馴染む記憶
「うわぁ・・異世界転生だ」
鏡に映る自分の姿を見て、静かにため息をついた。
好きだった。異世界転生ラノベが。自分自身や取り巻く環境が嫌で、異世界転生できてチートな能力とかあればどれだけ楽しいだろうと妄想するのは、現実逃避にもってこいだった。
だけど、いざ自分がいきなり異世界転生したら「無」に近い。脳にじわじわ馴染むまで30分は鏡の前に座り込んだままだったと思う。
異世界転生か?異世界転生・・かもしれない、異世界転生だなこれは、までなんとか染み込んだ。
脳に馴染むまでの間にちゃっかり自分の姿形をチェック済みである。
明るい茶色の艶々したまっすぐな髪、ガラスみたいに薄いブルーの大きくて少し垂れている目、鼻は小ぶりで綺麗な形、唇は分厚くも薄くもなく綺麗なピンク色。体は細く引き締まり、胸もいい感じに膨らんでいる。
見た目はチートだ。よし。
この世界観はどういうのなんだろう?よくあるゲームの世界だとしても、私はRPG専門で乙女ゲームはプレイしたことがないからわからない。
貴族とか階級のある世界なんだろうか。部屋の中を見渡してみると、無駄に広いし豪華だ。天蓋付きのベッドはなんかフリフリしたものがいっぱいついている。
「あんまり好みじゃないな・・」フリフリしてたら女子がみんな喜ぶと思わないでほしい、なんて毒づいてみるも口に出す勇気なんてない。
本音を隠して善人ぶるのは大の得意だ。
部屋の感じから推測すると、貴族か商人のような裕福な家だろうか。自分の名前がわからない。いやでもすぐわかるか。大体こういう大きいであろうお屋敷には侍女のような人達がいて「〇〇様、おきていらっしゃいますか?」と入ってくるはずだ。
さっきまで地球の日本で小学生をやっていたのだ。いじめられている小学6年生を。いじめられることを受け入れていたわけではない。色んな角度から分析した。いじめる側を変えるのは難しいと感じたから、自分の性格も原因だと判断し、絶賛性格改善中だったのだ。
親になんでも「自慢しろ」と勧められ、気がついたら自慢しがち女子だった私は、自慢をやめて本音を隠し、ひたすら大人しく自我を抑えて1年頑張った。1年頑張る内に、あれ?性格悪いのは私の問題だけど、人をいじめるのって加害者側の問題で、私のせいじゃないぞと気がついたところだった。
1年間で「この人達、いじめをしてる自覚すらないかもしれない」という無視だけしてくる同級生大半と、明確に悪意を向けてくる少数の主犯格とを区別し、たちが悪いのは私の様子や気持ちを心配するふりして聞き出し、それを主犯格にわざわざ報告しにいくようなタイプだと心の審判を下した。おかげで人間観察が得意になった。クラスメイト全員から無視される状況を悲劇のヒロインとして乗り切ったという手応えすらある。
あと数日学校に通えば卒業を迎え、晴れて中学生になれば心機一転だと期待していた・・のに
いきなりの異世界だ。乱暴すぎる心機一転だ。
新しく自分を作り変えるつもりで内面を鍛えてきたけど、まさか外見までこんなに変わるとは。
地球の私がどうなったのかわからない。だけど私は精神的に強い。地球に戻れるのか戻れないのかわからない状態で、ただ泣き暮らすのは性に合わない。
性格改善はこのまま続行して、この異世界を楽しもう。そう決心したところでノックの音が聞こえた。
「アリスお嬢様、入りますね」
黒いワンピースにエプロン姿のメイドらしき女性が入ってきた。
『あ、これゲームの世界っぽい』
なんとも言えないジャパニーズアニメ感が漂うメイド服に、そう確信する。
「おはようございます。そんなところに座り込んで、どうかなさいました?」
よし、何もわからないのだから正直に尋ねよう。
「あの・・私、何もかも忘れてしまってるみたいなんです。あなたの名前もわからないし、私の名前もわからなくて」
「お、お嬢様?」
「この家が私の家かどうかもわからないし、私が何歳なのかもわからなくて」
「大変です!旦那さま」そう叫びながら部屋を出て行ってしまった。
バタバタと急ぐ足音と共にやってきたのは、背が高くて私と同じ明るい茶色の髪に優しい茶色い瞳の男性。
「アリス!」と姿見の前でぺたりと座り込む私を抱きしめてくれた。
「なにもかもわからないって本当かい?」眉根を寄せて心配そうに私を覗き込む。
「・・はい」
とにかく先に医者を呼ぼうということになり、茶色い髪の男性が私の手を引いてソファに移動したとき、金色の髪に私と同じ薄いブルーの瞳の女性が部屋に入ってきた。
「アリスの記憶がないって本当なの?」心配に顔を曇らせながら、私の隣に座り手を握りしめる。
「記憶がないなんて、どこかに頭をぶつけたりした?」そう言いながらそっと私の頭を撫でて確認する女性は、さっき鏡で見た自分とよく似ていた。
「ぶつけてない・・と思います」
「まあ、なんだかいつもと話し方も違うのね」
医者が来るまでは頭に情報を入れないでおこうということになり、診察が終わるまではこの二人が両親なのかわからないまま30分ほど過ぎた頃、医者らしき男性が部屋に入ってきた。
知能に影響はなく、生活するための知識はあるけれど、自分自身の記憶の一切がないと診断され「記憶は戻るかもしれませんし、このまま一生戻らないかもしれません」と言って、医者は帰った。
その後で教えてもらったのが、私アリスは13歳でノーサンブルク侯爵の娘、茶色い髪の男性は父で金色の髪の女性が母。3歳年上の兄がいるらしい。友達の領地に滞在中で、帰宅は2日後とのこと。
家族に関することはわかった。でも、もしこれがゲームの世界なら、私はどの立ち位置なんだろう?
ヒロイン、悪役令嬢、ヒロインの友達、悪役令嬢の取り巻き、モブ。
もしも悪役令嬢だったとしても、そんなキャラになりたくはない。メリバだの全くメリーじゃないバッドエンドだの設定されてたら怖い。せめて読んだことのあるラノベとかの世界に転生したかった・・そう思いながら遠くを見つめていると、心配した両親にベッドに押し込まれてしまった。
そして、気になるのが攻略対象。モブなら攻略なんてできないであろう可能性はおいといて、せっかくこの世界を楽しむなら攻略対象を見てみたい。
大丈夫。こっそり陰から見るだけだから。こんな性格悪くて改善中の女子が相手にされるわけがない。
ヒロインみたいな子なら、私みたいに黒い本音を隠して善人のふりなんてしないと思う。ああいう子達って、きっとピュアに性格が良いはず。
私はダメだ。一度黒いことを考えて、それを抑えつけて白いフリをするから。1年間頑張っても、心で黒いことを考えるのは消せなかった。「いつか消せる気もしないしなあ・・」
そんなことを考えていたら、うとうと寝てしまい起きたら夕方になっていた。
寝たことで脳内に情報が馴染んだのか、アリスとしての記憶が少し混ざっていることに気がついた。お父様、お母様、お兄様と暖炉の前でボードゲームをしている場面や、転んで痛くて泣いてる私を慰めてくれるお兄様の記憶があるのだ。
人格としては地球の小学生・あおいが濃いけれど、ほんの少しアリスも混じった感じ。
そのことにほっとして、お母様に報告に行こうと部屋を出る。歩きながら、どの部屋が何の部屋なのかもわかることに気づく。このぐらいの時間なら、お母様はティールームにいるかもしれない。1階におりてそちらに向かうと侍女が声をかけてきた。朝、私を起こしに来たルナだ。
「お嬢様、どちらへ?」
「お母様を探してるの」
「奥様はティールームにいらっしゃいます」
「わかったわ」すぐそこにあるドアを開けようと手をかけて、「あ、ルナ」と振り返る。
「ルナのこと思い出したわ」と告げるとものすごく喜んでくれた。
そう、ルナは優しくてお茶目で大好きな侍女。仲良しだった人物も思い出せて嬉しくなる。ドアを開けて、お母様にも「少しだけ思い出せた」と報告すると、瞳を潤ませながら喜んでくれた。夕食時にお父様にも報告し、食事のマナーもちゃんと覚えていることがわかりホッとした。
それでもまだ「あおい」としての意識が強いので「私はどんな性格ですか?」と尋ねたら
「だれにでも優しくて、明るくて、天使のような性格だよ」とお父様がニコニコと答えてくれた。
「え・・」
「本当よ。あなたは私達の自慢の娘なの」これ以上ないぐらい幸せそうに微笑むお母様。
「ええ・・」
いかにもなろう系な異世界転生をのんびり書いていこうと思います。