64 これからどうしたい?
二人はその後二日ほどかけて街でミザリーとアンについて聞いて回った。分かったことはアンの亡くなった母親が流れ者で、この街で占い師をやっていたこと。そしてアンの父親は誰ともわからないという事だった。そのほか、アンの母親は逃げ出してきた奴隷ではないかという噂まであった。
そしてミザリーはドーソン家の使用人に連れられてラクシュア王国へ旅だったと……。
宿に戻るとレティシアはくたくただった。二人は宿屋で簡単な食事をすませ茶を飲んだ。
「占い師ということは闇属性よね」
ミザリーと名乗っていた者がアンという名の庶民だった事は分かった。
「ああ、親の属性をある程度引き継ぐからね。そのうえミザリーがこの街を立ち去った日にアンが行方不明になったとはね」
リーンハルトの瞳が翳る。
「行方不明になったのは、本物のミザリーよね。彼女どうしているのかしら……」
覚悟はしていたが、気持ちが沈む。
「恐らく無事ではないだろうね。生きているとしたら、名乗りを上げているはずだ。どこかで入れ替わったんだろう」
彼が微かに眉間にしわを寄せる。
「リーンハルト、気になるの?」
「ああ、だが、そう簡単に分かるとは思えない。もう十年以上も前の事だ。ミザリーを乗せた馬車の御者を見つけ出したとしても何も覚えちゃいないだろうね」
リーンハルトが残念そうに言う。
「シュミット家はどこまで彼女を迎えに行ったの?」
「ラクシュアの港についたミザリーを引き取っただけだ。アラスタ王国の地は踏んでいない。入国したときにはすでにアンがミザリーに成りすましていた」
「なんてこと……。じゃあ、そのドーソン家の執事はアンと組んでいたの?」
「それか執事が偽物か。どのみち大人の協力が必要だろう。レティシア、これから先も調べてみるか? ミザリーとアンの足取り」
「私はもう十分な気がする。偽物の確証も得たし。リーンハルトは?」
義弟には早く自国に帰って欲しい。折角のキャリアがもったいない。討伐隊でケガもしたし、死ぬような思いもした。そうやって得た功績だってあるのに。
「納得してはいないけれど。これ以上時間をかけるわけにもいかないしな。帰ろう」
それを聞いてほっとした。
「結局、どこで入れ替わったかわからなかったね」
レティシアはすっかり冷めきった紅茶に口をつける。
「俺はここで入れ替わった確率が高いと思う」
「ドーソン家の執事がラクシュアの港まで送って行ったのよね? ミザリーじゃなくて、アンは馬車に潜んでいて船で入れ替わったのかも」
「だが、そのドーソン家に仕えていたという執事の顔を修道女たちは誰も知らなかった。そして出発のときミザリーは帽子を目深にかぶり、一度も顔を上げなかったという。背格好がアンと同じだったんだ。ありえなくはない。それでないのなら、レティシアの言う通り船上かな?」
そう言いながら、リーンハルトが紅茶を二人分注文する。ちょうど、二杯目が欲しかったところだ。気が利く義弟だ。
「結局、ミザリーって何だったのかしら」
「ラクシュアから、何か事情があってこの国に流れてきたのだろ」
リーンハルトの言葉に驚いた。
「え? どうしてそんな話になるのよ」
「ラクシュア語が訛りもなくすぐに話せるようになったんだ。それこそ三月とかからなかったと聞いている」
その言葉にレティシアはぞくりとした。
「そうか、そうよね。言葉が違うもの。子供にしても早すぎるかも」
「何か母親がまずいことをしてラクシュアにいられなくなり、この国の田舎まで流れてきたんだろ。ミザリーは頭がよかったから、その時は優秀な人なのだと思ってしまったが、今思うと知識がアンバランスだったし、いろいろと不自然だった。多分話せない芝居をしていたんだろう」
二人は運ばれてきた熱い紅茶に口をつけ、一息つく。リーンハルトが帰る気になってくれてよかった。
「いずれにしてもアンはミザリーより三つ年上だったのよね」
修道女の話によるとアンは年齢より発育が随分遅かったという。
「俺が初めて会った時、彼女は十歳くらいか。ああ、まったく気づかなかった」
「というか、あなたその頃まだ四つだし」
四歳児が見破るなど無理だろう。
「とはいえ、その後もずっと気付かなかった」
リーンハルトがいらいらと足を組み替える。
レティシアはのんびりと薄い紅茶を味わった。早く自国の美味しいお茶が飲みたい。
「十歳ならば養子縁組を隠したいと言っても分かるかも」
「知恵がまわるわけだな」
レティシアはため息をつき、リーンハルトは髪をかき上げる。
「くそ、してやられた」
よほど悔しかったのか義弟が悪態をつく。
「何よ、一回騙されたくらいで」
レティシアの余計な一言で、またいつも通りの言い合いがはじまり、二人は緩やかに日常に戻っていった。
――ミザリー・ドーソンに悲劇が起こった頃、シュミット家の領地が水害に遭いちょうど大変な時だったので、オスカーは迎えに行けなかったと言う。それにすでに家督を継いでいた彼が往復二ケ月近くもかかる国に自領を放って行くわけにもいかない。そのために起きた悲劇だった――
♢♢♢
再び、何もない埃っぽい田舎を乗合馬車を十日以上乗り継ぎ、途中トラブルはあったものの、やっと港にたどり着き乗船した。久しぶりに安い宿屋ではなく、一等船室に泊まりレティシアは自分が貴族だと思い出した。
下船後二人は久しぶりにラクシュア王国に帰ってきた。港につくとほっとする。明日はシュミット家の馬車が迎えに来る。
いい宿屋に泊まり、湯浴みをし、二人一緒にディナーを食べた。
「ねえ、なぜ、お父様はあんな遠い国に留学したの?」
「ああ、当時あの国では農業が進んでいたらしい」
と言いながらリーンハルトがカモ肉を綺麗に切り分け口に入れる。こんな食事にありつけたのも久しぶりだ。一等船室とはいえ、船の食事も保存のきくものばかりでそれなりだった。
「え? それをわざわざ学びにいったの」
「安定的に農作物を供給することは難しいんだ。家の領地でも不作の時はあったからね。父上があの国で学んだことを持ち帰ったおかげで安定している」
「お父様、凄い方なのね。領地のためにそこまでするなんて」
優秀で天才肌のリーンハルトは、努力家で人格者の父をとても尊敬している。だからリーンハルトも王宮や学園にパイプを持ってより領地を富まそうとしているらしい。
「まあ、異国の旅も概ね無事に終わってよかった」
と言ってリーンハルトがすまし顔で、食後に運ばれてきた紅茶を飲む。
「何言っているのよ。あなた、何であんなにムキになって追い剥ぎ捕まえたりしたのよ。おかげで帰国が二日遅れたじゃない」
帰りに二人が乗った乗合馬車が四人組の追い剥ぎに襲われたのだ。
「褒められこそすれ、非難されることではないだろう」
義弟は不満そうな顔をするが、正義感が強いのも善し悪しだ。彼は御者と協力して、武器を振り回し魔法を使う四人組を全員捕らえて役人に突き出した。
「もう、見ている方は心配でハラハラするからやめてよ」
五属性持ちの彼の強さに戦慄しつつ、リーンハルトはこんなにやんちゃだったろうかと首をひねりたくなった。だいたい呪文詠唱の速さがおかしい。討伐隊にいたせいだろうか。レティシアは馬車の乗客を逃すので精一杯だった。
「そんな事より、レティシア、けがの方は大丈夫か?」
彼女は、乗合馬車にいた老女を庇い、腕を少しけがした。
「大したことないわよ。かすり傷じゃない」
「跡が残らないといいな」
と言ってリーンハルトが眉尻を下げる。
「……まさか私がけがしたから、あんなにムキになってたの?」
「そんなわけないだろ。俺は当然のことをしたまでだ」
即座にリーンハルトが否定する。
「うん、そうだね」
勘違いして少し恥ずかしい。レティシアは素直に頷いた。
「……もう不用意な真似をしてケガするなよ」
二人の間にほんの少し気まずい沈黙が流れた。
次の日二人は迎えに来たシュミット家の馬車に乗った。レティシアは舗装された道と揺れない馬車のありがたみを感じた。乗合馬車ではよく舌を噛みそうになった。
一週間の馬車旅を経て王都に戻ったレティシアは久しぶりに風呂にゆっくりと入り生き返った心地がした。討伐隊でいった辺境の地にも湯殿はあったのに国による風習の違いを思い知る。
それからだいぶ元気を取り戻した両親と家族そろって食事をした。
ミザリーのことを忘れることは出来ないが、これからの生活がある。今まで二十歳までの人生しか考えてこなかったので、いろいろと迷った。
その結果、縁談は棚上げにして、教会で再び働くことにした。
リーンハルトはどうするのかと気をもんでいたが、学園にも王宮にも籍が残っていて二人は以前と変らぬ生活を送ることになった。




