番外編 侯爵令嬢ペネロペの発見
噂を集めると、どうやらタランティーノ令嬢は幽霊に怯えていたらしい。彼女は学園附属の寮に住んでおり、夜に空飛ぶ白い物体を見ただとか、常に誰かに見られている気がするだとか、音楽室の楽器を奏でる双子の化け物がいたとか言い、実家に逃げ帰ったらしい。
「あなた、一体何をしたの?」
「いきなり何の話しかしらペネロペ」
「タランティーノ令嬢のことに決まっているでしょう」
「黙っていてくださらないの?」
「別先生に言うつもりはなくてよ。あなたが何をしたのか気になるだけ」
フェデリカは眉根を寄せ、ひとつ溜息を吐いた。
「幽霊の正体なんて、大したものであるはずがないわ」
簡単には教えてくれないらしい。ペネロペはむう、と眉根を寄せて考え込んだ。
「あなたは寮に住んでいるのよね」
「そうね。3階の角部屋、ひとりよ」
「楽器は弾けるの?」
「竪琴なら」
「教室は東棟の1階でしょう?」
「ええ、1年だもの」
むむ、とペネロペは更に眉を寄せる。
「白い物体を見たのは窓からシーツを飛ばしたんだと説明がつくわ。タランティーノ令嬢は2階に住んでいると聞いたから。音楽室の化け物というのは、よく分からないけれど。あなたが特殊な化粧でもして演奏していたの?」
「大体そんなところよ。双子の化け物というのは鏡を使っただけ」
「鏡?......まさかあなた、勝手に準備室から持ち出したのね」
「持ち出し禁止とは言われていないわ」
高級品を勝手に移動させ使った罪悪感は欠片もないようである。
「はあ......でもどうやって? 鏡があることくらいわかるでしょう?」
「二枚の鏡を150°くらいに開いて、窓にたてかけておいたのよ。そうすれば彼女には後ろ姿の女が何人も見えるというだけ。教室の入口から見れば十分複数に見えるでしょう。誰かに見られているとかいうのは知らないわよ。ストーカーでもいたのではない?」
「......余程腹に据えかねていたのね。面倒くさがりなあなたがわざわざそんな手を打ってまで休学に追い込むなんて」
「書物を濡らした弁償よ」
「は?」
ペネロペは思わず目を点にした。てっきり水を頭から浴びせられたことに憤ったのだと思っていた。
「そんなわけないでしょう。別に服も私も濡れたって乾くわ。書物をしわしわにしたのは許さない」
「はあ」
思わず、いつかのフェデリカのような返事をしてしまった。
「......それだけ?」
「それだけと言えるあなたは書物の重要さを分かっていないわね」
ペネロペはこの日気づいたことがあった。
フェデリカは頭に超がつくほど面倒くさがりだ。だというのに、己の目的と感情の為には面倒なことも厭わない。一見して矛盾したこの両者が上手く成り立っているのがフェデリカらしいと言えた。
「あなたって、変な人ね」
「は?」
心外だ、と言わんばかりに眉を顰めるフェデリカを見て、ペネロペは小さく笑った。
「とても好ましいわ」
「どうもありがとう?」
怪訝そうに首を傾げるフェデリカの表情は、何言ってんだこいつ、だった。
***
「はっはっは、愉快だな、我が妹御は」
「破天荒なところは旦那さまに似ておりますよ」
「そうか?」
嫁いでから知ったが、ベルトランはフェデリカの実の兄であるという。フェデリカが王妃の位に就いていた時の噂が事実で、ベルトランまで巻き込まれていると知ったときには眩暈がしたが、よく考えればフェデリカの義姉ということになる。大変気分が良く、手紙を送る度に親愛なる義妹へ、と書いてやっている。大変嫌そうだが。
「会いに行ってみるか?」
「いいのですか?」
「あぁ。ラ・ヴァッレに新婚旅行に行きそうか聞いておくから、日程を調整してこっそり行って驚かせるというのはどうだ。子供たちは連れて行ってもいいし、親父殿に見てもらってもいいし」
「素晴らしい案ですわ。フェデリカが腰を抜かすのを見られるかも。子供たちは体調が良さそうであれば連れて行きましょうか」
「そうだな」
夫婦は長女と次女の2人の子に恵まれていた。長女も次女もベルトランによく似ており、とても可愛い子供たちだ。
ペネロペが嫁いで5年。かつて思い描いた幸せな家庭はここにあった。
——あなたのおかげよ、フェデリカ。
フェデリカが婚約破棄騒動を企んでくれなかったら、今頃元婚約者と結婚していただろう。愛し愛される関係には程遠く、仕事に邁進する日々だったに違いない。
「旦那さま、どんなものなら度肝を抜けると思いますか?」
「うーん、女王烏賊の干物とか? なかなかグロテスクだぞ」
「アリですわね。うーん、あとは......」
ペネロペとベルトランはふたりで悩み、幾つかの品を選んだ。驚かす、よりも喜ばせる、に次第に変わっていったことに、ペネロペ本人は気づかなかった。
「さあ! フェデリカをあっと言わせますわよ!」
「頑張ろう頑張ろう」
意気込むペネロペは、死んだはずのレナート一世を夫と紹介されて腰を抜かす未来をまだ知らない。




