41 同じ朝に……
レティシアは目覚めた。
いつもの天蓋ベッド。
大きな窓から差し込むきらきらとした光り。窓辺に揺れる大好きなスイートピー。
リーンハルト?
慌ててベッドの上に飛び起きる。全身が強打したように痛む。ふらりとしたが、腕をつっぱりなんとか体を支えた。
ちゃんと戻ったの?
なんの不足もなく?
「お嬢様!」
アナがいきなり起き上がったレティシアに驚く。
「レティシア、だめよ。いきなり起きては」
ミザリーが優しそうに微笑む。
ここはレティシアの部屋で、いつもの目覚めが繰り返された。
アナは慌て、ミザリーはレティシアの汗をふこうとする。彼女はそれを振り払う。ミザリーなどどうでもいい。ただ邪魔だった。
「リーンハルトは?」
レティシアの言葉に、ミザリーもアナも驚いて目を見張る。
「おそらく、お部屋にいらっしゃるかと」
アナが先に反応した。
「レティシアどうしたの?」
ミザリーが不思議そうに、少しこわばった表情で聞いて来る。しかし、レティシアはそれを聞き流す。
「アナ、私は今いくつ!」
そう質問しながらも、ベッドから足を下ろす。
「え? あの……十三歳におなりです。お嬢様、どちらへ!」
レティシアは寝巻のまま戸口へ向かう。ふらふらするがかまっていられない。
ミザリーは義妹の異様な行動に目を見開いて立ち尽くす。
アナだけがレティシアを心配してついて来た。
「お嬢様、どうかお部屋にお戻りください」
廊下ではアナがレティシアの体を支えてくれる。
「いやよ。御願い、リーンハルトに会わせて」
支えられているにも拘わらず、体の弱ったレティシアは転んだが、それをものとせず立ち上がり、壁を伝い義弟の部屋へ向かう。這ってでもたどり着く。その執念にアナが恐れをなす。
「お嬢様? いったい……どうされたのですか」
着いた彼の部屋の前で、ドアを叩き声の限り叫ぶ。しかし、声は枯れ思うようにはでない。
「リーンハルト、リーンハルト、リーンハルト……」
するとドアがガチャリと開き、驚きに目を見開いたリーンハルトが顔を出す。バラ色の頬に青く吸い込まれそうな澄んだ双眸。桜色の唇に柔らかそうな黄金色の髪。
レティシアは、自分と背丈の変わらない可愛い義弟を抱きしめる。柔らかく温かい。
「……良かった。リーンハルト、良かった」
彼の温もり、息遣い、心臓の音。間違いなく戻ってきた。
「生きてる。生きてた。生きてた!」
目の前の光景が涙で滲む。
「レティシア?」
子供の高く澄んだ声。懐かしい……陽だまりの匂い。そう、リーンハルトの匂い。どこにも血の、鉄さびの、深く沈んだ真夜中の香りなどなく、温かい陽だまりのなかでレティシアは堰を切ったように泣いた。
リーンハルトは無意識に彼女をぎゅっと抱きしめ背をさする。そうすればレティシアが泣きやむと信じているように。
そして二日後にリーンハルトが高熱に倒れた。レティシアの流感がうつってしまったのだ。
レティシアは、リーンハルトの高い熱に動揺し「死んでしまう」と彼のそばを離れなかった。
大失態だ。
こうやって、いつもレティシアは自分本位で人に迷惑をかける。彼にうつしてしまった申し訳なさでいっぱいだ。
(なんで彼だけではなく、私まで生きているのよ。そのうえ、また迷惑かけて)
彼を病気にしてしまった悔しさに涙があふれた。
人の体はもろい。ときに、あっさりと生を手放す。それが怖くて怖くて昼も夜も病み上がりのふらつく体で、ずっと義弟のそばにつき添い看病をした。
義父母が少し休むようにとレティシアを宥めても聞かなかった。決してそばを離れることはなく……。
悪夢のように前世でのリーンハルトの死が、レティシアの頭の中で繰り返される。取り返しがつかない過ち。
「死なないでリーンハルト、死んじゃ、いや」
熱に浮かされ眠っていたはずのが彼が、レティシアの微かな呟きを拾う。
「大丈夫……。流感なんかで死ぬわけがないだろう」
かすれた声が、姉を励ます。
「うん、大丈夫、大丈夫だよ。リーンハルト、ごめんね。私静かにするから、ゆっくり休んで」
レティシアは昼も夜も義弟から離れることはなかった。そして、ひっそりと前世に学んだ光の治癒魔法をかけた。もちろん、今はまだ魔法が使えることは秘密だ。
そのお陰でもともと健康なリーンハルトは驚くほどはやく快方に向かった。
♢♢♢
義父母も献身的に看病するレティシアに驚いていたが、義弟を心配する彼女がそれに気付くことはない。ただ黙々と彼の為に尽くしている。
ミザリーは唖然としてその様子を見守った。とつぜん変わってしまったレティシアにどう反応していいのか分からない。いままで義弟と仲たがいしていたはずなのに。
それもあれほど献身的に人の世話をするなんて……。嘘だ。あんなのいつものわがままなレティシアじゃない。あれは、誰?
不思議だった。最近のレティシアは家族から切り離され、ミザリーだけを頼り、ミザリーだけを信用し、それ以外を排除し攻撃するようになっていた。このまま孤立していくはずだったのに。
それがどうだろう。彼女は流感にかかったリーンハルトを心配してそばから離れない。
そして、その様子を温かい目で見守る父母。そこには一つの幸せな家族の風景があって……。
家族だけではなく使用人も含めて、すべての注目が不出来なレティシアに集まっている。
なぜ、あの子に?
レティシアの取り柄なんて顔くらいじゃない?
頭も悪ければ、性格も行儀も悪い。やっかい者。それがこの家でのレティシアの立ち位置。それなのに……。
ミザリーはわけの分からない敗北感を歯噛みした。
どうなっているの?
リーンハルトは優しい。だから、レティシアの数々の罵詈雑言や無礼な振る舞いを忘れ、きっと許してしまう。
どうして彼はいとも簡単に人を許せるのだろう……。




