婚約者の記憶
「ええ・・」
どうしよう、現時点で自分の中にそんな天使要素が見当たらない。
これはものすごく臭いものがあったとして、それに向かって臭いと言っちゃいけないどころか
「臭いとすら思わない」キャラなんじゃないだろうか。
もしそうだとしたら、あっというまに善人の仮面なんて剥がれ落ちてしまいそう。内心ガタガタと震えている私をよそに、お母様とお父様はいかに私が素晴らしいかを語り合っている。ダメだ、なんか具合悪くなってきた。
「あ、あの!まだまだ頭が混乱してますので、今日はもう休むことにします」と言って部屋にもどることにした。部屋に戻り、ゆっくり入浴してベッドに入り、フリフリした天蓋を見ると、フリフリがそんなに気にならなくなっていることに気づく。
まさか・・私はヒロインキャラなんだろうか。荷が重い。あおいとしての私はそんなに心が綺麗じゃない。悪役令嬢キャラなら相応の内面の暗さを持っている。願わくば、朝起きたらもっとアリス要素が濃くなって、あおいとしての記憶が薄れていてほしい。いきなりの転生にアリスとあおいの融合で負荷がかかっていたのか、あんなに寝たのにまたすぐに眠りに落ちた。
□ □ □
むくっ
朝起きる。
アリスの記憶はさらに増えた気がする。幼なじみの男の子の顔を思い出した。名前はウイリアム。優しくて本を読むのが好きな男の子だ。一緒にお茶会に出たり、庭で絵本を読んだりした記憶が蘇った。だけど・・私の中身のアリス要素は増えていない。
ま、まだたった1晩だしこれから増える・・はず。
コンコンとノックの音がした。どうぞと声をかけるとルナが入ってきた。身支度を手伝ってもらいながら、ウイリアムのことを思い出したと報告すると
「あ!昨日の記憶喪失騒動で忘れておりましたが、今日はジュード様がいらっしゃる日です」
「・・ジュード?」
「ま、まさかお忘れに?」
「はい、お忘れです。綺麗さっぱりなんの記憶もない・・です」
「どうしましょう」想定外だったようでルナが考え込んでしまった。
「お父様とお母様に相談してみるわ」そう言って、身支度を終えてサンルームへ向かう。
ジュード様の記憶が綺麗さっぱりないなんて、私にとって大事な人ではなかったのかも・・なんて思う。家族のことも、ルナのことも、ウイリアムのことも思い出した。ウイリアムは大切な友達だ。・・たぶん。
部屋に入ると、すでにお母様とお父様が朝食を取っていた。
まずは昨日より記憶が戻っていること、ウイリアムのことを思い出したと報告する。二人ともほっとしたように微笑んで喜んでくれた。
「今日はジュード様がいらっしゃるみたいなの。・・でも・・ジュード様のこと全く思い出せません。お断りしてもよろしいでしょうか?」断れるだろうと軽く言った。
「!!」二人して眉を釣り上げて固まってしまった。
「え?」なぜ固まるんだろうか。
「・・・ジュード様のことを忘れた・・と?」お母様が私を見ながら小声で尋ねる。
「えーっと・・はい」もしかして重要人物なんだろうか
「ジュードは・・アリスの婚約者だよ」お父様がどこか痛いかのような顔をしている。
「こ、婚約者?」
「参ったな・・まさかジュードを忘れているなんて」頭痛でもし始めたのかこめかみを押さえているお父様を見て、事態は深刻なのかもしれないと怯えていると、
「ねえアリス、あなた本当にアリスなの?」とお母様。
アリスです。あおいの含有率高いですがアリスなのも間違いないんです。もしやジュード様は私のアイデンティティに関わる人物なの?そんな人を忘れるとか、よほど嫌いだったの?と黒い思考がどんどん溢れてくる。
「アリス・・だと思うのですが」
「ふー・・。アリス、あなたは婚約者のジュードをものすごく好きなはずなのよ」ため息をつきながら否定をするように頭を振っているお母様の言葉に体がぴしりと固まった。
「ジュード様をものすごく、す・・き?」嘘だ、そんなに好きならウイリアムより先に思い出してるはずだ。
「ええ。小さい頃からジュードの後を追いかけて、『ジュードと結婚する!』と言い続けて、やっと先月正式に婚約したのよ」
「ウ、ウイリアムじゃなくて?」
「ウイリアムのことは気の合う友達だと思っていたはずよ」
「・・なぜ私は忘れたんでしょう?」もう心細くてしっかりとした声も出せなくなってきた。
「困ったわね・・。あなた、どうしましょう?」
「ジュードには申し訳ないが、正直に話すしかないだろう。幸い、記憶は戻ってきているようだし、数日もすればジュードのことも思い出すかもしれないし」
「そうね。私も同席して一緒に説明するわ」そう言って、私の手を取りポンポンと励ますように撫でてくれた。
お茶の時間に来る予定なので、少しでも思い出せたらと自室にある物をあれこれ探ってみる。誕生日にウイリアムにもらった本や、一緒に探した四葉のクローバー、ウイリアムと川で見つけた綺麗な石、ウイリアムに関するものは見つかったけれど、ジュードにつながるような記憶や物は見つからなかった。
ただひとつ、綺麗な宝石箱の中に綺麗なピンク色のガラスがはめ込んであるおもちゃの指輪を見つけた。これに関する記憶はないけれど、私にとって大切なものだという感じがした。
「でもよく考えたら、乙女ゲームのヒロインに婚約者いるのって不自然・・?」
乙女ゲームのヒロインはピンク色の髪で聖女だったりして、学園で攻略対象と知り合って、オシャレ度や魔力を上げていって卒業するころに対象の誰かと結ばれるんじゃないの?
ってことは私はヒロインじゃない可能性も高いかもしれない。それなら少し気が楽になる。ジュード様には申し訳ないけれど、私と婚約解消になってジュード✕ヒロインというルートもあるのかも。そう考えたらさらに気が楽になり、お茶の時間になる頃には「なるようになれ」なんて思っていた。
ジュード様が到着したとの知らせに、お母様と二人でティールームへ向かう。
「まずは私が説明してみるから」
「はい」
先に入るお母様に続くと、窓際に立って外を眺めていた男性が振り返る。
黒い髪と黒い瞳、背は高いけれどまだ少年の雰囲気を残した体型で、黒いシャツがよく似合い、気が強そうな笑みを浮かべていた。
・・全く思い出せない。
「こんにちは、ジュード。どうぞおかけになって」お母様が声をかけると、お母様の対面の椅子に腰掛けた。
それを見て、私はお母様の隣の椅子に座ると、ジュード様が片眉を上げて怪訝な顔で私を見る。
なんでだろう?とお母様に向かって首をかしげると「アリスはいつもジュードの隣に座っていたのよ」と教えてくれた。
「もう先に話してしまうわね。ジュード、アリスが急に記憶喪失になってしまったの」




