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第2話 首長は別格だ

 ロサンゼルスのダウンタウン地区にはリトルトーキョーがある。日本人のコミュニティだが観光地の一面が強い。リトルオーサカの方が日本人は多い。

 リトルトーキョーの一角に木造建ての道場があった。スキヤキドージョーと呼ばれており、地元の住人だけでなく、人種問わずに稽古に来るものが多い、知る人ぞ知る場所だ。

 畳張りの道場の中では道着を着た少女と、髪の毛は肩まで伸びて白く染まっており、眼鏡をかけ袖の長い赤い中華服を着た少女が対峙していた。

 あとは二人を見届けるように、一人の女性が座っている。紺色のトレーナーにジーンズを穿いていた。髪は腰まで伸びており、シャイアンヘアーという独特の編み方であった。


 一人は日系人のカレン・ミヨシ。この道場の主、ケン・ミヨシの孫娘だ。

 もう一人は中国系でメイ・ウォンという。カレンの従妹だ。行方不明のカイは双子の兄である。長い間、病気で療養していたが、この度復帰したのだ。

挿絵(By みてみん)

 座っているのは、ホー・オトセアという、シャイアン族の女性だ。アメリカの先住民族である。

挿絵(By みてみん)

 カレンは両手を前に出し、動かない。メイも同じように構えて石のように動く気配がなかった。

 この道場ではミヨシ流忍術を教えている。一見空手の組手に見えるが、間違いである。

 二人はどうやって相手の隙を突くか、それだけを考えている。発展途上国出身のスポーツ選手なら、どんな手を使ってでも勝とうとする。勝利が自分だけでなく、自分の一族が栄耀栄華を味わえるのだ。先進国の選手と比べて覚悟が違う。


 カレンたちはハングリー精神を持ち合わせていない。平常時でも自分が持つ力を発揮するのが、ミヨシ流である。道場での稽古だけでなく、サバイバル訓練を重視していた。さらに法律も勉強しなくてはならない。現代社会では空手よりもIT企業に就職できる頭脳が必要なのだ。それでも犯罪に巻き込まれる可能性があるので、忍術の需要は高まるばかりである。

 

 メイが動いた。袖から玉を出す。ドラゴンオーブと言い、特殊素材を使った代物だ。普段はビニールボールのように柔らかいが、衝撃を受けると鉄のように固くなる。ドラゴンオーブは特殊な糸でつながっていた。

 メイはヨーヨーを扱うように、カレンに叩きつけようとした。そこらのギャング相手でも引けに取らない。拳銃を持つ相手でも問題ないだろう。

 だがカレンはメイの懐に飛び込む。カレンはドラゴンオーブを右手でつかむと、メイの体に糸を巻き付けて、両手を拘束してしまったのだ。

 そしてメイの腹部を蹴って、彼女を仰向けに倒した。そこに彼女の顔を踏みつけたのである。


「ふぅ、カレン姉さんには敵いませんね」


 メイが息を吹いた。正確には彼女は顔を踏まれていない。ぎりぎりカレンはよけていたのだ。

 

「あなたもいい線言っているわよ。でも暗器に頼りすぎるのはよくないわね」


 カレンは汗をかかずに答えた。今回メイがカレンと稽古を希望したのである。カレンはカイと同じように交流があり、メイは彼女を慕っていた。


「……、この女、とても強い。首長《メイヤー》が別格だ」

「首長と呼ばないで頂戴」

「それだめ。ホーはファインディングミラクル(以後FM)の命令で、首長守る」


 ホーの頑迷さにカレンは頭を抱えていた。彼女はFMの命令でカレンの護衛についている。正確にはFMの意思を伝えるためらしい。祖父と前合衆国大統領も表には出てないが、FMの護衛がついていたそうだ。あくまで本人を守るのが優先されるので、家族や友人は放置されている。


「えへへ、姉さんはすごいですよ。カイ兄さんが憧れるのも当然です」

「私は人から尊敬される人間じゃないわ。あなたも知っているでしょう、私はブラッククノイチという、アメコミの蝙蝠男の真似をする馬鹿女なんだから」

「本当の馬鹿は、自分で馬鹿なんか言いませんよ。姉さんは念入りに準備をしたうえで、行動しているではありませんか」


 カレンが自傷気味につぶやくが、メイは賞賛する。彼女は病弱で病院のベッドの上では、勉強するしか暇を潰せなかった。今では学者並みの知識を有しているが、メイは武術の達人であるカイを尊敬し、自分を卑下していた。


「試練に選ばれるの、頭いい人しか、無理。首長はすごい。強い」

「こそばゆいわね」


 ホーは片言だが好意を包み隠さず吐き出すのが欠点だ。さすがのカレンも照れる。


「……みんな、兄さんに戻ってほしいのです。私なんかいらないんですよ」


 メイは独白した。彼女はニューチャイナタウンのボス、リン・ウォンの娘だ。父親は早くに亡くなり、母親のリンが長年ボスとして君臨していた。メイはカイこそが次のボスにふさわしいと思っている。

 中国系としては男のボスが望まれている。アメリカではポリティカル・コレクトネス、略してポリコレの影響で女性がリーダーになることを要求されていた。もっとも一部の国では男尊女卑が根強いている。これは遅れているわけではなく、その国の特色なのだ。


 ここ最近では新しい合衆国大統領のサラ・コーエンが活躍している。黒人と白人のハーフで50歳だ。すらりとした長身にしなやかな体つきの女性である。

 彼女は前任の制作を片っ端から否定し、日本のサブカルチャーを推奨していた。カルフォルニア沖にある孤島に、ポリコレを無視したバーベラランドの建設に着手しているらしい。ポリコレ団体は猛烈に反対し、SNSではサラの殺害を予告する投稿まで出る始末だ。


 カレンはメイがボスになってもいいと思う。カイはどこか頑なな性格で融通が利かない。ボスにはふさわしくないのだ。メイは有能な部下の手綱を握っていれば、組織は安泰するだろう。

 もっともメイは聞く耳持たない。自分を卑下しているのだ。カレンも彼女が自分に似ているのでほっとけないのである。


「おば様の情報網でも引っかからないのは問題ね。誘拐なら要求が来てもおかしくないのに、何の情報を得られないのは不安になるわね」

「私も兄さんと同じように、クノイチになります。ドラゴンクノイチの二代目になりますわ」

「ホーも、ライトニングクノイチとして、首長守る」


 二人ともカレンと同じクノイチになると言い出した。すでにダウンタウン地区にあるドイツ系が経営するデダラス工房で装備を注文をしていた。


「……私なんかに協力してもつまらないわよ?」

「関係ないです。姉さんの力になりたいのです!!」

「ホーは、首長の手だ。遠慮する必要ない」


 二人の意思は変わらなかった。


「今日はもうおしまい。私は出かけるわ」

「そうですか。どこに行かれるのですか?」

「ちょっとね」


 メイの問いにカレンは言葉を濁した。なぜならホテルで男と会うからだ。


 ☆


「ふー、初めての味だったな」


 ダウンタウン地区にあるちょっとしたホテルの一室に、カレンは男と会っていた。部屋は暗く、二人とも裸だった。汗の匂いが充満していた。

 男の名前はイーサン・ジョブス。ニューヨークから来た男だ。カレンの祖父が彼の家でお世話になっていた。


「私も同じね。本当ならギャングか浮浪者たちが相手ならよかったけど」


 カレンは一糸まとわぬ姿で、シーツにくるまっていた。眼鏡は外している。元々目は悪くないので、外しても問題はない。

 イーサンはロサンゼルスに引っ越してきたのだ。彼の母親は再婚しており、イーサンは家を出たのである。別に居づらくなったわけではなく、彼の意思だ。今まで母親に依存していたが、とある事件で母親がケガをした後、いろいろあった。

 イーサンは大学を辞めて、オーディン社に就職したのである。


「君は変わらないね。アメリカと同じで、俺が死んでも変わらないだろうね」

「この世はそう簡単には変わらないわ。あなたが望むなら止めないけど」

「ブラッククノイチに変身するのに、素の君はネガティブだな」


 イーサンは冷蔵庫からスポーツ飲料を取り出すと、飲み干した。カレンは初めての経験に激しい痛みを味わった。祖父の訓練以上の衝撃だった。


「あなたは私を愛しているのかしら? だから私を抱いたのかしら」

「そうだね。君は母さんの次に愛しているよ」

「私は二番目かしらね」

「君は一番目だよ。俺にとって母さんは聖母と同じだ。日本人の児童ポルノとはわけが違うよ」

「あれって創造の代物でしょう?」


 カレンとイーサンは他愛のない会話を続けていた。彼に抱かれたのは気まぐれであった。男はどういう者か試したかったのだ。結果は感動するものではなかった。一人でしていたほうが気軽だと考えていた。さすがにポルノ雑誌のような真似はやらなかったが。


「君が愛に疑問を持つということは、愛されていることがわからないのかな?」


 イーサンが聞いた。カレンは答えなかった。

 彼女は幼い頃に両親を亡くしている。彼らから愛されていると自覚していたが、愛情を注ぎ終える前に、天に召されてしまった。

 その時からカレンは愛され方がわからなくなっていた。友人のアンジーことアンジェリーナ・ハサウェイはカレンのマゾヒストである性質を理解し、周囲を巻き込んでいじめを始めた。おかげでカレンは充実した日々を過ごせたが、どこか物足りなかった。いじめではなく、本気の殺意を味わいたかったのだ。それがブラッククノイチという突飛な考えにたどり着いたのはカレンらしい。

 

 アンジーは父親はいるが母親はいない。祖父も数年前に亡くなった。それでも彼女は愛されている。容姿ではなく、性格が好まれているとカレンは思っている。自分をいじめたことも彼女が自分を愛していると考えていた。

 なんで自分を助けてくれるのか。カレンはそこが理解できなかった。彼女だけでなく、他のみんなも自分の始めた火遊びに付き合い、補佐してくれる。自分にはそんな資格はないのに、疑問が尽きない。

 

 カレン自身は努力の人だ。凡人で才能などない。だができないことはできるまでやるのがカレン・ミヨシなのだ。コンピューターの件も寝る時間を惜しんでも理解できるまでやる。忍術の訓練もできるまで食事もとらない。もっとも祖父から適度な休養も修行のうちだと叱られたが。

 彼女のそんな姿を見て、アンジーだけでなく、周囲の人間も温かく見守ってくれているのだ。近所の老人たちもカレンを孫代わりに可愛がっているわけではない。カレンだから可愛いのだ。

 それが愛なのだが、カレンは気づいていない。自己評価が低すぎるのだ。


「これからは俺が君を愛すよ。もう一回やろうか」

「臭いせりふね。お母さんによく言うのかしら?」

「母親にそんな目は向けないよ。日本人は肉親だろうが神だろうがFACKの対象になると聞いたが本当だな」


 二人は再び暗闇の中で愛し合った。

 その部屋の真上に一人の女が立っている。赤いチャイナドレスを改造したボンテージスーツを着ていた。ドラゴンクイーンである。彼は生暖かい夜風に吹かれていた。ビルの谷間にあるゴミの山から、腐った臭いが鼻に運ばれても、気にしない。


「お姉さま……。ボクより先に一緒になるなんて許せない……」


 彼女は嫉妬の炎を燃やすのであった。

 第3章はすぐにバトルを出さずにしてます。なんでもかんでもバトルにすれば、カレンが勝って終わりになるので、毛色を変えてますね。

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嫉妬は怖いですね。
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