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63 ミザリーを探して

 陸路を進むこと十日以上、やっとミザリーの故郷であるトラシュの街についた。しかし、そこは街とは名ばかりで。


「畑ばっかり、これで人が住んでいるのかしら?」

「いや、畑があるんだから、人は住んでいるだろ」

 リーンハルトがまぜっかえす。


「ち、違うわよ。比喩よ。例えだから!」

 レティシアが真っ赤になって抗議する。


「それより問題は宿屋だな」

「嘘、宿がなかったら、どうするの?」

 別に宿がなくてもリーンハルトの責任ではないが、彼といるとだんだん自分で考えようという気がなくなって来る。それにレティシアは共通語は話せるが、この国の言葉が話せない。宿屋や店ではたいてい共通語が通じるが、田舎の住人は話せない場合が多い。


「民家で厩でも借りる?」

 リーンハルトの問いに、レティシアがため息をつく。

「あなた本当に討伐隊に入って変わったわね。でも私、厩だったら野宿の方がいいわ」

「やだな、冗談だよ。ここは街のはずれだから、中心に行けば二、三軒あるから」

「もう!」

 リーンハルトから揶揄われっぱなしだ。しかし、何だかんだと荷物を持ってもらっているので、あまりしつこく文句も言えない。二時間ほど歩くとのどかな田舎街にたどり着いた。



 街の中央にある一軒のひなびた食堂兼宿屋に入るといつものやり取りが始まり、レティシアはうんざりしながら待った。

 

「は? 別々にお部屋をお取りするんですか?」

「ええ」

「お客さん、新婚でしょ? 喧嘩でもしたんですか」


 田舎の宿屋は客のプライバシーに平気でどかどかと踏み込んでくる。この間は駆け落ちした恋人同士と間違われ家に帰るように諭された。


 リーンハルトはそれをいつも姉弟ですと訂正しているが、五割の確率で「似てないじゃないですか?」と言われる。綺麗な顔をした義弟と似ていないと言われるのはレティシアとしては複雑だ。


 今日もそのやり取りが続くのかと椅子に座ってぼうっと待っていると

「ええ、喧嘩して妻の顔も見たくないんです」

と義弟がとんでもないことを言いだした。

「は? 何言ってんの、リーンハルト」


 慌てて彼の元に駆け寄り訂正しようとするが宿の主人とは話が済んだようで、

「ほら、レティシア行くよ」

と鍵を手にしたリーンハルトに声をかけられた。

「ちょっとリーンハルト、何いい加減なことを言っているのよ」

「いいだろ別に。夫婦と言った方が話が早いじゃないか」

「えーー!」

 この旅で義弟は随分図々しくなった。そういえば最近以前のように顔を赤らめることもなくなった。結果レティシア一人が頬を染めている。


 リーンハルトに荷物を運びこんでもらいレティシアは荷解きした。この後、絵姿をもとにミザリーをたどる予定だ。しかし、これほど寂れた街に大陸の共通語を話せる者が何人いるのだろうかとうんざりする。リーンハルトがこの国の言葉を話せるので助かっていた。

 

 レティシアは旅装を解くと湯を貰い体をぬぐう。しばらく湯浴みをしていない。この国には湯殿につかる習慣はないようだ。それが少しつらい。

 

 シンプルな白のブラウスと紺のスカートに着替えた。旅もひと月に渡ると肌荒れが気になる。髪も少しパサついて来た。とてもハードな旅で屋台でご飯を済ませたり、昼食を食べはぐれたりすることもあった。

 彼一人ならばもっと早いペースで旅をしていただろう。今更ながら少し申し訳なく思う。


 ほんの少し唇に紅を落とし鏡で自分の姿を確認し、その出来栄えにがっかりしてから階下の食堂に向かう。彼の目にどう映るだろう。ふと子供の頃を思い出す。

 ミザリーに精神を抑圧される前、リーンハルトと仲良くしていたころ、彼に憧れに近い思いを抱いていた。レティシアは慌ててその考えを振り払う。


 食堂ではいつものようにすでにリーンハルトがいて、茶をすすっている。貴族的な彼も軍隊式の生活を経験したせいか過酷を過酷とも思わなくなっている。身支度も貴族男性とは思えないくらい早く、驚くほど荷物も少ない。

 

 しかし、不思議と今世での彼が一番生き生きしていた。本来、彼にはこういう生き方が合っているのかもしれない。しゃべり方も砕け、柔軟でとても逞しい男性になった。


 レティシアが席に着くとリーンハルトがレティシアの分の茶を注文する。

「それで、さっそくだけど。宿の主人にミザリーの実家ドーソン家について聞いてみたんだ。近親者はいないが、屋敷は残っている。しかし、住んでいる者は縁もゆかりもない者だ」

 相変わらずやることが早く抜かりない。


「その屋敷に行ってみる?」

「何も出てこないと思う。回るとしたら最後でいいよ。それよりも興味深い話を聞いたんだ」

「なに?」

「ミザリーは両親が亡くなってからうちに来るまでの間、修道院に預けられていたそうだ」

「そこで話を聞くの?」

「こんな田舎だ。人の出入りが激しいとは思えない。おぼえている者がいるはずだ」

「わかった。じゃあ、今すぐ行こう」

 レティシアが立ち上がる。すると義弟が驚いたように目を瞬く。


「え? 疲れたろう。お茶でも飲んだら? 随分歩いたし、少し休むといい」

 確かに疲れているし義弟の気遣いは嬉しいが、こんなところで時間を食うわけにはいかない。

「リーンハルト、気を遣わなくていいのよ。私が淑女だというのは忘れて。さあ、急ぐわよ!」

「淑女? 思ったことないから安心して」

と言ってリーンハルトがにっこり笑い、茶に口をつけた。


 その後、二人はくだらない言い合いをしながら宿を出て修道院を目指した。長旅のお陰で気まずさもなくなり、二人の仲はすっかり戻っていた。





 幸いそこには十年以上勤めている修道女が多く、ミザリーの子供の頃の姿絵を見せると数人が覚えがあると言った。


「ああ、綺麗な子だったから覚えています。でも髪を金髪に染めているのね」


 ヘザーと名乗る年配の修道女が答えた。彼女は宿屋の主人と同じで共通語が話せるのでレティシアも一緒に話を聞いた。

「はい、元は黒っぽかったようです」

とリーンハルトが答える。

「うちに併設されている孤児院にいた子で間違いないと思います」

「ミザリーと名乗っていたのですが」

と言って、リーンハルトがかいつまんで差しさわりのない程度に事情を話す。


「違うわ。彼女はアンといって孤児です。ミザリー様が半年ほどこちらの修道院に預けられた時とても仲良くしてました。でも、どうしてそんなことに? アンはもともと貧しい家の出で姓も持ちません。母親が死んでこの孤児院に来たんです」


 驚いたように言うヘザーに、リーンハルトとレティシアは顔を見合わせた。これであの「ミザリー」が偽物だったとはっきりした。美しく優雅だったミザリーが姓も持たぬ最下層の娘。



 ――「分不相応」あれは誰に向けられた言葉だったのだろう。


 





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