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40/69

40 カウントダウン2

R15 残酷な描写あり

 リーンハルトがガチャリとドアを開けるとトレバーが立っていた。レティシアは驚いて目を見張る。


「トレバー様、こんな時間にどうなさったのです?」

 

 婚約者の姿を見てほっとするよりも、ただ不思議だった。なぜ、こんなところに?


「それは、こちらのセリフだよ。なぜ、こんな時間にお二人で?」


 トレバーが冷ややかな眼差しを向け、リーンハルトに問う。質問の意図が分からずレティシアは思わずリーンハルトを見た。しかし、義弟の表情は硬く。


「別に姉と二人でずっとここにいたわけではありません。姉にもう遅いから帰るよう言いに来ただけです」


「ならば、役目は済んだでしょう? あなたはここから出て行ってください。僕が彼女を送って行きます」


 言葉は丁寧だが、完全に切り口上で怒っているのが伝わってくる。


 いつものトレバーとは違う。最初の人生を思い出し、レティシアは青くなり震えた。

 彼はあの領主館でレティシアを殺そうと兵を放ったのだ。毒など知らないと言ったのに聞き入れられなかった。

 これから彼と結婚するのに、こんなことではだめだと自分を叱咤する。あの時とトレバーと今のトレバーは違うと自分に言い聞かせた。ミザリーが今世で違うように。


「何を誤解なさっているか知らないが、そんなに気分を害しているあなたと姉を二人きりには出来ません」


 リーンハルトがトレバーとは対照的に静かな口調で、きっぱりと言い放つ。義弟はいつだって正しい。彼の忠告を聞いておけばよかった。


「いいの、リーンハルト、私は大丈夫。だから、先に帰ってて。

 トレバー様、ごめんなさい。明日からもっと一緒にいましょう。私ったら、つい夢中になっちゃって。今日は送ってくださるんでしょう?」


 レティシアはトレバーの方へ歩み寄り微笑みかける。


「やはりだ。やはりそうだ……」


 すると日頃礼儀正しいトレバーがリーンハルトを押しのけるようにレティシアのそばに来る。尋常ではない。


「トレバー様? どうなさったの?」

「君は僕ではなく、血の繋がらない義弟を愛しているんだろう?」


「は? それってありえない。確かにリーンハルトは義弟だけれど家族だわ」


 驚きのあまり口調が砕けてしまった。トレバーの言葉に呆気にとられる。この人は何を言いだすのだろう。リーンハルトは『弟』だ。彼を男性として見たことなどない。


「ならば、どうしてこんな時間に二人でいるんだ? あの人が言った通りだ」


 『弟』だから、そんなことは気にしなかったのに。


「誤解よ。それにあの人って?」


 いきなりトレバーに腕を掴まれて引き寄せられる。


「レティシア! 危ない!」


 リーンハルトの叫び声。何が起きたのかも分からず、レティシアは義弟に突き飛ばされ、床で強かに腰をうった。


「ちょっと、リーンハルト! いったい、どうし……」


 それから起こったことはスローモーションのようだった。それなのに体が金縛りにあったように動かない。

 トレバーの振り上げた大ぶりなナイフがギラリと光り、リーンハルトと激しくもみ合う。そして、リーンハルトがトレバーからナイフを奪い取ると膝をついた。なぜ、ナイフが……。そして床にポタリポタリと血が落ちて。


「え、嘘、リーンハルト?」


 レティシアがふらふらと義弟に近寄って行くと、トレバーが叫び声をあげ、転げるように走り去っていく。膝をついたリーンハルトが床に崩れ落ちた。血が止まらない。赤い海が広がる。


「リーンハルト、リーンハルト、リーンハルト……」


 レティシアは治癒魔法を発動させた。しかし、血は溢れて止まらない。彼の胸の傷を抑えているのに指の隙間からこぽこぽと鮮血は溢れ、リーンハルトの瞳は固く閉ざされたまま、長い金糸まつげが影を落とす。


 レティシアが魔力を使い切っても彼のアイスブルーの瞳が再び開くことはなく……。

 夜の静けさのなかで彼の名を呼び手を握れば、ほんのりと温もりが残っていた。胸を深く刺されている。いち早く状況を察した彼が、レティシアを庇ったのだ。


「うそ、うそ、うそ、うそ」


 レティシアはハッとして、時計塔に目を向ける。今日が終わるまで、まだ五分残っている。リーンハルトが握っているナイフを取ろうとした。しっかりと握られたそれはなかなか取れなくて。最後まで愚かな義姉を守ろうとして、誰にも奪われないようにそれは固く固く握られていた。


 ――私なんて守る価値もないのに。なんでよ、リーンハルト。


 カランと音がしてナイフが床に落ちる。レティシアは血まみれのそれを首に突き付けた。


 恐ろしくて手が震える。死ななければ時が戻らない。ナイフを首の前で横に引いたけれど、深くはさせなくて、つつと血が流れ、リーンハルトの白皙の頬を穢す。

 レティシアは慌てて、彼の頬についたおのれの血を拭う。


 ――私の血で、彼を穢してはならない。


 ダメだ、ここでは死ねない。それにここで彼に折り重なるように死んだら、心中したようではないか。もし傷が浅くてなかなか死ねなかったら、もし死んでも時が戻らなかったら……。


 レティシアは作業室から飛び出して、廊下をやみくもに走った。


「リーンハルト、リーンハルト、リーンハルト、リーンハルト、どうしよう。リーンハルト」


 ――早く確実に死ななければ。


 泣きながら廊下の突き当りにある窓を大きく開ける。窓枠に腰を掛け、震える手で胸にナイフを突き立てた。そのまま後ろに倒れ込むとゆらりと体が傾ぎ、一瞬目前に満天の星空が広がった。

 ナイフの切っ先の焼けるような痛みが襲い、やがて急速な落下が始まった。ここは四階、ナイフで胸も刺した。確実に速やかに、今日中に死ねるはず。


 それはとてもふしぎな光景で、ぐんぐんと地面が、すごい勢いで近づいてくる。レティシアは衝突のその瞬間まで目を見開いていた。意外と人は気を失わない。自死する者に、きっとそんな都合のよい救いはないのだ。


 真夜中の学園に鈍く重い音が響き、ぐしゃりと潰れた。


 激しい痛み、それを凌駕する絶望と喪失感が永遠に――



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