37 ジレンマ
リーンハルトは度々学園に訪れるトレバーの様子が気になっていた。レティシアを頻繁に訪ねてくる。
最初は微笑ましく思っていたが、最近では度が過ぎる。あれでは仲がいいというより、レティシアが信用されていないようだ。まるで監視。鈍い姉はそれに全く気付いていない。
実際、彼らはうまくいっているのだろうか?
そこで、リーンハルトは首をふる。例え姉弟でも男女の事に首を突っ込むべきではないと。ましてや自分など婚約者もいない身なのだから。
♢
その日レティシアはいつものようにバートンの実験につきあった。レティシアも魔法を学んでいる身だが、彼が何を調べているのかさっぱり分からない。
だが、今日は彼に質問があった。
「あのバートン先生。質問なんですけれど」
「おや、めずらしいね。私で答えられることならなんでも」
「はい、魔法と関係があることなのか分からないのですけれど。人が何度も人生をやり直すことってあるのですか?」
するとバートンは驚いたように目を瞬く。
「まあ、確かに失敗した地点からやり直すことが出来ればと思う事はあるだろうね」
「いえ、あの、そうではなくて。たとえば、殺されて数年前に戻り、また殺されて戻ることをくり返して先に進まないことってあると思いますか?」
「面白いことを言うね。まず仮定として、一度殺されればいつどこで殺されるのかは分かっているから、その状況を避けようとするよね」
さすがはバートンだ。話が早い。
「はい。だから、その状況を避けようとすると今度は別の方法で殺されてしまうっていうか」
するとバートンがひょいと片眉を上げる。
「ほお、まるで呪いのようだね。それでなければ地獄」
「地獄ですか?」
「ああ、これは異教の考えなのだが、地獄というものがあってずっと同じ苦しみが繰り返される」
「え? じゃあ、ここが地獄で、もう死んでると?」
「レティシア、どうしたんだい? まるで自分がそういう経験をしているようなことを言う。ここは地獄ではないよ。現実だ」
バートンが心配そうに言う。レティシアは慌てて首をふった。
「いえ、まさか。すみません。おかしなことを言って」
「学問に興味を持つのは良いことだが、悪用してはいけない。ただ、古代に封印された魔術にはそのような類のものがあるかもしれないね。一般に呪いと言われているが」
「呪いですか?」
するとバートンがそれまでの緊張感を壊すように「ふふふ」と笑う。
「いずれにしても呪いは存在する。だが、人を殺すような強い呪いをかけた者の罪は重い。この国では死罪だ。それにもちろん、学園でもそのような強い「呪い」は教えてはいない」
レティシアはふるりと震えた。
「初めて聞きました」
「そうだろうね、公にはされていない。だが、王族などはいまだに呪われることもあるからね。興味があるのならば、研究熱心なリーンハルトに聞いて見るといい」
「リーンハルトにですか?」
「彼が前に同じような質問をしてきたよ。よく姉弟で話し合ってみるといい。だが、くれぐれも黒魔術には深入りしないように、そこら辺はリーンハルトがわかっていると思うがね。だから調べてみるならば、君一人ではなく彼と一緒に」
「はい、ありがとうございます」
驚いたと同時に胸が熱くなる。レティシアの言った事を気にして、リーンハルトがバートンにまで聞いてくれていたのだ。
「なにか推測がたったら、僕にも知らせてね」
バートンが気軽に声をかけてくる。できれば、彼に研究してもらいたいくらいだ。
♢
久しぶりに研究棟にいるリーンハルト訪ねて行った。彼は一足も二足も先に学園を卒業して専科に進んでいるのだ。
「え? 姉さん何しに来たの?」
レティシアがここを訪ねるのは初めてだ。リーンハルトの驚いた顔を久しぶりに見る。
「ねえ、リーンハルト、黒魔術の事について教えて」
そういうと彼が顔をゆがませる。
「バートン先生から聞いたのか。やめとけよ」
リーンハルトが珍しく乱暴な口調で言う。前回までの彼を思いだして懐かしい。
「そんな事言って、あなたは調べているんでしょ?」
問い詰めるとリーンハルトが諦めたようにため息を吐く。
「姉さんがあまりにもおかしなことを言うから、前にちょっと調べてみただけだよ」
「それで、どうだったの?」
レティシアは勢い込んで聞いてみる。
「大して参考にならないと思うよ。この国でも昔、呪いが横行していたらしい」
「ああ、王族がいまだに呪われることがある、というお話は聞いてきたわよ」
「そっちじゃなくて、ひと昔前のはなし、この国でも呪いが認められていた時代があったんだ」
「まあ、そうなの?」
「敵国の王族を呪うという目的でね」
「じゃあ、呪いを解く方法もあるのよね?」
レティシアの胸は期待に膨らむ。
「まあ、教会で売っているアミュレットは効くらしいって噂だけれど。解呪なんて文献には残っていないよ」
「なんで?」
「研究する者がいないからじゃない? 呪いは扱いに気を付けなれば、罪に問われるからね。リスクを冒してまで研究する人がいないのかも。高位貴族でも誰かを呪えば死罪だし、もっとも高位貴族の闇属性持ちなんて聞いたことないけれどね。呪いは庶民の専売特許だ」
「ねえ、リーンハルト、あと一つ聞きたいことがあるのだけど」
「なに?」
「あのね。ミザリーの魔法属性は何?」
リーンハルトは黙り込む。
「本人に聞いたら、と言いたいところだけれど。姉さんがおかしな妄想に囚われても困るから言っておく」
彼のアイスブルーの瞳が温度を下げた。多分、とても怒っている。
「姉上は魔力持ちではないんだよ」
「は? なんでよ?」
なんでも完璧でレティシアより上な彼女に魔力がない?
「貴族だからといって、皆が皆魔力を持っているわけではないんだよ。姉さんの婚約者殿もないだろう? だからと言ってそれが不利にはたらくわけではないことは分かっているよね?」
「確かにそうね」
彼の言う通りだ。王宮勤めでも職種によっては魔力が必須だが、たいてい不利になることはないし、女性の場合は光属性だと結婚にやや有利だというだけだ。
「呪い」という答えが見つかった気がしたのに、またすり抜けてしまった。ミザリーが魔力持ちではないという事は、闇属性ではなくて……。その事実に途方に暮れる。
「ねえ、リーンハルト。なら私は今地獄にいるのかしら?」
レティシアがポツリと呟く。
「姉さんは、婚約者と上手く行ってないの? だからそんなことを言うのか?」
リーンハルトが鋭い眼差しを向けてくる。
「いえ、私は、そんなんじゃあ……」
「なら、何がそんなに不安なんだ。少しおかしいよ。本当は結婚したくないんじゃないの? そんな事ではトレバー氏にも失礼だ。はっきりしろよ」
義弟がイラついた口調で言う。確かに彼の言う通りだ。
「不安……、そうなのかしら」
レティシアは自分でも良く分からなくなる。二十歳が近づくにつれ怖くなるのだ。いままで殺され続けてきたが、今回もミザリーがそれほどレティシアを嫌っているのかは分からない。どう先手を打ったらよいのだろう。やはりあまり接触しないという答えしか見つからない。
「気になるのなら、自分で黒魔術の事について徹底的に調べたらどう? うちの閉架に古書が保存されている」
「え?」
「黒魔術に関する本だよ。気が済むまで自分で調べればいい。俺は知らない」
そう言って今後こそ義弟は口を噤んでしまった。
レティシアはリーンハルトに言われた後、家に戻り閉架を調べにいったが、古語ばかりで読み下せなかった。
そのうえ、義父オスカーには心配をかけてしまった。
でも、ここで諦めるわけにはいかない。次があるかどうかも分からないのだから。




