統一神書 バルギニア版 序
本書を手に取る者に、まず告げる。本書は、始原と八柱の神々、その御業と、千年の闘争と、神々に仕えた人々のことを、正しく伝えるために編まれた書である。
神々を知ることは、人の務めである。我らの踏む大地も、仰ぐ空も、飲む水も、灯す火も、みな神々の御業のうちにあり、人の生き死にもまた、その巡りの外にはない。神々を知らずに生きることは、おのれの立つ場所を知らずに歩くことに等しい。そして、神々を誤って知ることは、知らぬことよりもなお危うい。誤った教えのために民の飢えた国があり、誤った畏れのために道を踏み外した者は数知れぬ。正しく知り、正しく畏れること。本書の願いは、これに尽きる。
崩滅の日より、すでに久しい。あの日、神代より伝えられた記録の多くは失われ、生き延びた人々は、わずかな写本と口伝とを頼りに、神々のことを子へ、孫へと語り継いできた。されど、写しは写すたびに変わり、語りは語るたびに変わる。国が異なれば神の御名が異なり、村が異なれば御業の次第が異なる。同じ神を祀りながら、隣り合う二つの町の神書が食い違うというありさまは、長く正されぬままであった。神書の異同は、単なる学問の不便ではない。何が正しい教えかを誰も言えぬところでは、誤った教えを退けることも、誰にもできぬからである。
ここにおいて、王国歴1604年、人類魔導管理統一機構の求めにより、諸国の神官と学者とがバルギニアに集い、諸本を校べ合わせて一つの神書を定めることを議した。集められた写本は数百巻に及び、校合は八年に及んだ。二つの写本の食い違うところは、より古き写本を尋ね、より多くの伝えの一致するところを採った。出所の確かめられぬ話と、後の世の付け足しと思われる飾りとは、採らなかった。神々の御名は、最も古き写本の伝えるところに従うて定めた。かくして王国歴1612年、本書は成った。
編むにあたって旨としたことを、記しておく。第一に、簡潔である。神々の御業は、もとより人の言葉に余る。言葉を尽くして飾るよりも、確かなことだけを短く記すほうがよいと考えた。第二に、本書は禁忌に触れる事柄を一切載せない。近づいてはならぬ場所への道筋を記さぬことは、書を編む者の務めである。第三に、本書は神々を論じない。神々の御心の深きところは、人の測りうるところではない。本書はただ、伝えられた御業を記すのみである。
本書は、十一の巻より成る。第一の巻に、創世を記す。第二より第九の巻に、八柱の神々を、座次のままに記す。第十の巻に、千年の闘争を記す。第十一の巻に、神々に仕え、後の世の礎となった偉人たちの伝を収める。いずれの巻から読んでもよいが、初めて本書に触れる者は、巻の順のままに読むがよい。世界の始まりを知らずして神々を知ることはできず、神々を知らずして闘争を知ることはできぬからである。
一つ、断っておく。第三の巻に記すのは、神々に背いた神のことである。編纂の席では、かの神の巻を置くべきか否かが議された。置くと定めたのは、何を畏れるべきかを教えることも、神書の務めだからである。ただし先に記したとおり、かの神に連なる禁忌の子細は、本書のどこにも載せていない。
本書が、読む者の足元を照らす灯となることを願う。神々は、いまもそれぞれの務めを負うておられる。人もまた、おのれの務めを負うて生きるべきである。
王国歴1612年 芽吹きの月 1の日
統一神書編纂会議の名において
議長 オルデン・ロ・カンデル




