62 そして旅立ち
結局今回のミザリーの一件は伏せられ、関係者以外は知る由もなく、シュミット家には何のお咎めもなかった。
レティシアはそのことに胸をなでおろした。義父や義弟の今までの功績や、調査に協力的だったことも関係している。また、ミザリーとは血のつながりがないということも一つの要因となった。
そして浮上したミザリーの偽物疑惑。本物のミザリーは国を出る前に魔力判定を受けていたのだ。魔力なしの結果を携えてこのラクシュア王国にやって来た。それが急に強力な闇魔法持ちになるなど考えられない。
面会から戻った次の日、サロンで家族会議を開いた。レティシアはオスカーから、ミザリーを引き取った経緯を聞く。
「若い頃、遠方のアラスタ王国に留学していた時期があってね。その際世話になったミザリーの父ドーソン男爵とは友誼を結んだ。
彼が病気で亡くなり、その後相次いで御不幸があってね。ドーソン男爵家の血縁者もいないというから、家で引き取ることにしたんだ。この家にミザリーが来るまで会ったことがなかった。当時会っていれば状況も変わったかもしれない」
家督を継いだ身で、遠方の国まで往復二ケ月かけて会いに行ったり、迎えに行ったりするのはほぼ不可能だろう。
「それからレティシア、形見の指輪の件でミュラー家から連絡があってね」
「はい」
何かわかったことでもあるのだろうか。少し緊張し、レティシアは居住まいを正した。
「あれはミュラー家の家宝だったらしい」
「え! もう壊れています」
確かミスリル製だと言っていた。考えてみたら値段がつけられない程高価なものだろう。弁償しろと言われたらどうしようとレティシアは青くなる。
「ああ、いや、そういうことではなくて、指輪は持ち主を選ぶそうだ。今まであの指輪の力を発揮できた者はいないらしい。つまりお前は指輪に選ばれた。だからレティシアの好きにしていいと言っていたよ」
「そうなんですか」
驚くやら、ほっとするやら、レティシアは胸をなでおろした。
「ミュラー家は先代が亡くなり、今は直系ではなく傍系が継いでいてね。指輪のことを詳しく知る者はいないそうだ。それに指輪も壊れてしまったし」
「わかりました」
指輪について詳しいことが聞けないのは少し残念だが、形見を持っていていいのは嬉しい。
「それから、あの指輪は『時渡りの指輪』と呼ばれていたそうだ」
「え?」
ぞくりとした。やはりループは指輪が原因だったのだろう。
「指輪は一度時を渡るとその時を覚えていてまた同じ場所に戻るという言い伝えがあるらしい」
「それはどういうタイミングですか?」
リーンハルトがオスカーに聞く。
「それ以上のことは分からないと言っていた。昔ミュラー家は光属性の人間を多く輩出し、代々アミュレットの作成に携わっていた。だから、呪いに反応するアイテムかもしれない。きっとご両親がレティシアを守るために残してくれたものだろう」
とオスカーが言う。
――たくさん愛情をくれた母も、もの心つく前に儚くなってしまった父も私を愛してくれていた。
「いいご両親だったのね」
優しい笑みをうかべオデットが言う。彼女は随分やつれてしまった。早く心安らかになって欲しい。
「はい、私は今も昔も両親に恵まれていて幸せです」
それがレティシアの言える精一杯。はやく家族が元気になって欲しい。
♢♢♢
そして十日後に、二人はミザリーの母国アラスタ王国に旅立った。
陸路は十日かけて伯爵家の馬車で行き、港から船に乗った。これで自国ラクシュア王国を離れることになる。レティシアにとって初めての経験だ。リーンハルトが身軽に動きたいからと言って、供も連れていない。
乗船してすぐに二人は一等船室に通された。
「ねえ、一等船室なの? 随分豪華じゃない?」
貴族は皆一等に泊まるものなのだろうか。今回は贅沢な観光旅行ではない。レティシアは少し申し訳ない気がしてきた。
「俺たちは魔法師だからね。船に乗れば、二等船室以下を希望しても、たいてい一等に連れて行かれる」
「え? どういうこと?」
なぜそのような特権があるのか不思議に思った。
「レティシアは光属性で、俺は水属性だろ。事故があった場合、率先して働けってことだよ。義務ではないけれどね」
「そんな……責任重大じゃない。事故がないことを祈るわ」
特権でも何でもなく、レティシアは青くなった。
「大丈夫だよ。慣例みたいなものだから」
といってリーンハルトは笑う。
その後、海は荒れることなく一等船室でのんびりと一週間に渡る船旅を楽しんだ。しかし、下船後は自分達で交通手段を得なければならない。
レティシアは自国に比べてだいぶ殺風景な港町にびっくりした。大きな宿屋も立派な飯屋もなさそうだ。大方観光客など来ないのだろう。ここはアラスタ王国の王都から随分離れた辺鄙な場所なのだ。
「まず馬車を借りなくちゃね」
寂れた港町でレティシアが少し途方に暮れて呟く。
「俺は乗合馬車がいいと思う」
「えーー! 本気で言ってるの? 遠回りにならない?」
てっきり馬車をかり御者を頼むのかと思っていた。
「問題ない。下調べはしてきたから。最短距離のはずだ。それにここら辺りには追い剥ぎも出るらしいから、個人で馬車を借りるのは危険らしい。レティシアがいるから野宿しないで行こうと思う」
辺りはレティシアが思っていたよりずっと田舎で、討伐隊でいった辺境の地を思い起こさせる。つまり、金はあっても使いどころがない。よって贅沢もできないのだ。
「別に平気よ。野宿ぐらい」
本当は気が進まないが、旅程が遅れるよりもましだ。シュミット家は長年の功績がありお咎めなしだったのだから、国に帰ればリーンハルトにはきっとエリートへの道が待っている。
そのうえリーンハルトは先の討伐隊の功労者だったわけだし、悠長に旅をしている場合ではない。
しかし、義弟は全くレティシアの話を聞いていない。すたすたと歩いて行ってしまう。
「レティシア、あの馬車だ! これを逃すと半日待つぞ。走れ」
リーンハルトがレティシアの荷物を持って走り出す。
「ちょっと待ってよ。リーンハルト!」
足の速い彼を慌てて追いかける。
義弟が妙に生き生きしている。彼は意外に辺境が好きなのかもしれない。
そういえば、リーンハルトは旅の途中からだいぶ元気を取り戻していた。




