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24 あんこの入った菓子 ~ 瑞穗

井村瑞穗 20歳(3月27日)

 働き始める前に弁当箱と水筒を新調して、名刺入れを買った。一緒に買い物をした友人は、さらにカバンに靴、果ては腕時計まで新しく購入していた。


 北海道へ帰ってくると新社会人に向けての準備のせいで、初めての東京旅行がもう随分と過去の話に思える。実際のところは三日前のことである。


 果圓と元国。


 同じ顔。一人は中学生の頃から知っている男。もう一人は初対面であった男。最後の日の会話を思い出す。


  ▼  ▼


「明日、帰るのか」語尾が上がっていない、疑問形ではない。


 瑞穗がよく知っているはずの男は、今話しをしている男の裏側でぐっすりと眠りについている。表と裏が逆転する時間帯。表が裏になり、裏が表になる。そう感じているのは、瑞穗だけなのだろうか。


「さみしい?」


 わずかに動かせる眼球で、文机に向かって座椅子の背もたれに寄りかかっているような、気がする男の横顔に意識を集中させた。


「人と会話をするのは久方ぶりだったからな、新鮮で楽しい時間だった」


「さみしいか、さみしくないかを聞いたのよ」


 わたしって、こんなことを聞く女だったんだ。そんな女だったのだ。二人の男の狭間の時間帯を行ったり来たりしているだけの存在。見た目はまったく同じなのに、いったい誰の何に対して焼きもちを焼いているのやら。さみしい、と答えてくれたとしても、フンって思ったに違いない。


「不思議な女だな、イムラは。オレのことを何だと思っているんだ」


 二人にしてみれば、世に出ているときの己こそが唯一の世界なのだ。わたしよりも付き合いの長い、幼馴染みの友情?被害妄想も甚だしい。


「何なんだろうね、気にしないで。でも、さみしいと少しでも思ってくれているのなら、また会えるような気がするから」


 元国にも果圓にも、たくさん聞きたいことがあった。いっそのこと三人で話ができれば、どんなに都合がいいことだろう。しかし、当の幼馴染みの二人は面と向かって会話ができない。一冊のノートを通して言葉の欠片を交換しあうなんて、どんだけロマンチックなんだ。


「オレには食欲というものがなくてな」


「えっ、なんて」と、ぼんやりと考え事をしていたため、元国の発言を聞き逃してしまった。


「オレは食事をしなくてもやっていける。ただ、イムラが作ったパンやらケーキを食べてみたいと思わないでもない」


「随分と遠回りな発言だこと。素直に食べてみたいと言えばいいのに」


「そうだな。昔と違って、今は歯磨きの質が良くなっているからな。食べたり飲んだりして、起きてからの彼が妙だと気付いたりすると厄介かと思ってな。それに味覚が鈍感すぎる」


「ふうん。ニンニク入りのスイーツでもなければ、翌日には消えているわよ」


「そんなものもあるのか」


「知らない」


 スイーツと言われると甘いものを連想してしまう。けれども、広い意味での菓子パンで考えると惣菜パンを含めてもいい。焼きそばパンとかカレーパンとかコロッケパンとか。隠し味でニンニクが入ることだってある。味覚が鈍感とは、鼻づまりのときとか、風邪で体調が悪いときとか、そんなイメージかでいいのかな。味覚じゃなくて、嗅覚が鈍感なのかも。あと、喉が痛いときとか、お腹は空いていても食べたくないのよね。


「オレのことを話すつもりはないのか?」


「えっ、誰に」急に話題が変わった。


「誰にって、イムラの彼氏にだ」


 言葉に詰まる。話したくない、という強い抵抗感があるわけではない。しかし、どう話せばいいのか分からない。


「わからない」


「正直でよろしい」


「なに、その返事。あのさ、歌川国芳の奥さんって、どんな人だったの?色々と質問したりしなかったの?」


「奥方はよく話す人だった」


 人のことはいつまで経っても名字の呼び捨てのくせに、奥方だってさ。それで?


「問いただされることはほとんどなかった。むしろ、自分の身の回りの話ばかりをしていた。あんなことがあった、こんな人にあった。まるで、女友達と喋っているかの如くに」


懐かしさを回想している表情が伝わってきた。


  ▲  ▲


 瑞穗はBSで放送しているバドミントンの試合を見ながら、きんつばを食べ、黒豆茶を飲んでいた。和菓子は嫌いではないけど、自分で買うことはほとんどなく、ましてや作ってみたこともなかった。春分の日に家にいなかった瑞穗のために、祖母がもう一度ぼた餅を作ってくれるというので手伝った。パンや西洋菓子に一辺倒で和菓子の世界への興味は薄かったはずなのに、元国が最後に言ったことがずっと引っかかっていたからだ。


「そういえば、名前は覚えていないが、あんこの入った菓子、ちがうか周りにあんこが付いていたのか、まあ、とにかくあんこの菓子だ。それがたまに部屋に置いてあった。何回か勝手に食べたが、なかなか癖になる味だった。ああいうのが美味しいと言うことなのかもな」


 まさにそういうことよ、ちゃんと味覚があるじゃんか。それよりあんこが中に入るのか、外側についているのかで全然ちがうし。きんつばとぼた餅もあんこ系のお菓子だ。いったい何を食べたのか、結局思い出せずに最後の夜も一方的に特別感もなにもなく、いつも通りに遮断されてしまった。


 まるで、ぼた餅とおはぎ(北海道ではこちらがメインで呼ぶところもある)だ、果圓と元国は。同じものなのに呼び名がちがう。だいたい和菓子の多くはあんこモノじゃないか、と和菓子職人に怒られるようなことを思った。社会人として働くことや、果圓との遠距離恋愛とか、心配になることはあるのにあんこのお菓子ばかりが気になっている。


 二個目のきんつばにフォークを刺して口に運びながら、江戸時代の人は竹串とかで食べていたんだろうなと思いをはせた。

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