40 カウントダウン2
R15 残酷な描写あり
リーンハルトがガチャリとドアを開けるとトレバーが立っていた。レティシアは驚いて目を見張る。
「トレバー様、こんな時間にどうなさったのです?」
婚約者の姿を見てほっとするよりも、ただ不思議だった。なぜ、こんなところに?
「それは、こちらのセリフだよ。なぜ、こんな時間にお二人で?」
トレバーが冷ややかな眼差しを向け、リーンハルトに問う。質問の意図が分からずレティシアは思わずリーンハルトを見た。しかし、義弟の表情は硬く。
「別に姉と二人でずっとここにいたわけではありません。姉にもう遅いから帰るよう言いに来ただけです」
「ならば、役目は済んだでしょう? あなたはここから出て行ってください。僕が彼女を送って行きます」
言葉は丁寧だが、完全に切り口上で怒っているのが伝わってくる。
いつものトレバーとは違う。最初の人生を思い出し、レティシアは青くなり震えた。
彼はあの領主館でレティシアを殺そうと兵を放ったのだ。毒など知らないと言ったのに聞き入れられなかった。
これから彼と結婚するのに、こんなことではだめだと自分を叱咤する。あの時とトレバーと今のトレバーは違うと自分に言い聞かせた。ミザリーが今世で違うように。
「何を誤解なさっているか知らないが、そんなに気分を害しているあなたと姉を二人きりには出来ません」
リーンハルトがトレバーとは対照的に静かな口調で、きっぱりと言い放つ。義弟はいつだって正しい。彼の忠告を聞いておけばよかった。
「いいの、リーンハルト、私は大丈夫。だから、先に帰ってて。
トレバー様、ごめんなさい。明日からもっと一緒にいましょう。私ったら、つい夢中になっちゃって。今日は送ってくださるんでしょう?」
レティシアはトレバーの方へ歩み寄り微笑みかける。
「やはりだ。やはりそうだ……」
すると日頃礼儀正しいトレバーがリーンハルトを押しのけるようにレティシアのそばに来る。尋常ではない。
「トレバー様? どうなさったの?」
「君は僕ではなく、血の繋がらない義弟を愛しているんだろう?」
「は? それってありえない。確かにリーンハルトは義弟だけれど家族だわ」
驚きのあまり口調が砕けてしまった。トレバーの言葉に呆気にとられる。この人は何を言いだすのだろう。リーンハルトは『弟』だ。彼を男性として見たことなどない。
「ならば、どうしてこんな時間に二人でいるんだ? あの人が言った通りだ」
『弟』だから、そんなことは気にしなかったのに。
「誤解よ。それにあの人って?」
いきなりトレバーに腕を掴まれて引き寄せられる。
「レティシア! 危ない!」
リーンハルトの叫び声。何が起きたのかも分からず、レティシアは義弟に突き飛ばされ、床で強かに腰をうった。
「ちょっと、リーンハルト! いったい、どうし……」
それから起こったことはスローモーションのようだった。それなのに体が金縛りにあったように動かない。
トレバーの振り上げた大ぶりなナイフがギラリと光り、リーンハルトと激しくもみ合う。そして、リーンハルトがトレバーからナイフを奪い取ると膝をついた。なぜ、ナイフが……。そして床にポタリポタリと血が落ちて。
「え、嘘、リーンハルト?」
レティシアがふらふらと義弟に近寄って行くと、トレバーが叫び声をあげ、転げるように走り去っていく。膝をついたリーンハルトが床に崩れ落ちた。血が止まらない。赤い海が広がる。
「リーンハルト、リーンハルト、リーンハルト……」
レティシアは治癒魔法を発動させた。しかし、血は溢れて止まらない。彼の胸の傷を抑えているのに指の隙間からこぽこぽと鮮血は溢れ、リーンハルトの瞳は固く閉ざされたまま、長い金糸まつげが影を落とす。
レティシアが魔力を使い切っても彼のアイスブルーの瞳が再び開くことはなく……。
夜の静けさのなかで彼の名を呼び手を握れば、ほんのりと温もりが残っていた。胸を深く刺されている。いち早く状況を察した彼が、レティシアを庇ったのだ。
「うそ、うそ、うそ、うそ」
レティシアはハッとして、時計塔に目を向ける。今日が終わるまで、まだ五分残っている。リーンハルトが握っているナイフを取ろうとした。しっかりと握られたそれはなかなか取れなくて。最後まで愚かな義姉を守ろうとして、誰にも奪われないようにそれは固く固く握られていた。
――私なんて守る価値もないのに。なんでよ、リーンハルト。
カランと音がしてナイフが床に落ちる。レティシアは血まみれのそれを首に突き付けた。
恐ろしくて手が震える。死ななければ時が戻らない。ナイフを首の前で横に引いたけれど、深くはさせなくて、つつと血が流れ、リーンハルトの白皙の頬を穢す。
レティシアは慌てて、彼の頬についたおのれの血を拭う。
――私の血で、彼を穢してはならない。
ダメだ、ここでは死ねない。それにここで彼に折り重なるように死んだら、心中したようではないか。もし傷が浅くてなかなか死ねなかったら、もし死んでも時が戻らなかったら……。
レティシアは作業室から飛び出して、廊下をやみくもに走った。
「リーンハルト、リーンハルト、リーンハルト、リーンハルト、どうしよう。リーンハルト」
――早く確実に死ななければ。
泣きながら廊下の突き当りにある窓を大きく開ける。窓枠に腰を掛け、震える手で胸にナイフを突き立てた。そのまま後ろに倒れ込むとゆらりと体が傾ぎ、一瞬目前に満天の星空が広がった。
ナイフの切っ先の焼けるような痛みが襲い、やがて急速な落下が始まった。ここは四階、ナイフで胸も刺した。確実に速やかに、今日中に死ねるはず。
それはとてもふしぎな光景で、ぐんぐんと地面が、すごい勢いで近づいてくる。レティシアは衝突のその瞬間まで目を見開いていた。意外と人は気を失わない。自死する者に、きっとそんな都合のよい救いはないのだ。
真夜中の学園に鈍く重い音が響き、ぐしゃりと潰れた。
激しい痛み、それを凌駕する絶望と喪失感が永遠に――




