42 いつも通り嫌われて
熱が随分下がり少し元気になってくるとレティシアはリーンハルトと喧嘩し始めた。
「全く信じられないよ。流感をうつすなんて」
「何よ! それだけ元気になったからいいじゃない」
レティシアは喧嘩しつつもリーンハルトの額の汗を拭いてやり、こまめに着替えを手伝う。
「レティシア、水ちょうだい。喉乾いた」
リーンハルトはそれが当然のことのように要求する。だが、そんなリーンハルトもまだ幼くて愛らしい。
「うるさいな。そんだけ元気なら自分でやればいいじゃない」
レティシアがいかにも面倒くさそうなようすで応じる。
「お前がメイドをさげたんじゃないか」
彼はそれが不満なようだ。
「だってメイドがうつったらどうするのよ? 私ならもううつらないじゃない」
文句を言いつつも、レティシアは水差しからグラスに水を注ぎ彼に渡す。その水もリーンハルトが寝ているときに彼女自らつぎにいっている。
「こぼすんじゃないわよ」
ちょっとお姉さんぶってみる。
「うるさい。お前じゃないんだ。こぼすわけがないだろ」
案の定リーンハルトは不機嫌になった。
なぜ、喧嘩をしているかというと今世でレティシアは彼に好かれる気は毛ほどもないからだ。そして絶対に謝る気もない。
――とってもとっても嫌うがいい。二度と私など庇って死ぬことのないように。
その後もレティシアとリーンハルトは顔を合わせると喧嘩をするようになったが、しばらくすると彼らは口を利かなくなる。順調に仲が悪くなっているようだ。というより、リーンハルトがレティシアを相手にしなくなっただけだが。
そして今世でレティシアは、剣術を習っていた。不測の事態に備えるためだ。ナイフを持って襲ってくる男性から、身を守れるようになる。それが目標だった。
最初義父オスカーは難色を示した。
「レティシア、その可愛い顔に傷でもついたらどうするんだい」
「そうよ。レティシア、危ないわ」
と義母が言う。二人ともすっかり親ばかだ。
レティシアは今世でも義父母とも仲良くやっている。仲たがいして優しい彼らを傷つける必要などないからだ。とても温かくていい人たち。彼らを悲しませたくない。
結局、マナーも良くなり一生懸命勉強するレティシアに剣術を習う許可がおりた。オスカーは前回から変わらず個人の意思を尊重してくれる。
今までミザリーに殺されていたと思っていたが、前回はトレバーだった。もう何があっても彼と婚約を結ぶことはない。「あの人の言った通り……」といっていたトレバーの言葉も気になる。「あの人」とはミザリーのことなのだろうか。
それと前回はリーンハルトが「呪い」と言っていた。だから、今回も彼の調べてくれたことをもとにやって行こうと考えている。
そのためにはやはり魔法師学園に入るしかないのだが、今度はリーンハルトに頼めない。自力で合格しなくてはならないのだ。
いずれにしても前回リーンハルトの忠告を聞いてトレバーともっと頻繁に会っていれば、防げたことなのかもしれない。少なくとも義弟が死ぬことはなかった。
剣術の練習が終わる頃、ちょうど庭に出てきたリーンハルトを見つけた。最近めっきり口を利かなくなったが、念のためもう少し嫌われておこうと思う。彼は心が広いので悪態をつきながらレティシアを助けたりする。本当に油断も隙もない。
「リーンハルト!」
呼びかける。チラリとこちらに視線を送り、無視して立ち去ろうとする。思ったより嫌われていた。だが、まだ油断はできない。
「ちょっと、待ちなさいよ! 私と剣術で勝負なさい!」
「はあ?」
反応した。やはりそういうところはまだ子供だ。
「私に勝てないからって逃げるの?」
くり返しの人生で彼が負けず嫌いだと知っている。この挑発を躱せるほどまだ大人ではないはずだ。それに背丈もレティシアと変わらない。もっともこのあとあっさりと抜かれるけれど……。
「は? 逃げる冗談でしょ?」
剣術の教師から、剣を受け取るリーンハルト。この頃の彼はまだ少し子供っぽい。対抗心剥きだしだ。レティシアから見た彼は負け知らず。この機会に負けを覚えるといい。
「私が、あなたに負けを教えてあげる!」
と高笑いする。これで随分彼も平常心を失うはずだ。
リーンハルトはたしなみ程度にさらっと剣術をやっただけでレティシアのように本格的にはやっていない。魔法の勉強と跡取りとしての教育で忙しいのだ。これは本当に初めてリーンハルトに勝てるかもしれない。そう思うと不謹慎にも少しわくわくした。
試合開始の合図とともにレティシアは渾身の一撃を打ち込んだ。リーンハルトがあっさりと受け止める。反応が早く、細身なのに力が強い。たいして剣術など習っていないくせに。
しかし、剣技とはそれだけではない。
数回剣を合わせたのち、カラーンといい音をさせて、リーンハルトの持つ剣が地面に転がる。
「やった! 嘘でしょ? 私、勝っちゃった!」
レティシアは小躍りする。ついうっかり素で喜んでしまった。初めてだ。初めて彼に勝った。彼女の行動は大人げなく、残念な性格がまるだした。
するとリーンハルトが俯いてぷるぷると震えている。金糸の髪からのぞく耳が真っ赤だ。泣くのだろうか。それともけがをしたのだろうか。少しやり過ぎた。
「あの、リーンハルト、大丈夫? どうしたの? 痛かった?」
けがをしていたらどうしよう。いまさらながら心配になり自然と声が震える。
「うるさい。黙れ!」
子供らしからぬ鋭い語気にレティシアの方がびくりとする。リーンハルトは顔を上げると強い眼差しをまっすぐに向けてくる。
「これで最後だ」
押し殺したような声で言う。
「え?」
「お前に負けるのはこれで最後だ!」
そう言い放つ。よほど悔しかったのだろう。そして今世でも変わらず潔い。言い訳などせず、怒りながらもあっさり負けを認めている。初心者から見れば汚いと思われるフェイントを使ったのに。
変わらない。リーンハルトは、どこまでもまっすぐだ。それが嬉しくて微笑んでしまいそうになり、寸でのところで抑えた。
単純に力押しと反応の速さならば、彼の方が優れている。ただ彼はフェイントを知らなかっただけ。多分その言葉通り、次は彼が勝つだろう。そしてその後はきっとかなわない。
だが、それ以降彼が剣術の勝負を挑んでくることはなかった。リーンハルトに嫌われるにはこれでもう充分だろう。いや、むしろ調子に乗ってやり過ぎた。自分の幼稚さと性格の悪さに辟易とする。
それに彼が嫌いなふりをするたびに胸が抉られるような苦しい思いをする。もう、心がもたない。
まっすぐなリーンハルトを眩しく思う。
――彼が昼に生きるならば、私は夜に生きる。
呪われた自分とは住む世界が違うのだ。大好きな義弟の幸運を祈ろう。
陰ながら、見守っている。
以降二人ともこの件に触れることはしなかった。




