49 打ち明けてみる1
「リーンハルト、足をけがしたのね。動けないの?」
レティシアが彼のそばにしゃがみ込む。
「おい、何しているんだ。なんで来たんだよ!」
いきなり怒られた。
「何って、あなたが心配だったから」
「ばか、あぶないだろ!」
リーンハルトが怒っても今のレティシアは怖くない。彼のケガに集中していた。
彼の右足首が腫れている。すでに自分で応急処置をした後だった。やはりリーンハルトはしっかりしている。レティシアはその上から治癒魔法をかけた。これで回復が早まる。
「どう? 少しは痛みがひいた?」
「ああ、ひいたよ。それより、なんで来たんだよ。誰に聞いたの」
リーンハルトはまだ怒っている。
「ロベルト様から聞いたの。リーンハルトが朝近隣の村の要請で出て行ったきり戻らないって。それで居ても立っても居られなくて。近場だから大丈夫かなって」
「たく、何でレティシアに言うかな」
珍しく義弟がぼやく。
「それで、今夜は野宿になるけれど。毛布は持ってきたのか?」
「うん、私の貸してあげる」
「いらない。俺は自分の持っているよ」
「そうなの?」
「討伐隊の基本だ」
当然だと言わんばかりの口調だ。
「じゃあ、なんで一人で行ったりしたのよ」
「仕方がない。人手不足だ」
だからと言ってリーンハルトが一人で行く必要はないと思ってしまう。
「それでどうしてこんなケガをしたの?」
するとリーンハルトが焚火の向こうを指し示す。その方向には黒く大きなグロテスクな塊が……。
「ひっ!」
「大丈夫だよ。息の根を止めてあるから」
確かに体に風穴がいくつも空きどす黒い血が見え、ほんのりと凍っている。氷の槍をいくつも打ち込んだのだろうか。あのかたい皮膚を突き破るなんて、どんな硬度なのかと思う。
「あれ、ベヒモスじゃない。あなた一人であんな大物仕留めたの?」
レティシアが恐怖にわななく。
「ああ」
何でもないことのように返事をする。
「すごいわ。リーンハルト!」
「普通だよ」
賞賛するレティシアにリーンハルトはそっけなく答える。
「え、だってそんな人ばかりではないでしょ?」
「だから人手不足なんだよ。ときおりごっそり人が減るだろう?」
確かに彼の言う通りだ。いつもは込んでいる食堂がたまに閑散とすることがある。その後必ず新顔の騎士や魔法師がやって来る。
「そういえば人の出入りが激しいわね」
「実践で脱落者が出るんだよ。模擬戦とは違うからね。みな配置換えか去って行く」
「だから、あなたいつも働いているのね。リーンハルトも弱くて脱落すればよかったのに」
「どうしてそういう発想になるんだよ」
呆れたように言う。
「そうそう、携帯食二人分持ってきたよ」
「それはありがたいが予備としてとっておけよ。それより、なんでこんな無謀なことをしたんだ。途中で魔獣に遭っていたかもしれないんだぞ」
義弟がお説教モードに入ったようだ。前世の経験から分かる。
「あなたが心配でそこまで考えられなかった」
リーンハルトが舌打ちするのが聞こえた。行儀の悪い義弟だ。
「先に寝ろよ。俺が火の番をする」
意外にも説教にはならなかった。
「いいわよ。私がやるわ。あなたは疲れたでしょ。けが人なんだし先に寝て」
「いいよ。時間が来たら起こすから。レティシアが先に寝ろ」
リーンハルトがなぜか強引に先に寝かせようとする。
「あのね、リーンハルト。私、野宿はここに来た時以来なの。だから、目がさえて眠れないの。あとは任せて火の番ぐらいできるから」
義弟がため息を吐く。彼は一人でもなんとかやっていた。きちんと結界石を使って魔獣の侵入をふせぐ結界をはっている。探しに来てかえって迷惑をかけてしまったようだ。火の番ぐらいして、彼を休ませたい。
「じゃあ。話してくれないか?」
「何を?」
「俺のことをなんで嫌いなふりをしていたのか」
「あのそれは……」
レティシアが言いよどむ。
「ここにきて、レティシアに嫌われていないのはよく分かった。あとひと月で任期あけだ。話してくれてもいいだろ」
実はリーンハルトと上手くいきかけていて嬉しかった。浮かれていたと言ってもいい。この話をすることによってまた彼が離れていってしまうだろう。
レティシアのくり返しは結局ミザリーや他の人の悪口になってしまうから。彼はそれを嫌う。きっと軽蔑される。でもそれは自分の罪だから……。
「いいけれど。話の途中で絶対に口を挟まないと約束してくれる?」
「どうして?」
「あなたの嫌いな、人の悪口になるから。リーンハルトはきっと途中で頭に来ちゃうよ」
レティシアにはやはり聞きたくないと言って欲しい気持ちがあった。
しかし、リーンハルトは決然と言う。
「わかった。口を挟まない」
彼の深く青い双眸がまっすぐにレティシアを見る。この話が終わるころ彼の瞳には軽蔑と嫌悪の色が浮かぶだろう。上手く行っていた前回ですら、心配してはもらえたけれど信じてもらえなかったのだから。
だが傷ついた彼には聞く権利がある。いわばこれは罪滅ぼしだ。




