという事です」

「まさか……」

 あっさりと事件の真相をひっくり返されて、山口県警の面々は絶句している。

「えぇ、佐渡島は犯行当日に凶器の包丁を手に取っているんです。となれば、どう考えても佐渡島が犯人としか考えられないでしょう」

「だ、だったらあの業務日誌は……」

「当時の佐渡島がもし警察がやってきたときに見せるはずだった偽の証拠……でしょうね。だから謎の男など存在しなかったはずです」

 榊原は断定するように言った。

「いや待て! その日誌が当日に書かれたとは限らない! 後日書いたとすれば包丁の事を知っていても問題はないはずだ」

「いったい何のためにですか? まともなタクシー運転手なら即日書くでしょう。もし後日にさも当日書いたかのように書いたとすれば、それ自体が怪しい行動ではないですか」

「だ、だがなぜだ! なぜ佐渡島が被害者を殺害しなければならない!」

 大野塚がわめく。

「残念ですが本人が死んでいる以上、動機まではわかりません。しかし、ある程度の推測は可能です。確か、遺体は現場から動かされた形跡はないそうですね」

「あ、あぁ」

 長江が不承不承頷く。

「だとするなら、殺害現場は被害者の部屋の中。となれば、被害者は犯人を部屋の中に上げている事になります。タクシー運転手が客の部屋に行く理由なんか、数えるほどしかありません。たとえば料金トラブルや、忘れ物を届けにいった場合です」

「忘れ物……もしかしてそれが理由か?」

 沖田が呟くようにいった。榊原は頷く。

「可能性は高いでしょうね。で、彼女の部屋まで届けに行って、そこで何かのトラブルが起こり、佐渡島が思わず持っていた包丁で被害者を刺してしまった。こう考えれば筋は通るはずです。まぁ、動機に関しては後日ちゃんとした調査が必要ですが……」

「ま、待て! だとするなら犯行は発作的だったはずだ。にしては指紋が一切残っていないなど、あまりに用意周到すぎる」

 大野塚が必死に抵抗するが、榊原は首を振る。

「指紋がなくて当然なんです。何しろ、タクシー運転手は日頃から手袋をしているはずですからね。咄嗟の犯行でも、指紋がつく事はないんです」

「あ……」

「まぁ、確かにこれだけでは弱いと思いますが、証拠はすぐに出るはずです。業務日誌と一緒に保管されていた昔の制服や手袋。これがもし犯行時に着ていたものなら、少なくとも大量のルミノール反応が出るはずです。もしわずかでも血痕が付着していれば万々歳ですね。そこからDNA鑑定ができますから。さすがに二十年前の血液ですから本人識別ができるかどうかは五分五分ですけど、仮にそれが被害者の血液だったら、動かしがたい決定的証拠になります。時代は二十年前。DNA鑑定など影も形もない時代ですから、証拠隠滅がおろそかになっている可能性はありえると思いますよ」

 こう言われてしまっては、もう大野塚たちに反論できる余地は残されていなかった。代わって、武田が呻くように言う。

「じゃあ、佐渡島さんが事務所に電話をしてきたのは新証言をするわけではなく……」

「自首するためだった可能性があります。佐渡島は病気で余命が残りわずかになっていた。だから、自分が死ぬ前にすべてを告白して、無罪の罪で投獄されている鬼島を救おうとしたのではないでしょうか。二十年経った今になってあえて武田さんに電話をしたとなると、偽証言をして事態を混乱させようとしたという可能性よりも、こちらの可能性の方が高いと思います。私が制服に証拠が残っている可能性があると言ったのはこのせいもありましてね。彼が自首を考えていたなら、それを証明するための何かを用意していてもおかしくないはずですから」

 もっとも、この辺はちゃんとした調査待ちですが、と、榊原は付け加えた。だが、榊原の推理に反論する人間はいない。その論理に妥当性がある事を、この場の誰もが悟っていた。

 そして、これが本当だとするなら、佐渡島殺害事件の構図は大きく変わる。

「さて、この推理が正しいなら、佐渡島殺害が山口事件の犯人であるという推理がいかに馬鹿げているかは説明するまでもないでしょう。何しろ、殺された当人が山口事件の犯人なんです。本件は自殺ではありえませんから、この事件が山口事件の犯人によって引き起こされたのではない事は一目瞭然なのです」

「だ、だったら一体誰が……」

「山口事件の可能性が消えた以上、残る可能性は三条事件絡みか、あるいは山口県警内の権力抗争にかかわる部分です。おそらく、犯人は佐渡島が山口事件の犯人であるとは知らなかったはず。知っていれば、逆に罪を着せるスケープゴートにしていたはずですから。つまり、犯人は佐渡島をあくまで山口事件の新証人という立場で殺害していると思われます」

 そう言われて、何人かが大野塚たちに視線を向ける。

「まさか、山口事件の冤罪がばれるのを恐れて……」

「ば、馬鹿な! 我々だって警察官だ! そんな愚かな事は神に誓ってしない!」

 大野塚が慌てて否定する。だが、それに対して冷静さを取り戻した棚橋がこう言った。

「もういい。ここは単刀直入に聞くとしよう。榊原君、どうやら君の事を見くびっていたようだ。聞かせてくれないか? この事件……佐渡島を殺害したのは誰なんだ? 今この場で、それを指し示してくれないか?」

 その言葉に、その場に緊張が走った。それに対し、榊原は静かに棚橋を見つめた後、こう告げた。

「申し訳ありませんが、犯人を明かす前にもう一つ明らかにしておかなければならない事があります。まずは、そちらを片付けてしまいましょう」

「一体、何だね?」

「聞くまでもありません。もう一つの冤罪事件……三条事件の真相です。先日、この解決に関しても依頼を受けていますのでね」

 そう言われて、部屋の隅にいた森、岩佐、そして当の被告人・太田らが息を飲んだ。

「先程も言ったように、山口事件に使われた凶器は三条事件の凶器だった可能性があり、したがって三条事件の犯人もしくはその関係者に佐渡島を殺害する動機が生まれます。つまり、三条事件を検証する事が今回の事件を解決するきっかけになるかもしれないのです」

「……なるほど。では、やってみたまえ」

 棚橋はそう言って両腕を組んだ。それを見て、榊原は推理を続行する。

「三条事件を簡単に説明するなら、雑貨店店主だった吉倉田三郎が自宅で刺殺された事件という事になります。ただし、吉倉田には五件の連続窃盗事件の犯人であった疑惑があり、実際に最後二件の犯行に関しては太田さん自身もそれに関与していた事を認めています。そうですね?」

「え、えぇ」

 突然呼びかけられて太田はぎこちなく答える。

「ここから、新潟県警はこの事件を吉倉田と太田さんの仲間割れによる殺人として捜査を進めていました。しかし、結局吉倉田が窃盗犯である証拠を出す事ができず、県警は太田さんが単独で窃盗を行ったという推測で三条事件を解釈しました。しかし、二十年経った現在になって、三条事件の冤罪は決定的なものとなっています。さて、こうなると気になることが一つあります。すなわち、三条事件の動機……吉倉太三郎が殺害された理由です」

「……確かに、太田さんが無実なら、それが最大の問題になりますね」

 森が慎重な様子で肯定した。

「吉倉田三郎が殺害された動機……いくつも考えられますが、その犯人には少なくとも以下の点が当てはまるはずです。一つ、吉倉田が窃盗事件の関係者だと知っていた人間。二つ、太田さんが吉倉田の共犯者だと知っていた人間。犯人が、太田さんが窃盗事件の際に使用していたナイフを偽造凶器として用いている以上、これは最低条件です。そして、吉倉田を殺害するだけの強い動機を持つ人間。凶器偽造の手際などから見て、これは間違いなく計画殺人です。ゆえに衝動殺人や偶発殺人ではありえません。そして強い動機がある以上は、逆説的に考えればその動機は吉倉田さんの何らかの行動によって発生しているはずです。吉倉田さんがやった事といえば、真っ先に窃盗事件が思い浮かびます」

 しかし、ここで榊原は首を振った。

「ですが、何だかんだ言いながらも事は窃盗事件です。仮に窃盗の被害者を疑うとしても、窃盗犯に対して殺害に及ぶまでの動機を持つとは思えません。まぁ、よほど高価なものを盗まれたとでも言うならまだしも、あの連続窃盗事件ではそんなものはなかったはずです。つまり、犯人の動機は窃盗事件ではないのです」

「だったら……」

「ですから、吉倉田の周辺で事件前後に何か動機になりそうな事はなかったかを考えました。そしたら一つありました。針本警部、確かあなたは当時三条東署交通課所属で、ある轢き逃げ事件を追っていたそうですね」

「え、えぇ」

 針本がいきなりの話に困惑気味に答える。

「その轢き逃げ事件の犯人はまだ捕まっていないと聞いています。被害者は当時小学生だった女の子が二人。一人は柏崎巡査部長。もう一人は岩佐弁護士、あなたの妹さんじゃないんですか?」

 そう言われて、柏崎はもちろん、岩佐も小さく体を震わせた。

「あ、あんた。どうしてそれを……」

「森弁護士から、あなたが事故で妹さんを亡くしているという話を聞きました。亡くなった時期は三条事件の直前。その頃にあの周辺で起こった事故となると、その交通事故くらいしか思い浮かびませんでしたから。違いますか?」

「いや……確かにそれは私の妹だ。岩佐宇美(うみ)、という名前で、柏崎刑事とは仲のよい友達だったと記憶している。その程度の情報で、よくわかったものだ……」

 そこまで言われて、長江がハッとした表情をする。

「もしかして……その轢き逃げ、吉倉田の仕業だったんじゃないか? だからこそ吉倉田が死んで犯人が捕まる事もなかった。つまり、三条事件の犯人は、轢き逃げに対する被害者の復讐……」

「冗談じゃない! 私を疑うだと! 見当違いも甚だしい!」

「そ、そうですよぉ。当時小学生で、しかも事故で大怪我していた私にできるわけがないじゃないですかぁ」

 岩佐と柏崎が必死に反論する。

「しかし、これで辻褄の合う事も間違いない! それが真相なんじゃないのか?」

 だが、これに異を唱えたのは他でもない榊原自身だった。

「長江警部、それはありえません。なぜなら、吉倉田は運転免許を持っていないからです。だからこそ、太田さんを運転手として引き入れたくらいですから。そうですね、新潟県警の方々」

 榊原の問いに、代表して小野坂が答える。

「……あぁ。やつは運転免許を持っていなかった。失効や免停ではなく、最初から運転教習所に通ってもいない。やつに車の運転は不可能だ」

「じゃあ、この事故も無関係……」

「そうではありません。運転できないだけで、事故そのものを見ていた可能性は残ります」

「見ていた?」

 思わぬ話に、誰もが訝しげな表情をする。

「二十年前、三条市で轢き逃げ事件が起こり、柏崎鈴と岩佐宇美の小学生二人組が車にはねられました。当然、事故に遭遇した彼女たちは誰が運転していたか確認する事もできなかったでしょう。ですが、もしここにいないと思われていた事故の目撃者がいて、その目撃者が吉倉田であり、しかも吉倉田が運転している人間をしっかり見ていたとしたらどうでしょうか? そして、吉倉田がそれをネタに運転手を脅迫したとすれば……立派な殺害の動機が生まれるのではないですか?」

 その瞬間、その場に緊張が走った。

「吉倉田が……事故を目撃していた?」

「事故では岩佐さんの妹さんが亡くなっています。恐喝材料としては充分すぎますね」

「いや、待て。いくらなんでもそれは荒唐無稽すぎるぞ」

 長江が反論する。

「この当時、吉倉田は県警から窃盗の被疑者としてマークされている。そんなやつが、その状況で恐喝をするか? あまりにリスクが高すぎるぞ。心理的にありえない」

「それに、相手が恐喝に応じなかったらどうするつもりだったんだ? 轢き逃げとはいえ所詮は過失致死。当時は危険運転致死傷もなかったから、刑自体はそこまで重くはない。殺人をして隠すのでは割に合わないぞ」

 富士本も長江に追従する。だが、榊原は自信をこめて言った。

「いえ、吉倉田はこの恐喝に相手が必ず応じると考えていたはずです。それに、彼は必ずこの恐喝を成功させなければならなかったんですよ」

「……どういう意味だ?」

「そう、たとえばその事故を起こした運転手が、当時の新潟県警に所属する誰か、だったとすればどうでしょうか?」

 その言葉に、一瞬全員が絶句した。

「なん……だと……」

「当時の吉倉田は県警の懸命な捜査で逮捕寸前でした。そんな彼が、捜査関係者が事故を起こす場面を目撃したとすれば、どう考えても脅しにかかるでしょう。つまり、事故の事を言わない代わりに、窃盗事件の捜査を中止、もしくは見当違いの方へ持っていけ、と。そして、運転手がこの恐喝にきりがないと考えたら……そこには動機が生まれるはずですよね」

「ま、待て!」

 思わず、長江が榊原を止めた。だが、榊原は容赦なく言葉を続ける。

「この推論が正しかった場合、犯人の正体はもう明らかでしょう。この中で当事新潟県警にいたのは三人。うち、針本警部はそもそも窃盗事件の管轄ではない上に当時はまだ新米ですから恐喝するだけ無意味です。そして、小野坂課長は当時県警刑事部捜査一課所属。つまり殺人担当ですから窃盗事件の捜査には関与しない。ゆえにこちらも管轄外です」

 榊原は断言する。

「つまり、条件に合致する人間は、この中にたった一人だけなんですよ」

「まさか……」

 全員の視線が、ある一人の人物に向く。それを確認すると、榊原はゆっくりその人物に視線を合わせた。

「この事件の真犯人はあなたです」

 次の瞬間、榊原は右人差し指をその人物に鋭く突きつけ、その名前を鋭い声で告発した。


「横広秀三郎警視長!」

 犯人……山口県警刑事部長、横広秀三郎の肩がびくりと震える。榊原は間髪入れずに畳み掛けるように続けた。

「当事新潟県警三条東警察署署長だったあなたが、二十年前に起きた三条事件の真犯人であり、同時に今回の佐渡島宇平殺害事件の真犯人です!」

 予想外の人物の告発に、その場が静まり返る。同時に、榊原の鋭い視線が犯人……横広刑事部長を射抜く。

 今、榊原と犯人との一騎打ちを告げるゴングが、会議室内に音もなく鳴り響いた。


「……私が、犯人、だと」

 告発から数十秒後、横広は静かに、一言ずつ区切るように答えた。少なくとも、この時点では表面上動揺した様子はない。

「その様子だと、お認めになるつもりはないようですね」

「無論だ。君が何を言っているのか私には心当たりがない」

 横広は榊原に向かってきっぱりとそう断言した。

「そもそも、今言った轢き逃げの話にしてもただの君の想像に過ぎない。私が事故を起こし、吉倉田がそれを目撃した事を証明する証拠はないはずだ」

「事故を起こしたとすれば、当然事故車両をそのままにしておくわけにはいきません。おそらく、事件前後にあなたは自家用車を処分もしくは修理しているはずです。これは調べればすぐにわかりますよ。それに、太田さんの話では吉倉田は第五の事件の直後に『絶対に逮捕されない』と豪語していたそうです。これが吉倉田の単なるうぬぼれではなく何か勝算……例えば逮捕する警察関係者の弱みを握っていたがゆえの言葉だったとすればどうでしょうか?」

「……仮にそうだとしても、それは私が轢き逃げの犯人という証拠にはならない。他の人間が犯人である可能性も残る。違うか?」

「確かにそうでしょう。でも、それに続いて起こった三条事件にあなたが関与していたという証拠ならあります。今からそれを証明します」

 そう言うと、榊原は横広の正面に立って自身の推理をぶつけ始めた。

「二十年前、あなたは三条市内で起こっていた連続窃盗事件捜査の責任者だった。だが、その最中あなたは轢き逃げ事故を起こし、しかもその事実を窃盗事件の容疑者・吉倉田三郎に目撃されてしまった。結果、逮捕直前だった吉倉田はあなたを恐喝し、自身への追求をやめさせるように要求したのでしょう。捜査の指揮を採っていたあなたにならそれができると、吉倉田は睨んでいたはずです」

「恐喝など、この私がまともに受けるはずがない」

「いいえ、あなたはこれを断れなかった。何しろ、このときすでにあなたには神奈川県警への栄転の話が出ていたはずですからね。そもそも事故を起こした際に通報しなかったのも、この件があったからではないですか? 県警のキャリアが事故を起こし、しかも一人が死亡したとなれば、出世の道は間違いなく閉ざされるでしょうからね。それだけならまだしも、下手をすれば逮捕、懲戒免職の危険もある。ばらされるわけにはいかなかったはずです」

 横広は怒りに燃えた目で榊原を見据えている。だが、榊原は気にする様子もなく推理を続けた。

「ですが、あなたはこのまま吉倉田を放置しておく気はまったくなかった。一度要求を受け入れても、吉倉田が恐喝をエスカレートさせる可能性があったからです。そこで、あなたは吉倉田を殺害する事にした。殺害しなければ自身の身が破滅してしまうのですから、これは充分に殺害の動機になります」

 確かに、これならば充分に吉倉田を殺害する動機になる。瑞穂は人知れず納得したように小さく頷いていた。

「しかも、あなたは事件を担当する事になる所轄署の署長です。事件後にさりげなく捜査を間違った方向へ誘導できる自信もあった。さらにあなたは窃盗事件の捜査責任者でもあったから、太田さんという吉倉他の共犯者の存在……スケープゴートにできる人間の存在も知っていた。だからこそ、あなたは『凶器の偽造』というトリックを使い、太田さんに罪を着せる事にしたんです」

 そして、榊原は『三条事件』の真相に切り込んでいく。

「本物の凶器の出所である『井倉刃物』は連続窃盗事件第五の現場です。針本警部の話では、当時の三条東署はこの事件の解決に躍起になっていて、捜査本部の責任者が現場入りしていた事もあったそうです。つまり、あなたも捜査の過程で『井倉刃物』に行った事がある。そのときに包丁が保管してあった倉庫の南京錠の型を取って合鍵を作り、その合鍵を使って犯行当日に『井倉刃物』から出荷直前の包丁を一本盗んだのです。『井倉刃物』のセキュリティが強化されたのは五年前で、それ以前は南京錠だけだったと聞いていますから、これ自体は簡単な仕事だったはず。そして『井倉刃物』から現場の『吉倉田商店』までは歩いてすぐの距離です。あなたは店に着くと油断を突いて包丁で吉倉田を殺害した」

 榊原の糾弾に対し、横広は黙って腕を組んで睨んでいる。

「殺害後、あなたは店内に保管されていたナイフを見つけ、そのナイフを注意深く吉倉田の傷口に刺し込んで凶器を偽造。あとは本物の凶器の血を拭い、そのまま脱出して『井倉刃物』に再び侵入し、包丁を元の場所に戻せば、朝六時に凶器はどこか遠くへと出荷されるという寸法です。本来なら、これで凶器の行方は永久にわからなくなるはずでした」

「ですが、ここで計画が狂った。流通の波に消えるはずだった凶器があろう事か別の殺人事件……山口事件の凶器として使われてしまったという事ですね」

 一里塚が榊原の言葉の後に続いて言う。横広は何も言わない。

「私の想像が正しいなら、あの凶器から検出された犯人のものとされるO型の血液は鬼島岳彦のものではなく、三条事件の被害者である吉倉田のものです。どうやら、吉倉田を殺害して血を拭ったときに、ちゃんと拭い切れていなかったようですね。まぁ、計画では流通の波に消えてしまう凶器ですし、何よりそのときはまだDNA鑑定がありませんから、多少杜撰でもいいと考えていたのかもしれません。でも、それが命取りになった。あの凶器の包丁は、横広部長の罪を立証する最悪の決定的証拠になってしまい、しかもその証拠は横広部長にも手が出せない山口地検の保管庫に保存されてしまったんです」

 と、そこで桜が反論した。

「待ってください。確かにその事実は包丁が三条事件の凶器である事を証明する有力な証拠にはなります。でも、逆に言えばそれだけで、横広部長の罪を立証する証拠にはならないはずじゃ……」

「ですが、この包丁が今回の事件の肝にある事は間違いありません。だとするなら、実際に包丁には横広部長が犯人である事を指し示す何かが付着している可能性が高い。では、それは何なのか。小野坂課長、確か三条事件では吉倉田が抵抗していた形跡が見られたのでしたね」

「その通りだ。遺体の近くに小型のペーパーナイフが落ちていた。指紋などから、被害者がこれを使って抵抗したのは間違いない。もっとも、血液等は付着していなかったから、その時点では抵抗は失敗したと考えたが」

「もし、抵抗が成功していたとすればどうでしょうか?」

 榊原の言葉に、小野坂は言葉に詰まった。

「成功していたらって……」

「つまり、吉倉田はペーパーナイフで咄嗟に抵抗し、犯人のどこかを傷つけた。血は犯人が拭いたのでしょう。さすがにそのままにしておくわけにはいきませんからね」

「犯人が怪我をしたと?」

「もしそうなら、可能性がもう一つ生まれます。つまり、犯人の傷から出た血液が、本物の凶器である包丁に付着したままになっている可能性です」

 その言葉に、全員が黙り込んだ。

「だ、だが、あの包丁は山口事件の際、血液型だけとはいえ鑑定がなされている。そんな血があったらばれるのではないのか?」

「判別したのは血が四種類の血液型のうちどれかという事だけです。逆に言えば同じ型の血液型が混じった状態になっていて、しかもそのうちの一方がごく微量だったとすれば、当時の技術では判別することができない」

 そう言ってから、榊原は横広を睨んだ。

「横広部長、あなたは確かA型でしたね」

「……それがどうした?」

「あの包丁には山口事件被害者の奥浜伊代子さんの血が大量に付着しています。奥浜さんの血液型はA型。もしこの奥浜さんの血痕の中に、それより前に付着していた横広部長のA型の血が付着していても、当時の技術ではわからないでしょうね。もっとも、技術の進んだ現代なら、この判別はもしかしたら可能かもしれませんが」

 そう言って、榊原は推理の肝をぶつけた。

「もうおわかりでしょう。当時ならともかく、技術革新の進んだ現代にあの包丁を再び鑑定されてしまえば、今度は横広部長の血液が検出されてしまう危険性があるんです。そんなものが検出されたら、横広部長が事件に関与しているのは一目瞭然。もはや反論できません。だからこそ、横広部長にとってあの包丁は最悪の決定的な証拠になってしまったんです」

 横広はこめかみを引きつらせながら榊原の言葉に聞き入っている。周囲の人間も、その重々しい空気に動けないでいた。

「ん? ちょっと待ってくれ」

 と、そんな中で声を上げたのは富士本だった。

「つまり、仮に部長が犯人だった場合、あの包丁が再び表に出てくる事は非常に都合が悪いはずだ。つまり、凶器の再検査を行う事になる山口事件の再捜査は部長にとっても鬼門のはず。でも、今回の一件で部長はむしろ山口事件を再捜査して包丁の再検査をする事に積極的だった。この行動は矛盾しないか?」

 だが、榊原は落ち着いていた。

「普通ならそうでしょう。現に、事件から二十年経った今まで横広部長はなんらアクションを起こしていません。警察が一度解決した事件の証拠を調べる事などそうはない。だから、下手に動いて包丁が注目されるより、そっとしておくのが無難だと判断していたはずです。ところが、今年になって三条事件は冤罪判定されてしまい、再捜査が行われる公算が強くなった。しかも凶器偽造がばれた形で、です。もし再捜査の結果包丁の事実が明らかになり、再鑑定が行われたらおしまいです。だから、それまでにあなたはこの包丁を何としても処分してしまわなくてはならなかった。どんな手を使っても」

 そして榊原は告げる。

「そして、それこそが今回の佐渡島殺害事件の動機だったのではないでしょうか」

 その言葉に、横広は小さく肩を震わせた。それを見て、榊原は確信を持ったように言葉を続ける。

「三条事件の再捜査が始まった以上、一刻も早くあの包丁を処分しなければなりません。しかし、凶器の包丁は山口地検の保管庫の中。県警刑事部長のあなたでもこれを無断で取り出す事は不可能ですし、強引な手段はリスクが高すぎます。ですが、この包丁を合法的に取り出す手段が一つだけ存在しました。それが、山口事件の再捜査にともなう証拠開示です」

 その言葉に、全員が息を呑む。

「山口事件にはかねてより冤罪疑惑があった。そこで横広部長は山口事件を強引に冤罪事件に持ち込む事で再捜査を実現させ、その際に山口地検から開示される証拠品の包丁を処分してしまおうと考えたのです。そして、山口事件を再捜査に持ち込むための手段として考えられたのが、佐渡島の殺害だった。私はそう考えています」

 榊原は追求を続ける。

「あなたは山口事件の支援団体である武田弁護士の支援事務所の電話に盗聴器を仕掛け、そこにかかってくる電話を盗聴し、標的を探していたんです。標的は誰でもいい。ただ、山口事件に関する有力な証言を持っている人間でありさえすればよかった。そんな人間が事務所に電話をした直後に殺害されたとなれば、いやでも山口事件との関連が問題になり、県警刑事部長のあなたが誘導さえすれば山口事件の再捜査は容易に実現する。それがあなたの狙いだったのではありませんか」

「で、では、佐渡島は事務所に電話をかけてしまったがゆえに殺害されたと?」

 大野塚が引きつった表情で確認する。榊原は重苦しい表情で頷いた。

「この罠にかかったのが佐渡島だったんです。あなたは電話の内容から佐渡島の住所を知り、先手を打って佐渡島を殺害した。佐渡島も警察が来たとなれば、あなたを簡単に部屋に上げたでしょう。おそらく、彼自身どうして自分が殺害されるのか最後までわからなかったはずです」

「何という事だ……」

 あまりの話に、大野塚は絶句している。一方、当の横広は唇を噛み締めながら榊原の話を聞いていた。

「もっとも、さすがのあなたもまさか佐渡島が山口事件の真犯人だとは考えていなかったはずですが。知っていたらさすがに殺すはずもありませんし、日誌のような証拠を残しておくはずもありませんから」

「……言いたい事はそれだけかね?」

 と、不意に横広が押し殺したような声を上げた。

「君の話はすべて推測に過ぎない。証拠らしい証拠は何一つ存在しない。そんなもので、この私を本当に追い詰められるとでも思っているのかね?」

「言った通り、三条事件を含むこの事件の最大の証拠はあの包丁です。包丁を調べれば、すべては明らかになるはずです」

「どうかな。君に言われるまでもなく、すでに包丁は鑑定に回してある。だが、断言してもいいがそこから私の血液など絶対に出ないぞ!」

 挑むような口調だった。それを聞いて、瑞穂はすでに横広が包丁に何か細工をしているのではないかと疑った。何しろ、地検から証拠を受け取ったのは横広自身なのだ。おそらく本人もそれが狙いだったはずだが、受け取った時点で何らかの細工をする事など容易いはずである。

 だが、榊原はそんな事などどこ吹く風といわんばかりに長江に尋ねた。

「長江警部。問題の包丁の鑑定結果が届くのはいつですか?」

「……もう、間もなくのはずだ。事前報告では、あと数十分ほどで届くらしい」

「では、横広部長の言う事が正しいかどうか、鑑定結果を待つ事にしましょうか」

 その言葉に、横広の表情に不安がよぎるのが見て取れた。榊原の余裕に、何か不審なものを感じ取ったのだろう。

「何を考えている」

「別に。ただ、鑑定結果が出なければ話が先に進まないのも事実でしょう」

 そう言うと、榊原は近くの椅子に腰掛けてそのまま黙り込んでしまった。

「……勝手にしろ!」

 横広はそう吐き捨てると再び腕を組んで目を閉じた。

 そのまま、誰も何も話さないまま時が過ぎる。気まずい沈黙の中、瑞穂は周囲の様子を伺っている。今は、一種の小休止のときなのだろう。だが、鑑定結果が届けば、すぐにでも推理対決は再開される。皆その瞬間を待ちながらも、どこか恐れているようでもあった。

 そして榊原が推理を中断してから十分後、そのときは訪れた。

「失礼します」

 県警鑑識課の職員が封筒を持って入室してきたのだ。その瞬間、部屋の中の緊張が一気に高まる。

「先日依頼された包丁の鑑定結果を届けに参りました」

「ご苦労。後は我々がやる。すまないが、下がってくれないか?」

「はっ」

 棚橋の言葉に鑑識職員は敬礼し、そのまま封筒を渡して部屋を後にする。その瞬間、榊原が目を開けてゆっくり立ち上がった。

「棚橋部長、その封筒の中身をこの場で公表してもらえますか?」

「……わかった」

 棚橋はそう言うと、封筒の封を開け、中の書類をざっと眺める。全員が口を閉ざして注目する中、棚橋はしばらく書類を吟味していたが、やがて重苦しく息をついて発言した。

「詳細な分析方法はとりあえず置いておくとして、単刀直入に結果だけ言おう。それで構わないな?」

「ええ」

 榊原の言葉に棚橋は頷くと、鑑定結果を発表した。

「書類にはこう書かれている。当該包丁に付着していた血液に関して、A型の血液及びO型の血液を検出。うち、A型の血液に関しては血液の劣化に伴い個人識別は不能。山口事件被害者・奥浜伊代子の血液サンプルとも照合は不可能であったが、少なくとも女性の血液である事は間違いない。他方、O型の血液に関してはある程度個人識別が可能な血痕が検出されるも、当該事件被告人・鬼島岳彦のDNAとは一致しない。血液が男性のものである事は間違いないが、このO型の血液が誰のものであるのかは不明」

 そう言ってから、棚橋は言いにくそうにこう付け加えた。

「なお、包丁からはこの二種類の血液のみ検出。以上だ」

 その結果を聞いた瞬間、横広は勝ち誇ったように立ち上がった。

「どうだね。思った通り、私の血液は出なかったようだな。君の推理が正しいなら検出される血痕は三種類のはずだし、少なくとも私の血液があるなら、A型の血液は男性のものでなければならないはずだからな」

 そう言ってから、横広は黙ったままの榊原に畳み掛ける。

「どうするつもりだね? 何の根拠もなく人を疑ったんだ。謝ってすむとは君も思ってはいまい。それとも、また別のくだらない妄想劇でも見せてくれるのかね?」

 だが、榊原は答えない。何ともいえない沈黙が続く。他の人間は、睨みあう二人の無言の攻防に、入り込めずにいた。

 と、そのときだった。

「その前に、一ついいですかね?」

 割り込んだのは、これまで一度も発言がなかった男……そして、本来であるならこの場にいるのが場違いである男、山口地検検事正の入浜だった。その言葉に、横広は入浜に視線を向ける。

「何ですか?」

「実は、私が今日ここにいるのは、あなた方県警にお詫びせねばならない事があったからなのです。推理勝負の最中、無粋とは思いますが一つここで謝罪させてもらえませんか?」

 唐突な話に、全員が首をかしげる。だが、榊原は動かない。代わりに光沢が尋ね返す。

「お詫びというのは?」

「それが、昨日お渡しした山口事件の証拠に関してでしてな。恥ずかしい話ですが、どうも我が山口事件内部で証拠の保管に関する不備があったようなのです」

 その発言に、不意に横広の表情に不安の影が宿った。

「不備、といいますと?」

「何と申しますかな、うちの事務官が証拠の扱いを取り間違えたらしく、別の事件の証拠品をお渡ししてしまったようなのですよ。それが、どうも今問題になっていた例の包丁のようでしてな」

「なっ……」

 絶句したのは横広だった。それに対し、入浜は温和な表情のままこう続ける。

「いやぁ、間違えて大量の赤い絵の具がついた包丁を渡してしまったようです。何でもどこかの画家が生前使っていたものらしく、その画家が不審死した際に押収されたものなのですがね……。まぁ、そんなわけで、この場を借りて謝罪させていただきます。どうもすみませんね」

 入浜は申し訳なさそうに頭を下げる。が、どこをどう見ても今この瞬間を狙ってこの事実を暴露したのは明白だった。案の定、横広の顔は真っ赤に染まっている。

「い、入浜さん、あんた……」

「しかし妙ですなぁ。あの包丁には赤い絵の具しかついていなかったはずなのですがねぇ。どうして血痕など出るのでしょうか。どうやら、我々の初歩的なミスが別の何かを暴いてしまったようですな。謝罪も覚悟していたのですが、これは我々にとっては思わぬ大金星かも知れませんねぇ」

 入浜は済ました表情で言う。その瞬間、横広は鬼の形相で榊原を睨みつけ、それまでの冷静さをかなぐり捨てるかのように叫んだ。

「さ、榊原、貴様ぁっ!」

「……何を怒っているのかはわかりませんが、どうやら、検察庁のミスが思わぬ結果を生んだようですね」

 完全に立場が逆転した中、榊原は一気に攻勢に出る。

「結論は明白でしょう。鑑定に出されたのは凶器の包丁ではない。山口地検のミスで誤って手渡された別の包丁だった。では、絵の具が付着していたはずのその包丁に、どうして血痕が付着しているんですか?」

「そ、それは……」

「答えは一つ。それは、あなたが鑑定に出す前に自分が用意した別の包丁と証拠品の包丁を摩り替えたから。そして、それができるのは横広部長、証拠品を受け取ったあなただけですよね」

 どうやら、榊原は山口地検と汲んで何かを仕込んでいたらしい。思わぬ展開に全員が絶句している中、横広は吼えた。

「入浜さん! あんた、証拠を捏造したのか!」

「捏造とは聞き捨てなりませんね。赤い絵の具ついた包丁は正式に押収された証拠ですぞ。何なら、記録を確認してもらっても結構です」

「仮にそうだとしても、これが検察のミスなどという言い訳が通用すると思っているのか! 別の証拠を手渡すなんて、どう考えてもこれはあんたが仕組んだ事だろう!」

 横広の絶叫に入浜はしばし押し黙っていたが、しばらくしてニヤリと笑った。

「まぁ、そこまでわかっているなら隠す意味合いもありませんか。昨日そこの探偵さんと話をしましてね。重要な証拠となる包丁を別のものに摩り替えた上であなた方に渡す事で合意したのですよ。もちろん、摩り替えた包丁の持ち主である画家の遺族には許可をもらっています。まぁ、すでに事件性がなくて返却予定の証拠でしたから、すんなり話は進みましたよ。ただし、表向きは検察のミスという事でよろしくお願いします。我々もその非難は甘んじて受けましょう。もっとも、犯人を追い詰めるきっかけになったと考えれば、この程度の批判は痛くもかゆくもありませんが」

「こんな事をして許されると思っているのか!」

「何しろ、それをするだけの緊急の事情がありましたからな。私の判断で許可しました」

 入浜は涼しい表情でいう。

「き、緊急、だと……」

「ええ。昨日、探偵さんとの話の中で、犯人が警察内部にいる可能性を聞かされたのですよ。このまま警察に証拠を渡せば、証拠の捏造がなされる疑いがある。検察として、そんなところにおいそれと証拠品を渡すわけにはいきません。しかし、事件を解決するためには証拠品の再鑑定が必要ですが、我々が表向き山口事件は解決済みという立場をとっている以上、検察が再鑑定を行うわけにはいかない。また、このまま証拠を出さなければあなたが検察に対して何らかの危害を加える可能性もある。何しろ、探偵さんの推理では犯人は証拠を手に入れるためだけに見ず知らずの人を殺していますからな。だから、代わりのものを渡して安心させてやる事にしたというわけですよ。もちろん、こんな事は特例です。捜査をする警察が信用できないなど、そんなケースは普通想定されていませんからなぁ」

 入浜のその言葉を聞きながら、瑞穂は昨日の山口地検証拠保管庫での事を思い出していた。どうやら、瑞穂たちを追い出してあの保管庫で話していたのは、警察への証拠の開示だけではなくこの事も含まれていたらしい。確かに、一歩間違えれば違法になりかねない博打めいた手段だ。知る人間が少ない方がいいと榊原が判断したのも当然である。

「それで、入浜さん、問題の品は?」

「抜かりはありませんよ。ここに」

 そう言って、入浜は持っていた鞄から何かを取り出した。それは、刃がどす黒くそまった一本の包丁だった。

「これが、本物の『山口事件』の凶器です」

 入浜の言葉に、誰もが呆然としてそれを眺めていた。

「探偵さんの推理が正しいかどうかを確かめるには、この包丁の鑑定が必要です。しかし、横広部長が捜査の主導権を持っている以上、残念ながらここの県警の鑑定は現時点では信用できない。そこで棚橋長官、この包丁の鑑定は警察の長たるあなたが主導して行っていただきたい」

「私が?」

「あなたであるならば、少なくとも鑑定偽造などという事態は起こらないでしょう」

 棚橋もすぐに事情を理解したようだ。同時に、なぜ榊原が自分をここに呼び出したのかもわかった様子である。すべては、最初からこの形に持っていくのが狙いだったのだ。犯人である横広がいる以上、県警による鑑定が信用できない。ならば、さらに上の人間主導で鑑定を成立させる他ない。そう考えての事だったのだろう。

「……わかった。私としても、検察に警察の信憑性を疑われるというのは心外だ。私が責任を持って、この包丁を鑑定に回すと誓おう。警察の威信をかけて、必ず正確な鑑定結果を出して見せる。」

「ありがとうございます」

 榊原は小さく頭を下げると、今や真っ青に青ざめている横広を見つめた。

「さて、この状況で、今まで通りに強気でいられますか?」

 だが、横広は歯を食い縛って抵抗する。

「認めん……こんな馬鹿げた手段など認めない!」

「馬鹿げた手段だろうが何だろうが、あの包丁からあなたの血痕が検出されれば、あなたが三条事件に関与している事に間違いはなくなるんです」

「だ、だからどうした! 三条事件は二十年前の事件だ。すでに時効は成立している!」

「犯人自身が故意を持って無実の人間をスケープゴートにしているにもかかわらず、今更時効を主張しますか」

 榊原が呆れたように言うが、横広はひるまない。当のスケープゴートにされた太田や岩佐ら支援者たちは拳を震わせて横広を見据えている。もっとも、岩佐の場合は横広が妹を殺した犯人であるという点もあるのだろうが。

「何とでも言え! 何にしても、私を刑事罰に問う事はできないはずだ!」

「ですが、あなたの名声は地に落ちる。例の交通事故だって、調べればあなたの所業は明らかになるはずです。それに三条事件はまだしも、今回起こった佐渡島殺害事件に関して言い逃れはできませんよ」

「あの包丁は三条事件関連の事しか証明できない! 結局、私が佐渡島殺害に関与していたという証拠は何もないはずだ! 違うか! 違うというなら、証拠を見せろ! 私が佐渡島を殺害したという証拠だ!」

 もはやまくし立てるようにいう横広に対し、しかし榊原は冷静だった。

「……いいでしょう。これが最後です。あなたを追い詰めてみせましょう」

 そう言うと、榊原は最後の詰めにかかり始めた。

「佐渡島の遺体が発見した直後の事です。あなたはわざわざ光沢警部補に電話をかけて通話をしています。そうですね?」

「……あぁ」

 横広は慎重な様子で答えた。相手が榊原だけあってどこでどう突き落とされるかわかったものでないのだから当然だろう。とはいえ、こんな事を否定してもどうにもならないと思ったようだ。

「だが、それがどうした? そんな事は刑事部長として当然だろう。それとも、刑事部長が現場の刑事に電話をしてはならないというのかね?」

「問題はその内容です。光沢警部補、そのときの会話の内容ですが、我々発見者に話を聞くようにというものでしたね?」

「え、えぇ」

 すでに榊原は光沢からその辺の話を聞いているようだった。

「その際の正確なセリフを覚えていますか?」

「確か、『とにかく、現場の捜査はもとより、双方の発見者にも話を聞いて一刻も早く捜査体制が整えられるように』、だったと記憶しています」

 光沢ははっきりした口調で答えた。日頃から電話の内容はできるだけ記憶しているようである。

「横広部長、このセリフで間違いはありませんね?」

「……あぁ。だが、それがどうしたのかね! 私は、一刻も早く君とそこにいる武田という弁護士から話を聞くように、と促しただけだ! おかしなところは何もない」

「発見者が我々だという話はどこから?」

「現場からの報告だ。もっとも、誰から聞いたのかは忘れたが」

 だが、それを聞いた瞬間、一里塚は小さく頷いていた。

「……そういう事でしたか。なるほど、確かにこれはおかしいですね」

 一里塚の言葉に、横広は訝しげな表情を浮かべる。

「一里塚、どういう意味だ?」

「部長、本当にわからないのですか?」

 一里塚が逆に尋ねる。彼だけではない、光沢、長江、富士本ら現場の刑事たちもどこか緊張した表情をして横広を見ている。

「わからないも何も、私は双方の発見者から話を聞けと言っただけで……」

「それが問題なんですよ。そうですね?」

 一里塚はそう言うと、ジッとある方向を見た。それを見て、その人物は緊張した様子でゆっくり立ち上がると、横広に尋ねる。

「あの、どうして発見者が双方……つまり二人だと思ったんですか」

 瑞穂だった。同時に、瑞穂はなぜ榊原が自分をこの場にいさせたのか、はっきりと認識した。すべてはこのため……この最後の瞬間に犯人に止めを刺す切り札のためだったのだ。

「どうしてって……発見者はそこの探偵と武田弁護士の二人で……」

「違います」

 瑞穂は決然とした表情で言う。

「発見者は先生と武田さんと……私の三人だったはずです」

「……は?」

 横広はその場で呆けたように口を開けた。

「え、いや、だって……そんな、確かに二人のはず……」

「えぇ。本当なら二人のはずだったんですよ」

 榊原が瑞穂からバトンを受け継ぐようにして言う。

「でも、そこにいる瑞穂ちゃんはなかなか好奇心旺盛な子でしてね。なぜかは知りませんが、私と一緒についてきてしまったんですよ。この事を武田さんが知ったのは発見の数時間前、私たちが新山口駅に降り立ったまさにその瞬間です。つまり、事件発覚直前で発見者は二人から三人になってしまったんです」

 榊原が止めを刺しにかかる。

「そこで問題です。なぜ、あなたは今に至るまで、事件の発見者が二人だと、そう思っていたんですか?」

「そ、それは……」

「あなたの言うように現場の刑事に聞いたのだとすれば、発見者が三人である事は明確に伝わっているはずです。つまり、あなたは刑事にこの事実を聞いていない。にもかかわらずあなたはなぜ発見者が二人であると確信していたのか。それを知る手段は二つだけです。一つは、被害者が死ぬ前に本人から直接聞いた場合。もう一つは、例の盗聴器で会話を聞いていた場合です」

 榊原は容赦なく横広を追い詰めていく。

「あの電話の内容は録音されています。それを聞けばわかりますが、武田弁護士は佐渡島に対して、翌日私と武田さんが訪れる旨の発言をしています。当然、この段階で瑞穂ちゃんがやってくる事なんか予想できませんから、この時点で佐渡島の部屋を訪れる予定なのは二人だけ。つまり、事件前にこの盗聴器の会話を聞いていた場合にのみ、あなたがやったような勘違いが生じるのです。これが何を意味するのか、あなたにはおわかりのはずですね」

「馬鹿な……そんな馬鹿な……」

 すでに横広の口からはうわ言が漏れ始めている。

「あなたが電話の盗聴器を聞いていたのは明白です。そして、この犯行は電話の盗聴で佐渡島が武田弁護士に連絡した事を知らなければ成立しない。つまり、盗聴器を仕掛けた人間と事件の犯人は同一人物です。これは捜査会議であなた自身が主張されていた事だったと記憶していますが、私はこの意見に全面的に賛成します」

「そ、そんな……」

「そして、あなたが盗聴器で聞いていた事が発見者の数の矛盾から立証された以上、もはや佐渡島殺害事件に関しても言い逃れはできません。あなたが、佐渡島宇平を殺害した、真犯人なのです」

 もはや、部屋の誰もが横広を疑いの眼で見つめていた。だが、横広は必死に言いつくろおうとする。

「ま、待て! だったら、なぜ光沢はその場で私の言葉に不思議に思わなかった! こいつだって発見者の数なんか知らなかったんじゃないか!」

 しかし、その問いには瑞穂が答えた。

「あの、知らなくて当然だと思います。光沢さんが現場にやってきたのは電話の少し前で、そのとき私はお手洗いに行っていましたから」

「なん、だと……」

「私が帰ってきたのは電話が終わった後です。つまり、光沢さんが発見者は三人だと知ったのは、電話が終わった直後なんです。その前にかかってきたあなたの電話で、違和感を覚えられないのも当然なんです」

 反論すればするほど追い詰められるような感覚だった。

「し、しかし、こんな電話一本の会話で……」

「不安だったからこそ、あなたにはここでしっかりと明言してもらいました。そして、あなたははっきりと言った。発見者は二人だと、これだけの大人数の前でね。一応言っておきますが、ここでの会話はすべて録音してあります。まぁ、そうでなくと警察庁長官や警視総監の目の前で証言しているんです。もう、言い逃れはできませんよ。それに、あなたに絞って捜査をすれば、まだまだ証拠は出てくるはずです。捜査員の立場から事件を操っていたあなたさえいなくなれば、警察も本来の捜査ができるはずですから」

 そして、榊原は断言する。

「いずれにせよ、これで詰みです。いかがですか!」

 それが、すべての終わりだった。

「違う……私じゃ……私じゃないんだ……私は何も……長官、こんな男の推理を信じるんですか! 信じてください、私は……」

「もういい」

 横広の言葉を、棚橋がシャットアウトした。

「もはや事実は明らかだ。どうやら、我々はとんでもない馬鹿者を身内の中で野放しにしてしまっていたらしいな」

「ち、違います! 私は何もしていない!」

 横広はすがりつくように言うが、その狼狽ぶりに、むしろ他の警察関係者たちは冷静さを保てていた。

「……大野塚君」

「はっ」

「我々はすぐに山口事件の再捜査を始めなければならない。そして、誤った事実を正さなければならない。それが、警察としてやるべき事だと考えるが、どうだね?」

「……異論はありません」

「そして、ミスを犯した我々は罰を受けなければならない。そうだな」

「……はっ」

 棚橋は目を閉じるとこう宣言した。

「真実が明らかになり次第、山口事件の捜査に関係した、私、服部君、大野塚君、多賀目君、長江君には何らかの処分を下すことにしよう。詳細は追って通達するが……少なくとも大野塚君の栄転の話は白紙に戻ったものと考えてくれ」

「……致し方ありません」

 大野塚は唇を噛み締めながらもそう言った。多賀目も追従する。今ここで反論すれば横広と同じところまで落ちてしまう。そう思わせるだけの雰囲気が、この場にはあった。

「ふ、ふざけるな! こんな……こんな終わり方は……」

「ちなみに横広部長、あなたは先程三条事件について時効が成立しているといっていましたが、正確にはまだ時効は成立していません」

「なんだ、と……」

 榊原の言葉に、横広は呻くように答える。

「確かに、刑事事件の公訴時効は十五年ですからこれは成立しています。でも、民事訴訟の時効までは経過していない。殺人の民事訴訟の時効による除斥期間は不法行為から二十年。あの事件が起きたのは二十年前の十二月。今は十一月末ですから、まだ民事の時効成立まで数週間の時間があります。つまり、遺族もしくは関係者が訴えさえすれば、こちらに関してはあなたに対する損害賠償が発生するんです」

「だが、やつに遺族など……」

「遺族はいなくとも、この一件で相当な苦痛を長期間にわたって受けた人間がいるはずです。そうですね、太田さん」

 その言葉に当の太田は目を丸くしたが、隣にいた森と岩佐が納得したように立ち上がった。

「そういう事ですか。あなたが私たちをここに呼んだのは」

「えぇ。どうでしょうか?」

「……いいでしょう。あなたの策に乗るのはあまり気分のいいものではありませんが、損害賠償の訴え、起こさせてもらいましょうか」

「何しろ、太田さんは二十年間も無実の罪で苦しんでいたんです。真犯人から損害賠償を受ける権利は充分にあるはずですね。それに、たとえ民事訴訟でもこれであなたの悪事は明らかになるはずですよ」

 二人の敏腕弁護士にそう言われ、横広は顔面蒼白になった。さすがに民事の事までは考えていなかったのだろう。

「一里塚君」

「はい」

「横広君をどうするべきかね?」

「容疑が固まるまでは拘束するべきでしょう。先程の証言がありますから、逮捕状も出るはずです。何はともあれ、まずは一刻も早くあの包丁の鑑定をするべきでしょうね。」

 一里塚の答えに、棚橋は頷いた。

「わかった。新潟県警もそれでよろしいか?」

「……あぁ、構いませんよ。どうやら、もう一度掘り返さなければならない事件が出てきたようですし。民事の時効成立までにはかならずすべてを明らかにしてみせます」

 服部はそう言って目を閉じた。その事件……例の交通事故の当事者である柏崎はしばらく悲しげな目で横広を睨んでいたが、やがて何か吹っ切るように目をそらした。桜がそんな柏崎を心配そうに見つめている。

「そ、そんな……」

 もはや、横広は瀕死寸前だった。そんな横広に大野塚が声をかける。

「……まさか、再捜査を主張した理由が私を追い落とすためではなく殺人を隠すためだったとはな。お前をライバル視していた私が何だか馬鹿に思えてきたよ。本当に……何てくだらない話だ。少なくとも、根は警察官だと信じていたのだがな。残念だよ」

 その一言で、横広の何かが切れた。

「あ、ああ、あああ、ああああ……ああああぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 絶叫しながら頭を抱える横広の姿に、もはや警察官としての誇りなど、微塵も見て取る事はできなかった。

 そしてこの絶叫が、榊原による推理対決の幕引きを告げる、事実上の合図となったのであった。


 その後、鑑定された包丁は血痕が古かったものの奇跡的に個人識別に成功し、その結果A型二種類とO型一種類の合計三種類の血痕が混ざっている事が判明。そのうちわずかに柄の付け根付近から採取されたA型の血痕が横広の血痕であると判定され、三条事件における横広の関与は決定的となった。同時に他の二種類の血痕も判別が成功し、もう一方のA型の血液が山口事件被害者・奥浜伊代子のもの、O型の血液が三条事件被害者・吉倉田三郎のものと判明。これにより、榊原の推理が正式に立証され、鬼島岳彦の容疑の根拠となっていた血液鑑定も根本から覆る事となった。

 問題となったのは、横広がなぜ三条事件の凶器が山口事件の凶器になった事に気がついたのかという点である。この点については最後まではっきりとしなかったが、鑑定結果を突きつけられた横広は観念したかのように自供をはじめ、ここでこれらの疑問にも決着がつく事となった。

「……あれはちょっとした不注意だったんだ。連日の捜査で疲れがたまっていて、居眠り運転をしてしまって……」

「そして、岩佐宇美と柏崎鈴の二人を轢いてしまったんですね」

 取調室で、正面に座る一里塚を前に横広は疲れたように頷いていた。

「どう考えても死んでいると思った。私はあの時、栄転が決まっていた。だから、つい魔が差して……」

「そのまま二人を放置して逃げたというわけですか」

「だが、あの男……あいつが全部見ていたんだ! 翌日になって脅迫してきて……殺すしかないじゃないか!」

「では、なぜ隠滅した凶器が山口事件に使われた事を知ったんですか?」

 横広は力なく答える。

「私だって馬鹿じゃない。凶器の包丁がどの店に行くのかは包丁を返す際に店の帳簿を見て把握していた。そこにあの山口事件だ。私はね、万が一のためにあの包丁の柄の部分に小さな傷をつけておいたんだ。あの事件は冤罪疑惑が起こったからその関連本も多数出版されているが、その関連本に載っていた包丁の写真の柄の部分に、私がつけた傷がしっかりついていたよ……」

「あなたは今回、検察から開示された包丁を偽物に摩り替えていますが、あの偽物の包丁はいつ用意したんですか。一朝一夕で用意できるものでもないでしょう」

「あれは、いつか凶器の包丁を取り返さなければならなくなったときのためにという事で、凶器が山口事件に使われた事を知った当時の私が作ったものだ。当時私が関係した殺人事件の被害者の中から、A型の人間とO型の人間の血液をこっそり抜き取って、家で別の包丁につけておいた。まだDNA鑑定ができる前の時代だから、個人識別とかそんな事は考えていなかった。今回はずっと保管しておいたその包丁を検察から開示された包丁と摩り替えた。まさか、検察があんな罠を仕込んでいるなんてな……」

 そう言ってから、横広は自嘲気味に一里塚に話しかけた。

「上っ面の取調べはこのくらいでいいだろう。偽善者ぶるのはよしたまえ。君だって、同じ状況になったら同じ事をしたんじゃないか? 私はたまたま運が悪かったという事だ。お前らだって、同じ穴の狢だよ」

 だが、一里塚はジッと横広を見つめた後、小さく首を振った。

「……少なくとも、私が今回の状況に置かれたとするなら、最初の事故の段階で疑問を持ちますね」

「……どういう意味だね?」

「では、逆に聞きますが、あなたは吉倉田が事故を目撃したのが本当に偶然だと思っているのですか?」

 思わぬ問いに、横広は訝しげな表情をした。一里塚は気にせず続ける。

「吉倉田は運転免許を持っていません。つまり、あなたの弱みがないかと車で尾行していて事故に遭遇したわけではない。たまたま歩いていたところで事故に遭遇してあなたの事を目撃したという事です。でも、これはよく考えると少しおかしいんですよ。あまりにも偶然が重なりすぎています。連続窃盗事件で逮捕直前だった男が、たまたま町を歩いていたらたまたま窃盗事件を捜査していた警察署の署長が事故を起こしたのを目撃して、これ幸いと恐喝に及んだ……。ちょっと都合がよすぎますね。偶然はこんなに重なりません」

 一里塚はそう言うと、マジックミラーの方へ合図を送った。それが合図だったのか、しばらくして部屋のドアが開く。姿を見せたのは、事故の当事者……柏崎刑事だった。

「……今更、私に何の用かね?」

 横広が顔をそむけながら言う。それに対し、柏崎は普段ののんびりした物言いではなく、真剣な口調で振り絞るように言った。

「思い出した事があるんです。あの事故の事で」

「何?」

「私、今まであの事故の事は忘れるようにしてきました。でも、こんな事になってもう一度あの事故の事を思い返してみたんです。そしたら、そのときの記憶が蘇ってきました」

 そう言うと、柏崎は一度小さく緊張したように深呼吸して、こう言った。

「あの時、私と宇美ちゃんは誰かに突き飛ばされて事故に遭ったはずなんです」

 その言葉に、横広は一瞬唖然とした表情をした。

「何だって……じゃあ、つまり……」

「もう、説明するまでもないでしょう」

 一里塚が結論付けた。

「あの事故はたまたま起こったものではない。逮捕が直前に迫り、追い詰められていた吉倉田があなたをゆするために引き起こした事故だった。私はそう考えています」

「そ、そんな馬鹿な……」

「逮捕間近になっていた吉倉田は焦っていたはずです。そして、ある最悪の手段を考え出した。それが、捜査責任者であるあなたのスキャンダルをでっち上げ、そのスキャンダルをネタに脅して逮捕をやめさせるという荒業です。吉倉田はあなたの事を徹底的に調べ上げ、あなたの通勤ルートも探りを入れた。おそらく、そのときにあそこが通学路である事も頭に入っていたのでしょう。そして事故当日、吉倉田はあなたの車がやってくるのを確認すると、偶然その場にいた柏崎さんたちを背後から突き飛ばして事故を引き起こした。あとはそれをネタにあなたを脅迫し、罪を逃れるつもりだった。そう考えると、辻褄が合うんです。現在、新潟県警もこの考えに沿って事件を調べ直していますが、おそらく間違いないだろうという事です」

 一里塚は決定打を叩き込んだ。

「結果論ではありますが……あなたがあの時逃げさえしなければ、吉倉田はその場で逮捕され、あなたも罰せられる事なくそこで事件は終わっていたはずなんですよ。あなたの行動に、同情の余地などありません」

 その言葉に、横広は両手で顔を覆うと、そのまま机に突っ伏して嗚咽を漏らし始めてしまった。それを見て、一里塚は今度こそ横広が完全に落ちた事を確信したのだった。


 広島県広島刑務所。鬼島岳彦は廊下を歩いてくる看守の足音に手紙を書く手を止めた。足音は自分の部屋の前で止まり、鍵が開けられる音がする。やがて扉が開き、看守たちが顔を見せた。

「出ろ」

 そう言われて、鬼島は立ち上がった。

「面会ですか?」

 だが、その問いに看守たちは答えない。いつもの事なので、鬼島は小さく肩をすくめて部屋を出た。

 しかし、連れて行かれたのはいつものような面会室ではなく、なぜか応接室であった。そこにいた人間の顔を見て、鬼島は目を見開いた。

「お元気そうですね」

 声をかけたのは自身の支援グループの代表である武田弁護士。だが、その隣にいたのは、自身が殺したとされていた奥浜伊代子の幼馴染であるはずの真中義光であった。

「……お久しぶりです、鬼島さん」

 真中は律儀に頭を下げる。鬼島はしばらく驚いてそちらをみていたが、

「どういう事ですか、これは?」

 と、武田に尋ねた。

「鬼島さん、すべて終わりましたよ」

「え?」

「釈放です。山口事件の真相が明らかになったんですよ」

 唐突過ぎる話に、鬼島も唖然としている。

「そんな……今になって、何かの冗談でじゃないんですか?」

「冗談でも何でもありません。真犯人が判明したんですよ。県警や検察もミスを認め、あなたの即日釈放が決定しました」

「犯人って……」

「事件当日に彼女を乗せたタクシー運転手です。名前は佐渡島宇平。すでに証拠も出ています。凶器の包丁の再鑑定も実施され、付着していたO型の血液も、あなたのものでない事が実証されました」

「で、でも、なぜタクシー運転手が彼女を……」

 そう言った瞬間、真中が頭を下げた。

「……すまない!」

「ま、真中さん?」

「伊代が死んだのは……私のせいです」

 そう言うと、真中は明らかになった山口事件の真相を語り始めたのだった。


 榊原の推理後、棚橋長官自らの指揮で佐渡島に対する徹底捜査が行われるに至った。そして、警察は二十年前に佐渡島が借りていた山口市内のアパートの存在に行き着いたのである。このアパートはすでに入居者がおらず事実上の廃屋となっており、佐渡島の借りていた部屋も当時のまま残されていた。

 そして、そのアパートの一室を捜索した結果、部屋の天井から一冊の古びたノートが見つかり、そのノートに山口事件のすべてが書かれていたのである。

 それによると、榊原の推測通り、佐渡島は奥浜伊代子を送った後で車内の忘れ物に気づき、それを持って彼女の部屋に向かったのだという。

 だが、そこで佐渡島が見たのは、部屋の真ん中で今にも包丁を自分の喉に突き立てようとしている伊代子の姿だった。

「あ、あんた、何をしているんだ!」

 佐渡島は慌ててその場に飛び込み、伊代子から包丁を奪って落ち着かせようとした。事情を聞いてみると、伊代子がそんな事をしようとしたのは、一本の電話がかかってきたかららしい。

「私が……私が横領を疑われているって……」

 まだ上層部しか知らないが、県庁内で横領事件があったらしい。県庁上層部は犯人が県庁内の人間だと疑っていて、そして伊代子がその犯人だと疑っている。今朝になって、そんな事実を職場の同僚が密告してきたのだという。

「思い返したら、全部思い当たる事ばかりなんです! 最近上司もみんなどこかよそよそしくて……しかも、昨日来てくれた幼馴染も今思えばどこか疑いの目で見ていた気がして……」

「い、いくらなんでもそれは考えすぎでしょう」

「その幼馴染は広島県警の刑事なんです! それに、彼、私たちと別れた後でどこかに電話していて、その内容が私を監視していたというようなものだったんです! 私、言い忘れた事があって彼の後を追ったんですけど、偶然その電話を聞いてしまって……」

「しっかりしてください!」

「真中君にまで疑われていたなんて、耐えられない! しかも鬼島さんまで疑われているなんて……。こんな状況で結婚なんかできない! 私、もう、死んで無罪を証明するしか……。お願い、死なせてっ!」

「お、お客さん! やめてください!」

 再び包丁を取り戻そうとした伊代子と佐渡島はその場でも見合いになり、気がついたときには、包丁は彼女に突き刺さっていたのだという。どうやら、もみ合う弾みで包丁が刺さってしまったらしい。自身もその際に怪我をしていたが、そんな事はどうでもよかった。自分が殺人犯になってしまった。その事実に、佐渡島はパニックになって逃げ出したのだという……。


「そんな……」

 鬼島は呆然としていた。

「調べた結果、彼女にその密告電話をしたのは、後に逮捕された横領犯その人だという事でした。今、山口県警が取調べをしていますが、彼女に密告電話をして精神的に追い込む事で、自分の横領の罪を彼女になすりつけようとしたと供述しています。時間はかかるでしょうが、この供述が事実と判断されれば、佐渡島が書き残した記録に信憑性が出るのは間違いないでしょう」

 武田が補足説明すると同時に、鬼島は再び頭を下げた。

「鬼島さん、すまない。私があの時、無用心に電話をかけていたせいで……いや、それ以前に伊代を横領犯として疑ってしまった時点で、私の失策でした。本当なら、監視の依頼があった時点でそんなはずがないと主張すべきだったんです。私は……私は伊代を信じなければならなかったのに……」

「……」

 鬼島は黙って真中を見つめていた。二十年越しに明らかになった真実は、あまりにもむごいものだった。だが、鬼島は思ったよりも静かな調子でこう答えた。

「……あなたも仕事だったのでしょう。すべてがあなたの責任とはいえないはずです。それに、それをいうなら私にも責任があります。その話が本当なら、結局、私も彼女の心の拠り所にはなれなかったようですね。私に相談する事なく自殺を選ぶなんて……彼女に信じてもらえなかった私にも責任が……」

 鬼島は自分に言い聞かせるように言葉をつむぐ。その声は震えていた。

「真中さん。お互いを責めるのはやめましょう。こんな事をしても天国にいる彼女は困るだけです。今はただ、真実が明らかになった事を喜ぶべきでしょう」

「……そうですね」

 と、そこで武田が口を挟んだ。

「鬼島さん、実はあなたに会いたいという人間がいるのですが」

「私に?」

 と、そのタイミングを見計らったかのように部屋のドアが開いて三人の人間が入ってきた。その顔に、鬼島は見覚えがあった。

「あなた方は……」

「警察を代表して、そしてあの事件の責任者として、謝罪に参りました」

 棚橋、大野塚、服部。当時の捜査関係者で、なおかつ現在の警察の上層部に位置する三人が、黙って頭を下げた。

「鬼島さん、申し訳ない。すべては、我々の不徳の致す所です。我々は、二十年前に大きすぎる過ちを起こしてしまった。今更許される事でない事はわかっていますし、私自身も許されたいなどとは思いません。いずれしかるべき処罰は受けるつもりです。ですが、まずはこうして謝らせて頂きたい。本当に……申し訳ありません」

 頭を下げる警察上層部の三人に対し、鬼島はしばらく戸惑った表情をしていたが、やがて毅然とした顔でこう言った。

「……一つ、お願いがあります」

「何でしょうか?」

「辞任という形での責任のとり方だけはしないでください」

 思わぬ言葉に、棚橋たちは頭を上げた。

「勘違いしないでください。私は別にあなた方を許したわけじゃない。ただ、実際にこういう経験をされたあなた方が警察の頂点にいれば、冤罪の恐ろしさを理解してくれるはずだと思うからです。私の事を肝に銘じ、二度と同じ事を繰り返さないようにしてください。あなた方なら……それができるはずです。それを約束して頂けるなら、私もこれ以上、事を荒立てる気はありません。どうでしょうか?」

「……わかりました」

 棚橋はしっかり頷き、そしてこう言ったのだった。

「約束しましょう。警察としての誇りにかけて……必ず」


 十一月二十七日火曜日夕刻。榊原と瑞穂は新山口駅のホームに立っていた。

「結局、何だかんだでもう一日拘束されてしまったな。瑞穂ちゃん、学校は大丈夫だったのかね?」

「はい。今朝電話したら、担任が大きなため息をつきながら欠席を許可してくれました」

「……なら、いいんだがね」

 担任も気の毒だと、榊原は同情した。

「にしても、すごいですねぇ。先生、結局この短期間で四件も殺人事件を解決したって事ですよね」

「まぁ、そうなるか。後は警察の仕事だがな」

「これからどうなるんですか?」

「三条事件に関しては警察もそこまで非難されないかもしれない。何しろ捜査を指揮していた人間が真犯人で、意図的に冤罪になるように警察が誘導されていた形になるからね。さすがに今までこんなケースはないからどうなるのかはわからないし、そんな人間が捜査責任者だった事に批判は出るだろうが、この状況で当時の捜査本部を責めるような論調はまず出ないだろう。山口事件についても、面会した武田さんの話では鬼島さんが謝罪した棚橋長官たちを追求しない旨の発言をしたそうだから、それなりに穏便に済む可能性はある」

「そうですか……。あ、そういえば、武田さんはどうしたんですか?」

「広島刑務所から釈放された鬼島さんの補助なんかで駆けずり回っているらしい。見送りにいけなくて残念だが、今回はありがとうと言っていた。依頼料も後で振り込んでくれるらしい」

 と、そんな話をしているところへ誰かがホームに上がってきた。

「よかった。まだいましたか」

 一里塚だった。

「取調べはいいのか?」

「光沢さんや長江さんたちがやっています。見送りという事で、一度抜けてきました」

「そうか……。悪かったな。お前のところの刑事部長を告発してしまって」

「いえ、警察のためにも、これでよかったと思っています」

 そう言うと、二人はジッと互いを見つめ合う。

「榊原さん、私はまだまだあなたに届かないかもしれません。ここ数日の間に四つもの事件を解決に導くなんて、今の私にはとてもではありませんが不可能です。ですが、いつかは必ず追いついて見せるつもりです。そのとき、またお会いしましょう」

「……あぁ、楽しみにしているよ」

 新幹線が入線してくる。榊原と瑞穂は背を向けた。

「それじゃあな。次は、お前の推理も聞いてみたいものだ」

「ええ。私も、楽しみにしています」

「えーっと、よくわからないけど、また会いましょう!」

 瑞穂がそう言って締め、榊原と瑞穂は新幹線に乗り込んでいった。それを見ながら、一里塚が小さく呟いた事に、さすがの榊原も気づかなかった。

「できるなら、あなたの横には私が立っていたかったのですが……なかなかどうして、いいコンビですね。あなたが彼女を選んだのも、納得できます。これからが楽しみです」

 そんな一里塚を残し、新幹線はホームから走り去っていった。それを見届けると、一里塚は刑事の顔に戻り、ゆっくりとホームから降りていったのだった。

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