第三十話 建国祭
建国祭である。
他国の使節団を迎え、王宮は賑やかであった。ばらばらな服を纏った西の共和国、白を基調とした北の帝国、鮮やかな色の海の王国。文化も歴史も違う国々が並ぶと圧巻だ。
今年はその三国に加え、砂の皇国からも使者が来ている。長らく国交断絶していた国の使節とあって、その周囲だけは緊張に包まれていた。三国の使節と談笑した後で、ようやく砂の皇国の番となる。
「――国王陛下に初めてお目にかかります。砂の皇国第十三皇子、アーキル・ザイン・タイスィールと申します」
深々と頭を下げるアーキルは、大学で見た時よりもずっと美しい衣装を着ている。纏う雰囲気だけが変わらない。
その背後の家臣が数名凝視してくるのは、やはり血筋のせいであろうか。
「顔を上げてくれ。アーキル皇子、貴殿と会えたこと嬉しく思う」
「ありがたいお言葉です......お久しぶりです、王妃、さま」
「ええ。大学でお会いして以来ですね、皇子。研究は捗っておられますか?」
「はい。やはり、砂漠とは段違いの植物の数です。もうすぐ留学期間は終わりますが、その後は各地を巡り植物の生態を記録したいと考えております」
「まあ、とても楽しそうですね。皇子の研究が実りあるものになりますように祈っております」
ありがとうございます、と頭を下げるアーキルの後ろで、使節団の面々は慌てている。もしかすると各地を巡るという話はアーキルの独断なのかもしれない。社交界で発言することで、後から拒否されることを防ごうとしているのか。
「――こちらは砂の皇国より持参いたしました工芸品でございます。どうぞお納めください」
「感謝する。皇子は王都に滞在するのが初めてであろう。ごゆるりと過ごされよ」
「ありがたきお言葉」
家臣たちが軽く挨拶をし、使節団は会場の人混みに紛れていく。しかし他の貴族たちの挨拶の間も、蛇のような視線がまとわりついて消えない。
「......フェデリカ」
「問題ありません、レナート。想定の範囲内です」
「妃殿下! 陛下!」
陛下よりも先に妃殿下を呼ぶ馬鹿は誰だと思って視線を向けると、なんのことはない、元妹のジュリアマリアであった。その後ろから婚約者のイゾラ公爵が追いかけてくる。フェデリカの誕生日パーティーの時には熱を出していたらしく、公的な場で会うのは随分久しぶりだ。
「デアンジェリス令嬢。暫くぶりですね」
「はい。妃殿下におかれましては、ご機嫌麗しく。お変わりないようで安心しました」
「陛下、妃殿下、イゾラ公ブルーノがご挨拶申し上げます」
「ひと月ぶりか。健勝そうで何よりだ」
元姉妹、叔父と甥の会話が始まる。
「――宴が始まるまで、実は少し億劫でした。何せ去年はあんなことがありましたから」
ジュリアマリアは照れくさそうに笑った。そういえば1年になるのか、とフェデリカは気づく。レナートと婚約してからは、随分あっという間だった気がする。
「でも妃殿下の御顔が見られたのでやっぱり来てよかったです。妃殿下の誕生日パーティーの時は体調崩しちゃいましたし......へへ、見る度に陛下から妃殿下への愛情が深まってますね」
「は?」
「え?」
フェデリカはまじまじとジュリアマリアを見つめた。今、愛と言っただろうか、この娘は。
「流石に気づいてますよね? 眼差しだけでも違うし、それに見てください。あた、私が妃殿下と話してる間もちらちらこっち見てくるんですよ? 視線がうるさ、じゃなくて、気が削がれてしまいます」
「......大概不敬よね、あなた」
「すみません......」
ジュリアマリアはしょんぼりと俯いた。頑張っているのは分かるが、まだまだである。まあ、4年前から貴族社会のことを学び始めた割には頑張っている方かもしれない。
「とっ、とにかく、妃殿下が幸せそうでよかったです。王宮で実験もされてるって聞きましたし。ほんとになんとかなりましたね」
「......ええ、そうね」
幸せに見えているのならば良かった。うまく取り繕えているということだ。
フェデリカは口角を上げた。
***
「――叔父上は義姉上に夢中ですね」
「え?」
「さっきから何度も見ておられますよ。ジュリアは義姉上をとったりしませんから、そう見ないでやってください。お話するのを楽しみにしていたんです」
ブルーノに指摘され、レナートは目を見開いた。
「......そんなに、わかりやすいか」
「だいぶ」
「......そうか」
ブルーノはくすくす笑っている。
「先王陛下が強引に決めた婚姻で申し訳なく思っていましたけれど、かなりいい王命に入るんじゃないでしょうか」
「そうかもしれないな」
それだけは、少し感謝している。命令がなければ、研究に邁進するフェデリカと夫婦になることなどなかっただろうから。
「......先王陛下のご容体はいかがですか」
「相変わらずだ。寝ている時間が多く、いつ亡くなってもおかしくないと」
「......そうですか」
ブルーノは俯いた。正式に公爵としての仕事を始めてから、先王のことを父上と呼ばなくなっていた。
「見舞いに行っても構わないぞ」
「いえ......あの日、父と息子としての縁は切れたんだと思います。ジュリアを罵倒するばかりで、何を言っても聞いてはくださらなかった。今更、何も申し上げることはありません」
そうか、とレナートは呟いた。先王があれほどまでに守ろうとしていた息子本人に見限られているのが滑稽だった。
「――結婚式はもうすぐだな。楽しみにしている」
「ええ、僕も楽しみです。世界一可愛いジュリアを見せびらかしたい気持ちと誰にも見せたくない気持ちとあって......ああ、悩ましい」
ブルーノが先程の辛気臭い様子と打って変わって、惚気を垂れ流し始める。レナートは耳が溶け落ちる、と笑った。




